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rev5-4 真実

「巨獣殿」の中庭はいつも通りだった。


 鯉らしき魚が泳ぐ池も、その脇にある松らしき大木も、庭の一角を占める盆栽の数々、そして作りかけだった石庭も。


 なにもかもがいつも通りだった。


「……相変わらず美しいのぅ」


 焦炎王様が「巨獣殿」の中庭を見て言われたのは、俺も頷ける言葉だった。


「はい、とても美しゅうございます」


『その美しいものが、このまま完成を見ないというのは、なんとも残念です』


「そうさな。……ベヒモスももうおらぬ。ここが完成しないというのは、残念でならぬ。できれば、完成したここで茶の湯を楽しみたかったな」


 焦炎王様は作りかけの石庭を見やりながら、目を細められていく。その視線に込められた想いがどんなものなのかは、俺にはわからない。


 そもそも、焦炎王様とベヒモス様、いや、神獣様たちがどういう関係であるのかもわからなかった。


 石庭をまっすぐに見つめる焦炎王様の横顔を俺はただ見つめていた。


「……さて、いつまでもこうしていても仕方がない。話をしようか、我が弟子たち」


『はい、我が師』


「拝聴いたします」


 俺と香恋がそれぞれに頷くと、焦炎王様は細められていた目を開かれる。目尻にわずかな涙が溜められながら。


「……まずはどこから話すべきかな」


 目尻に溜まっていた涙を拭い、焦炎王様は空を見上げられながら、庭の一角に置かれている休憩スペースへと進まれる。


 その後を俺たちは着いていく。焦炎王様の足取りはいつもとなんら変わらない。


 変わらない足取りであるのが、どうしてか悲しく見えた。


「……そうじゃな。うん、やはり大前提から話すべきであろうな」


 ほどなくして、休憩スペースの椅子に焦炎王様は腰掛けられた。腰掛けられながら言われたお言葉を聞きながら、俺もまた相席させてもらった。


「大前提ですか」


「うむ。香恋はわかっていることであろうが、カレン、そなたがまだわかっておらぬことよ」


「俺が?」


「うむ。香恋はわかっておるな?」


『……はい、我が師』


 香恋は焦炎王様の言葉に頷いた。香恋はわかっているが、俺がわかっていないこと。いったいなんのことだろうと思っていると、焦炎王様が告げたのは、あまりにも当たり前すぎて理解していなかったことだった。


「よいか、カレンよ。ここにいる我は、決してデータの存在ではない。いや、我だけではない。そなたが「エターナルカイザーオンライン」というゲームで触れ合ったNPCたちはみなデータだけの存在ではないのだ」


「……え?」


 それは当たり前のことだった。目の前にいる焦炎王様はゲーム内のキャラクターだった。そのキャラクターが現実であるこの世界にいる。


 考えてみれば、おかしなことだ。それでも、そのおかしなことを俺は受け入れていた。いや、突き詰めるのをやめていた。


 その突き詰めるのをやめていたことを、焦炎王様はあえて口にされた。ご自身がデータだけの存在ではないと。俺が知り合ったNPCたち全員がデータだけの存在ではないと。そう言われたんだ。


 焦炎王様たちがNPCではない。ということは──。


「焦炎王様たちは、実在する人たちだと?」


「その通りだ。そもそも「エターナルカイザーオンライン」の世界であった「ヴェルド」は、ゲーム内世界ではない。現実の異世界じゃな。あ、いや、違うか。そなたたち「プレイヤー」こそが「ヴェルド」の民にとっては転移してきた異世界人であった」


 焦炎王様が語る内容は、信じられないものだった。


 でも、信じられなくても、目の前に焦炎王様がいる。焦炎王様こそが信じられない内容のなによりもの証拠だった。


 俺にとっての焦炎王様は師匠であると同時に、ゲーム内のキャラクターだった。


 データの中にしかいない人のはずだった。が、そのデータだけの存在である焦炎王様がいま目の前にいる。いくら信じられなくても、信じるしかない証拠を突き付けられてしまった。


「……でも、ならなんでゲーム内世界という体にしていたんですか?」


 信じられない内容ではあったけれど、信じるしかない状況になったが、そこでまたひとつ疑問が生じた。


 あの世界が現実の異世界であるならば、なんでゲーム内世界という体をなしていたのだろうか。


「……ふむ。では、次はそのことを語るとしようか。あの世界がゲーム内世界という体をなしていた理由。それは我が君主神エルドのご意向である」


「主神の?」


「うむ。と言っても、それだけでは理解できぬであろう」


「……その、申し訳ないですけど」


「よいよい、事情がわからなくてはなんの話なのかもわからぬであろうしのぅ」


「は、はぁ」


 あっけらかんと笑いながら、焦炎王様は再び空を見上げられた。空を眺められながら、焦炎王様はまた目を細められた。細められた瞳にはなにかしらの感情が宿っているようだった。


