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rev4-118 膠着を破るとき

 荒い呼吸が聞こえていた。


 それが誰のものなのかは、すぐにはわからなかった。


 この場にいる全員の息がすでに乱れている。


 はるか上空での戦い。


 周囲には雲と澄み切った蒼穹だけが広がっている。


 穹の上での戦い。


 本来であれば、戦闘機でなければ成り立つことのない戦いを、俺たちは行っている。


「この、親不孝者とトカゲの分際でぇ!」


 スカイディアが叫んでいた。


 その顔にはすでに余裕はなく、汗に塗れている。焦炎王様の攻撃を全力で躱しているのに加えて、俺の攻撃の対処もしないといけないせいで、体力の消耗が激しいようだ。


 唇の端から血を流しているけど、その傷は少し前に俺が叩き込んだ殴打によるものだ。殴打したのは少し前なのだけど、いまだに拭わないあたり、よほど余裕がないと見える。


 ただ、余裕はないが、その目は激しい怒りに燃え盛っていた。


 なぜか「愛娘」と呼ぶ俺と「トカゲ」ないし「赤トカゲ」呼ばわりの焦炎王様に追い詰められつつあることが気に喰わないんだろう。


 そういうところは、以前と、あの、すべてを失った日と変わらない。なにも変わってはいない。成長も退化もしていない。ただただあの日となにも変わっていないスカイディアが目の前にはいる。


「……うるせえな。だから何度も言ってんだろうが。おまえを「母さん」だと誰が認めるものか、ってな」


『いい加減しつこいのよ。私たちの「母さん」はあんたじゃないと何度言えばわかるのよ』


 対して俺と香恋は、スカイディアとは違って傷を負ってはいない。


 香恋はもともと俺の中にいるから傷つきようはない。


 ただ、さしもの香恋もここまでの連続戦闘でだいぶ消耗をしているようだった。普段の勝ち気さはどこへやら、声に力がなくなっている。


 とはいえ、それは俺も同じだ。スカイディア同様に俺もまた汗まみれになっている。


 いや、スカイディア以上の汗を流していた。常に先行して攻撃を仕掛けているのと、スカイディアのカウンターへの対処のせいで、体力を大幅に消耗していた。


 最初は面白いくらいに攻撃をたたき込めていたのだけど、いまはスカイディアも焦炎王様の斬撃を回避してから俺への迎撃を行っているから、俺の攻撃はそこまで当たっていなかった。


「鳴轟」の斬撃に至ってはいまだにノーヒット。


 当てられているのは拳か蹴りの一撃くらい。それも連続では当たらず、単発ばかりが相手に届いている。


 さしものスカイディアも「鳴轟」の斬撃には警戒をしているからこそ、斬撃に繋げられそうな連撃だけは喰らわないように最大級の注意を払っているようだった。


 もっとも注意を払っているからこそ、それがかえってこちらの攻撃を当てられる隙を作り出せている。


 とはいえ、「鳴轟」を囮のままにするつもりはない。かならず奴に斬撃を叩き込む。その意思を抱きながら「鳴轟」を構えて奴との対峙を続けていた。


「ははは、まったくですな。我が愛弟子共を精神的に揺さぶろうとされるのは、そろそろやめられたらいかがですか、ご息女?」


 そして焦炎王様もまた肩を上気されていた。


 常に攻撃の手を緩めないでいるのと仮初めの体とやらにある制限時間のせいで、普段の飄々としたお姿からは想像もできないほどに、疲労されているようだった。


 だが、その斬撃はどれほどまでに疲れ切っていても、一切変わることはない。速く重く、そして鋭いままだった。その斬撃にさしものスカイディアも全力での回避を余儀なくされている。


 その回避の隙を衝いて俺が攻撃するため、焦炎王様は俺に攻撃を仕掛けさせるために斬撃を連綿として放ち続けていた。そのせいで余計に体力を消耗されていた。


 申し訳ないと思うも、焦炎王様は気にすることなく斬撃を放ち続けられている。ご自身がメインではなく、俺をサポートするサブとして立ち回られているのは、いまが仮初めのお体だということが原因なのだと思う。


