rev5-5 責め苦への怒り
「──タマちゃんが神獣の末裔?」
焦炎王様が淡々と告げられたのは、耳を疑うものだった。
ただでさえ、「ヴェルド」がゲーム内世界ではなかったというだけでも、耳を疑うものだというのに、あの世界での神獣「九尾の狐」の末裔がタマちゃんだというのだから。
さすがに焦炎王様のお言葉であっても、すぐには頷けない。頷けないのだけど、思い当たることはあった。
タマちゃんはあまりにも成長がすごすぎた。
速度もそうだけど、その幅もまたすごかった。
俺や希望は俺の実家の道場という下地もあったけれど、タマちゃんの場合はそういう下地は一切なかった。
だというのに、気付いたときには並ばれ、そしてあっという間に追い抜かされてしまった。
子供の頃から武術を嗜んでいた俺たちが、初めて武術に触れて一年未満のタマちゃんに追い抜かれたんだ。
世の中には天才という人種もいるし、タマちゃんもその分類に入る人ではあるけれど、それでもあまりにも成長速度も、その幅もあまりにも凄まじすぎた。
それこそ、ゲームや漫画の主人公みたいだった。主人公ば主人公でも元々特別な出自という、最も恵まれたタイプの主人公だ。
「EKO」時代でも何度か思ったことはあるけれど、すぐに否定していた。
いくらなんでもご都合主義すぎると。それに能力の成長自体はご都合主義すぎるけれど、反面あまりにも苦労が多すぎていた。
まぁ、苦労が多すぎるところも主人公然としていると言えなくもないけれど、それでも主人公という枠で置き換えても、苦労人すぎた。
苦労人の面を考えなければ、タマちゃんは本当に特別ななにかを抱えているんじゃないかと思うほどに天才的だった。それこそ、天才の中でも一握りの、神に愛されていると言えるレベルでだ。
でも、本当に神獣の末裔だったとすれば、あの圧倒的な才能も理解できる。
俺やヒナギクをあっという間に追い抜いていったのも理解できるほどに。
そう、理解はできるが、あくまでも仮定とすればだ。
それにタマちゃんが神獣の末裔だったとしたら、希望はどうなるのかという疑問が浮かぶ。
タマちゃんと希望は遠縁の親戚だった。となれば、希望も神獣の末裔ってことになるはずだけど、希望はタマちゃんほどに圧倒的な才能を誇っていたわけじゃない。
希望も天才的な部分はあったけれど、タマちゃんとは比べようもない。
いくら遠縁でも、同じ血筋であるなら、ここまで差が出るというのはどうなんだろうと思う。
「タマモとヒナギクの差を考えているようだな?」
「……はい。タマちゃんとヒナギク、いや、希望は遠縁の親戚ですから。いくら遠縁でも同じ血筋であるならば、才能にそこまで大きな差はないんじゃないかって思うんですけど」
「ふむ。カレンよ、そなたの言いたいことはわからんでもないが、こればかりは持って産まれたもの違いであろうよ。加えて、宗家と分家の分家の血の濃さの違いもあるであろうな」
「……それは」
焦炎王様の言葉を否定することはできなかった。
宗家が一番濃く、分家になればなるほど血が薄くなるとすれば、タマちゃんと希望に才能の差があったというのもわからなくはない。
それに同じ両親の元で産まれても、それぞれで能力に差があるというのは、どこの家でも同じ事が言える。
うちの家だって、毅兄貴や和樹兄が言うには、俺や香恋は母さんの力を誰よりも強く受け継いでいるって話だ。
宗家の中でも能力が劣る人はいるだろうし、逆に分家筋の中には、宗家の人よりも能力が優れた人もいるだろう。まぁ、それはかなり特殊な事例だろうけど。
タマちゃんと希望の場合は、その特殊例には至らなかった。ただそれだけのことなのかもしれない。
「……納得はしておらぬようだが、理解はしたようだな? いまはそれでよい。とにかく、タマモは我が母上の末裔であることは間違いない」
「理由や証拠はあるのですか?」
「ある。タマモが「金毛の妖狐」となったこと。それがなによりもの証拠だ」
「……たしか、あれはログイン一万人記念の特別アバターだってタマちゃんは言っていましたけど」
「それは建前上じゃな。我が君は最初からタマモに狙いをつけておられたからのぅ。母上の血筋を探すことは我が君がその気になられれば簡単に行える。そして、その血筋の中で最も血が濃い者を見つけることもまたな」
