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rev5-14 森の中の再会

 虹色の翅がはためいていた。


 深い森の中を、先導するように虹色の翅がはためいている。


 その虹色の翅を持つのは、美しい女性だった。


 腰まで届くほどの長い緑色の髪と白絹のような美しい肌に水色の瞳をした女性。


 身長は焦炎王様よりかはいくらか低いけれど、女性ではかなりの長身。均整の取れたプロポーションの持ち主だ。いわゆるモデル体型だ。


 顔もやはり整った顔立ちで、誰もが美人だと頷けるほど。その整った顔で常に微笑みを浮かべているものだから、よほど特殊な趣味でない限りは、どんな男性も見惚れてしまいそうだ。


 そこに虹色の翅から生じた虹色の軌跡が、よりその美しさを強調している。


 そんな美しすぎる女性の後を俺たちは歩きながら着いていた。


 焦炎王様は元の巨大な竜の姿から、普段の人の姿となって翅の持ち主のすぐ後を続いている。


 その両隣にはプロキオンとベティがいて、焦炎王様と手を繋ぎながら、森の緑を眺めている。


 俺からは背中しか見えないけれど、声を聞く限りは、「おぉー」とか「すごーい」とか言う声を聞く限りは、森の景色を楽しんでいるようだ。


 まぁ、正確には森の中に浮かぶ虹色の軌跡を眺めて楽しんでいるんだろう。


 俺も経験があるからわかっていることだけど、あの人の翅から生じる虹色の軌跡はとてもきれいだからね。鍛錬中であっても、つい目で追い掛けてしまうほどに。まぁ、目で追い掛けたら、その後にお説教を受けてしまうわけだが。


 が、あくまでもそれは鍛錬中であればの話。いまは鍛錬中ではなく、単純に森林浴じみた森の中を進んでいるだけなので、怒られることはないだろう。


 それに今回は俺ではなく、プロキオンとベティのふたりだ。


 焦炎王様もそうだけど、どうにも「ヴェルド」出身者はうちの娘ズにはかなり優しい。いや、優しいを通り越して激甘かな。それはあの人も同じなようで、おかげですっかりとうちの娘たちは焦炎王様同様に懐いていた。


 嫌われるよりかはいいんだが、どうしてうちの娘たちは権力者に好かれやすいんだろうか。


「どうしたの、あなた?」


 隣にいるアンジュが首を傾げているが、逆側の隣にいるルクレは頭を抱えていた。


「鱗翅王……鱗翅王って、リヴァイアサン様も仰っていた、伝説の魔物じゃないですか……その伝説の存在を相手にしているのに、なんでベティちゃんもプロキオンちゃんも平然としているんですか、意味わからないです」


 翅の持ち主ことトワさんと平然と接するプロキオンとベティに戦々恐々としているルクレ。その顔色は見るからに真っ青だし、よく見ると若干猫背になっているので、たぶんストレス性の胃痛に苛まされているようだ。……気持ちはよくわかる。


 だが、どれほど気持ちは理解できても現実は変わらない。

 

 ルクレは諦観を目に宿らせながら俺とアンジュと一緒になって、焦炎王様の後を続いていた。俺たちの後をサラとティアリカ、イリアとルリという順番で続いて森の中を歩いている。


