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rev4-Ex-2 この愛おしき日々を

 腕の中で暴れる愛し子がいる。


 ばぅばぅと鳴きながら、暴れる愛し子。ベティと名付けられた我が弟子の愛娘のひとり。


 もうひとりの愛し子であるプロキオンは、お利口さんな姉として振る舞っているものの、我が弟子のことに、大好きな「パパ」のことになると、とたんにお利口さんにならなくなってしまう。


 それはベティもまた同じ。大好きな「おとーさん」のこととなると、目の色を変えてしまう。普段は仲良く遊ぶこともある姉妹なのだが、我が弟子のことになるとすぐに喧嘩を勃発させてしまう。


 おかげでこの数日はベティとプロキオンによる姉妹喧嘩の仲裁を何度も行ったものだ。


 まぁ、仲裁というには、プロキオンを窘めることが多かったのだが。


 ベティは身体能力が魔物ゆえになかなかに高いが、プロキオンはそれ以上の圧倒的な身体能力を誇っている。そのうえ、オリジン種ゆえの能力も持ち合わせているので、どうあってもベティでは太刀打ちできない。


 だというのに、ベティと来たら、我が弟子のことになると譲ることができず、結果プロキオンに泣かされてしまうのだ。


 プロキオンはというと、勝者の権利とも言うように我が弟子にべったりするというのが、一連の流れよな。


 喧嘩するほど仲がいいというが、このふたりはまさしくそれよ。

 

 血の繋がりなどまったくないはずなのに、この子らのやり取りは本当の姉妹のように見えてならなかった。


 そんなふたりとの日々をついついと過ごしてしまった。


 本来ならとっくにここから離れるべきだった。この体は仮初めのもの。


 我が本体から漏れ出た力の欠片。その力の欠片がある願いを通して奇跡的に擬人化したのがいまの我だ。


 力の欠片であるから、本体の我と比べると圧倒的に弱い。おそらくは半分以下くらいだろうし、人の姿であれるのも限界がある。


 とはいえ、記憶は共有できるようじゃから、この身が塵と消えたところで、この体で経験したものはそのまま本体にフィードバックできるようだ。


 話を聞いたときは、ありえんじゃろうと思ったが、そこはさすがに我が君の盟友様であった。


 ……正直な話、我にそこまで気遣いをされるのであれば、ご息女との関係をもうちょっと改善された方がよろしいのではと思わんでもないが、他の家のことに口を挟むのはよろしくないのであえて黙っていたが。


 まぁ、その気遣いのおかげで、こうして触れ合えている愛し子たちのことを忘れずに済むというのはありがたいことではあるがのう。


 こんなにかわいく、愛らしい子たちのことを忘れるなどあってはならん。


 そもそも、我が本体が起きたときに、ベティとプロキオンに「ばぁば」と呼ばれて反応できんかったら、ふたりが悲しみかねん。下手したら泣いてしまうかもしれぬ。


 ……ダメじゃ。考えただけで胸が張り裂けそうだわい。


 孫娘の泣き顔ほど辛いものはない。こうして孫娘を持つことができて初めてそのことを──。

 

『ちょっとブレちゃん? あの子たちは私の曾孫であって、あなたの孫娘ではないことを理解していて?』


 ──ち、デバガメ推参か。


『ちょっと、誰がデバガメよ? あなたね、誰のおかげでそうやってその子たちと接することができていると思っているわけ? 私のおかげよ? わ・た・し・の! そしてその子たちは、わ・た・し・の・曾孫なの。おわかり?』


『はいはい、理解しておりますよ。クラウディア様。ただ、一言申させていただいても?』


『なによ?』


『曾孫と仰られますが、その曾孫たちから認知はされておられましたかのぅ?』


『ぐぅ!』


 盟友様ことクラウディア様が痛いところを衝かれたように呻き声を上げる。クリティカルヒットのようじゃな。だが、そこで手を緩めるほど、我は耄碌しておらぬ。ここは畳み掛けるときよ。


『加えて申し上げますが、そもそもの話、御身のことは孫娘であるカレンさえ認知しておりませんが? まぁ、香恋の方は認知しておるようですが、ベティとプロキオンにとってのパパでありおとーさんであるカレンさえも認知しておられぬ御身が曾祖母顔をされるのはどうかと思いますが、その辺どう思われておられるのですかのぅ?』


『がはっ!?』


 我が口にしたのはクラウディア様にとってのまさに急所であり、クラウディア様は大ダメージを受けたようだ。声だけではあるが、おそらく膝を突かされるほどの一撃であったようだ。


