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rev4-112 最後の贈り物

 光だった。


 黄色い光が周囲を覆っていく。


 まるで夜を終わらせる日の出のよう。


 赤みを帯びた黄色い光。山吹色に似た光が周囲を包み込む。


 その光の中で、それは成っていた。


「……ベヒモス、様」


 サラさんが泣いていた。


 いままで見たことがないくらいに泣きじゃくるサラさんがそこにはいた。


 山吹色の光がサラさんを優しく包み込む中、サラさんはいなくなってしまったベヒモス様を呼び続けていた。


 その手にはベヒモス様を解放した証に染まっていた。


 俺の手も同じように染まっていた。


 それはベヒモス様を解放したミカヅチもまた同じだ。


 ミカヅチの刀身からは証が滴り落ちていた。


 滴り落ちる証は、そのまま俺とサラさんの手を染めていた。


 いや、手だけじゃないか。


 俺とサラさんの顔は、ベヒモス様を解放した証によって染まってしまっている。自分の顔を見ることはできないから、どれくらいかはわからないが、隣にいるサラさんを見る限りは、顔の半分ほどは染まってしまっているようだ。


 紅く染まった顔に涙が伝っていく。


 伝う涙も証によって、透明ではなく紅く染まっていた。


 でも、それも半分だけ。


 もう半分は透明な涙が流れていく。


 二色の涙がサラさんの頬を伝っていく。左右で顔が異なる、いまのサラさんらしいとも言えるものだった。……サラさんにとっては皮肉以外の何物でもないだろうけれど。


 そんな涙を流すサラさんはいまにも崩れ落ちそうなほどに泣きじゃくっていた。


 慟哭という言葉はまさにこういうものだろうなと思う。


 我ながらひどいとは思う。


 あまりに他人事のように、サラさんを見つめている俺自身が、とんだ人でなしのように感じられた。


 でも、俺自身なにも思わないわけじゃない。


 なんだかんだで1ヶ月近く、「巨獣殿」にはお世話になってきた。


 それだけの期間、俺はベヒモス様と触れ合ってきたということだ。


 親しくなりつつあった人が、目の前で死んだ。


 いや、その親しくなりつつあった人を、この手で殺した。


 それだけを聞けば、精神異常者のようにさえ思える。


 だけど、事情があった。


 ベヒモス様を殺さないと、この国を、この国に住まう人たちを、そしてベヒモス様の想いを守ることができなかった。


 そのすべてを守るためには、ベヒモス様を殺すしかなかった。


 その証が俺とサラさんを染めていた。


 穏やかな光に包まれながらも、血生臭い格好となってしまっているのはそういうことだった。


 ただ血生臭い格好になっているのは俺だけだ。


 サラさんの姿は血なまぐささとは無縁だ。


 なにせ、その身を包むのは、いつも身につけている厚手の服ではなく、プーレやルクレが身につけていた神衣に、ウェディングドレスのような神衣に包まれていた。


 サラさんが身につけている神衣は、ふたりのものとは違い、黄色をベースとしたものだった。


 まず目につくのはシースルーとなっている胸元で、サラさんの豊満な胸を強調されていた。だが、それでいていやらしさはなく、清楚でありつつ色気を感じられた。


 その次がスカート部分を始めとして、至るところに金属が使われていること。金属と言ってもアクセントとなるようなチェーンとかではなく、防御力の補強としか思えない金属の板だ。ウェディングドレスというか、戦場でも着られるドレスアーマーというべき意匠だ。


 顔を隠すヴェールも、両腕を包むウェディンググローブもない。ウェディングドレスというにはいささか無骨さはあるのだけど、女性にしてはいささか筋肉質なサラさんには不思議と似合っている。


 そして最後、一番目を惹くものが、グローブの代わりにサラさんの両腕を、肘の辺りまでを覆うガントレットだった。俺たちの周囲を包み込む山吹色の光と同じ色を基調にしていて、手の甲には黄色い核が埋め込まれていた。


 プーレとルクレを海の姫君とするならば、サラさんは土の姫君というべきか。ただ、同じ姫君でも深窓のご令嬢という雰囲気もあったふたりとは違い、サラさんは戦場で駆け抜ける戦乙女とも言うべき雰囲気を纏っていた。