 あの規格外な大きさの世界樹を中心とした森の中をだ。


 世界樹を中心としている影響なのか、それとも別の要因なのかはわからないが、この森の木々はどれもこれも背が高かった。


 背の高い木々ばかりだけど、不思議なことに森の中は薄暗くはない。むしろ、森の外同様に明るく、地面も舗装された道のように歩きやすかった。


 おかげで踏破するというよりかは、人の手が入った森林公園を森林浴しているような気軽さで俺たちは森の中を進んでいた。


 わざわざ森の中を進まなくてもとは思うんだけど、あの世界樹のそばで焦炎王様は地上に降りられると、すぐに人の姿に戻られ、ここからは徒歩だと仰られたんだ。


 曰く、竜のままだといろいろと不具合があるからということだった。


 その不具合がどういうものなのかまでは、焦炎王様は教えてくださらなかった。


 が、目的地はもうすぐそこだからということは教えてくださったし、その言葉をトワさんもまた頷かれて、焦炎王様に変わって先導をしてくれている。


 万が一のために、と虹色の翅を常にはためかせ、同色の鱗粉を宙に舞わせながら。曰く「これならはぐれてもすぐに追いつけますから」ということだった。


 見た目は当時と異なるけれど、内面は当時と変わっていないなとその言葉だけでよくわかった。


 なんとも言えない懐かしさを感じながら、俺は宙を舞う虹色の鱗粉によって生じる虹色の光を見詰めていた。


 翅がはためくたびに、輝く虹色の光は、かつてとなにひとつ変わっていない、相変わらずの美しさだった。


 その輝きにプロキオンとベティは魅了され、ふたりは目を輝かせながらトワさんの後を追い掛けている。


「きれーなの」


「……本当だね」


 ほうっと静かに息を吐きながら、ふたりは虹色の翅とその輝きに目を奪われていた。


「ふふふ、ありがとうございます、プロキオンちゃんとベティちゃん」


 トワさんは、穏やかに笑いながら、歩調を合わせてプロキオンとベティの頭を撫でてくれていた。その表情はとても柔らかく、優しげなものだった。


「お世辞でも褒めて戴けて嬉しいですよ」


「おせじじゃないの。トワせんせーはきれーなの」


「そうだよ、トワ先生、すごくきれい。ママと同じくらい!」


「そーなの。ママと同じくらいにきれいなの」


「あらあら、ママと同じくらいとは過分なお言葉ですが、嬉しいですよ」


 くすくすとトワさんは笑っているが、白絹のように真っ白な肌が、いまは淡く染まっている。


 よく見れば、長い緑色の髪で半分隠れている耳もほんのりと紅く染まっているあたり、プロキオンとベティの言葉に恥ずかしがられているようだ。


 なお、トワ先生というのは、トワさんが自己紹介のときに俺の師であることを仰られたのだけど、「し、ってなぁに?」とベティが首を傾げて、トワさんが「先生ってことですよ」と言われた結果、「じゃあ、トワせんせーなの」とベティが行ったことが始まりだった。


 最初はベティだけだった「トワせんせー」呼びは、いまやプロキオンも呼ぶようになってしまった。


 というのもここまでの道中でトワさんがプロキオンにちょっとした講義を、具体的には森の魔物についての講義と森の中の歩き方、最終的には森の中での戦闘方法についてまでをわかりやすく講義されたんた。


 その内容に感銘したプロキオンが、もともとベティが言っていたのを倣ってトワさんを「先生」と言い出し、うちの娘ふたりはトワさんを「先生」と慕うようになったというわけだ。


 当のトワさんは「なんだかこそばゆいですねぇ」と笑っておられたけれど、嫌がっている様子はなかったのはなによりだった。


「ちなみにですが、おふたり?」


「ばぅ?」


「なぁに?」


「ママはどちらのママですか?」


「ママ? 「ママ」だけだったら、ひとりだよ?」


「そーなの。アンジュままのことなの」


 トワさんは「ママ」だけでは、誰のことなのかがわからなかったみたいで、ふたりにどのママなのかを尋ねられた。


 トワさんの質問にふたりは、迷いなくアンジュを指す。ふたりの中での共通認識で「ママ」とだけ言ったら、アンジュのこととなる。サラやプーレの場合は名前の後にママを付ける形で呼び分けている。


 なお、ルクレの場合はプロキオンなら「ルクレさん」で、ベティの場合はいつも通りに「おかーさん」だ。


 まだ出会ったばかりのトワさんでは、その辺りの呼び分けまではわからないみたい。無理もないとは思うけどね。


「左様ですか。でしたら、ますます恐縮してしまいますわ。おふたりのママと同じというだけでも過分ですのに、新神様と同じとはさすがに畏れ多いほどですし」


 そう言って、トワさんはちらりとアンジュを見やるも、当のアンジュは気にしていないようなのか、おかしそうに笑うだけ。


「そこまで恐縮しないでください、鱗翅王さん。あなたが美しいことは事実ですから。……というか、正直なことを言うと、私程度であなたと同じというのはこっちこそ過分というか」


