rev4-130 新しい日々
ファロン陛下の就任の挨拶は無事に終わった。
自虐から始まるまさかの就任の挨拶であったけれど、結果的に言えば大成功に終わった。
民の反応は上々。まぁ、いくらか不安の声は聞こえていたけれど、それでも「これからに期待」という声が不安の声を抑え込んでいた。
ルクレとアリシア陛下が言うには、最初の仕事と考えればまずまずの結果だということだった。
とはいえ、最良というにはほど遠いらしい。どうにもふたり曰く感情的になりすぎだということだった。
でも、俺にとってはその感情的になったところが、好感触だった。きっとそれは挨拶を聞いていた民も同じだったとは思う。
ルクレとアリシア陛下も、そのことは否定しなかったけれど、それでももうちょっと感情を抑えろと口を酸っぱくしていて、その内容にファロン陛下は身を縮ませていた。
目上の存在だったふたりからのダメ出しに身を縮ませる姿は、なんとも情けなく見えたけれど、かえってそれがファロン陛下らしく見えてしまうのが不思議だった。
とにかく、こうして今回の事件の顛末とファロン陛下の挨拶は終わった。
ルクレとアリシア陛下はするべきことが、対ルシフェニア連合軍について、ファロン陛下を交えて、アヴァンシアの先王陛下とアーサー陛下と遠見の魔法を使って会談をするということで、リアスの王城に残ることになった。
俺も残っていてもよかったのだけど、ふたりからプロキオンとベティを安心させてやれと背を押されてしまったので、俺は一足先に「巨獣殿」へと戻ることにしたんだ。
最初に「巨獣殿」に来たときに使ったエレベーターは使わず、自分の脚で山道を進んだ。エレベーターを使ってもよかったのだけど、今日は思ったよりも天気がよかったので、自分の脚で進みたい気分だった。
まぁ、自分の脚と言っても、途中から「雷電」での高速移動をしていたけど。なんだかんだで俺も皆に早く会いたいようだった。
そうして山道を一時間ほど進んだところで、ついに山頂へと辿り着き、そして──。
「あ、おとーさんだ!」
──愛娘の声に迎えられた。
「巨獣殿」の正面の広場にいたベティが花が咲くような笑顔を俺を迎えてくれた。
天気がいいからか、ベティはプロキオンと一緒に日向ぼっこをしていたみたいだ。日向ぼっことはいえ、プロキオンの周囲には分厚い本が山のように置かれていて、その本をプロキオンは高速で読み進めているみたいだった。
ベティはプロキオンが相手をしてくれないので、暇をしていたようだけど、俺が帰ってきたことに気付いて嬉しそうに笑っていた。
プロキオンはというと、ベティはプロキオンと相対する位置だったのと読書に集中していたから気付けなかったみたいだ。
「おとーさん!」
ベティは俺の姿を見つけると、すぐさま駆け込んできた。
一目散に駆け寄ってくる愛娘の姿に、頬を綻ばせながら、両腕を広げてあげると、ベティは「ばぅ」と嬉しそうに鳴きながら、大きくジャンプをして──。
「お帰りなさい、パパ!」
──俺に飛びつこうとしていたのだけど、それよりも速くプロキオンが俺に抱きついてきたんだ。その結果、ベティはプロキオンの背中に激突し、「ばぅっ!?」と見事に跳ね返され、尻餅を突いてしまうことになった。
だが、妹の存在をガン無視して俺にべったりと抱きつきながら、プロキオンは嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振っていく。
「……あー、プロキオン?」
ベティを抱っこしてあげようとしていたのだけど、プロキオンが横入りをするという、まさかの状況にどうしたものかと頭を悩ませる俺。
でも、そうして悩ませている間も状況は悪化していく。ベティは「ばぅぅぅ!」と唸り声を上げるも、プロキオンは我関さずとばかりにぐりぐりと俺の胸に顔を埋めていく。
娘たちの中で一番頑張り屋さんだが、一番甘えん坊なのがプロキオンだった。普段はクールな雰囲気の子なのだけど、俺やアンジュを前にするととたんにクールさは掻き消えてしまう。……そういうところも愛らしくて堪らないんだけど──。
「おねーちゃん! なんでベティのじゃまをするの!?」
──ベティにとっては関係なかった。ベティは怒り狂ったように叫んでいる。叫びながら、プロキオンのふさふさの尻尾を掴んで、まるで「大きなカブ」の登場人物のように引っ張っていた。
だが、どれほど引っ張ろうとプロキオンは動じることもなく、それどころか「パパの匂い、好きぃ~」と恍惚とした声を上げている。その一言にベティが「ばぅぅぅぅぅ!」と再び唸り声を上げていた。
「こーたいなの! こんどはベティのばんなのぉぉぉぉぉ!」
「やぁだ。いまはお姉ちゃんの番。ベティはもうちょっと待っていてよ」
「なんでなの!? おとーさんはベティを抱っこしてくれるはずだったの! なのに、おねーちゃんが、おねーちゃんが、おねーちゃんがぁぁぁぁぁぁ! ばぅぅぅぅぅぅ!」
ベティが怒りのあまりに限界化していく。それでもプロキオンは俺から離れる気はないようだった。
