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rev5-15 魔物の軍勢

 森の中を進んでいく。


 元々、この森の中は歩きやすかったけれど、いままで以上の速度で森の中を進んでいけるようになった。


 プロキオンとベティは次々に移り変わる景色を楽しそうに笑いながら見遣っていた。


「ばぅ~! はやい、はやーい!」


「すごい、すごい、すごーい! がぅ~!」


 ベティは普段通りだけど、プロキオンは普段の落ち着きがどこへやら、見た目通りの子供らしい振る舞いを見せてくれている。


 その姿は見ているだけで胸がほっこりとしてしまう。


「ふふふ、孫というものは愛いのぅ~。それも孫娘ならなおさらじゃなぁ~」


 ほっこりとしているのは、俺だけではなく、焦炎王様も同じようで、先頭に腰掛けて風を浴びるふたりを穏やかな目で見詰められている。


「その孫娘を先ほどまで、悲しませていたのはどこのどちら様だったのか、お覚えですか、炎の君?」


 穏やかにふたりを見詰められていた焦炎王様だったが、トワさんの言葉に「ぐぅ!?」と痛いところを突かれてしまったみたいだ。見るからに顔色が悪くなられていく。


 対照的にトワさんは笑みを浮かべている。そう、笑っている。笑っているのだけど、その笑顔がとても怖かった。その怖い笑顔の前では、さしもの焦炎王様も形無しになられていた。


「い、いや、あれは、じゃのぅ。鱗翅王、そなたにふたりが懐いておるから、ふたりを任せても問題ないなぁと思うたからであって」


「先ほども申しましたが、そういうのはもう少し時と場合を考えて仰ってくださいまし。せめておふたりの目と耳が届かぬ場所、もしくはおふたりがいないときに仰ってください。でなければ、おふたりの表情が曇ることになるのですよ?」


