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rev5-6 これからの指針

 アンジュとプロキオンが俺を見つめている。


 アンジュの手にはティーポッドとティーカップが載ったトレイがあった。


 トレイの上にあるティーカップは俺と焦炎王様の分だけではなく、もうふたつ分あり、それがアンジュとプロキオンの分であることは間違いない。


 アンジュの隣にいるプロキオンの手にはやはりトレイがあり、その上には茶菓子としてクッキーやマドレーヌ、フィナンシェなどの焼き菓子類が載っていた。


 クッキーまではまだいいとしても、マドレーヌやフィナンシェまで用意するのはそれなりに時間が掛かりそうなものだけど、きっとプロキオンに手伝ってもらって刻属性を使って用意してくれたんだろう。


 刻属性は伝説の力と言われているはずなのだけど、すっかりと便利な力として扱われているなと荒ぶる感情の中で思った。


「……パパ、怖いお顔している」


 プロキオンが悲しげに表情を歪めている。怖い顔をしていると言われて、プロキオンの瞳に映る俺の顔が一瞬だけ見えた。


 プロキオンが怖い顔というのもわかるくらいに、俺はひどい顔をしていた。そんな俺を見て、プロキオンは怯えたようにアンジュの背中に隠れてしまう。


 アンジュの背中に隠れたプロキオンを見て、「あ」と小さな声が漏れた。自分でもびっくりすくらいに弱々しい声。その声を漏らしたのが自分だということに衝撃を憶えた。


「……あなた、落ち着いて。ね?」


 アンジュは笑っている。でも、その顔は不安げな色に染まっていた。


「……アンジュ、プロキオン」


 妻と娘の表情に、荒ぶる感情が少しずつ落ち着いていく。


 主神エルドからのタマちゃんへの仕打ちには言いたいことは山ほどある。


 でも、それを焦炎王様にぶつけるのは間違っている。


 ましてや、その姿をふたりに見られていることに気付かなかったなんて、どうかしている。


 どう考えても擁護はできない。


『……ごめんなさい、カレン。私のせい、ね』


 香恋が珍しく俺に謝罪をした。傲岸不遜という言葉がよく似合う香恋らしからぬ言葉に、唖然としそうになる。


『……いまあんたが思ったことに関しては、あとできっちりと話をさせてもらうけれど、いまは謝らせてちょうだい。私が冷静じゃなくなったら、あんたも冷静ではいられなくなる。私たちは繋がっているってわかっていたのに、あんたを荒ぶらせてしまった。……申し訳なかったわ』


 きっちりと釘を刺しつつ、香恋が謝罪する。珍しいこともあるなと思うけれど、香恋が感情的になるにも無理からぬことだ。


「気にしなくていいよ、香恋。……タマちゃんの仕打ちを、すぐそばで見ていた俺たちからしてみれば、あれが作為的なものだったと言われたら、我慢なんてできるわけがないんだ」


『……そう、ね。タマちゃんの努力と苦労、そして慟哭もぜんぶそばで見ていたものね、私たちは』


「うん。だから、仕方がないんだ」


 胸元をぎゅっと強く握りしめながら、俺と香恋は頷き合う。


 傍から見れば、事情を知らない人が見れば、ッ急に独り言を話し出している、というおかしな光景だろう。


 でも、少なくともこの場にいる誰もが、俺の行動をおかしなものとは見ていない。


 ファラン少佐を討ってから、数日。この数日で俺は香恋のことをみんなに話してある。


 元々香恋のことを知っていたルリとイリアは、俺と香恋が和解したことを驚いていた。


 あの場にいたアンジュとサラは「そういうことですか」と頷いていた。


 ルクレは「もうひとりの旦那様、ですか」と信じられない顔をしていたが、実際に俺とはまるで違う香恋と話をすることで「たしかに全然違いますね」と理解してくれた。


 そしてプロキオンとベティはと言うと──。


「パパも、お姉様上も元気出して?」


 ──香恋を「お姉様上」と呼ぶようになった。


 最初は「おばちゃん」や「おばさん」と香恋を呼ぼうとしていたのだけど、「私はまだおばさんって歳じゃないのよ?」と香恋がふたりを威圧するも、ふたりは「じゃあ、なんて呼べばいいの?」と返されたことで、返事に窮した香恋が告げたのが「お姉様上」という呼び名だった。


