rev5-10 創造と破壊
鳥の囀りが聞こえる。
とても小さな鳴き声で、話をしていたらまず間違いなく聞こえなくなるほどの小さな声。
すぐそばにいるプロキオンの寝息も同じで、とても小さな寝息だ。
少し前まででれば、どちらも聞こえなかったはず。
でも、聞こえなかったはずのふたつがいまははっきりと聞き取れていた。
少し前までは、焦炎王様と話をしていた。その話で鳥の囀りも、プロキオンの寝息も聞こえていなかった。
だけど、いまはその話は一時的に中断し、俺たちは言葉を失っていた。
焦炎王様が語られたスカイディアが行おうとしているこの世界を滅ぼす方法を聞き、俺たち三人は言葉を失ったんだ。
スカイディアの目指す方法とはこの世界が成立する前にあった世界、創世神が最初に創った世界を蘇らせること。その世界をいまの世界に無理矢理上書きさせること。
ノートに書いた字の上から別の字を強引に書くように、この世界を存続させたまま、かつての世界を上書きするように蘇らせる。
ノートの字の上から別の字を上書きすれば、読みづらいどころか、元の字も上書きした字も読めなくなる。つまり、字というそのものが破綻するということ。
ノートに書かれた字でも、無理矢理上書きすれば破綻してしまうのに、同じことを世界同士で行おうとすれば、同じく破綻するのは目に見えている。
いや、破綻どころか、両方の世界が崩壊することは誰でもわかることだ。
奇跡的にうまく行く可能性はあるだろうけれど、本当に奇跡的な確率だ。それこそ天文学的数字になるだろう。
これが現実ではなく、セーブポイントのあるゲームであれば、うまく行くまで繰り返せばいい。
が、これはゲームじゃない。現実だ。一回っきりの現実だ。その現実で天文学的数字の成功を引くことなんてできるわけがない。
ほぼ間違いなく失敗する。
失敗すればふたつの世界の崩壊は免れないと俺は思っていたのだけど、どうやら事はそんな簡単なものじゃないようだ。
なにせ、焦炎王様ははっきりと「隣接する他の世界も巻きこんでの消滅」と言われたんだ。
俺の想像では、世界と世界がぶつかり合って、ともに崩壊するっていうイメージだったんだけど、焦炎王様のお言葉を聞く限りは間違っていたようだ。
俺の想像は言うなれば、大きな質量を持つ同士がぶつかり合うことで、その衝突の衝撃にお互いが耐えきれずに崩壊するっていうイメージだった。
が、焦炎王様の話しぶりだと物理的な衝撃というよりも、もっと概念的なものがぶつかり合うという感じがする。
もっと言えば、大きなエネルギー同士がぶつかり合って感じ。言うなれば、世界間がぶつかり合うことで対消滅が起きるってことなんだと思う。
……原理的に対消滅が起こるかどうかはわからないけれど、少なくとも複数の世界を巻きこんでの消滅が起こることは確定のようだ。
たしか、対消滅は質量の重さによってその強さが変わるはずだから、世界同士がぶつかり合えば、どれほどの消滅のエネルギーが生じるかなんて想像もできない。
その想像もできないほどの、途方もない圧倒的な破壊をスカイディアは起こそうとしている。
焦炎王様のお言葉とは言え、すぐに頷けるものじゃなかった。
俺も香恋も、そしてアンジュも揃って言葉を失いながら、焦炎王様の言葉をどうにか呑み込んでいく。
特にアンジュは神になってから、一番の動揺を見せながら焦炎王様の言葉をどうにか受け止めようとしていた。
そういうところは、以前のアンジュとなんら変わらなかった。
でも、いまはそんなことを言っている場合じゃない。
「……やはり、どう考えても狂っているとしか言えませんね」
ぼそりとアンジュが言う。ここ最近は微笑みを携えている彼女にしては、珍しいほどにその顔は蒼白としていた。
『いくらなんでも、規模がバカでかすぎでしょうよ、これは』
香恋はスカイディアの行動を理解できないと言わんばかりの様子だ。
「……まるで子供が癇癪を起こしたって感じだな」
俺がどうにか口にできたのは、スカイディアの行動はやはり子供じみていると言うので精一杯だった。
規模はまったく違うけれど、スカイディアのしようとしているのは、子供が癇癪を起こしたようにと思えていた。
子供が癇癪を起こして玩具と玩具をぶつけようとしているみたいだと思ってしまった。