 そうでもなければ焦炎王様が、俺たちの師が、邪神とはいえ強大すぎる敵を前にしてサポートに回られることなんてありえない。


 らしくないことをさせてしまっていることに忸怩たる想いはある。だけど、いまはその想いをぐっと抑え込んで目の前の邪神をぶちのめすことだけを考えたかった。


 そうして延々と戦闘が行い続け、いまや全員が疲労困憊の状態。


「鳴轟」を握る手に力が込めづらくなっているが、それでもまだ俺は戦える。それは焦炎王様も、忌々しいけれど邪神も同じだ。


 全員が全員、強い意志をその瞳に灯していた。


 だが、それがかえって膠着状態を生じさせていた。


 スカイディアを追い詰めてはいるが、仕留めきるところまではどうにもいかない。


 スカイディアは仕留められないように立ち回るのに精一杯になっている。


 俺たちと焦炎王様、そしてスカイディア。


 誰もが状況を打破する一手がない状態だった。


 将棋で言う千日手というところ。


 どちらにも決め手がない。


 決め手はないが、このままだとこちらが追い詰められることは確定している。


 焦炎王様の制限時間だ。


 その制限時間があとどれほどあるのかはわからない。


 だが、その制限時間がすぎれば、スカイディアの攻勢が始まることは間違いない。


 もっともその制限時間がすぎて、スカイディアに攻勢ができる余裕があればの話だけど。


 こちらはその制限時間までに、スカイディアを仕留めなければ勝機はない。


 ただ、その制限時間を理解しているだろうからこそ、スカイディアは防御を主として立ち回っている。その防御をこちらはなかなか崩しきれないでいた。


 やはり、どう考えても決め手がない。


 とはいえ、手を拱いても時間がすぎるだけ。


 できることがあるとすれば、いままで同様に戦い続けるだけ。


 あまり意味がないけれど、それでも手を拱いているよりかはまし。


 そう思いながら、「鳴轟」を握る手に精一杯の力を込めていた、そのとき。


「私も手伝うよ、あなた」


 不意にアンジュの声が聞こえた。


 同時に、心地よい調べが聞こえてくる。


「これは、「初源の歌」か」


 焦炎王様が感嘆の息を漏らされる。


 消耗しきられていたはずだったのに、その顔には生気が戻られていた。


 それは俺も同じだ。


 精一杯の力を込めても、普段の半分くらいだったはずなのに、普段通りに力を込められていく。


 いや、普段通りどころか、いつも以上に力がみなぎっていた。


 その理由が「初源の歌」であることは間違いない。


 究極のアンデット特攻攻撃としか思っていなかった「初源の歌」だったけれど、いまは特級のバフとして俺と焦炎王様の助けになってくれていた。


 対して、スカイディアはというと──。


「っ~! アンジュぅぅぅぅぅ! 余計な、ことをしよってぇぇぇぇぇぇ!」


 ──バフではなく、デバフを喰らっているようだった。


 どういうわけか、「初源の歌」はスカイディアにとって、これ以上とないダメージになったようだ。


 究極のアンデット特攻攻撃で、なんでスカイディアがダメージを負っているのかがわからない。


 わからないけれど、いまが勝機であることは変わらない。


「行くぞ、愛弟子共よ! いまこそが勝機!」


「はい、師匠!」


『力を振り絞ります!』


 ダメージを負っているスカイディア相手に、俺たちと焦炎王様はそれぞれに最高の一撃を放ち合った。


 俺と香恋は、ファラン少佐にも放った「焦雷斬空閃」を。


 焦炎王様は、「炎焦剣」の深奥の剣を生み出し、左右それぞれに愛刀と深奥の剣を握られた。


 焦炎王様が放つのは、深奥の剣と愛刀の二振りを交互に斬撃を繰り返す超高速連撃。その連撃を受けた者がまともに姿を残すことは叶わない。それはまさに嵐のよう。それゆえにその技はこう呼ばれている。


「焦炎嵐滅陣!」


 怒濤の超高速斬撃と一撃必殺の剣。


 そのふたつが同時にスカイディアへと迫った。


「くっそたれがぁぁぁぁぁぁぁ!」


 スカイディアが叫ぶ。


 断末魔とも言える叫び声を聞きながら、俺たちと焦炎王様の最強の技は炸裂したんだ。

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