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rev5-20話 湖へと

 クーたちとの話を終えて、狼部隊の訓練場に戻った頃には、もう休憩時間は終わっていた。


 正確には終わっていたのだけど、俺たちが戻ってこなかったことで、休憩は延長されていた。


「少し話しすぎたな」


「まぁ、いいんじゃないですか?」


「そうだな。どうせだ。もう少し延長するとしよう。いま始めるのも少し中途半端だものな」


「ええ。というわけで、あと三十分ほど延長しますね。思い思いに休んでください」


 クーとトワさんがさらに休憩を延長すると告げると、狼部隊の皆さんは揃って頷いていた。


 頷いてすぐに、一時的に整列していた狼部隊は散り散りになっていく。


 いくつものグループに別れて移動したり、個人個人で行動したりと、様々に休憩をしていた。


「クー、トワさん。俺も少し離れていい?」


「あぁ、もちろんだ。好きにしていいぞ」


「レン様はこのまま付き合ってくださるのですか?」


「え? そのつもりですが」


 休憩の延長を告げたふたりに、俺もこの場を離れることを伝えると、トワさんは「まダ付き合ってくれるのか」と言われた。


 俺が頷くとトワさんは「まぁ」と驚いていた。なんで驚くのかがいまいちわからなかった。


「私たちに付き合ってくださらなくてもよろしいのですよ? 奥方様たちと一緒におられても問題ないですし」


「あぁ、そういうことですか」


「ええ。さすがにいつまでも私たちと付き合うのはどうかなと思うのですよね。いろいろとレン様のご負担になる可能性もありますし」


 トワさんの懸念は、わからなくもないものだった。


 アンジュとルクレが嫉妬する可能性はあるし、サラやティアリカとも話をしたいこともある。


 それにプロキオンとベティをいつまでもティアリさんとメアさんにお任せするっていうのも問題がある。


 特にティアリさんとメアさんは、それぞれ風と闇の部隊の部隊長であるから、その部隊長にいつまでも子守をお願いするのは問題だった。


「あとティアリさんとメアさんにいつまでもふたりの相手をして貰うのも問題ですもんね」


「え? あぁ、そちらに関しては問題ないと思いますよ」


「え?」


「あれを見てみろ、レン」


 ティアリさんとメアさんのことを話すと、ふたりは一瞬唖然とするも、すぐにおかしそうに笑っていた。どういうことだろうと疑問を抱くと、クーが指差した。その先には──。


「ばぅばぅばぅ! ティアリおねーちゃん、はやいの! すごいの!」


「ふふふ、妹君もそのご年齢とは思えないほどに素晴らしいですよ。ですが、特殊進化先とはいえ、まだ進化したばかりの子に負けるわけには行きませんから」


「ばぅ~、ベティ、まけないの!」


 ──ティアリさんと訓練場の一角で全力で追いかけっこをするベティがいた。


 プロキオンともよくやる追いかけっこ、残像しか見えないほどの速度で駆け回る追いかけっこを今日はティアリさんとしているようだ。


 もっとも、追いかけっこというレベルをはるかに超越しているのだけどね。


 残像しか見えない速度での追いかけっこって、意味わかんないし。


 というか、普通はそれを遊びとは言わない。


 でも、ベティにとっては遊びの範疇なんだ。そう、あくまでも遊びだ。その遊びを全力でティアリさんと行うベティ。


 その様子にティアリさん配下の風部隊の皆さんが、揃って項垂れている。


「……あんなに幼い子なのに、俺より速いんだけど」


「奇遇だな。俺も速度で負けているよ、ははは」


「……私たち、狼部隊で最速のはずなのだけどね」


「おかしいなぁ。雨が降っていないのに、なぜか頬が濡れているよ、あははは」


 ……うん、項垂れているというよりかは、精神崩壊を起こしそうになっているね。


 ティアリさんの風部隊は、狼部隊中最速の部隊とされている。


 もともと風属性は速度に特化している。その風を司る風の一族は他の狼の一族に比べると、若干小柄ではあるが、その分他の一族よりも圧倒的に速い。