ぶつける玩具にもよるけれど、癇癪を起こした時点で力加減なんてあるわけもなく、全力でぶつけるだろう。全力でぶつけられれば、大抵の玩具は壊れてしまう。
スカイディアのやろうとしていることは、その世界版ってところだ。
香恋の言うように規模がバカでかすぎるけれど、子供が癇癪を起こしたと考えれば、行動の善し悪しは別として理解できなくはない。
規模が違いすぎるから、同じ子供の癇癪だとしてもその余波までもが半端ではないんだけど。
「うむ。そなたたちの感想は尤もであろう。我も概ね同意見であるしな。だからこそ、彼の方を止めねばならぬ」
「止める、ですか? この世界を俺たちも壊すというのに?」
「そうだ。彼の方と同じく、我らもこの世界を壊す。しかし、その方法がまるで違う。言うなれば、この世界を元にして新しい世界を創ることが我らの目的である。彼の方の逆を行うということじゃ」
「……対消滅の反対。つまり対生成をすると?」
エネルギーをぶつけて消滅のエネルギーを創り出すことが対消滅とすれば、対生成はエネルギーから物質を生み出すこと。
今回の場合で言えば、この世界というエネルギーを利用して新しい世界を一から生み出すということ。
いまの世界の上から最初の世界を蘇らせてぶつけて消滅させようとするスカイディアとはまるで違う。
同じこの世界を使っての行動でも、目指す先はたしかに真逆と言えることだ。
「我も詳しくはないゆえ、そこまではわからぬよ。ただ、彼の方が目指す先は他の世界の民さえも巻きこむ、超大規模破壊であることは間違いない。笑顔も幸福もすべて無に帰したうえでな」
「だからこそ、エルヴァニアに」
「そう、止めるための一助としてちび助の元へと向かう必要がある。ちび助の軍とちび助の元で療養兼修行中のタマモと合流するのじゃ」
焦炎王様はまっすぐに俺たちを見つめている。語れることは語ったとその顔には書いてあるが、まだ語ってもらっていないことはある。
でも、いまはそれよりもスカイディアを止めることが優先される。
いまは言いたいことはすべて呑み込んで、言うべきことを、告げるべきことを告げるときだった。
「……行きましょう、エルヴァニアに」
「うむ。我も道中をともにする。創世神様より時間をいただいておるのでな。ちび助の元に着いて一晩明けるまではこの体が保つようにしてもらっている。その最中でまだ語っていないことも語ろう」
「ご面倒をおかけします」
「いやいや、気にするな。我としては、プロキオンやベティともう少し一緒にいられるというだけで十分すぎる報酬じゃよ」
焦炎王様は笑っていた。笑いながらプロキオンの頭を撫でていく。
当のプロキオンは気持ちよさそうに寝息を立てるだけ。
あまりにもありえない内容を聞かされたというのに、プロキオンの姿を見ていると、それらすべてが幻聴だったんじゃないかと思えてくる。
でも、幻聴なんかじゃない。
焦炎王様の存在が、「四竜王」が目覚めたということがそれを現している。
焦炎王様はこの世界において「四竜王」がどのような存在であるのかを最後に語られた。
曰く、「四竜王」は浄化機能ということ。世界に未曾有の危機が訪れるないし、その予兆が起きたとき、「四竜王」は順次に目覚め、その危機を回避ないし撲滅するのが役目らしい。
目の前にいる焦炎王様は仮初めの体らしいけど、エルヴァニアにおられる土轟王様は本来の体であるらしい。
世界の危機が訪れない限り、目覚めないはずの「四竜王」が目覚めた。つまりこの世界の危機は訪れつつあるということ。焦炎王様の話が幻聴ではなかったという証拠だった。
「……本来なら我らが目覚めることなどないのが一番だが、今回はどうしようもないことじゃしな」
やれやれと肩を竦められる焦炎王様。肩を竦める程度の話ではないのだけど、そういうところはなんともらしいと思えた。
「まぁ、というわけじゃ。もう少しばかり、そなたたちと行動を共にさせてもらおうか」
最後に焦炎王様はいつものように笑われていた。その笑顔を俺たちはどうにか笑みを作って受け入れた。それがいまから数日前のこと。
そしていま俺は、そのときに聞いたすべてをアリシア陛下とファロン陛下に伝えていく。
この世界に迫る未曾有の危機を回避するべく、これからの旅の目的をおふたりに伝えていった。
対消滅と対生成に関しては、たぶん違うと思うけど、「まぁこんな感じやろ」ってことにしておいてください←
 




