rev4-125 理由
賑やかな会議室から、音が消えた。
アンジュにべったりだったプロキオンとベティさえも言葉を失っている。
あ、いや、ベティは「ばぅ?」とアリシア陛下の発言の意味を理解できていないようだ。プロキオンは理解できているからこそ、唖然としているけれど、ベティにはちょっと難しかったみたい。
が、それはベティだけの話じゃない。この場にいるほぼ全員が、アリシア陛下の発言を理解はできているが、納得していない。もっとも納得できていないのは──。
「……いま、なんと?」
──当のファロン殿だ。ファロン殿はいきなり告げられた一言に全員を震わせている。
その目には明かな動揺が見える。
無理もないとは思う。
なにせ、父君であるファフェイ殿は叛乱の首謀者、そして弟君であるファラン殿は怪物となり、この国を滅ぼそうとした。血の繋がった父と弟が犯罪者となった。
名門貴族であるファ家。アリシア陛下曰く、かつては次代の王に最も近いと言われるほどの家柄だったようだ。
でも、没落したわけではなく、いまだ名門として名高かったのだけど、今回の一連の事件のせいで、没落はほぼ確定してしまっている。
横の繋がりがあった他の名門からは見放され、配下の貴族も続々と離脱しているという話だ。
横の繋がりもなくなり、配下からも見捨てられれば、残るのは権威だけ。いや、権威さえもいずれ失うことになる。そうなれば、もう貴族としては終わりだった。
ルクレ曰く、維持できてもファロン殿の代か、その子息の代が限界ではという話だから、ファ家は斜陽の一族ということになる。
かつては王に一番近かった名門貴族の斜陽。いや、終焉はもう間近というところ。
ファロン殿はそのことを誰よりも理解されている。
だからこそ、アリシア陛下の仰った一言は、あまりにも衝撃的すぎた。
しかし、当のアリシア陛下はのんびりと花茶を啜っているだけ。それもどこか、すっきりとしたお顔をしている。ようやく重圧から抜け出せたと言わんばかりのお顔だった。
「陛下、いま一度。いま一度お聞かせください。いま、なんと仰られたのですか?」
ファロン殿は、叫ぶ一歩手前くらいの声量でアリシア陛下に問いかけられていた。その問いかけに、アリシア陛下はいかにも面倒臭さそうな顔をしながら、口を開かれた。
「次代のベヒリア国王は、おまえだと言ったんだ、ファロンよ」
そう言って、再び花茶を啜られるアリシア陛下。その視線はファロン殿から外れて、アンジュに、アンジュにべったりなプロキオンとベティへと向けられている。
「なぁ、アンジュ殿よ。そろそろプロキオンちゃんか、ベティちゃんのどちらかでいい。本当にどちらかをちょっとの間でいいんだが、かわいがらせて欲しい」
アリシア陛下は、恐る恐るという感じで、アンジュにプロキオンかベティのどちらかと触れ合いたいと頼まれていた。
プロキオンとベティに籠絡されすぎじゃないかないかと思わなくもない。逆に言えば、うちの愛娘たちがそれほどにかわいいという証拠だった。
そんなかわいい愛娘たちを独占するアンジュは、ふたりの頭をそれぞれに撫でながら、にこやかに笑いかけた。
「そうですねぇ~。ふたりに聞かれてみたらいかかでしょうか?」
「おいおい、そんなの好きなママがいいって言うに決まってんだろうが。なぁ、ふたりとも?」
「ばぅ。ごめんね、おばーちゃんへーか」
「ごめんなさい、アリシア陛下」
なしのつぶてとまでは言わないけれど、あっさりと断ってしまうふたり。そんなふたりの返答にアリシア陛下は高らかにいつものように笑われた。
「かっかっか、気にしてねえさ。しっかし、あー、振られちまったなぁ~。やっぱり、こんな嗄れたババアよりも大好きなママの方がいいよなぁ」
「くくく、あまり自分を卑下するものでないぞ、アリシア女王よ。まぁ、プロキオンもベティも奥方が大好きであるゆえ、さすがに相手が悪すぎかろう。もっとも、我は別であるがのぅ。さぁ、そういうわけだ。来なさい、プロキオン、ベティ」
アリシア陛下は、気にしていないと言う割には、ため息を吐いてしまった。どう見ても気にしていいるんだが、そこは武士の情けでなにも言わないことにした。
