rev4-122 おまえの娘たちはどうなってんだよ!?(byルリ&リヴァイアサン
焦炎王様の紹介はどうにか終わった。
俺に多大な被害を与えたうえに、なぜかルリとリヴァイアサン様と面識があったという想定外もあったけれど、無事に紹介は終わったと思う。
紹介と言っても「俺の師匠」だという程度だったし、いったいどこから来たのかというこも話していない。
そもそも、どこから来たのかと問われたら、俺自身答えようがなかった。
気付いたら、目の前に焦炎王様がいた。折檻を受けながら確かめたんだけど、香恋も同じ認識だったみたいで、気付いたら焦炎王様に助けて貰えていたという認識らしい。
香恋もそのくらいの認識なのであれば、俺がわからないというのも理解できる。
とはいえ、それはあくまでも俺たちの間であればの話だ。
アンジュとサラ、あとルリとリヴァイアサン様はともかくとして、問題なのはルクレにイリア、それにプロキオンとベティか。
ルクレとイリアはルリとリヴァイアサン様からそれぞれに話をしてもらえば、たぶん納得はしないだろうけれど、理解はしてもらえる。
でも、プロキオンとベティに関しては、俺からちゃんと言わないといけない。
俺はふたりのパパであり、おとーさんなんだ。ちゃんと説明はしないといけない。
ただ、その説明をどうすればいいのかがわからない。
説明というのは、俺自身が理解し、納得できていて行えるもの。
理解も納得もできていないことを、どうして説明できるだろうか。
それでも、パパであり、おとーさんとしてはだ。ちゃんと説明をしないといけないという責務が発生する。
それも焦炎王様曰く、最短でも一晩は一緒に過ごす相手のことを、説明しないというのは娘相手に不義理をなすようなもの。
娘たちの信頼を裏切るようなことはしたくない。したくないのだけど、実際どう言えばいいのかがまるでわからなかった。
なぁなぁで済ませるわけにはいかないけれど、現状はなぁなぁで済ませるのが一番楽。というか、なぁなぁで済ませる以外にどうしろと言うのか。
そんなことを折檻を受けながら、俺はしみじみと感じていたのだけど──。
「──というわけで、こやつに関しては、まず足を止めるところから始めるとよかろう。図体がでかい奴を相手にするときは、基本的にはまず足を狙うのじゃ。どんな巨体を誇ろうとも、足を地面に着けているということは変わらぬ。その足を集中的に狙えば、時間は掛かるかもしれぬが、最終的には地に伏せさせることも可能であろう」
「ん~。でも、定石通りすぎて、すぐに狙いが読まれてしまう気がするよ」
「そう、定石じゃな。だがな、プロキオンよ。定石を軽視するべきではない。幾千、幾万の試行錯誤の果てに辿りついた物こそが、定石と呼ばれる戦術となる。その試行錯誤をバカにするものではない」
「……試行錯誤」
「だが、たしかにそなたの言う通り、定石通りの戦術は至極読みやすいのも事実ではある。であれば、それを逆手に取ればいいと言えば、そなたならわかるかのぅ?」
「あ、そっか。定石通りと思わせて、裏を搔けばいいんだ」
「その通りじゃ。定石通りの動きと思わせて、相手の裏を搔く。逆に裏を搔こうと思わせておいて、定石を貫き通すというのもありじゃな。戦いというのは、常に相手の裏を搔くもの。つまりは騙し合いの繰り返しとなる。その騙し合いをより効率的に行うためのもの。それこそが戦術であり、その戦術を大規模にしたものが戦略となる」
「なるほど。ばぁばのお話、パパと同じくらい、ううん、パパよりもわかりやすい!」
「ははは、当たり前じゃ。我はそなたのパパの師匠であるぞ。我の方がわかりやすい話ができて当然よ」
「がぅ! ばぁば、すごい!」
「はっはっは、そうじゃろう、そうじゃろう」
「ばぅ~。ばぁば、おねえちゃんばかりはずるいの。ベティともおはなしてほしいの」
「あぁ、そうじゃったな。すまん、すまん。どうにもプロキオンがお利口さんすぎて、ついついと興が乗ってしまってのぅ」
「ばぅ、ベティだっておりこうさんだもん!」
「はっはっは、たしかになぁ。いままでずっと我慢できておったベティはお利口さんじゃな」
「ばぅ! そのとーりなの。だから、ベティのあたまをなでなでするけんりをあげるの!」
「くくく、そうか、そうか。では、その権利をありがたく拝命させていただこうかのぅ~」
「ばぅ、くるしゅーないなの!」
「まったく、ふたり揃って本当に愛らしいものじゃなぁ」
──俺の心配を返して欲しいデス。
『思いっきり馴染んでおられるわね、我が師は』
「……本当になぁ」
『というか、あのさぁ、カレン』
「……うん、わかっているから言わないで」
『ううん、お願いだから言わせて? 言わせてもらわないと私の精神がおかしくなりそうなのよ』
「うん、その気持ちはわかる。わかるんだけど、それを言われると逆に俺の精神がおかしくなりそうなんだけど」
『……ダヨネェ』
「デスヨネェ」
俺と香恋は目の前のあんまりな光景に揃ってため息を吐きながら、異口同音を口にする。
「『「ばぁば」ってなんだよ!?』」
俺と香恋は揃って頭を抱えた。あくまでも香恋が頭を抱えているというのは想像でしかないけれど、もし香恋が実体を持っていたら、俺の隣で頭を抱えていたことは間違いないと思う。
