rev4-120 戦い終わって
2024.1.18 23:17 原初の炎竜→原初の炎王に変更します。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします
荒い呼吸だった。
顔色は土気色でひどく悪くなっていた。
それでも。
それでも、この人は気丈だった。
「……どうにか、終わったのぅ」
咳き込みながら、焦炎王様は笑いかけてくださっていた。
笑いかける余裕なんて欠片もないはずなのにも関わらず、焦炎王様は笑ってくださっていた。
「無理をなさらないでください、焦炎王様」
『そうです、我が師。これ以上のご無理は』
「くくく、まさかバカ弟子共に心配されるとはなぁ。永く生きてみるものだな」
焦炎王様は咳き込みながらも、俺と香恋を見つめていた。その目はとても穏やかで、あの頃のままだった。
「あなた。その人は大丈夫そう、じゃないね」
アンジュが心配そうに俺たちが介抱する焦炎王様を見やり、その眉尻を下げていた。
「あぁ、いまにも倒れてしまわれそうで。安静にしていただきたいんだが」
「そうだね。「巨獣殿」に戻ろうか? そうすれば、少しは休んで貰えるでしょうし」
「……そうだな。いろいろと話すこともあるし」
焦炎王様のことだけじゃない。ベヒモス様のことも話さないといけない。特にルリにはきっちりと話をしておかないと、後でなにを言われるかわかったものじゃなかった。
「……カレンよ。そちらのお方は?」
「え? あ、はい。俺の妻、です」
「ほう? そなた、新しい嫁をこさえたのか? これは「ヒナギク」が怒りそうな案件じゃのぅ」
喉の奥を鳴らしながら人の悪そうな笑みを浮かべる焦炎王様。
ヒナギクという名前に懐かしさがこみ上げてくる。
俺が守ることができなかった、かつての大切な彼女のことが鮮やかに蘇ってくる。
「……ふむ。訳ありという顔じゃのぅ。戦いをあのまま続けていれば、この体は保たなかったが、戦いがなければ、そうさのぅ。最短でも一晩は保つか」
「焦炎王様、なにを?」
「奥方よ。あなたのご亭主を一晩貸していただきたい」
「『は?』」
「うちの人を?」
焦炎王様はなにかしら考える素振りをされた後、言い放ったのは想像を絶する一言だった。その一言に俺と香恋は唖然とし、アンジュはきょとんと不思議そうに首を傾げる。そんな俺たちの反応を見て、焦炎王様はおかしそうに笑われた。
「いやいや、別に取って喰らおうというわけではございませぬぞ? 単純にゆるりと一晩我が弟子共と語らいたいだけですので」
「語らうだけ、ですか?」
「ええ。決してあなたのご亭主と閨を供にしようというわけではありませぬ。まぁ、さしものこやつも、師を抱こうという気にはなれぬでしょう。まぁ、我としては一晩くらいであれば、この体を堪能させてやってもかまわぬと思ってはおりますが」
「ちょっと、なに言ってんですか、焦炎王様!?」
『そうですよ、我が師! こんなスケコマシに御身を差し出すなどと、危険です!』
「おまえは黙っていろ、このヤロー!」
『黙っていられるわけないでしょうが、このスケコマシ!』
「誰がスケコマシだ、誰が!」
『おまえに決まってんでしょうが!』
焦炎王様がさらならぬ爆弾を投下してくださった影響で、俺と香恋による口喧嘩が勃発するも、当の焦炎王様はおかしそうに笑うだけ。その笑い声も、その笑みもすべてあの頃のまま。「エターナルカイザーオンライン」の頃のままだった。
「まぁ、そういうわけですから、こやつが我と肉体関係を持つことはほぼありえませぬ。ゆえに安心してくだされ。それでもご安心召されぬのであれば、御身もそばに控えて戴ければよろしい。まぁ、話の内容が御理解できぬ可能性もありますがのぅ」
焦炎王様は笑いながらアンジュに説明を続ける。その内容にアンジュは「そうですねぇ」と考え事をしていたが、すぐに「わかりました」と頷いた。
「積もる話もあるでしょうから、私は席を外させて戴きます。ただ」
「ただ、なんでしょう?」
「うちの娘たちがこの人がいないと寝られないかもしれませんので、うちの娘たちを同伴させていただきたいです」
「それくらいであれば、いくらでも……娘?」
