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rev4-Ex-4 美しいからこそ痛ましい

個人的なことで恐縮ですが、明日から大阪旅行だー、やはー、というテンションで書きました←

 ゆったりとした動きだった。


 腕を引き、足の位置を変える。


 動きとしてはたったそれだけ。動きの幅だけを見れば、単純な動きだった。


 その単純な動きを緩慢にして、型をなぞっていく。

 

 ひとつの型をなぞるだけでそれこそ数分は掛けるほどにゆっくりと彼女は動いていく。


「ふむ」


 僕はその動きを湖の畔にあった岩に腰掛けながら見守っていた。アドバイスがあったら、お願いしますと言われていたが、いまのところアドバイスなどしようがない。


 それだけ、彼女の型は完成されていた。僕たちが死んでからというものの、彼女はあっちの世界だけではなく、本来の世界でも型をなぞり続けていたのだろう。


 僕の「轟土流」において、型は基本的にゆったりと、緩慢に動くようにとされている。より緩慢であればあるほど、動きの精度が高いとされている。


 その点、彼女の動きはひとつの型を数分掛けるほどに緩慢だ。


 その緩慢さを見れば、どれほど彼女が鍛錬に時間を掛けてくれていたのかがわかる。


 かつての彼女はせいぜいひとつの型で一分しか掛けることはできなかった。


 それがいまや数分も掛けられるほどに、彼女は鍛錬を続けてくれていた。それが堪らなく僕には嬉しく思う。


「……ふぅ」


 やがて、彼女は静かに息を吐ききって動きを止めた。


 水辺際には彼女の足跡が刻まれている。その足跡はきれいな小円を描いていた。半径にして数十センチあるかどうかというほど。かつては半径一メートルを超えていた円は、当時の半分以下になっている。


 緩慢な動きと小円。そのどちらも相応の鍛錬あってこそのものだ。


 足元にできた汗の水たまり。この子はこの水たまりをいままでどれほど生じさせてきたのか。その道程がありありと思い浮かぶ。


「いかがですか、お師匠様?」


 彼女が、タマモが肩を上気させながら、僕のところへと駆け寄ってくる。


 以前通りの見た目で駆け寄ってくるタマモ。いや、最後に見たときよりも尻尾の数が多くなっていた。


 最後に見たときはたしか尻尾は七つだったはず。


 それがいまや九つにまで増えている。


 増えているが、どうにも違和感はあった。僕が最後に見たときから増えたふたつの尻尾。他とは色の異なる黒みが掛かった緑色の尻尾と青色の尻尾。そのふたつの尻尾には見覚えがあった。


 でも、それを口にするほど僕は野暮になったつもりはない。


 おそらくは、そのふたつの尻尾はタマモに告げられた報酬だろう。


 この世界を救う報酬。その証こそがそのふたつの尻尾なんだろう。


 スカイスト様か、クラウディア様かはわからないが、どちらにしろ酷なことを命じられたものだ。


「……お師匠様?」


 タマモが不思議そうに首を傾げる。「なんでもないさ」と言ってから、僕は岩から下りた。


「うん、言うことはないよ。ずいぶんと鍛錬をこなしてきたものだね」


「おわかりいただけたのですか?」


「君は僕をなんだと思っているんだい? こう見えて君の師匠だぜ? 弟子がどれほどまでに鍛錬を続けてきたのかは、動きを見るだけでわかる。聖風王殿たちも君の動きを見れば、喜んでくださるだろうさ」


 そう言ってタマモの頭に手を乗せて撫でていく。タマモは擽ったそうに笑うが、その笑みにはどこか翳りのようなものが見え隠れしている。かつてはなかったものだった。その理由がなんであるのかは容易に窺えた。


