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rev4-Ex-5 愛情の違い

 吐息が空気の珠となっていく。


 気取られないように、わずかずつ息を吐きだしていく。


 それは目の前にいるシリウスちゃんも変わらない。お互いに半目の状態で呼吸を繰り返す。


 さっきまでいた男の人と女の人は私たちに意識があるかはわからなかったみたい。


 シリウスちゃん曰く、意識を取り戻したと気付かれると非情に面倒なことになるらしい。いや、面倒というか、大変なことになるって感じだったか。


 どちらにしろ、私たちがこうして意識を取り戻していることはもちろん、私たちの会話に気付かれるわけにもいかないってことはわかった。


 相変わらず大きな試験管の中で、培養液に包まれている私だけど、そろそろこの培養液にも慣れてきていた。


 慣れてきてはいるけれど、それでもなんとも言えない気持ち悪さはある。


 その気持ち悪さをぐっと堪えつつの、シリウスちゃんとのお話だったのだけど、そのシリウスちゃんから思わぬ一言をもらってしまった。


『女神の真体に選ばれた? 私が?』


 シリウスちゃんの言っている意味がわからなかった。


 言葉はわかっているのに、その言葉の意味が理解できない。


 女神の真体。


 私の知っている言葉ではないけれど、字面を踏まえれば、女神様の本当の体ということになるのだろうけれど、どうしてその体に私が選ばれるのか。


 普通、こういうことって同じ神様とか、もしくは神様に連なる人が選ばれる気がする。たとえば巫女とか、その血筋の人とか。


 私が知る限り、うちの家系はそんな特別な血筋というわけではないはず。……うろ覚えでしかないけれど、少なくとも特別な血筋というわけではないはずなのだけど──。


『……それは違うよ、ノゾミママ』


『違う?』


 ──特別な血筋ではない。そう思っていたら、シリウスちゃんに否定されてしまう。


 まぁ、呆れられたわけではないようだけど、近いレベルではある。「本当に理解していないんだなぁ」というニュアンスだった。


『ノゾミママのパパさんやママさんは真っ当な人間だよ。でもね、ノゾミママの従兄さんやそのご家族は違うの。いや、そもそも大元からして真っ当な人間ではないの』


『……いとこ』


 いとこと言われて思い当たったのは、ふたりいた。実の兄同然に育ってきた人と子供の頃から憧れ続けてきた人。


 ふたりとも私なんかとは比べようもないほどに立派な人で、揃って穏やかな人だった。……顔も名前も思い出すこともできないけれど、優しい人たちだったってことは憶えていた。


 でも、あくまでもふたりは人間だった。特別な存在というわけじゃない。私にとってはふたりとも特別な人たちに入るけれど、世間一般的にはそうではないはず。


 なのに、シリウスちゃんはその認識が誤っていると言う。どういうことなんだろう。


『あくまでも私が知る限りは、ノゾミママの「アマミ」家は普通の人間なの。でも、その本家にあたる「オノデラ」は神様の血筋に当たるんだよ」


『……は?』


 言われた言葉の意味が理解できなかった。今回こそは本当に理解できない。シリウスちゃんが言っていることがなにひとつとて理解できなかった。

『まぁ、そうなるよね。でもね、ママ。これくらいで驚いていたら、保たないよ? だって、ノゾミママの大好きな「姉様」の家は、大元である「タマモリ」は正真正銘神様の末裔なんだもの』


『……どうしよう、シリウスちゃんの言っていることがなにひとつ理解できないよ』


『まぁ、無理もないから気にしないで、ノゾミママ』


『うん、ごめんね』


『だから……。まぁ、いいか。衝撃的すぎるだろうし』


 シリウスちゃんは困ったように言う。うん、でも、本当に困っているのは私の方なんだけどね。


 平々凡々だと思っていたのに。せいぜいが上流階級に連なる程度だと思っていたのに。まさかの神様の末裔だなんて、いったいどういうことなのかな。


『私の知る限りは「タマモリ」は狐系の神様の末裔なんだよ』


『狐? お稲荷様ってこと?』


『そう、それ。まぁ、正確に言うとちょっと違うんだけど』


『違うって言うと?』


『現地ではオイナリ様って扱いだったらしいけど、もともとは別の世界の神様クラスの狐さんだったの。その狐さんがノゾミママたちの世界に飛ばされてしまったの。元の世界では死亡扱いされていたから、帰るに帰れなくなってしまって、結局ノゾミママたちの世界で子供を作ったみたい。そこの子供が「タマモリ」の始祖になる人なの』


『それってどのくらい昔のことなの?』


『……そうだね、元の世界でも千年は経っているみたい。時間の流れは元の世界もノゾミママたちの世界も変わらないはずだから、たぶん千年くらい前のことじゃないかな?』


『千年前』


 あまりにも途方もない時間だった。私が過ごしていた頃は二千数十年くらいだったはず。その千年前と言うと、平安時代だっけ? そのくらいのはずだけど。その頃から私の大元だった家は存在していたってことなのかな。……歴史古すぎじゃない? 天皇家レベルの長さにならないかな?