 そう、圧倒的に速いはずなんだけど、その圧倒的に速いはずの風部隊の皆さんの自負がベティという特殊枠のお陰で完全にぽっきりと折られてしまっていた。


 どうやら風部隊の皆さんから見ても、ベティはとんでもない速度の持ち主のようだった。


 まぁ、ロード・クロノス・オリジンになったプロキオンに手加減されつつも、一緒にああして遊びができる程度にはベティのスペックは高い。


 そのスペックの高さは、風部隊の皆さんの心を折ることができるレベルのようだった。


 風部隊の皆さんがベティによって心を折られる中、部隊長であるティアリさんは余裕を以てベティと対峙していた。


 そう、ティアリさんはベティを相手しても見劣りしないどころか、ベティ以上の速度で駆け回っている。


 とはいえ、ティアリさんもめちゃくちゃ余裕があるというわけではないようだ。


 ティアリさんは笑っているものの、わりと真剣なお顔をしているのが、そのいい証拠だ。


 当のベティは遊びなしのガチでティアリさんを追いかけているが、ティアリさんにあっさりとあしらわれてしまっていた。


「まぁ、ああいうわけで、ティアリ部隊長にとっては、プロキオンちゃんはちょうどいい訓練相手になってくださっていますので、問題はないと思いますよ?」


 トワさんの言葉に反論することはできなかった。


 考えてみれば、風部隊の部隊長であるティアリさんに匹敵する速度を持つ相手は、狼部隊の中にはいない。


 風部隊の皆さんはベティに心を折られるくらいには、ベティと差がある。そのベティよりも速いティアリさんとなれば、より大きな差が生じる。

 

 それじゃティアリさんにとっては訓練にはならない。訓練はやはり格上ないし同等の相手と行うことがより成長を促してくれるものだ。


 その点ベティは格上とまでは言わないけど、同等と言えるほどの能力の持ち主。そんな相手と遊びの範疇とはいえ、真剣で速さ勝負をするなんてティアリさんにとっては早々訪れることのない、まさに絶好の機会だ。


 いわば、ベティの相手をするというのは、ティアリさんにとっては渡りに船というところなんだろう。


「……まぁ、ベティはいいとして。プロキオンは」


「プロキオンはプロキオンで問題はないようだぞ?」


 ベティのことは問題ないようだが、ならプロキオンはと言いかけたところで、クーが視線を逸らす。その視線の先には──。


「がぅ、なるほど。こういう戦い方もあるんだ、勉強になるの」 


「ほっほっほ、刻の君は憶えが早うございますなぁ。老骨なれど、刻の君の役に立ててなによりですぞ」


 ──メアさんの膝の上に座りながら、セラ翁と地図を広げてなにやら話をしていた。そのそばにはアンジュと真剣そのものな顔をしているルクレがいた。


「……あれ、なにしてんの?」


「ふむ。少し前からやり取りを見ていたが、どうやらボードゲームをしているようだな」


「ボードゲーム?」


「うむ。あくまでも、こちらの世界でのボードゲームだ。地図を模したフィールドの上で複数の種類の駒を使って遊ぶものだが……そうだな。レンにもわかりやすく言えば、君の世界で言う「軍人将棋」に近いかな?」


「軍人将棋って、またマニアックな」


 クーの言った軍人将棋とは、通常の将棋の駒を軍の階級にアレンジしたもの。


 が、通常の将棋と比べると、かなりマニアックというか、プレイ人口は少ない。


 将棋は知っていても、軍人将棋は知らないって人は多い。俺も和樹兄とするまでは知らなかったほどだ。


 その軍人将棋をよりアレンジしたのを、プロキオンはセラ翁としているみたいだ。


「プロキオンちゃん。ここはやはりこれを先行させるべきだったかと」


「でも、それだとワイルドカード枠が速攻で潰されちゃったと思う」


「そうですね。でも、逆に言えば、この盤面でセラ翁のワイルドカードがどれなのかが判明しましたから、やはりここが攻め時だったかと」


「あー、たしかに、そういう考えもありだったかもだね」


「ほっほっほ、やはり女王陛下の用兵は凄まじいですなぁ。ワイルドカードを囮にして、相手のワイルドカードを潰そうとするなどと。普通に考えれば、悪手なのですが、その悪手をあえて行うなどと普通は考えませんぞ?」


