rev4-113 鳴轟同一
空気が振動していた。
ベリアレクスを打ち付けたことで生じたものだ。
そのベリアレクスをサラは強く握りしめていた。
いまだ涙目になっているものの、その目はどこまでも鋭い。
怨敵を睨み付けるようにして、ファラン少佐へと視線を向けていた。
「旦那様、先に参ります」
サラはそうやいなや、一目散にファラン少佐へと駆けていく。
背中の翼を使わず、空中を地上のようにその脚だけで駆け抜けていく。
駆け抜けるたびに、大気が震えていた。
まるで大気そのものが、サラに対して怯え震えているようにさえ感じられた。
その背中は勇猛果敢という言葉がよく似合っていた。
それこそ、いまの神衣を見て感じた戦乙女という印象通りの姿だ。
そんなサラが大巨人となったファラン少佐へと肉薄する。
女性にしては上背があるサラを以てしても、いまのファラン少佐と比べることもできないほどに差はあった。
だが、それでもサラはまるで気にすることなく駆け抜ける。
上背の差など気にもせずに、戦場である高空を駆け抜けていく。
だが、ファラン少佐は動かない。
ベヒモス様を殺した罪を償えと豪語した割には、こちらを攻撃しようとしていない。
攻撃を仕掛けてこないが、その目は血走っていた。
なにかを狙っていることは明らか。
だが、サラはその狙いごと踏み抜かんという勢いで駆け抜けていき、そして──。
「消えよ、邪悪なる者め!」
「神獣殺しの大罪人がなにを抜かすかぁぁぁぁっ!」
──サラがファラン少佐の顔目がけて飛び上がる。ふたりの視線が交錯したとき。戦いは始まった。
サラが左腕を振り上げると、ファラン少佐はそれに合わせていたかのように右腕を振り上げる。
体の大きさはまるで違うはずなのに、その拳と拳がぶつかり合った。
同時に炸裂音が響き、再び大気が震えていく。
大気を震わせながら、ふたりはさらに拳をぶつけていく。
最初が左と右。次が右と左。そのまた次は最初に戻って左と右。
左右の拳をふたりは交互にぶつけ合わせていく。
その度に炸裂音が鳴り、大気が震えていく。
毅兄貴が好きだった某国民的アニメでの戦闘シーンを思わせる光景だった。
そんなアニメじみた戦闘が目の前で繰り広げられていく。
サラもファラン少佐も一切譲る気はないようで、拳と拳が何度となくぶつかり合っていく。
体格差を考えれば、ありえない光景。
そのありえない光景が幾度となく繰り返されていた。
『まったく、その女神といい、ルクレティアといい、あんたの女はどうしてこうも規格外になっていくのかしらね?』
香恋がため息交じりに呟くが、そんなことを言われても俺にもわからなかった。
わからないが、いまのまま見ているわけにはいかなかった。
「香恋。どうすればいい?」
『抽象的すぎよ。……まぁ、言いたいことはわかるけどね』
香恋に思いっきり呆れられてしまったが、俺が言いたいことは当然理解してくれているようだ。
『とりあえず、あの戦いにあんたが参戦するのはかなり無理があるわ』
「いまの俺でも?」
『ええ。能力自体は大きく見劣りするわけではないけど、あの巨人があまりにも強大すぎるのよ。いまのあんたでもさすがに、あの戦いに飛び込もうとしたら数分保てばいい方だわ』
「数分、か」
日常生活で言えば数分は短い。
だが、こと戦闘において数分というのはそれなりの長さだ。
それなりの長さではあるけれど、数分程度の参戦ではかえってサラの脚を引っ張る可能性がある。
『その通り。たった数分の参戦ではプラスよりもマイナスに繋がりかねないわ。なので、あんたは参戦するな』
「参戦するなって」
いきなりなにを言うんだろうか。
参戦しないということは、サラにすべてを任せるということになる。
サラとファラン少佐の戦いは、ややサラが優勢だった。
というのも、サラの方がファラン少佐よりも速く拳を放っている。
サラは腕が伸びきっているのに対して、ファラン少佐は伸びきる前にサラの拳とぶつけている。
それはサラの方が速いということ。
まぁ、単純に体格の差が影響しているのかもしれないが、少なくともサラの方がファラン少佐よりも速いということは間違いない。
とはいえ、それがいつまでも続けられるとは思えない。
懸念なのはやはりその体格差があるということ。
その体格差を活かした攻撃をファラン少佐が仕掛けてきたら、それだけで一気にいまの優勢は劣勢に覆されてしまうことになりかねない。