「ところで、タマモ」


「はい、なんでしょうか?」


「その尻尾について聞いてもいいのかい?」


「……これは」


「あぁ、言いたくないのであれば言わなくていい。だいたいは予想できている。……彼女たちの尻尾だよね?」


「……はい。その通りです」


「そう。やはり、それが君への報酬か。酷なものだ」


「……」


 タマモはなにも言わなかった。ただ、色の違うふたつの尻尾をそっと胸に抱いていく。その目尻には涙が浮かんでいる。


「……この世界を救う。そのために払った犠牲の先に得られるものがそれか。……ずいぶんとまぁ持ち出したものだね、タマモ」


「……そう、ですね」


「正直なことを言うと、その支払いは高すぎるよ。それどころか、そんなものは知らんと突っぱねることだってできただろうに」


 世界を救う報酬。そのために支払った持ち出しの代金。いや、契約料というべきか。その契約料はあまりにもタマモへの持ち出し分が多すぎる。


 そんなことはタマモ自身が一番わかっていることだろうけれど、それでもあえて言いたい。言ってあげたい。


「君がそこまで持ち出して支払う必要はあったのかい? 自分の未来さえもかなぐり捨てて、見ず知らずの、関わり合いのない世界を救うなんて、君いつのまに勇者なんぞになったの?」


 少し言いすぎかもしれない。それどころか、追求しすぎかもしれない。


 それでも、それでも言うべきことではあった。


 タマモの現状を知るものは少ない。おそらくはカレンたちも知らないだろう。


 いまのタマモがどういう状態であるのかを、だ。


 もし、この場に彼女たちがいたら。いや、選択をする際に、そばに彼女たちがいてくれていたら、きっとタマモを止めてくれていたことだろう。


 でも、そうはならなかった。そうなることはなかった。それがいまなんだ。いまのタマモの姿なんだ。


「……お師匠様のお気持ちはありがたく」


「当たり前であろう。かわいい弟子を見殺しにするようなものだ。いや、事実殺してしまったのだ。……なにかひとつ。なにかひとつ違っていたら、きっとそなたは」


「……いいんです、お師匠様。すべてはボクが、いえ、私が弱すぎたからこそなったことです」


「……わたくし、ね。口調を変えるのかい?」


「……ええ、いまの私はかつての「ボク」ではありません。以前の「ボク」はもういないのです。ここにいるのは玉森まりもではない。玉森まりもは死にました。いまここにいるのは、タマモですから」


 はっきりと死んだとタマモは言い切った。そう言ってしまうのもわからなくはない。事実、いまのタマモは本来の彼女とは別の存在になっている。


 元からこうするつもりだったのか。それとも修正の結果なのかはわからない。それでも、いまのタマモが以前のタマモとは別人であることはわかっていた。


 だからこそ、調整が必要となった。


 きっと僕が真っ先に目覚めたのも、僕が一番軍勢を築きやすいということもあるが、それ以上にタマモの調整に一番適しているのが僕だったからなのだろう。


 以前の僕であれば、面倒だと投げ捨てただろう。


 けれど、いまはそんなことを言っている場合じゃない。


 かわいい弟子をここまで追いやってしまった原因は僕にも関わりがある。だからこそ、その責を僕は取らなければならない。


 でなければ、この子にもうお師匠様と呼んでもらう資格はなくなるのだから。


 なによりも、この子に少しでも明るい未来をプレゼントしてあげたい。


 ほぼすべての可能性を切り捨てて、ここまで辿り着いてしまった愛弟子のために、僕は僕ができることをしてあげなければならないんだ。


「……わかった。では、今日の調整を始めようか、タマモ」


「はい、お師匠様」


 タマモは力強く頷く。その目にどうしようもない悲しみを帯びさせながら、どこまでもまっすぐに僕を射貫く。


 胸の奥が痛かった。だけど、この程度の痛みはタマモの痛みに比べればどうということでもない。


「構えよ、タマモ」


「はい、お師匠様」


 タマモの前に立ち、構えを取る。タマモもまた構える。堂々とした美しい構え。陽光に煌めく金の髪も同じ色の毛並みの七つの尻尾と他とは違う色合いの異なる二つの尻尾も。すべてを含めてタマモは美しい。


 美しいからこそ痛ましい。


 その胸の痛みを抑えながら、僕はタマモの調整のために、彼女との対峙を始めた。


 彼女に幸福あれと祈りを捧げながら。

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