「戦というものは、常に相手の裏を搔くものですよ、セラ翁」


「たしかにその通りですな。ですが、ここをこうすれば」


「であれば、ここをこうすれば」


「えー、ここはこうじゃないの?」


「なるほど。その手もありですな」


「たしかに。その手をされると、最善手どころか、次善さえも打てなくなりますね。次善以下の手。ふふふ、さすがはプロキオンちゃんですね」


「がぅ、褒められちゃった」


 プロキオンとセラ翁、そしてルクレによるボードゲームの戦略についての話が続く。


 盤面を見ていないからわからないけれど、どうやらかなり高度な話をしている。


 あのボードゲームにも軍人将棋同様にワイルドカード枠があるようだった。


 ちなみに軍人将棋の場合は最強の駒である大将に唯一勝てるのがスパイという駒になる。スパイは他の駒には一方的に敗れるものの、大将には勝てる駒であり、軍人将棋におけるワイルドカードとされている。


 そのワイルドカードをあえて晒すことで、相手のワイルドカードをあぶり出す。なんともルクレらしい手なのだけど、それ以降のやりとりはここからではよく見えないけれど、高度であることはわかる。


 同じ場にいるアンジュがぽかんとしながら、三人の話を聞いているのを見る限り、理解できないくらいに三人の話は高度のようだ。


 話についていけないのは、プロキオンを膝の上に座らせているメアさんも同じようで、苦笑いしながら三人の話を聞いていた。


「あれっていいのかな?」


「いいんじゃないか? セラ翁は楽しそうだし、メア部隊長もプロキオンに癒やされているようだしな」


「癒やしになる、のかな?」


「……さてな」


 果たしてあの状況で癒やしになるのかという、俺の率直な疑問にクーも頷くことはできないようだった。


 まぁ、でもプロキオンだけではなく、他の面々も楽しそうだからいいかな?


「まぁ、そういうわけだ。だから、我らに無理に付き合わなくてもよい。話すことは話したしな。ゆえに、そろそろ向かってもいいんじゃないか?」


「どこに?」


「タマモのところにだ」


 タマちゃんの名を聞いて、ようやくここにタマちゃんを迎えに来たことを思い出せた。


 衝撃的な再会が続いていたせいで、すっかりと忘れてしまっていたよ。


「そのお顔ですと、忘れておられましたね?」


「あ、あははは」


 トワさんが目ざとく俺の変化に気付かれた。クーにはクーで「まったく」とため息を吐かれてしまった。


「まぁ、いいさ。望外の出会いというところなのだ。無理もない」


「そうですね、姉様」


 呆れ顔だったふたりはすぐに破顔する。その変化に俺はどう反応するべきかわからなくなってしまう。そんな俺にふたりは続けた。


「さて、それでは行ってくるといい、レン」


「ええ、タマモ様によろしく」


 ふたりから背を押されてしまった。ここでやっぱりいいは言えない。むしろ、言わさせないようにふたりはそう言っているようだった。


「……わかったよ。ちょっと行ってくる。場所は」


「湖の畔に彼女はいるよ」


「ここからでは見えないかと思いますが、そこまで離れておりませんので」


 タマちゃんの居場所をふたりから教えて貰えた。


 湖の畔。湖は結界を通り抜ける前まで見えていた湖のことだろう。曰く、あの湖は幻ではなく、実在しているということだ。


 ただ、場所が違うというだけで実在はしている。その湖の所在を教えて貰い、俺は狼部隊の訓練場から離れ、タマちゃんの元へと向かうことにしたんだ。


「元気かな、タマちゃん」


『それ以前に生きていることを不思議がりなさいよ、あんた』


「だって、タマちゃんだし」


『否定できない返しすんじゃないわよ』


 香恋とそんななんとも言えないやり取りを交わしながら、俺はクーたちに教えてもらった湖へと向かった。彼の地にいるタマちゃんがどういう状態であるのかを考えることもなく、のほほんとしながら湖へと向かっていったんだ。

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