『ぶ、ブレちゃん。あなたね、言ってくれるじゃあないの』


『事実を言ったまでのことですぞ?』


『あなたね。私がその気になれば、その仮初めの体なんて』


『ベティとプロキオンを悲しませるようなことを御身がなさるとは思えませんのぅ』


『むぐぅ……。わかりました。こ、今回のことに関しては多目に見ましょう。感謝するように』


 クラウディア様は苦し紛れに尊大な態度を取られたが、今頃ご住居で脚をぷるぷると震わせられているのが目に見える。そんなクラウディア様をもうひとりのご息女であるスカイスト様が呆れて見られているのもまた。


『ところで、スカイスト様はおられますか?』


『なぁに? ブレイズさん』


 スカイスト様に尋ねたいことがあったので、おそばにおられるかを尋ねると、当のご本人が返事をなさった。どうやらちょうどおそばにおられたようだ。


『おや、ちょうどおられたのですね』


『ええ。ちょうどお母様とお話したいことがあったからね。具体的に言えば、カルディアちゃんやトゥーリアちゃんのお嫁ちゃんへのセクハラは控えるようにと言おうとしたのだけど……部屋に入ったら、お母様が虫の息になっていたのよね。ブレイズさん、なにをしたの?』


『単なる世間話ですな。主に、認知もされていないのに、曾祖母顔されるのはどうなのですかとお聞きしただけのこと』


『……ブレイズさん、それ、お母様にとってのクリティカルヒットだからやめてあげて? どうせ、あなたのことだから、ここぞとばかりに畳み掛けての香恋たちのことも話したのでしょう?』


『ええ、もちろん。香恋はともかく、カレンはクラウディア様を認知どころか、その存在さえも知っておりませんからのぅ』


『がはっ!』


『……だから、勘弁してあげて? ほら、いまも吐血しているから。あーあー、泣かないでくださいよ、お母様。本当のことを言われたくらいで。みっともないなぁ』


『みっともないってなによ!? 私はいま極大ダメージを二連続で受けたのよ!? だというのに、それをみっともない? みっともないですって!? スカイストもブレちゃんもあなたたちの血の色は何色なのよ!?』


『赤色ですね』


『同じくですな』


『そういうことを聞いているんじゃないわよ!?』


 クラウディア様がヒステリックに叫んでいる。我の知っているクラウディア様と比べて、初めてお会いしたときのクラウディア様とはずいぶんとまぁ様変わりされたものだ。主に、当時はなかった残念具合が凄まじい。個人的にいまの方がとっつきやすいからちょうどいいのだが。


『それで、ブレイズさん。私に話ってなにかしら?」


『ええ、今後のカレンたちの指標についてです。この世界の真実をこれから伝えるつもりなのですが、その際、今後の具体的な旅の目標をどうするべきかと思いましてな』


『……あぁ、なるほど。「ベヒリア」からだとフロストさんとグランドくんも等距離くらいだしね』


『ええ、その通りです。どうするべきかと思いましてな。兄者の方はニアミスをしておりますが、ちび助の方はもうすでに行動しておるようですし。どうしたものかと』


 スカイスト様に相談したいというのは、まさにそのことだ。

 

 我が本体はまだ眠ったままだが、眠っているのは我の他に兄者と聖風王殿も同じ。あのふたりの場合はまだ力の欠片すら漏れ出さずに眠り続けているようだ。


 ちび助はもう起きて行動を起こしているようだが、あいにくと我が弟子はニアミスどころかまだ近くにいたことさえない。……正確に言えば、ある意味ニアミスはしているようだが、その当時の我が弟子ではそのことには気づけなかったようだが、まぁ、この世界に来てすぐのことだから無理もあるまい。


 それにニアミスというのであれば、兄者も同じだしな。なにせ、すぐ近くまで行ったというのに、あの爺と来たら気付かずに眠っているようだし。


 これが孫娘同然にかわいがっていたタマモであれば、すぐに目覚めただろうに。まったく、あの爺はどうしようもないものじゃ。


『そうねぇ~。私的にはフロストさんからでもいいんじゃないかなぁ~って思うけど』


 スカイスト様は悩みつつも、兄者からでもいいと仰られた。ここからだとルダを降るよりも陸路で直接向かうこともできるゆえ、たしかに兄者を優先した方がよさそうではあった。


 しかし、クラウディア様が待ったを掛けられた。


『待ってちょうだい、ふたりとも。フロさんは後回しでいいわ。いまはグラくんとの接触を優先するべきよ』


『ちび助とですか? スカイスト様が仰る通り、ちび助と兄者であれば等距離ではありますが』


『でも、グランドくんの本拠地にはエルヴァニアが』


『そうね。でも、フロさんはいま問題を抱えている。ルフェルの娘が接触したことで、瘴気に蝕まれているみたいよ。いま起こすと下手したら暴走するわよ、あの人』


 クラウディア様が何気なく仰った一言に我もスカイスト様も言葉を失った。


『お母様、それ初耳ですが?』


『そうね。いま言ったし』


『いや、しれっと言うことじゃないんですが』


『だって、問題ないもの』


『いや、いま問題抱えているって言ったじゃないですか』

 

