rev4-116 紅い背中
途中で無理矢理な~っていう部分がありますので、苦手な方はお気をつけてください
ファラン少佐の断末魔と、その体の崩壊する音が聞こえていた。
俺たちがいるのは、巨獣殿からもだいぶ離れた高空。
さすがに成層圏とはいかないが、周囲が航空地図のように見えていた。
思っていた以上に、香恋は頑張ってくれたみたいだ。
というか、頑張りすぎかな?
ファラン少佐の巨体が爆発することを考えれば、このくらいの高空まで上昇する必要があると思ったんだろうけどね。
実際のところは爆発することはなく、ファラン少佐は崩壊していた。少し前に落としたはずの首は健在だけど、それ以外の部分は半分以上崩壊している。
落としたはずの首がなんでこの高空にあるのかというと、どうやらファラン少佐はいつのまにか自身の首をキャッチしていたみたいだ。
キャッチした理由は、たぶんその首もまた爆弾のように扱おうとしたんだろう。それも残った力で全力で放り投げようとしたんだろう。それこそ砲弾のようにだ。
あれだけの巨体なので、首だけでも相当の大きさがある。顔だけで小さな大仏様くらいはあるだろうか。核爆弾さえも余裕で超えている。
それが爆発すると考えたら、地形なんて簡単に変えてしまえる。
香恋がこの一帯が更地になると言った理由もわかる。
その核超えの破壊力があったであろう首も、いま少しずつ崩壊を始めていた。
その口からは断末魔の叫びが上がり続けているが、その断末魔を聞いても俺はなにひとつ思うことはなかった。
むしろ、ファラン少佐よりもはるかに厄介な存在に目を向けていた。
目の前にいる邪神を俺は見つめていた。
邪神は腕を組んで楽しそうに俺を見下ろしていた。
ようやく強大なレイドボスを倒したと思ったら、最悪のラスボスが目の前に現れたって気分だ。
もし、そんなイベントを連戦させるゲームなんてあったら、間違いなく「クソゲー」扱いされると思う。
実際、いまの俺はそんな気分だ。
もっとも、これはゲームではなく現実なので、「クソゲー」と切り捨てることはできないけど。
「……スカイディアっ」
『本当に性格最悪ね、このおばさん!』
香恋もスカイディアの出現に苛立っているようだった。
さしもの香恋でも、ファラン少佐ほどの巨体をこの高空まで押し上げるには消耗しているのか、いつもよりも口調に余裕がない。
「あらあら、どっちの香恋も消耗しているみたいねぇ? くすくす、ちょうどいいわぁ~」
スカイディアは俺を見て嗤った。わかっていたことではあるけれど、どうやら俺の中に香恋がいることにも気付いているみたいだ。
そしてその香恋が消耗していることもまた。
スカイディアにとって、香恋がどの程度の存在になるのかはわからない。
だが、スカイディアにとっていまが千載一遇の機会であることは間違いない。
「というわけで、死んでちょうだい?」
スカイディアの腕がまっすぐに伸びてくる。とっさに「鳴轟」を振るい、その手から逃れる。
腕に向けて刀を振るえば、腕が切り落とされるのは当然だった。当然のはずなのだけど、あろうことか、「鳴轟」の刀身に触れてもスカイディアの腕を切り落とすことはできず、ただ弾くだけだった。
腕を弾いた際に、ガキンという金属と肉体がぶつかったとは思えない硬質的な音が鳴り響いた。
その音を聞いて、「やはりこれは埒外の存在だ」と改めて思わされた。
どう見ても防具なんて装備していないはずなのに、固い金属同士がぶつかった音がするなんて普通はありえない。
堕ちたとしても、神が神であることには変わりない。
そのことを改めて突き付けられた気分だった。
「あらあら、手厳しいわね。かわいい姪っ子ちゃんたちを撫でてあげようとしただけなのに」
腕を弾き、距離を取ると、スカイディアは痛そうに腕をさすりながら唇を尖らせる。あくまでも「痛そう」であって、スカイディアが痛がっているわけじゃない。あくまでも、痛がっている振りをしているだけだ。
単純な薙ぎ払いだったけれど、それでも「鳴轟」を用いての一撃。その一撃でもスカイディアには大したダメージにはなっていない。
それでもダメージは与えられたことには変わりはない。人の姿をしているだけの化け物ではあるけれど、その化け物相手に通用はするというのはわかった。
だからと言って、楽観視するほど俺も香恋もバカじゃない。距離を取りながら、「鳴轟」をスカイディアへと向けていく。
「……そのかわいい姪っ子ちゃんを相手に、「死んでちょうだい?」と言ったのはどこのどいつだよ」
『言わないであげなさい、カレン。見た目は若いけど、中身はおばさんなんだから』
「それもそうだな」
軽口を叩きながらも、スカイディアを見つめる。
一挙手一投足さえ見逃さないように、スカイディアを見つめていた。