だというのに、焦炎王様と来たら、アリシア陛下を慰めようとしているのかと思ったら、まさかの煽りをしてくれた。ふたりに向かって満面の笑みを浮かべて両腕を広げられる。そのお顔には自信に満ちあふれていたんだが──。
「ばぁばよりもママがいい」
「ばぅん。ママがいいのー」
──アリシア陛下同様に、あっさりと断られてしまった。
自信に満ちあふれていたお顔が、一瞬で崩れ去り、焦炎王様はいまにも泣きそうなお顔になった。そんな焦炎王様の姿を見て、アリシア陛下は腹を抱えて笑い始める。
「くかかかか! なぁにぃが、我が別であるがのぅ、ですか。俺同様にあっさりと断られておられたというのに。炎王様はなかなかに笑いのセンスがあられるようですなぁ?」
にちゃぁという擬音が聞こえてきそうな笑みを浮かべられるアリシア陛下。その笑い声も笑みも完全に悪役のそれだ。
「な、なぜじゃ? なぜ、ばぁばの腕の中に飛び込んでくれぬのじゃ? 先ほどはあんなにも懐いてくれたというのに」
焦炎王様はアリシア陛下の発言に答える余裕もなくなったようで、震えながらプロキオンとベティに尋ねられている。
『……我が師』
あまりにも痛々しいお姿に、香恋が嘆いていた。うん、気持ちはよくわかる。俺も嘆きたい。というか、目を逸らしたい。
だけど、悲しいかな。目を逸らすことも、耳を塞ぐことも敵わない。そんなことをしたら、後が怖いし。
「だって、おばーちゃんへーかには、ダメっていったのに、ばぁばはいいよっていったら、あれなの。えっと……おねーちゃん、なんていうんだっけ?」
「不公平だよ、ベティ」
「そう。ふこーへーなの!」
むふんと鼻息を鳴らしながら、ベティが言い切る。その返答にアリシア陛下と焦炎王様は揃って口元を抑えて「ぐぅっ」と悶えるような声を上げられたが、そこに追撃が加えられる。
「それに、陛下もばぁばも好きだけど、やっぱりママがいいの。さっきまではパパがママを独り占めしていたから、その分までママと一緒がいい。だから、ごめんなさい、陛下、ばぁば」
しゅんと申し訳なさそうな顔で謝るプロキオン。毛並みのいい立ち耳も伏せられ、艶やかな尻尾もいまは元気なく垂れ下がっている。そのうえ、プロキオンと来たら、若干涙目かつ頬をほんのりと染めていた。
……うん、俺だったらKOされる自信がある。まさに殺人コンボだ。その殺人コンボを叩き込まれたアリシア陛下と焦炎王様は──。
「「ごふっ!」」
──揃ってテーブルに突っ伏されてしまった。
突っ伏しながら、指先を震わせられながら、「孫娘、最高」とダイイングメッセージを書かれている。
……まぁ、実際にダイイングになっていないんだけど、それくらいのダメージを受けたようだ。うちの愛娘たちは本当に恐ろしいなとつくづく思う。
「……あの、陛下?」
とはいえ、ファロン殿にとっては関係のない話のようだ。いやファロン殿にとっても多少は影響を受けているようで、口元を押さえつつ、顔を若干逸らされていた。
……開けてはいけない扉を、うちの愛娘たちのせいで開けてしまっていないことを祈るばかりだ。
「ふー、ふー、ちょっと、待って、くれ。ファロン。衝撃が、強すぎる」
「……お気持ちはわかりますゆえ、どうか御心をお静かに」
「すまん、な」
「いえ」
アリシア陛下は手を震わせながら、ファロン殿を制していた。本当に衝撃が強かったみたいだ。
それからしばらくして、アリシア陛下は復活した。ついでに焦炎王様も同時に復活されていた。まさにダブルノックアウトと言うべき光景だった。
「……話が逸れちまったが、さっきも言った通り、おまえが次代のベヒリア国王となれ、ファロン」
「……なぜ、私なのですか? 私は叛乱の首謀者の父を持ち、実の弟は国を滅ぼしかねない怪物と化したというのに。そんな私をなぜ次代の王へと推されるのですか?」
「……たしかにファランに関して言えば、おまえさんの言う通りだ。だが、ファフェイに関しては違う」
「……どういう、ことでしょうか?」
「ファフェイは、平和のための礎となった。この国を襲う未曾有の危機から、あやつはその命だけではなく、その尊厳さえも捨てて救国を目指してくれた。その功績を讃えるとともに、奴とは約束をしていたからな」
「約束、とは?」
「おまえさんを、国王にするという約束さ」
アリシア陛下はファロン殿をまっすぐに見つめながら、その約束について話されていった。




