rev5-1 至ってしまった彼女の話
前回あとがきで書くのを忘れていましたが、今回から5章となります←汗
湖水に触れていた。
身につけている装束が、神様ふたりから用意して貰った特別な装束がゆっくりと濡れていく。
ゲーム内世界だと思っていた「ヴェルド」の初期に着ていた巫女服によく似た装束。
あれとは違い、丈は長いし、ズボン状の袴になっている。
見た目で言えば、忍者が身につけているタイプの、たしか、裁着袴だったかな。うろ覚えで名前と用途が合っているかはわからないけれど、あれに近い構造をしている。
まぁ、装束自体は問題じゃない。上は巫女服っぽいのに、下はそういうズボンタイプの袴なのかって言いたいところではあるけれど、それくらいであれば些事だし。
問題なのは、いまのボク、じゃない。私自身にある。
「……ふぅ」
朝の鍛錬を終えると、ちょうど昇ってきた朝日の煌めきが、湖水によって反射してきた。照り返しの強さに目を細めながら、凪いでいる湖水に、まるで鏡のようにいまの私を映す水面を見つめた。
水面に映る私は、以前の私とは、地球にいた頃の私とは違っていた。
陽光に煌めく金色の髪。その髪の合間から覗く髪と同じ色をした立て耳と背中から顔を見せている九つの尻尾。
それは「ヴェルド」で私が行き着いた姿。「ヴェルド」における「神獣」へと、二代目の「神獣」へと至った私の姿。
元々は地球の、かつては現実世界と思っていた地球にいる私の姿を「金毛の妖狐」にした姿だった。
だから、「ヴェルド」の私も現実世界の私も同じ顔、同じ姿をしている。違うのは髪の色と立て耳と尻尾だけだった。
でも、いまの私は「ヴェルド」の私や、現実世界の私とも異なる見た目をしている。
とはいえ、まるで別人になったわけじゃない。
一言で言えば、いまの私はアリアと、親友の秋山莉亜と並んでも遜色しない見た目になっている。
なんちゃってロリと言われていた顔は、すっかりと大人びたものになっていた。
十歳くらいで止まった背丈もずいぶんと伸びて、アリアよりも少し高いくらいになっている。
あと、自分のものだからどうでもいいことではあるのだけど、胸も結構育ったみたいで、上衣を大きく押し上げていて、希望と変わらないくらいはあるのかもしれない。
「……お母様そっくり」
以前の私とはまるで違ういまの私は、お母様に、私の母である玉森まりなによく似ているが、お母様よりも胸は大きいようだ。
……本当に自分のことだからどうでもいいんだけどね。どれほどに自分の胸が大きかろうが、自分の胸を揉みしだいてもちっとも嬉しくない。というか、つまらない。
いまの姿になって、いままで見たことがなかった谷間ができていたことにはすぐに気付いた。本能的になのか、それとも衝動的だったのかは自分でもわからないけれど、気付いたら揉んでいた。
私のそれは私の理想そのものだった。肌つやや感触、弾力等すべてが私の理想で、まさに私が追い求めていた至高のそれ。
……でも、どれほど、至高そのものであったとしても、自分の胸ではなんの意味もなく、私が絶望に打ちひしがれたことは言うまでもない。
そんな絶望を味わった私を見て、ふたりの神様は笑っていた。
特に、私をこの世界に誘ったレンさんのお母様であるスカイストさんなんて爆笑していたもの。
スカイストさんのお母様にあたるクラウディアさんは笑っていたけれど、「本当にこの子で大丈夫?」と呆れてもいたようだった。
でも、最終的にはクラウディアさんは私を認めてくれた。
その結果、私はこうしてお師匠様こと土轟王様の元へと送り出されることになった。
なったのだけど、再会した当初のお師匠様は私を見て、「……誰?」と首を傾げられてしまった。
首を傾げていたのはヨルムさんやトワさんも同じで、私が誰なのかがわからなかったようだ。……彼女を除いて。
「精が出るな、タマモ」
凪いでいた湖面が揺れ、影が差す。見上げれば、ヨルムさんと同じ燕尾服を身につけたカナタがゆっくりと下りたって来ていた。
トワさんと同じ、虹色の翅を羽ばたかせて降り立ってくるカナタ。
その様子をぼんやりと眺めていると、自然と涙がこぼれ落ちた。
カナタはぎょっと目を見開いた後、小さくため息を吐いた。
「……何度も言うが、私を見る度に涙目になるのはやめてくれないか?」
「仕方ないじゃない。あなたと会えるなんて思っていなかったんだもの」
「……その口調を私の前でも使うのだな、君は」
「……ごめんなさい。これはけじめだから」
「まったく、君という奴は見た目はまるで変わったというのに、中身はまるで変わらないな。……あの頃のままだ」
カナタは呆れ半分で言う。呆れられてしまったけれど、カナタはもう半分は嬉しそうではあった。言ったら、その半分も呆れになってしまいそうだから、あえて言わないけれど。
「そういうあなただって、見た目はだいぶ変わったよ。中身はあの頃のままだけどね?」