 香恋が告げた呼び名を聞いて、「おまえなぁ」と俺が呆れたのは言うまでもない。それは俺だけではなく、プロキオンとベティを除いた全員が呆れていた。焦炎王様なんて呆れながら笑っていたほどだったし。


 もっとも、当の香恋にしてみても、「お姉様上」ってどうなんだろうとは思っていたようだけど、自分で言い出したことだから、なにも言えずに押し黙ってしまっていた。


 とにかく、香恋は自分で墓穴を掘った結果、「お姉様上」と呼ばれるようになったわけだ。


 呼ばれるようになった経緯はともかく、このしんみりとした空気でかつ、プロキオンの一切の悪意のない声で「お姉様上」という呼び名が告げられた。


 その瞬間、つい俺は噴き出してしまった。


 噴き出したのは俺だけではなく、焦炎王様やアンジュも同じだ。


 当の香恋だけでは、「あ、ありがとう、プロキオン」となんとも言えない様子でお礼を言っていた。


 俺に対しては傲岸不遜な香恋だけど、さしもの香恋もかわいい姪っ子には敵わないようだ。


 なお、最初は香恋は「私もパパでいいわよ?」と言っていたんだけど、プロキオンとベティは俺を指差しながら「パパはもういるの」と言ってくれた。


 ふたりからのはっきりとした拒絶を受けて、香恋は思いっきり凹んでいたし、「……これじゃあシリウスやカティからも「パパ」と呼んで貰えないのが確定よね」とぼやいていた。


 香恋のぼやきを聞いて、俺は「……ごめん、ね?」と謝るので精一杯だった。実際、もしあの場にシリウスとカティがいたら、指を差して同じ言葉を言う人数が四人になったとしか言いようがなかった。


 ただ、恋香よりかは扱いはましになるだろうけれど、あくまでもましな程度で、たぶん扱い自体はそこまで大きく変わらないと思う。……さすがにそこまで言うのはかわいそうだったので、あえてなにも言わなかったけれど。


「くっくっく、香恋もプロキオンには形無しじゃな。まぁ、我も人のことは言えぬがのぅ」


 焦炎王様は喉の奥を鳴らすようにして笑いながら、ちょいちょいとプロキオンを手招きする。手招きされたプロキオンは「行っていい?」とアンジュを見上げると、アンジュは穏やかに笑って頷いた。


 プロキオンは焼き菓子の載ったトレイを休憩スペースのテーブルに置いてから、焦炎王様の元へと向かうと、そのお膝の上にちょこんと腰掛けたんだ。


「ばぁば。これでいい?」


「あぁ、よいぞ。プロキオンはいい子じゃのぅ」


「がぅ、私お姉ちゃんだもん。だから当然だもん」


 ふふんと胸を張るプロキオン。焦炎王様はプロキオンの頭に手を乗せて優しく撫でられる。頭を撫でられたことでプロキオンは嬉しそうに「えへへへ」と笑っていた。


 その笑顔に、場の空気がより穏やかに、より弛緩していくのがわかる。


「……奥方やプロキオンたちには関係のない話であったから、遠ざけようとしたが、誤りであったな」


「……そう、かもしれませんね」


「あぁ。大切な話だからこそ、そなたの大切な者たちにもきちんと共有するべきであった。……そなたたちのこれからの指針となる話でもあるのだから」


「俺たちの?」


『指針、ですか?』


「うむ、そなたたちがこの世界を強く憎んでいることは知っている。それでもあえて言おう。香恋とカレンよ、この世界を、この滅び行く世界を救ってほしいのだ」


 焦炎王様は俺たちをまっすぐに見つめながら、指針となる言葉を口にされたんだ。

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