「わ、わかっておる。……少し軽薄だった。許せ」


「私に言ってどうするのです? 誰を傷付け、誰を悲しませたのか。炎の君はわかっておられていないようですのね?」


「むぐぅ」


「唸られたところで、私は手心を加える気はありませんが?」


 こてんと首を傾げながら、トワさんは追撃を続けられていく。その追撃に焦炎王様は顔を見る見るうちに渋くし、しどろもどろな返答しかできなくなっていく。


 トワさんと焦炎王様とでは、実力は焦炎王様が圧倒的に上だけど、いくら実力差があろうともトワさんには敵わないようだ。


 力では敵わなくても、別の一面で勝つことができる。トワさんはそのことを言葉ではなく、体現させてくれていた。


 その様子を、先頭で腰掛けていたプロキオンたちが見て、「おぉ~」と目を輝かせて唸った。


「トワ先生、すごい。ばぁばを言い負かしている」


「トワせんせー、すごいの~!!」


 きゃっきゃと喜ぶふたりに、トワさんは見るからに自信ありげに胸を張られていく。焦炎王様はというと、肩を大きく落とされながら沈まれている。


 ふたりを悲しませたという負い目があるからだろうか、焦炎王様はなにも言い返せず、沈黙されてしまった。


 沈黙しつつも、若干涙目になられているのが、なんとも言えない。


「……ねぇ、カレンたちよ。僕が言いたいことがなにかわかるかな?」


 普段とはまるで違いすぎる焦炎王様のお姿に、誰よりも困惑されているのが土轟王様だった。


 本来なら先頭で腰掛けられるのは土轟王様なのだけど、今回はプロキオンたちに譲ってくださったんだ。


 曰く、「カレンたちと話もしたいからね」ということだったけれど、実際のところはプロキオンとベティがきらきらとした目でヨルムさんを見上げていたからだろう。


 ヨルムさんの種族は大蛇ヨルムンガルド。プロキオンが言うには、この世界における伝説の種族のひとつらしい。


「すごい、すごい、すごーい! ヨルムンガルドって本当にいるんだ! 大きく裂けた口は世界さえも丸呑みにするってあったけれど、本当にすごく大きいの!」


 プロキオンはヨルムさんの本来の姿を見て、いままでになくハイテンションになっていた。


 この調子だと、他の「四竜王」様たちの眷属の長さんたちの姿を見ても、同じようにテンションがおかしくなりそうだ。


 知識欲の塊であるプロキオンにとってみれば、本に描かれた存在というのは、憧れの有名人のようなものなのかもしれない。


 当のヨルムさんにしてみれば、純粋無垢な子供から憧れの視線を向けられることに慣れていないようで、本来の大蛇の姿でもわかるほどに照れていたし。


 ベティはと言うと、プロキオンとは違い、少し気圧されていたが、ヨルムさんの紳士さを受けて、すぐに懐いてくれた。


 うん、そこまではよかった。そこまではよかったんだけど──。


「じっじ、まだとおいの?」


「そうですなぁ。もうしばらくというところですかな?」


「じゃあ、もう少しじっじの背中にいられるんだ。わーい!」


「これはこれは、こんな老体などに過分な言葉ですなぁ。ふむ、少し頑張るとしますかな?」


「ばぅ~! じっじ、またはやくなったの~!」


「すごーい! 速ーい! あはははは!」


 ──どうしてこうなった?


 うん、本当にさ、どうしてこうなったんだろうか?


 プロキオンとベティはいまやヨルムさんを「じっじ」呼びして懐ききっている。


 考えてみれば、いままでプロキオンとベティの周りに老齢の男性っていなかった。いたとしても、せいぜいがベヒモス様くらい。


 とはいえ、さすがに神獣であるベヒモス様を「じっじ」呼びすることはしなかった。


 が、ヨルムさんは神獣ではない。神獣ではないけれど、神獣様方よりも地位が高いらしい「四竜王」様のうち、土轟王様の眷属の長という立場の方だ。


 ヨルムさんがこの世界では、どの程度の地位におられるかはよくわからないけれど、神獣様方とそこまで大きくは変わらない気がする。


 そんな人をつかまえて「じっじ」呼びである。


 そして当の本人はそれを受け入れているどころか、喜んでさえいるという始末。


 ……本当にどうしてこうなった?


 俺の中で香恋が頭を抱えているのか、「……もう本当に意味わかんない」と嘆いているし。俺も香恋と同じく「意味わかんねえ」と嘆いている。


 だが、一番嘆いているのは──。


「じっじ……じっじってなんなんだよ? なんなんだよ、ヨルムぅ~」


 ──土轟王様ご本人だった。


 土轟王様にしては、右腕であるヨルムさんがプロキオンとベティに陥落するという状況は、理解できないものだろう。


 俺たち同様に土轟王様は頭を抱えられていた。なんだかんだで土轟王様は「四竜王」様たちの中で、氷結王様に並んで常識人だった。加えて、一番お若いからか、苦労人でもあらせられた。


 その苦労人気質は、どうやらこの世界でもさほど変わらないようだ。いや、むしろ、元の世界以上に苦労を背負わされそうな気がしてならない。


 そんな上司の気持ちをまるっと無視されているのか、それとも本当に気付いていないのかは定かではないが、ヨルムさんは意気揚々と森の中をすいすいと高速で移動されていく。


 俺たちはその背中の上に乗せてもらって高速で移動している。プロキオンとベティのはしゃぐ声とやけに張り切っているヨルムさんの声を聞きながら。


 そうして移動すること数十分。


 ヨルムさんの移動速度が見るからに遅くなり、そして止まった。そこにはあの規格外の世界樹の根元があり、その根元の周辺はとても広い空間があり、そこには──。


「トワ将軍とヨルム参謀、土轟王陛下のお帰りである! 敬礼!」


 ──トワさんによく似た女性が、土轟王様のお召しになられている軍服と同じデザインの軍服を着た緑色の短髪と虹色の翅を持った女性が俺たちを待ち構えるようにして立っていた。


 その後ろには無数の魔物の軍勢が一糸乱れぬ様で整列し、女性の一声で一斉に敬礼をするという、とんでもない光景が広がっていたんだ。


 


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