『うん、本当に古い一族みたいなんだよ、「タマモリ」の家って。私も教えられたときは、変な笑いが出たもん。ばぁばも「まさか、ここまで歴史を刻んできたとはねぇ」って苦笑いしていたし』


『そう、なんだ』


『うん、そうなんだよ』


 シリウスちゃんのばぁばさんがどういう人なのかはわからないけれど、千年も歴史がある家と言われて、苦笑い程度で済ませられるのだから、相当にすごい人なんだろうな。いろんな意味で。


『ちなみに、ノゾミママ?』


『うん?』


『私がいま言ったばぁばは、ノゾミママにとっては義理のママになるよ?』


『……え?』


 義理のママ? えっと、どういう意味での義理なんだろう? 育ての親的な意味? それとも旦那さんのお母さんという意味? どっちなんだろう。すごく気になるんだけど。


『……あー、ちょっと勘違いさせる言い方だったね。えっと、義理のママっていうのは、私のパパのママだから。だから、私にとってはばぁばになるけれど、ノゾミママにとっては旦那さんのママってことなの』


『あ、あー、そっち。そっちね』


『うん、勘違いさせてごめんね』


 シリウスちゃんの声色が変わった。落ち込んだみたい。


 ……ママって呼ばれてはいるけれど、まだ「ママ」という自覚は私にはない。ないはずなのだけど、シリウスちゃんを落ち込ませたくないって思った。いや、落ち込ませるだけじゃない。この子を泣かせたくないって思った。


 この培養液の中では難しいことだけど、できることならばぎゅっとしてあげたいって思った。


 ……シリウスちゃんの方が年上に見えるし、身長も私よりも高いけれど、それでも、それでもいま私の目に映るシリウスちゃんは小さな女の子のように、甘えたがりで、でも頑張り屋さんな女の子に見えた。……それがきっとシリウスちゃんなんだ。私のかわいい、愛娘。


 だからなのかな? 自分でもどうしようもないほどの愛おしさが込み上がってくる。


 でも、それは「かれん」に対するものとは違う。

「かれん」に抱く愛おしさは、なんというか、身を焦がしそうなもの。焦がれて焦がれて、焦がれすぎて、私自身でもどうすることもできないくらいの、とても大きくて、大切なもの。……一緒に幸せになっていきたいっていうもの。


 じゃあ、シリウスちゃんへのものはというと、焦がれることはない。焦がれることはないけれど、「かれん」への想いと負けないくらいに大きく大切なもの。……この子を幸せにしてあげたいなって気持ち。


 どちらも同じ愛おしさ。愛情という意味では同じ。本質では同じ。


 でも、大きな違いがある。その違いがなんであるのかはすぐにわかった。


(……そっか、シリウスちゃんへの気持ちは、自分の子供を愛するってものだけど、「かれん」へのそれは……たったひとりの大切な人へと向けるものなんだ)


 そう、ふたりへの想いはそれぞれ親子でのものと、恋人や夫婦が抱くものっていう違いがある。

 

 シリウスちゃんは前者で、「かれん」は後者なんだ。つまり私は、私は──。


『私、「かれん」が、「香恋」が好きなんだ。「香恋」を愛しているんだ」


 ──そう、私は「かれん」を、「香恋」を愛している。たったひとりの大切な人として。


『……いきなり惚気られたことに対して、ノゾミママの見解を聞きたい私がいるよ?』


『あ、ごめん』


『いいよ。だって、ノゾミママがパパにぞっこんなのは見ていてはっきりとわかったもん。ばぁばも、「のんちゃんは「なんで自分で自分の気持ちがわからないのか」ってくらいにあの子が大好きだから」って言っていたもん。周知の事実ってやつなの』


『……そんなにわかりやすかったの、私って?』


『開いた本ってよく言うけれど、ノゾミママの場合は内容について詳細に書かれたメモが付いているうえに、ご丁寧なことに解説役もいるってくらいだったよ?』


『……至れり尽くせりって奴だね』


『そのとーりなの』


 シリウスちゃんがはっきりと頷いてくれた。その頷きに私が頭を抱えたくなったのは言うまでもない。


 というか、そんな誰でもわかるレベルなうえで、素直じゃないとか、それじゃツンデレだのなんだのって言われるよ。言われないわけがないじゃんか。


『……まぁ、ノゾミママがとっても、とってもパパが大好きだってことはみんなわかっていることだから、話は戻すね』


『……そのみんなの範囲がどれくらいなのかがすごく気になるよ、ママは』


『だから、みんな。パパとママを知っている人たちなの』


『……Oh』


 目眩がしそう。いや、目眩がする。これじゃあ周知の事実じゃなく、羞恥の事実じゃん。


 私ってどれだけ「香恋」が好きなの? ……あ、いや、考えるのはやめよう。なんとなくだけど、羞恥心に苛まされる気がしてならないし。


『まぁ、それはそれとしてだよ。「タマモリ」の家は異世界の神クラスの狐さんの末裔で、その血は「タマモリ」に近ければ近いほど濃いの。「オノデラ」は分家だけど、特別的に血が濃いけれど、「アマミ」はほぼ人間同然ってことをわかって貰えたらいい。それでノゾミママが選ばれたのは、パパと近しいから。それが一番の理由なんだよ』


 シリウスちゃんは流れを切るようにして、なんとも言えないぐだぐだとした流れを切って、事の真相について口にしていく。その真相を私は黙って聞いていった。

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