はてと首を傾げる焦炎王様。
まぁ、そうなるわなと焦炎王様の反応を見てしみじみと思った。
「カレンよ。そなた、いつ奥方を身ごもらせたのじゃ?」
「いや、身ごもらせたわけでは」
「ふむ。では、孕ませたと」
「いや、違う。違います。そういうことじゃないんです!」
「ふむ、だが、娘ということは、奥方から産まれた子であろう? ということは、そなたが奥方に種を蒔いて」
「だから、違うんです! そもそも、俺にはそんな機能はありません!」
「なにを言う。ふーこが言っておったではないか。子は気合いがあれば孕めるのだと」
「あれはあの人だからですよ!?」
焦炎王様がとても懐かしい名前を口にされた。
「ふーこ」というのは、焦炎王様の義理の妹というべき人で、タマちゃんの後見人みたいなことをされていた「風の妖狐の里」の里長をされていた「大ババ様」のことだ。
まぁ、大ババ様と言っても、その見た目は妖艶な美女であったのだけど。ただし、性格はタマちゃん曰く「邪悪」で、その邪悪さの一端を俺とヒナギク、いや、希望は垣間見たことがあった。
その大ババ様の名前をこの世界でまた聞くことになるとは思ってもいなかった。なんとも言えない感慨に更けそうになるが、いまは置いておこう。
「まぁ、よかろう。その娘御たちも同伴していただこうではないか。それで貸し出しの許可をいただけるのですね?」
「ええ。それでしたら、私からとやかく言うつもりはありません」
「わかりました。では、そのように。……む? なにやら変わった気配がするのぅ?」
焦炎王様とアンジュの間で話が済んだ。貸し借りと言うと、物のように思えるけれど、実際は俺のレンタルである。……俺って物扱いされる存在なのだろうかとなんとも言えない気分だった。
だが、そんな折りに、焦炎王様は不意に周囲を見回され、ある一点を見つめられた。そこにはこちらに近寄ってくるサラがいた。
「ほう? 竜族の娘か。これまた別嬪であるのぅ。しかし、どういうことかのぅ? そなたとの結びつきが見える。……これ、カレンよ。そなた、あの竜族の娘も嫁と言うつもりではあるまいな?」
「いや、あの、それは、ですね」
『その通りです、我が師。この愚妹と来たら、この世界に来て何人もの女性を毒牙に掛けているのです。ここにいるアンジュやあの娘、サラの他にも何人も嫁と称する女性がおります。総勢で10人近くはいるかと』
「……ほう? いわゆるハーレムを形成しておると?」
『その通りでございます』
まさかの香恋の裏切りだった。
その裏切りの密告により、焦炎王様は笑みを深める。
あぁ、その笑みが怖い。
切実なほどに怖い。
「ふむ。その件についても聞かせてもらおうかのぅ。よいな?」
「……はい」
がくりと肩を落とす俺に、焦炎王様は楽しそうに笑われ、それは香恋もアンジュも同じだった。
そんな笑い声に包まれていると、サラが「旦那様、ご無事ですか」と駆けつけてくれた。
いつも通りの呼び名だったのだけど、焦炎王様は「旦那様、のぅ?」とにやにやと笑っている。
だが、当のサラは焦炎王様を見やると、絶句された。あ、これはなにか勘違いされたような気がする。そう思った矢先だった。
「赤き髪、赤き鎧……「原初の炎王」様?」
「……ほう? 我のことがわかるということは、そなた竜王の一族か?」
「は、はい。風の古竜の孫娘にして、現風の竜王の妹にあたります、サラと申します」
サラの口から漏れ出たのは想像していなかった一言。その一言に焦炎王様は関心されたようで、上機嫌な口振りでサラに話し掛けられ、サラは緊張した面持ちで焦炎王様に身の上を話し始める。
「「原初の炎王」?」
だけど、サラが口にした単語の意味が俺にはいまいちわからなかった。
オウム返しするように、サラの言葉を口にするも、焦炎王様は「その件も今夜に話すとしよう」と言われるだけで、詳しいことはなにも教えてくださらなかった。
なにがなんだかわからないまま、焦炎王様の言葉に俺はただ頷くことしかできなかった。
その後、焦炎王様に「それでは「巨獣殿」とやらに行こうか」と言われ、俺たちは焦炎王様を介抱しながら「巨獣殿」へと戻ったんだ。
 




