Act1-88 霊草エリキサ その二十四
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風竜山脈。その名の通り、風のドラゴンが住む山々であり、「竜の王国」の中にあるけれど、同時に「蠅の王国」にも近い場所にある。
俺は「蠅の王国」まだ行ったことがない。
「蠅の王国」は、グラトニーさんが王さまをしている国であり、ククルさんやモーレたちの故郷だって話だ。
どういう国なのかは、よく知らないけれど、ククルさんが言うには、エルフ族やハーフフッド族と言った、いわゆる妖精に近い種族が多く暮らしているそうだ。
一度行ってみたい国ではあるけれど、いまはまだ行くわけにはいかない。
アルトリアを奪われかねない現状で、寄り道をしている余裕はない。
モーレの遺灰を、早く「蠅の王国」の風の中に流してあげたいけれど、いまはアルトリアを優先したい。
アルトリアは俺にとっていなくなってほしくない人なのだから。モーレには悪いと思うけれど、もう少しだけ我慢してほしい。
アルトリアを守るために、エリキサを手に入れなければならない。そのために俺は風竜山脈の中心にある、古竜である風さまが住む山に来ている。
風さまが住んでいる山は、風竜山脈において、そう高い山ではなかった。
むしろ他の山よりも、いくらか小さいように思える。
けれど、ほかの山々より、動植物が豊かではある。
ヴェノムパイソンがいた森を彷彿させる。
しかしヴェノムパイソンのいた森よりも、明らかに動植物は豊かだし、神聖さを感じさせてくれる。
ゴンさんが言うには、ほかの古竜が住む山もだいたいはこんな感じらしい。
植生はそれぞれに違うらしいけれど、雰囲気はどの古竜が住む山々も同じようになるらしい。
古竜たちがそれぞれになにかをしているのではなく、自然とそういう風になってしまうようだ。古竜たちから、なにかしらの成分が生じているのかな。
ゴンさんには詳しくそのあたりのことを聞いてみたいが、いまはゴンさんになにかを聞くことはできない。正確にはゴンさんがなにかを話す余裕がない。
「いい加減離せよ、じじい」
ゴンさんが荒っぽい口調で風さまを突き離そうとするも、風さまはまるで気にしていない。
「はっはっは、そう恥ずかしがるでないぞぉ~。大好きなじぃじに会えて嬉しいのはわかるがのぅ~」
「寝ぼけたことを抜かすな、じじい」
人化状態のゴンさんが、疲れ切った顔をしている。そんなゴンさんにこれまた人化状態の風さまがべったりと抱き着いていた。
現在俺とゴンさんは、風さまの住む山の中にある、風さまの家であるお社という名の洞窟の中にいた。
だが洞窟ではあるが、中はとても広い屋敷のようなものだ。
けれどドラゴン状態のゴンさんや風さまがいられるほどではない。
人化状態であれば、十分すぎるほどに広いスペースに、岩を砕いて作った部屋が数えきれないくらいにあった。その部屋のひとつ、ゴンさんが言うには応接間に俺たちは通されていた。
本来であれば、ここの主である風さまが、上座にいるべきなのだけど、いま風さまはゴンさんの隣に自らの席を運び、久方ぶりのスキンシップに邁進している。
正直、古竜である風さまが、まさかの孫ラブ爺さんだと思わなかった。しかもゴンさんのおじいさんだとは。
だけど、ゴンさんが風さまがいればと言っていたわけが、ようやくわかったよ。ゴンさんのおじいさんだからこそ、ほかの古竜では、聞いてくれない話も聞いてくれるってことだったのだろう。
どんなに厳格な人でも、孫からのお願いには弱いと聞くし。俺のじいちゃんも、一心さんが言うには、とても厳しい人だったらしいのだけど、俺には妙に甘い。そう──。
「あぁ、孫娘よぉ~、じぃじは会いたかったぞぉ~」
「俺はもう子供じゃないんだけど」
「なにを言うておるぅ~。子供はいつまで経っても子供。孫もいつまで経っても孫なのじゃよぉ~」
「……正論言われたら、返しようがないんだが」
ちょうど目の前で行われている光景のようにだ。