だというのに、戦いをすべてサラに押しつけるのは俺としては我慢ならない。
たとえ、足手まといになったとしてもだ。
『落ち着きなさい、カレン。誰も押しつけろとは言っていないでしょう? 私はあくまでもあの戦いに参戦するなと言ったのよ。そう、あくまでもあの殴り合いには参戦するなってことよ』
「……ってことは」
『ええ。トドメをあんたが刺せばいい。そこまではサラには頑張ってもらいましょう。それが一番勝率が高いわ』
香恋の言葉に「そういうことか」と俺は理解した。
理解はしたけれど、納得までしたわけじゃない。
結局サラに任せるという点は同じだった。
だが、それでもサラにだけ任せるわけではないということでどうにか自分を納得させていく。
とはいえ、それはそれとしてだ。問題はほかにある。
「トドメになる一撃か」
そう、それが一番の問題だ。
あれほどの巨体にトドメを刺すとなると、相応の一撃でないといけない。
可能性があるとすれば、「鳴轟の構え」からの一撃かな。
ただ、「鳴轟の構え」からの技の中で、あれほどの巨体にトドメを刺せるものとなると、数は限られてしまう。
「鳴轟の構え」は手数重視の構えであり、一撃を重視のものじゃない。
そもそも俺のアバターであった「レン」自体が、手数重視のキャラだったこともあり、一撃必殺の技というものが「レン」にはほとんどない。
その一撃必殺の技がいまは必要だった。
それも並大抵の技じゃダメだ。
どれほどの巨体を誇ろうと一撃で屠れるものじゃないといけない。
そう、それこそ「四竜王」様たちクラスであっても、倒せる一撃じゃないといけない。
そうなると、選ぶ技はひとつだけだった。
『どうするの、カレン?』
香恋が尋ねてきた。
その問いかけに俺が口にしたのはひとつだった。
「……「鳴轟の構え」の深奥で行く」
『っ! ……そう、あれで行くのね』
「あぁ」
香恋は俺と記憶を共通している。
だからこそ知っている。
「鳴轟の構え」から放つ最強の一撃をだ。
「鳴轟の構え」の深奥。
それは……焦炎王様を殺した一撃。
俺がこの手で弔いとして焦炎王様に放った一撃だ。
『そなたのこれからに幸あれ。我が愛し子よ』
死にゆくときまで焦炎王様は俺の身を案じてくださった。
そんな焦炎王様の首を俺は刎ねたんだ。これから放つ深奥の一撃で以て。
「……あれなら、あの巨体でも通じるはずだ」
『そうね。なら、今回はそこに「空」を混ぜましょうか。それなら確実に殺せるはず』
「そう、だな」
『……ええ』
香恋との間でしんみりとなってしまう。
だが、いまはしんみりとなっている状況じゃなかった。
「やろう、香恋」
『……ええ、やりましょう、カレン』
お互いの名を呼び合い、俺たちはそれぞれに力を練っていく。
俺が行うのは、左手に「炎焦剣」の深奥の透明な刃の炎を剣を生み出すこと。
その深奥の剣を左手に右手にミカヅチを握る。
左右それぞれに握りしめた剣を頭上で掲げながら、それぞれの剣を近づけていく。ミカヅチと深奥の剣は引かれ合うようにして俺の頭上で交錯する。
「……鳴轟同一」
交錯してすぐ、俺はキーワードを口にする。その瞬間、ミカヅチと深奥の剣が輝きを放っていく。
『我が力よ。剣に宿りて、我が敵を葬る力となれ』
次に香恋が俺の頭上に現れつつある剣に「空」属性の力を付与していく。
ただでさえ強力な一撃。
それがより強化されていくのがはっきりとわかる。
それでも俺は、いや、俺たちはより強化されたそれを顕現させる。
「雷鳴の剣よ。轟炎の剣の力を得よ」
ミカヅチをベースにして、深奥の剣をミカヅチとひとつにする。
『轟炎の剣よ。雷鳴の剣とひとつとなれ』
深奥の剣を取り込んだミカヅチは、刀身に炎のような刃紋を浮かび上がらせる。その刃紋が浮かび上がると、ミカヅチからは白い炎が噴き出し、真っ黒な刀身の半分を浄化するように白く染め上げ、その剣はこの世界に顕現した。
「『いまこの手に無敵の剣を!』」
俺と香恋の声がひとつとなり、ミカヅチと深奥の剣を同化させた剣が真っ白な炎と黒き雷を放ちながらいま顕現した剣。その名は──。
「──『焦雷剣「鳴轟』」
「鳴轟の構え」使用時のみに使える、「レン」の最強の一撃。
その一撃に「空」属性の力を乗せて放つ技。その名は──。
「焦雷──」
『──斬空閃!』
──いまの俺が放てる最強の一撃。
その一撃をまっすぐにファラン少佐へと放ったんだ。