それくらいにメンタルへの絶大なダメージを誇る一言だった。
だが、その呼び名は悲しいかな。現状においてはぴったりだったんだ。
なにせ、焦炎王様と来たら、ベティを後ろから抱っこして膝の上に座らせ、プロキオンは隣に腰掛けさせているという形で会議室の上座に座られていた。
ちなみに、いまは話の通り、ベティの頭を撫でられているけれど、少し前は本を読んでいるプロキオンの頭を優しく撫でられていたんだ。
それだけであれば、微笑ましいんだが、その際にプロキオンに語られていた内容は、とっても血生臭い。
どうやら本の内容は魔物図鑑のようだが、その魔物図鑑に載っている魔物への対処法をレクチャーされていたようだった。
普通、幼子の頭を撫でながら魔物への対処法をレクチャーする? 俺だったらしないよ? でも、相手は焦炎王様。俺たちの師匠にはそんな常識は通用しなかった。
そんな血生臭い話をしていたというのに、どういうわけか、血生臭い雰囲気は皆無という不思議。いったいどういうことよと言いたい。
まぁ、一番の疑問は香恋共々に口にした「ばぁば」ってなにっていうことなんだけど──。
「……戻ったか、レン」
『……いま戻ってくるとか、相当タイミング悪いね、おまえ』
──その疑問を解決に導いてくれるであろうふたり、ルリとリヴァイアサン様が非常に疲れたような口振りで声を掛けてくれた。
「ルリ、リヴァイアサン様。これはいったい──」
──どういうことだ? と尋ねようとしたんだけど、それよりも早くルリが俺の手を掴み、ずるずると廊下へと引っ張り始める。
杖状態のリヴァイアサン様も、ルリのフォローとばかりに杖という本来なら自律行動するはずのない無機物にはあるまじき、身を捻ってぴょんぴょんと飛び跳ねながら俺の背中を押されていく。
ふたりとも揃って無言であるのが、非常に恐ろしい。
ふたり同様に傲岸不遜を地で行く香恋でさえ、「なんか怖い」と言うほどにいまのふたりは怖かった。
ほどなくして、俺はふたりに廊下へと連れ出されてしまう。そのうえ、会議室の扉はきっちりと閉められたうえに、なにやら結界のようなものを張ってくれた。
なにをしているんだろうと思った、そのとき。ふたりの感情は爆発した。
「『おまえの娘たちはどうなってんだよ!?』」
俺と香恋が異口同音をしたように、ルリとリヴァイアサン様も異口同音をされた。
それも俺と香恋よりもその異口同音の勢いは凄まじく、空気がびりびりと震えるほどだった。
「前々からわかっていたことではあったが、ベティもプロキオンも胆力が凄まじすぎじゃ! 我だったら、あのお方を「ばぁば」呼びなんて怖くてできんわい!」
『いや、胆力ってレベルじゃねえよ、大姉上! あれはもう図太いどころか、神経あるの? って疑問を抱くレベルだよ!? どうしてあのお方相手にあんなにべったりとできんの? 僕だったら、震え上がってまともに接することできないんですけど!?』
「アホウ! それは我とて同じじゃ! あの部屋の中の会話を聞くだけで精神がゴリゴリと削られるんじゃぞ!? 赤の他人相手であっても、おそらくは同じ事になるだろうが、それを身内がやらかしているんじゃから、もう頭がおかしくなりそうだったわい!」
『僕だって同じだよ!? 僕の血縁の末子の娘のやらかしに茫然自失状態だったぜ!? 「あ、これ死んだわぁ~。僕死ぬわぁ~」ってもう生きた心地しなかったっつーの!』
一息にそれぞれに言い合うルリとリヴァイアサン様。どうやら相当にお疲れの状況だったようだ。ただ、この場で「お疲れ様」と言ったら、酷い目に遭わされるのは目に見えている。
すでに、アンジュとルクレを相手に絞りに絞られているんだから、これ以上は勘弁願いたい。ちなみに、ふたりはいま部屋で寝ているけれど、その理由は察して欲しい。
……アンジュだけでも大変だって言うのに、ルクレもそれに負けじと張り合うから、本当に大変でした。
「……おい、貴様。なんじゃ、そののろけ顔は? ああん?」
『アンジュとルクレを相手にオタノシミだったわけだし、まぁ、そういう顔をするのもわかるよ? わかるけれどさ、おまえ、本当にふざけんなよ?』
ルリとリヴァイアサン様が怒り狂っていく。あ、これまずい。そう思ったが、ふたりが張った結界のおかげで逃げることができない。
「とりあえず、殴らせろ。一発でいいから殴らせろ」
『一発では足りねえだろう、大姉上。せめて十発は殴らんと』
「そうしたいところじゃが、それをするとベティやプロキオンが泣きかねぬ」
『……なるほど。たしかにあの子たちを泣かせるのは忍びないね。となると、やっぱり一発が限度か』
「その通りじゃ。ゆえに、よいな、七のよ」
『おっけー。じゃあ、大姉上』
「『このスコケコマシをぶちのめそうか』」
にっこりと笑いながら、ルリとリヴァイアサン様が拳を鳴らす。リヴァイアサン様なんか、杖じゃなく生身の体を投影させているし。
あ、これは本気でヤバい奴だと背筋を冷たい汗が伝っていく中、鳴らし終えた拳をふたりが強く握りしめた瞬間──。
「……これはどういう状況だい、婿殿よ?」
──背後から久しぶりの声が聞こえてきた。振り返るとそこには、困惑顔のアリシア陛下と複数の供回りらしき兵と、そして沈痛な顔を浮かべる元右大臣ことファロン殿がいたんだ。