「……一言で言えば、恋煩いかのぅ」


「恋煩い、ですか?」


「うむ。我が君は、ある方を心の底から愛しておられた。その方は陽光に煌めく美しい金髪に、同じ色の金の瞳を持った女性であった。そしてその方は……我の母上であった」


「焦炎王様の」


『ご母堂様ですか?』


 焦炎王様のご母堂様。そのことは香恋も知らなかったようで、驚いた様子だった。焦炎王様は「あぁ」と静かに頷かれると、懐からひとつの煙管を取り出した。その煙管には美しい狐の絵が、九本の尻尾を持った金色の毛並みをした美しい狐の描かれていた。


「うむ。……とはいえ、我との血の繋がりはない。あくまでも我や兄者、そしてふーこを育ててくださった方であるな。血の繋がりもなく、種族も異なっていたが、我ら五人はたしかに家族であった」


「五人?」


『四人ではなく、ですか?』


 焦炎王様のご母堂様と焦炎王様、氷結王様、そして大ババ様で四人のはず。なのに、五人ということは、もうおひとりいるということ。でも、いままでもうおひとりうのことは聞いたことがなかった。


 香恋もこのことは知らなかったみたいで、俺同様に驚いているようだった。


「うむ。我や兄者は「姉上」と呼び慕った方がおられる。ふーこは「ギョウ様」と呼んでおったのぅ。その「姉上」が……母上を斬られたことで我らの家族としての時間は終わり、我が君が恋煩う日々が始まったのだ」


「……え?」


『斬った?』


 家族の話がいきなり血生臭いものになった。その理由が焦炎王様たちの姉という「ギョウ様」という方がご母堂様を斬られたことが原因だった。


 でも、なんでご母堂様を「ギョウ様」は斬られたのか。あまりにも状況がわからなさすぎた。


「……母上は、姉上にとっては姉にあたった。やはり種族は違うものの、母上と姉上は仲のいい姉妹であった。主神エルドの側仕えに位置する方々であったが、我が君は仲睦まじい姉妹であったと語られておられたし、我らもそう見えていた」


 焦炎王様は理由は語らず、淡々とご母堂様と「ギョウ様」の関係を語られていく。


 聞く限り、これと言った問題のない関係だった……そこまでは。


「だが、仲睦まじくとも、どうしても差はあったのだ。どれほどに努力を積み重ねても埋めることさえもできないほどの、途方もない差が母上と姉上にはあった」


「……もしかして」


「……あぁ。その埋め切れぬ差が、姉上の心に影を差し続けたのじゃ。姉上は剣の天才であられた。少なくともいまの我を以てしても敵わぬほどの圧倒的な天才であられた。その姉上を以てしても、母上の足元にも及ばなかった。母上の前では、姉上ほどの天才であっても、凡人となってしまう。それは剣だけではなく、あらゆる面においても同じであった。その圧倒的すぎた差が、姉上を追い詰め、そして姉上は母上を手に掛けてしまった」


 焦炎王様の目尻から涙が零れた。零れ落ちる涙を拭うこともせず、焦炎王様は空を眺められていく。その涙に空が映り込み、涙が空の色と化していった。


「その後、姉上はご自身の凶行に絶望し、母上の後を追われてしまった。残ったのは、おふたりの血に塗れたミカヅチとムラクモの二振りだけじゃった」


「ミカヅチとムラクモ? もしかして」


「あぁ、ミカヅチとムラクモは姉上の剣であった。血塗られた神器。神獣と霊獣の血に染まった神剣。それがミカヅチとムラクモである」


 焦炎王様の目が俺が佩くミカヅチへと向けられた。ご母堂様と「ギョウ様」の血に濡れたのが、かつてのミカヅチとムラクモ。その事実に俺はなんと言えばいいわからなくなってしまった。


「……あまり気にするなよ、カレン。あくまでもミカヅチもムラクモも凶行の際に使われたというだけのこと。それ自身が悪いわけではない。いや、誰も彼もが悪いわけではない。……あまりにも巡り合わせが悪すぎた。ただそれだけのことじゃ」


「巡り合わせ、ですか」


「そう。巡り合わせじゃ。あまりにも巡り合わせが悪すぎた。もし、なにかひとつでも異なれば、結果は変わったかもしれぬ。だが、しょせんはたらればの話。なにを言ったところで過去は変わらぬ。だが、その当たり前を我が君は認められなかった」


『主神が、ですか』


「うむ。主神であるがゆえに、力があるがゆえに認められなかったのだ。愛する者を揃って失ってしまった現実を我が君は受け入れることができず、我が君は行動を起こされたのじゃ。それがカレン、そなたたちの世界と「ヴェルド」を限定的に繋ぐということであった」


「限定的に繋ぐ……VRMMOとしてということ、ですか?」


「その通りじゃ。そなたたちの世界とゲームという方法を通して意識だけを転移させていく。ゲームではなく、現実であることを巧妙に隠しながらのぅ」


『なぜ、そのようなことを? そのようなことをしても意味はないと思うのですが』


「うむ。その疑問は尤もであるな。だが、すべての物事には理由が存在するように、我が君の行動にも理由があった。それは亡くなった母上、神獣「九尾の狐」こと玉藻の前を蘇らせること。そのために母上の裔であるタマモ、いや、玉森まりもをあの世界へと喚ぶ。それが我が君の目的であったのじゃ」


 焦炎王様が告げた言葉に、俺と香恋は揃って言葉を失った。 

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