 アンジュは笑いながら、どうにも困ったように頬杖を突いている。


 ……どうやら、神化してもこういうところは、以前と変わらないみたいだ。


 だからなのか、アンジュの言葉を聞いてトワさんは絶句してしまう。絶句するのはトワさんだけではなく、プロキオンとベティを除いた、この場にいるほぼ全員だった。


「なに言ってんの、この子」という顔でほぼ全員がアンジュを見詰めている。その中にはアンジュの恋敵兼友人であるルクレも含まれている。


 そのルクレはいままで以上に頭を痛そうに押さえながら、大きなため息を吐いていた。


「……あのねぇ、アンジュ。旦那様もそうだけど、あなたもそういうところは直して欲しいんだけど」


「そういうところって、どこのこと?」


「……はぁ。そういうところだよ」


「意味がよくわからないんだけど、ルクレ」


 ルクレはアンジュの無自覚っぷりに呆れていた。が、アンジュはルクレの言葉の意味が理解できずに首を傾げていた。


「……なるほど、似たもの夫婦ですのね」


「そういうことじゃよ、鱗翅王よ」


 ルクレとアンジュのやり取りを眺めてから、トワさんは納得したように頷き、焦炎王様はトワさんの後に続きながら、小さくため息を吐かれた。


「我がバカ弟子も大概ではあるが、奥方も負けず劣らずでのぅ。傍から見る分は飽きんのだが、接するとなるとなかなかになぁ」


「あー、なるほど。大変だったのですね、炎の君」


「まぁ、それなりにかのぅ。その分、この子らと接することができていたから、まぁ、プラマイゼロってところじゃな」


「左様ですか。でも、お気持ちはわかりますわ。プロキオンちゃんもベティちゃんもとってもおかわいいですし」


 焦炎王様はため息交じりにも、プロキオンとベティとともにあれたことを楽しまれていたと仰った。その言葉にトワさんはしきりに頷かれていた。


「うむ。ゆえに今後は頼むぞ、鱗翅王よ」


「……ええ、承りましたわ」


 焦炎王様が真剣にトワさんを見詰め、その視線を浴びたトワさんは歩みを止めて、深々とお辞儀をされた。


「ですが、それを言うのは少々早すぎでしてよ?」


 お辞儀をされたが、トワさんは呆れたようにため息を吐かれた。


 焦炎王様は「どういうことじゃ?」と首を傾げられたが、すぐに焦炎王様はトワさんの言葉の意味を知ることになられた。


「……ばぁば」


 おふたりのやり取りにプロキオンとベティは不穏さを感じ取ったのか、不安げな表情でおふたりを交互に見やると──。


「ばぁば、どこか行っちゃうの?」


「……そーなの、ばぁば?」


 ──焦炎王様にそろって抱きついてしまったんだ。


 ふたりに抱きつかれた焦炎王様は「これこれ、歩きづらいではないか」と苦笑いされたが、力なく尻尾を垂れ下げるふたりは「だって」といまにも泣きそうな声で縋っていく。


「……あー、まぁ、なんじゃ。すぐにいなくなるわけではないからのぅ」


 目を泳がせながら、焦炎王様はふたりの頭を撫でるも、ふたりは「でも」といまにも泣きそうな声で呟くだけだった。


「……参ったのぅ」


 焦炎王様は本当に困ったように頬を搔かれていた。


 トワさんもふたりに縋られた焦炎王様を見て、「あの炎の君が、形無しですわね」と笑われている。


「こ、これ、鱗翅王よ。笑ってばかりおらんで、手を貸さぬか。このままでは、ふたりが泣いてしまうではないか」


「無理もないと思いますわ、炎の君。ふたりの前で別れを連想させるようなことを仰るのですから。ふたりが炎の君に懐かれていることなんて、今日初めて会ったばかりの私でもすぐにわかったことです。なのに、そのふたりの前でそんなことを言われたら、ふたりがどういう反応をするかなんて考えるまでもないことではありませんか」


「それは、そうだが。しかし」


「しかしもかかしもございません。いくら事実であっても、ふたりを悲しませた罰でございます。ご自分でどうにかなさってくださいまし」


「そ、そんなぁ」


 焦炎王様は困ったと言わんばかりにべったりと抱きついているふたりを見て、手を行ったり来たりと彷徨わせていく。


 が、それではいつまで経ってもふたりを落ち着かせることはできない。


「どうすればいいんじゃ」と焦炎王様がほとほと困り果てていた、そのとき。


「ははは、あの姐さんがまさに形無しではないですか。それだけ孫娘には弱いってことですかね?」


 からかうような笑い声が突如聞こえてきたんだ。その声もまた非常に懐かしいものだった。


「むぅ、盗み見とは趣味が悪いぞ、ちび助」


「いやいや、盗み見ではありませんよ。単純に隠れて見ていただけですから」


「それを盗み見と言うんじゃ」


 憤慨したように焦炎王様が告げられると、声の主は「それもそうですねぇ」と笑われると、突然頭上に影が差した。


 見上げるとそこには土色の体をした巨大な蛇とその蛇の頭上で座り込む十代半ばくらいの少年がいた。


 高い木々に囲まれてはいたけれど、巨大な蛇身を見逃すはずはない。


 でも、結果的に言えば、その姿を俺たちは直前まで気づけなかった。


 相手が悪気するから、無理もないことだけどね。

 もしくは単純に悪戯を仕掛けられただけなのかもしれないが。そういうところは以前と変わらない。


 でも、貫頭衣のような服ではなく、真っ白な軍服姿なのは以前とは違っている。


 が、違うのはそれくらいで、その顔立ちもその声も当時のままだった。


「お久しぶりです、土轟王様」


「うん? あぁ、そうか。その姿が本来の君なのか。ふふふ、見違えたねぇ。そして元気そうでなによりだよ、レン。いや、カレンと香恋」


 少年こと土轟王様に一礼をすると、土轟王様は嬉しそうに笑いながら、巨大な蛇、本来の姿に戻られたヨルムさんの上から飛び降りられると、静かに着地しながら一礼をされた。


「トワくんがなかなか帰ってこないから、迎えに来たよ。初めましてだ、カレンと香恋の大切な者たち。僕の名は土轟王。そちらにおわす焦炎王殿と同じ「四竜王」の一角だよ。以後よろしくね」


 一礼後、土轟王様はにこやかに笑われた。もう会うこともないと思っていた土轟王様との再会。俺は涙ぐみながら、再び「お久しぶりです」とだけ告げた。


 そんな俺に土轟王様は「あぁ、本当にね」と笑いながら頷かれたんだ。

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