「あー、プロキオン? 大人げないからさ」
「だって、私まだ子供だもん。だから大人げなくても当然だもん」
「……まぁ、そりゃそうなんだけどさ」
「だから、大丈夫なんだもん」
ふふんと胸を張りながら俺を見上げて笑うプロキオン。あー、もう、本当にかわいいなぁと思うんだが、その後ろでベティがだんだんと修羅のような形相になりつつあるので、そろそろ交代してあげてほしいとは思う。
思うんだが、いまのプロキオンになにを言っても無駄なのは目に見えている。
俺に似て変なところで頑固な子だから、諭すように言っても聞いてくれそうにない。
かといって怒ることでもない。むしろ、このくらいで怒るというのはありえない。
ありえないが、このままだと血を見る可能性さえありえる。主に怒り狂ったベティによってだ。そうなったら二重の意味でベティが苦しむことになるので、そろそろどうにかしないといけない。
心苦しくはあるんだが、ここは心を鬼にして──。
「こぉら、プロキオン。いじわるしちゃダメだよ?」
──プロキオンにベティと交代するように言い聞かせようとしていた、そのとき。プロキオンの頭をこつんとアンジュが小突いたんだ。
ちなみにだけど、アンジュは最初からいた。俺が「巨獣殿」の前の広場に出たとき、ベティとプロキオンと一緒にシートを敷いて座っていたんだ。
最初は日向ぼっこかと思っていたのだけど、よく見るとお弁当が広がっているので、どうやらピクニックをしていたみたいだ。
ピクニックにしては、「巨獣殿」の外に出ただけだが、母娘三人で仲良くのんびりとしていたみたいだ。
……その仲良くはプロキオンのまさかの行動によって淡くも崩れ去ったわけなのだけど、そこはさすがのママであるアンジュ。プロキオンをやんわりと窘めていく。
「でも」
「でもじゃないの。プロキオンはお姉ちゃんなんだから、我慢しないとだよ?」
「えー」
「えーじゃないの。ほら、パパにぎゅーっとするのは終わりだよ?」
「……がぅ~。わかった」
ぶすっと頬を膨らましながらも、プロキオンは名残惜しみながら俺から離れていく。
プロキオンが離れたことでベティは上機嫌になりながら、「おとーさん」と俺に抱きつこうとした。だが──。
「──というわけで、次はママの番だからね」
──それよりも速くアンジュが俺に抱きついたのだった。
あまりの早業に唖然となる俺とプロキオン。自分の番だと思っていたベティにとっては想定外だったようで、一瞬その体を硬直させると、ベティは空を仰ぎ見ながら──。
「ママもなのぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
──お腹の底からの絶叫を、いや、魂の咆哮を上げたんだ。
その咆哮に、「巨獣殿」の中からルリとイリア、サラに、そして焦炎王様も出てこられた。
「戻ったか、レン……して、なぜベティは叫んでおるのだ?」
ルリは首を傾げていた。
「……まぁ、大方、アンジュ様がまたなにかやらかしたんでしょうけどね」
イリアは呆れたようにため息を吐いていた。
「あははは、お帰りなさい、旦那様」
サラは苦笑いしつつも、一礼して迎え入れてくれた。
「かっかっか、平和な光景じゃな」
そして焦炎王様は穏やかに笑われながら、ベティのそばに向かわれると、後ろから抱っこをしてあやされていく。
「ほれ、ベティや。あまり癇癪を起こしてはならんぞ?」
「はなしてなの、ばぁば! ベティは、ベティはきょうこそ、ママとおねーちゃんにひとこといわないといけないのぉぉぉぉぉ!」
「かっかっか、まぁまぁ、そこまでにしなさい。いままでベティがパパを独占することが多かったのじゃろう? なら、少しくらいは譲ってもよいではないか」
「それとこれとはべつなのぉぉぉぉぉ!」
「かっかっか、まぁまぁまぁ、落ち着きなさい」
「ばぅぅぅぅぅ!」
焦炎王様がベティの頭をなで回すも、ベティは一向に落ち着いてくれそうにはない。
あとでたくさん構ってやらないとなぁと思いつつ、俺は腕の中にいるアンジュを見やる。
アンジュはまぶたを閉じて俺の胸に耳を当てて、心地よさそうな顔をしている。
その横顔になんとも言えない衝動に突き動かされ、俺はアンジュを抱きしめると、くるりと皆偽を向ける形で反転すると、アンジュの唇をそっと奪った。
アンジュはわずかの間、目を見開くもすぐにまぶたを閉じると、俺の背中に腕を回し、きつく抱きついてくれた。
後ろからやいやいと騒ぐ声が聞こえるが、その声をまるっと無視して俺はアンジュと繋がり合うが、その時間はほんのわずかだった。
でも、わずかな時間がとても心地よかった。
「ただいま、アンジュ」
「お帰りなさい、あなた」
満面の笑みを浮かべて迎え入れてくれるアンジュに俺もまた笑みを浮かべた。
背後からはベティを筆頭に騒がしい声が聞こえるけれど、いまは目の前にいる愛おしい人のぬくもりに浸っていたかった。
ひとつの大きな節目が終わり、新しい日々が始まる。
その始まりを俺は愛おしい人のぬくもりとともに感じていたんだ。
次回から特別編です。