「……すべて作為的だったと?」
「その通りじゃ。仮に、タマモがゲームに興味がなかったとしても、どのような手段を用いても最終的には「ヴェルド」へと転移させておられたはずじゃ。そのときは、ゲームのアバターではなく、「異世界に転生した」やなんだのと言い繕れられたことであろうな」
『あまりにも恣意的すぎませんか?』
香恋がいくらか感情的に言う。でも、それは俺も同意見だった。
タマちゃんが神獣の末裔だからと言って、いくらなんでも横暴がすぎる。
最終的にはどんな形でも「ヴェルド」に転移させるなんて、神様の行いだとしても横暴すぎた。
その理由が神様の恋煩いのためだなんて、タマちゃんの意思を無視するにもほどがあった。
「そなたたちがそう言うのも無理もないな。いくら我が君とはいえ、あまりにも恣意的すぎると我も思う。加えて、タマモにあまりにも負担を強いすぎているともな」
「負担というと、アバターの成長の遅さですか?」
タマちゃんのアバターは成長があまりにも遅かった。タマちゃんのPSの成長は凄まじいものがあったけれど、そのアバター自身の成長は遅々としたものだった。
事情を聞いたときは耳を疑ったことをいまでも憶えているし、タマちゃんが浮かべていた自暴自棄な笑みもまた。
「それもあるにはあるが、もっと根本的な問題があったであろう?」
「根本的な問題……アンリちゃんやエリセさんのこと、ですか?」
「その通りじゃ。タマモはあまりにも悲劇的な道程を進んでいた。精神的な負担が計り知れないほどにのぅ」
『……彼女の慟哭は、いまでも憶えております』
「そうであろうな。……だが、それもまた我が君のご意向であった」
「悲劇が意向、ですか?」
胸の奥がざわめき立った。
タマちゃんがあのふたりの件でどれほど傷ついたのかを、俺や希望はすぐそばで見て知っている。
悲劇なんて言葉じゃ済まされないほどに、タマちゃんは傷付けられたんだ。その傷が主神の意向だったと言われて、なにも思わないわけがなかった。
香恋は黙ってしまったけれど、きっと俺と同じ気持ちになっているはずだ。それは焦炎王様も理解されているのだろう。
「落ち着け」と静かに言われた。
でも、焦炎王様の言葉とは言え、こればかりは頷けない。
そもそも、なんの目的があって、タマちゃんをあんな目に遭わせたというのか。
「……我が君には目的があった。それがこの世界「スカイスト」を救うことにも通じていた」
「この世界を?」
『……もしかして、タマちゃんを勇者なんぞにするつもりだったのですか? このくそったれな世界を救うためだけに、彼女に試練を与えたと?』
香恋があからさまな怒りを見せながら呟いた。その内容に俺は言葉を失った。
そんな理由で、タマちゃんをあんな目に遭わせた。こんな世界のために、タマちゃんだけを傷付けきったというのか。そんなの許されることじゃなかった。
香恋と同じくらいに憤りを覚えながら、焦炎王様を見やる。焦炎王様は静かに息を吐きながら、「相違ない」と告げられた。
「勇者とは、どのような状況、どのような場面においても冷静さを失ってはならぬ。同じように、どのような責め苦に遭おうとも、歩みを止めてはならぬ。そのために我が君はタマモを」
「『ふざけないでください!』」
焦炎王様の言葉を遮って俺と香恋は叫んだ。あまりにも一方的で、あまりにも身勝手すぎる内容に耐えることができなかった。
座っていた椅子から立ち上がり、焦炎王様を睨む。焦炎王様が悪いわけじゃない。それでもいまは怒りを向けられる相手が焦炎王様しかいなかった。
焦炎王様への礼を失していることはわかっていた。それでも、それでも戦友にして、親友であるタマちゃんへの責め苦を思えば、自制心は働くことはなかった。
そんな俺と香恋に焦炎王様は申し訳なさそうに顔を伏せられる。
焦炎王様が悪いわけじゃない。そう、わかっている。わかっているのに、あまりにも身勝手すぎる内容に怒りを抑えきれなくなっていた、そのとき。
「あなた。落ち着いて」
「パパ、ばぁばを怒っちゃダメだよ」
穏やかな声が俺の耳朶を打った。振り返ると、中庭の入り口に、アンジュとプロキオンが悲しそうに顔を歪めて俺を見つめていたんだ。