「あらあら、ひどいわねぇ~。香恋たちは本当に口が悪いわ。おばさん、傷ついちゃう」
そう、見つめていたはずだったのに、気付いたとき、スカイディアは俺たちの背後にいた。背後から俺の頬を撫でていた。
「っ!?」
背筋が振るえるほどの寒気だった。その寒気に自然と体は動き、振り返り様に「鳴轟」を振るう。
だが、今回は空を斬った。切ったでのはなく、斬っていた。振り返り様の一撃は飛ぶ斬撃を放ち、その斬撃はその直線上にあった雲を切り裂いていく。
『……なによ、いまの歩法?』
突如として背後を取られたことに、俺だけではなく香恋もまた驚愕としている。
そんな俺たちとは対照的に、スカイディアは──。
「あらあら、どうしたの? おばさんは、こ・っ・ち・だけど?」
──とても楽しそうに嗤いながら、再び俺の頬を後ろから撫で始める。
背筋に再び寒気が走る。
再び振り返り様に「鳴轟」を振るおうとしたが、それよりも速くスカイディアが俺の腕を押さえこんだ。
「はい、つーかーまーえーた~」
鼻歌が聞こえてきそうなほどに、スカイディアは楽しそうだった。その表情は満面の笑みに染まっていた。その笑みのまま、スカイディアはなぜか顔を近づけてきて、そして──。
「ん~」
「っ!!?」
──いきなり唇を重ねてきた。
突然のスカイディアの行動に俺は動転するが、スカイディアはおかまいなしとばかりに唇を無理矢理割ると、俺の口の中に自身の舌を入れてきた。
気色悪い。
はっきりと思った。
スカイディアの腹部を蹴り込み、強引に距離を取った。
スカイディアは腹部を蹴られたというのに、ダメージはほとんどなく、「ひどいわねぇ」と嗤うだけだった。
口元を乱暴に拭いながら、「なんのつもりだ」と叫ぶと、スカイディアは首を傾げながら言った。
「なんのつもりって、そんなの決まっているじゃない。ご褒美よ、香恋」
「褒美だと?」
「ええ。あなたのだ~い好きなお母さんからのご褒美のキス。ふふふ、嬉しかったでしょう? 私のかわいい香恋?」
くすくすとスカイディアが嗤った。だけど、言っている意味がまったくわからない。
「おまえが母さん? ふざけたことを抜かすな!」
『そうよ。私の、私たちの母さんはあんたとは違う!』
目の前にいる邪神が母さんなわけがない。
たしかに、母さんは邪神の妹ではある。正確には邪神から生じた存在だ。
でも、母さんと邪神は違う。
ほぼ同一人物だったとしても、母さんは母さんで、邪神は邪神だ。だから、目の前にいるのが母さんなわけがない。香恋もはっきりと否定していた。
だけど、邪神は俺たちの言葉に笑みを浮かべると──。
「あら? まぁだ気付いていなかったのね? じゃあ、はっきりと教えてあげる。あなたたちの母親、私のかわいい妹のスカイストはね、ここにいるのよ」
──そう言って、とんとんと自身の体を叩いたんだ。
だが、言われた意味がわからなかった。
母さんが奴の中にいる。
いったいどういうことなのか。
まるで意味がわからないでいると、スカイディアは続けた。
「正確に言うと、ここにあるのは、スカイストの体なのだけどね? あの子の魂自体は別のところにあるみたいなのよ。まぁ、この体自体は元々私のものだったんだけど、それをあの子に貸してあげていたの。私はそれを返してもらっただけ。それでも、この体があなたを産んだことは事実。つまり、あなたたちはスカイストの娘だけど、私の娘でもあるのよ?」
にっこりとスカイディアは嗤う。
だが、言っていることは支離滅裂している。
もっと言えば、ほら話にしか聞こえなかった。
「ほら話にしても笑えねえよ」
『そうよ。もっとセンスを磨かれた方がよろしくてよ? おばさま?』
「あらあら、つれない娘たちねぇ。でも、そういうところも愛らしいわ」
スカイディアは腕をゆっくりと広げていく。
なにをする気だと「鳴轟」を構えながら見つめていると、再びスカイディアが消えた。またお決まりの背後かと思ったときには、目の前が黒く染まっていた。
視界が黒に覆われたものの、全身をぬくもりに包まれた。覚えのあるぬくもり。記憶の彼方にあったぬくもりが俺を包み込んでいた。
『嘘。だって、これは』
俺の中で香恋が狼狽える。
でも、その気持ちはわかる。
俺も同じ気持ちだった。
だって、このぬくもりは。
間違いなく、母さんのものだった。
うろ覚えでしかないけど、たしかに母さんのぬくもりだった。
「頑張ったね、香恋。偉かったよ。よくできました」
母さんの声が聞こえた。
優しく頭を撫でてくれる母さん。
この世界に来て初めて聞いた母さんの声。
その声が隅々にまで染み渡っていく。
「……かあ、さん」
気付いたときには、母さんと呼んでいた。
母さんは「なぁに?」と優しく囁いてくれていた。
「かあさん、なの?」
「そうよ。あなたの、あなたたちのお母さんよ。……本当にごめんね、いままであなたを放っておいて。ごめんね、香恋」