ゴンさんは、風さまに頬擦りされて、げんなりしていた。風さまだけが嬉しそうだ。
うん、うちでも繰り広げられていた光景だね。
うちのじいちゃんも、風さまみたいに、よく頬擦りしてきたものだ。まぁ、うちの場合は、俺が初の女の子だったというのもあるんだろう。
もしかしたら、ゴンさんも風さまの初の女の子の孫だからなのかもしれない。もしくは、ゴンさんが卵のときに盗まれてしまったという影響からなのかもしれない。
どちらにせよ、風さまが孫ラブ爺さんであることには変わりない。ゴンさんには、迷惑なだけかもしれないけどね。
「あ、あの、風さま?」
「……なんじゃい、たわけ者」
「俺はカレンです」
「名前などどうでもよい。わしにとっては、貴様などたわけ者で十分よ!」
そう言って、人差し指を向ける風さま。ちなみに風さまの人化状態は、ゴンさんの面影がある。
緑の髪に、深く刻まれたしわ、青い瞳など、ゴンさんに通ずるものもあるけど、風さま特有のものもある。
特に体格はドラゴン状態に比べると、小柄ではあるけど、風格が滲み出ていた。圧倒的な強さゆえに発せられるものだろう。
ただ、その風格も孫ラブという一点のせいで台無しになっているのだけど。 まぁ、そういうところも、ゴンさんのおじいさんらしいことだ。
しかし、そのじいさまになんで俺は目の敵にされているのやら。
てっきりゴンさんの背中に乗っていたのが、ドラゴン的にはまずいことなのかと思ったのだけど、ゴンさんが言うには、特に問題ではないらしい。
じゃあ、なにが問題なのかは、まだわかっていない。ただ、風さまに嫌われているということだけは、はっきりとしている。
風さまとは、今日初めて会ったばかりだ。なのになんで嫌われなきゃいけないのか。というか、初めて会った相手を嫌いますかね。
いや、人間同士でもさ、反りが合わない相手はいるよ。
初対面でも、こいつとだけはダメだって、思う相手には出会いますよ。
それでもさ、多少なりとも、コミュニケーションは取るっていうのに、風さまはコミュニケーションすら取る気がないようだ。
本当になんでこんなに嫌われなきゃいけないのか、意味がわからないよ。
「ひとついいですか?」
「なんじゃ」
「今日が初対面ですよね?」
「貴様なんぞに、何度も会ってたまるか」
「……でしたら、なんでそんな邪険に」
「気に入らん者を、邪険にしてなにが悪い? 人間なんぞ、我らドラゴンにとって見れば虫けら同然だ。虫けらを虫けらとして、扱ってなにが悪い?」
「そうですか。なら、その初対面の相手に対して、礼儀もなく、突っかかるのが、古竜の対応ということですか? かつて、ドラゴンロードを務めていらしたという話でしたが、子供でもできることができないのに、ドラゴンロードは、務まるんですね」
理不尽すぎて、ちょっと自制心が利かなくなってしまった。自分でも言い過ぎかなとは思ったけれど、事実だから言い繕う気にもなれない。
「ふん、安い挑発じゃな。親の程度が知れる」
「あ?」
風さま。いや、もういい。こんなのは、ただのトカゲじじいで十分だ。
なんだってこんなトカゲじじいに言いたい放題されにゃならんのだよ。
そもそも、いまなんて言ったんだ、このじじいは。親の程度が知れる? それはさ、俺の両親をバカにしたってことだよな。
ああ、確認なんて必要ない。とりあえず、いまからするべきことはひとつだけだ。
「表出ろ、クソじじい」
目の前にいるクソじじいに引導を渡してやることだ。わざわざ血を貰うのではなく、血まみれにして血を奪えばいい。
「威勢のいいことじゃなぁ、小娘よ。虫けらの分際で、わしと戦闘をする気か? 身の程を知らぬのは、おろかよなぁ」
「うるせえよ。ぐだぐだ言ってないで、さっさと出ろ。楽には殺さねえ」
「虫けらがわしを殺す? 面白い冗談じゃな。よかろう、相手になってやろうじゃないか」
じじいは笑っていた。その笑顔を浮かべることができないようにしてやる。両手を握りしめながら、俺はじじいを睨み付けていた。
次回は久しぶりな戦闘回です。