くすりと笑いながら、カナタを見やる。カナタは「それは褒めているのか?」と眉尻を上げながら、怪訝そうに顔を歪めていく。
「褒めているつもりだよ? 一応ね」
「ふん、まったく意地が悪い奴だ。我が友は」
そう言ってカナタはそっぽを向いてしまう。怒らせてしまったかなと思ったけど、よく見るとカナタはの頬は若干紅く染まっている。
「なぁに、照れているの、カナタ?」
「照れてなどいるものかよ」
「ううん、照れているよ」
「証拠を見せろ、証拠を」
「証拠なら、そこに」
湖面には私とともに映るカナタの姿がある。さきほどまでは波が生じていたけれど、いまはもう凪いでいるからと湖面を指差した、その瞬間、カナタはその背中にある虹色の翅を再び羽ばたかせた。
「あ」
「……なにが証拠だって?」
証拠だった湖面は、カナタの羽ばたきによって生じた波にかき消されてしまった。
「ずるいですよ、それは!?」
思わず、かつての口調でカナタに食ってかかる。カナタは「なんのことだ?」となんともいやらしい笑みを浮かべるだけ。
私が口にする証拠を物理的に消し去ったことで優越感に浸っているようだ。
「もう、あなたって、本当に意地悪だ!」
「くくく、なにをいまさら。数年ぶりに会ったから、私の性根を忘れたとでも言うつもりか?」
「そんなことあるものか」
「……そうか。そうだな」
カナタを忘れたなんてことは一度もない。冗談であったとしても、誰にも言われたくない。たとえカナタ本人が口にしたことであったとしても、だ。
カナタは私の言葉に一瞬目を見開くも、すぐに嬉しそうに頷いてくれた。その頷き方はかつてと同じだった。
「……なぁ、タマモ」
「うん?」
「そろそろ前の姿になってくれはしないか? やはりその姿だとどうにも落ち着かぬ」
「そう? まぁ、私もあんまり落ち着かないからね」
カナタの言葉に頷く形で、私は現在の本来の姿から、かつての幼い姿へと戻った。
いまの私ならその気になれば、いつでも姿を変えることができる。お師匠様たちと接するときは、基本的には昔の姿に戻ることにしていた。
というか、昔の姿にして欲しいと頼まれていた。
曰く、「どうにも違和感が拭えない」らしい。どうやら、お師匠様たちにとっての私は、成長などしない存在のように映っていたようだ。
失礼じゃないかなと思う。思うのだけど、私自身かつては成長なんてもうしないよなぁと思っていただけに、なにも言い返すことはできなかった。
でも、鍛錬の際にはこの姿でいることが多い。昔の姿よりも背丈が伸びて、体重も増えているので、攻撃力は以前よりも大幅に増えているし、なによりもリーチが大きく伸びている。
だから、本来の姿で動くことになれるために、鍛錬時は基本的に本来の姿で動くことにしている。
前の姿に戻るときは、お師匠様たちの前か、もしくは頼まれたときだけにしている。
今回はカナタに頼まれたから、あえて戻ることにした。
視界がゆっくりと下がっていき、手足のリーチも短くなっていく。拭えない違和感を憶えながら、私はかつての私の姿へと戻った。
「……やはり、そちらの姿の方が君らしいよ、タマモ」
カナタは笑いながら言う。バカにしているわけではなく、本心からの言葉だった。
「なんとも言えないね、それは」
「そうだな。だが、私にとっての君は、そちらの君だからな。最初に出会ったときからずっと」
「……そうだね、クー」
「……ふふふ、ずいぶんと懐かしい呼び名だ。いまの私はカナタだというのに」
「それでも、私にとってのあなたは「クー」なんだよ」
「そうか」
「うん、そうだよ」
短いやり取りを繰り返す。カナタ、いや、クーは静かに頷いてくれている。
私の本来の姿になって最初に私であることを気付いたのはクーだった。いや、一目で私が私であることにクーは気付いてくれた。
それが堪らなく嬉しかった。その嬉しさはいまなお変わらない。
「……ねぇ、クー」
「うん?」
「空飛びたいな」
「あぁ、任せておけ。かつての約束通りにな」
「うん」
かつての約束。それはクーが死んだときに交わしたもの。クーの背中に乗って大空を舞うこと。ここに来てから何度となく空を飛んだ。クーは決して嫌がることなく、私を空の上に誘ってくれる。どんなときであっても。
「……ねぇ、クー」
「うん?」
「また、君に会えて嬉しいよ」
「……私もだ、友よ」
クーの背中ではなく、クーに抱きしめられての飛行。それでも私にとっては十分すぎることだ。そのうえ──。
「アンリとエリセにまた会えるんだ。これ以上求めることなんてなにもない」
──喪ったふたりとの再会もできるなら、これ以上の報酬なんてない。
たとえそのために、私のすべてを失うことになるとしても。いや、もう失っているんだ。もう失うものなどなにもない。
「早くみんなで会いたいね」
「あぁ、そうだな」
クーが頷いた。その頷く声を聞きながら私は、新しくなった私になって、クーとともにこの世界の空を舞っていった。