母さんが俺を抱きしめてくれる。強く強く抱きしめてくれる。
痛いと思うくらいに強いはずなのに、不思議と痛くない。
むしろ、心地いい。
とても、心地、いい。
「鳴轟」を掴む手から力がゆっくりと抜けていく。
まずいとわかっている。
わかっているのに、俺の体は俺の意思に反して動いてくれない。
それどころか、俺から拒む意思を奪い取っていく。
「さぁ、帰りましょう。一緒に家に帰ろうね。いっぱいいっぱい話を聞かせてちょうだい?」
「うん、かあさん」
「そう、いい子ね。本当にいい子よ、私のかわいい、かわいい──」
──おバカな香恋ちゃん。
母さんの囁きが聞こえる。
でも、なにを言ったかわからなかった。
わからないまま、俺はまぶたをそっと閉じようと──。
「──なにを寝ぼけておる!? さっさと起きんか、このバカ弟子共が!」
──閉じようとしたとき、不意に懐かしい声が耳朶を打った。
同時に、ぬくもりが離れ、母さんの、いや、邪神の舌打ちの声が聞こえた。
邪神は忌々しそうに顔を歪めている。
でも、俺はその忌々しそうな顔よりも、目の前に立つ紅い背中を見つめていた。
目の前には紅い背中があった。
腰ほどまで届くほどの紅い長髪とその長髪と同じ色をした皮鎧を身につけた女性がいる。
その手には見ぼえのある一振りの刀が握られていた。
『うそ、でしょう?』
香恋が信じられないという声を上げていた。
俺も目の前にいる人を見て、信じられない気持ちで一杯になっていた。
でも。
でも、たしかに目の前にいる人は、俺がよく見知った人だった。
俺がこの手で殺した人だった。
「……様?」
ぽつりと呟いたのは、かつて何度も呼んだ人の名前。
だけど、その声は掠れてしまってちゃんとしたものにはならなかった。
それでも、それでもその人はたしかに振り返ってかつてのように笑いかけてくれた。
「久しいのぅ、我が弟子にして、我が愛し子よ。ふたり揃って息災であるようで、まこと嬉しいぞ」
ニコニコと笑いながら、その人は笑っていた。
かつてのように優しげに微笑みを浮かべてくれていた。
だから、俺もかつてのようにその名を再び告げた。
「焦炎王、様」
「なんじゃ? 何度も何度も呼びよって。少し見ぬうちに甘えん坊にでもなったのか? まぁ、いまは甘えさせてやる余裕はないんじゃがのぅ」
そう言って、焦炎王様は俺から視線を外し、スカイディアを見やる。当のスカイディアは忌々しそうに焦炎王様を睨み付けていた。
「お久しぶりですなぁ、ご息女。お元気そうでなによりです」
「……馴れ馴れしく呼ばないでくれる? あのクソ親父の部下の分際で」
「ははは、これはこれは手厳しい。ですが、そのクソ親父たる我が君は、あなたのことを大層気を懸けておられていましたよ?」
「黙れ、トカゲ風情が、私たちの事情に首を突っ込むでないわ!」
スカイディアが叫んだ。
その叫びに焦炎王様は「やれやれ」と困ったようにため息を吐かれた。
なにからなにまで想定外すぎて、理解が及ばなかった。
だけど、そんな俺を無視するようにして、焦炎王様は俺を呼んだ。
「レン! いや、カレンと香恋! 剣を構えよ! いまこそ、共に戦おうぞ!」
焦炎王様が俺を、いや、俺たちを呼んだ。そのことに香恋が俺の中で「わ、私も?」と困惑の声をあげるも、焦炎王様は「当たり前じゃ」と返事をされた。
「相手は堕ちたとはいえ、神! さしもの我もこの仮初めの体では相手しきれぬ! ゆえにそなたたちも力を貸せ! いまこそ師弟で力を合わせるときよ! それとも、まだ我と力を合わせられぬのかの?」
にやりと口元を歪めて笑う焦炎王様。
俺は頬を叩いて気合いを入れ直すと、焦炎王様の隣に立って、「鳴轟」を構える。
「そんなことありません!」
『この力、我が師のために!』
「それでよい。それでこそ我が愛弟子共よ! さぁ、行くぞ、ふたりとも!」
「『はい、師匠!』」
焦炎王様と隣り合って、スカイディアと対峙する。
スカイディアは忌々しそうに顔を歪めていた。
「この赤トカゲぇ! あと少しでその子を手に入れられたというのに。邪魔をしおってぇぇぇぇぇ!」
「はん! 妄執じみた愛情など子にとってはただの邪魔にしかなりませぬぞ? そろそろ子離れされるとよろしかろう。いえ、子離れの前に、まず親離れからですかのぅ?」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」
スカイディアが激高する。目を血走らせながら、スカイディアが突っ込んでくる。
突っ込んでくるスカイディアを見ても、焦炎王様は焦ることなく、「行くぞ」と叫んだ。そのこえに俺たちは揃って「はい」と返事をした。もう二度と会えることのなかったはずの師と、焦炎王様との初めての共闘はこうして始まった。