 その雰囲気の原因がサラさんの両手を覆うガントレットだ。そのガントレットがなんであるのかはもはや考えるまでもない。


「それが、ベリアレクス」


 土の神器こと土神拳ベリアレクス。


 それがいまサラさんの両腕を覆っていた。


 まるでサラさんを後ろから抱きしめるように。


 嫁入りする娘を優しく抱きしめる父親のように俺には見えていた。


(……あぁ、だからなのか)


 ベヒモス様の体が崩壊する直前、ベヒモス様はなにかを言っていた。


 唇はわずかにしか動いていなかったから、なにを言っていたのかはわからなかった。


 でも、俺にはなぜか「愛娘」と言っているように思えた。


 もしかしたらベヒモス様はサラさんを娘のように思ってくださっていたのかもしれない。


 サラさんと過ごしたのは、ほんの一年ほど。


 ベヒモス様の生きてきた年月に比べれば、刹那のような時間だっただろう。


 それでも、たしかにふたりは同じ場所で、同じ日々を過ごしていた。


 そこには余人ではわからない関係を築けていたのだろう。


「……最後のプレゼント、だな」


 ベヒモス様がサラさんに贈る最後のプレゼント。


 それが神衣と神器のふたつだったのだろう。


 その死と引き換えに贈られたもの。


 あまりにも残酷だ。


 でも、残酷なのにとても美しい。


 美しくも残酷な贈り物。


 なにを言えばいいのか。


 なにをしてあげればいいのか。


 わからない。


 本当に俺はなにもわからないことばかりだ。


 それでも、できることはあるはずだった。


「サラさん」


 声を掛ける。


 サラさんは嗚咽しながら振り返った。


 しどしどと涙を流しながら、「だんな、さま」と泣きじゃくるサラさん。


 紅く染まった顔で、赤と透明の涙を左右の目から流しながら、サラさんは俺を見つめている。


 その視線を浴びて、気付けばそっとその身を抱きしめていた。


 サラさんが腕の中で大きな声で泣いていた。


 上背が違いすぎて、腕の中に閉じ込めることはできない。


 むしろ、俺の方が閉じ込められるほどだ。


 それでも、その体を強く抱きしめる。


 それくらいしかいまはできなかった。


 このまま涙が止まるまで抱きしめてあげたいところだけど、そうはいかなかった。


「ベヒモス様を、殺したなぁぁぁぁ!」


 ファラン少佐の声が響く。


 怒声がこだまする。


 まるで天上からの怒号のよう。


 それこそ落雷のような大音量の声。


 空気がびりびりと振動する。


 あぁ、言いたいことはよくわかる。


 ファラン少佐にとってみれば、俺とサラさんは神獣様を殺した大罪人だ。


 それは否定しないし、否定できる気もしない。


 だけど、だけどさ。


「なにがわかる?」


 そうだ。


 ファラン少佐に、いや、こいつになにがわかる?


 ベヒモス様を殺すしかなかった。


 俺とサラさんの。


 いや、サラさんのなにがわかると言うんだ?


 たしかにこの国の象徴とも言うべきベヒモス様を俺たちは殺した。


 でも、そうしないとベヒモス様の愛されたこの国を守ることはできなかった。


 その断腸の想いをこいつがわかるというのだろうか?


 わかるはずがない。


 だけど、言葉を交わす気はない。


 言葉ではなく、別のもので教えてやる。


「……サラ、やるぞ」


「……はい。旦那様」


 腕の中にいるサラさん、いや、サラに声を掛ける。


 サラは涙を流したまま、俺から離れると、ベリアレクスをぶつけ合う。


 すると、ファラン少佐の怒号よりもはるかに大きな音が、地鳴りのような音が響いた。


 だが、ファラン少佐は怯えることなく、怒号をあげる。


「神獣殺しの罪を、償えぇぇぇぇぇ!」


 ファラン少佐の拳が迫る。


 その拳に向かって、俺とサラはそれぞれの得物を強く握りしめるのだった。

今年の本編更新はおしまいです。

あとで特別編を更新いたします

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