 あまりにもあんまりなクラウディア様の物言いにスカイスト様が呆れられている。我も似たようなものではあるが、クラウディア様のことだからなにかしらの考えがあるのだろう。もしくは、単純に意趣返しの可能性もあるがのぅ。


『そうね。でも、それはあくまでもフロさんの問題であって、この世界にとっては問題ではない。それにどうせあの人のことだから、タマモちゃんがいないと起きないわよ』


『それはそうですけど』


『だから、グラくんのところでタマモちゃんと合流するのが先。瘴気はアンジュが祓えるからいいけれど、起こすのはタマモちゃんがいないとどうにもならない。となれば、タマモちゃんと合流してからフロさんのところへ行けばいい。ついでにグラくんが抱えている戦力を対ルシフェニア連合軍に加入させるまたとない機会。この機会を逃すべきではないわ』


『ちび助の軍はそれほどになりましたか』


『そうね。蝶姉妹のダブルエースに加えて、そこにタマモちゃんも加入したおかげで、そこらの国の正規軍なんて目じゃないくらいに強力になっているわよ。ベヒリアとリヴァイアクスの二国に匹敵、いや、凌駕してもおかしくない戦力を擁しているわ。そんなグラくんの軍を加入させられるのだから、やはりグラくんのところが先ね』

 

 クラウディア様の意見は理路整然としており、頷けるものであった。


 もともと兄者とちび助のどちらを優先するべきかと悩んでいたし、クラウディア様の意見を信じるのであれば、ちび助を優先するべきであろう。


『では、次はエルヴァニアですかな?』


『そうね。幸い、エルヴァニアとアヴァンシアは陸続きだからタマモちゃんと合流次第、アヴァンシアへと向かうのはそこまで苦ではない。まぁ、フロさんの山という問題もあるけれど、どうとでもなる程度よ』


『……常人の範疇だと、どうとでもなるってレベルじゃないですけどね? まぁ、いまのカレンたちなら問題はないですけど』


『でしょう? だから、先にグラくんのところに向かわせてちょうだい』


 スカイスト様に相談するつもりだったが、最終的にはクラウディア様の意見を聞くことになってしまったが、問題はあるまい。


『それでは、またね、ブレちゃん。サービスでその体はグラくんのところに着いて一晩くらいまで保つようにしておくから』


『よろしいので?』


『ええ。ベティやプロキオンがあなたに懐いているのは事実だしね。そんなあなたがいま消えるのは、あの子たちを悲しませるだけだもの。なら、ちゃんとお別れしてからの方がいくらかましでしょう?』


 クラウディア様は笑っているようだった。本当にかつての頃とは別人のようじゃ。


『ご厚意、ありがたく頂戴いたします』


『その後のことはグラくんに任せて、あなたは獅子の王国で眠りながら待っていなさい。すぐ会えると思うから、安心してね』


『ええ。待つとします。我が愛しき弟子が、我を起こしに来る日を』


『そうしてちょうだい。それじゃ、またね、ブレちゃん』


『なにかあったら、また連絡するから、短い日々だろうけれど、あの子たちをよろしくね、ブレイズさん』


 クラウディア様とスカイスト様との念話はそうして終わった。


 始まりは一方的だったが、最後は和やかに終わったのはいいことであろう。


 さて、それではもう少し時間を与えてくださったのだし、その時間を有効に使わねばな。


 具体的には──。


「ずるい、ずるい、ずるいのぉぉぉぉぉ! ベティも、ベティもだっこなのぉぉぉぉぉ!」


 ──狂ったように暴れるベティを宥めるところから始めるとするかのぅ。


 これまた大変な役目だが、そこまで苦ではないと思うのは、我がすっかりとベティやプロキオンに絆されてしまっているからなのだろうな。


「はっはっは、これ、ベティや。ちょっとは落ち着くのじゃ」


「やーなのぉぉぉ! ベティは、ベティは。ばぅぅぅぅぅ!」


「やれやれ、困った子じゃのぅ」


 ベティが魂の咆哮をあげるのを聞きながら、我は笑いながらベティを宥めていく。


 一方プロキオンは我のそばで羨ましそうに奥方を見つめている。ベティほど暴れておらんが、まぁ、この子で後で構ってやらんとならんか。


 本当に困った孫娘たちじゃ。


 だが、そういうところがまた愛らしい。


 ベティを宥めつつ、プロキオンの頭を撫でながら、我は愛おしきこの日々を少しでも長く堪能することを決めたのだった。


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