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rev4-101 ジレンマ

 地形を破壊してしまったな。


 眼下の光景を見て、最初にそう思った。


 ずれてんなぁというのは、自分でもわかっていたけれど、あまりに常識外すぎる光景を俺自身が産みだしたのだと思うと、感想はその程度しか抱けなかった。


 もっと言えば想定外すぎて、俺の脳が処理しきれなくなっている。


 そうなってしまうくらい、あまりにも埒外すぎる光景だった。


 本当に俺がこの大破壊をやらかしたのかとも思った。


 まるで極小の隕石が降ってきて、それがたまたま腐肉共に命中しただけなんじゃないかとも思ってしまう。


 いや、そう思いたかった。


 だが、手にはたしかな感触が残っている。


「飛雷刃」改め「飛空刃」を放ったという感触。


「飛雷刃」は「レン」を「神鳴剣士」にクラスチェンジするための修行の最中で得た「武術」だ。アルトリウスの街で腐肉共から被害者たちを守るために使った火花の結界である「雷花」もその際に得ていた。


「雷花」は使用者の能力によって耐久度が増減する防御結界で、「飛雷刃」はその名の通り雷の飛ぶ斬撃だった。どちらも使い勝手はいいスキルで、「レン」のときはたびたび用いていた。


 その「飛雷刃」に「空」属性を纏わせたのが「飛空刃」だった。まぁ、「レン」のとき同様に俺自身にもそこまで遠距離攻撃手段がないからこそ、「飛雷刃」を「空」属性で上書きして放った、いわば即興の技のつもりだったのだけど、その即興があまりにも威力が絶大すぎた。


 たった一太刀で地面を抉り、クレーターを生じさせてしまうなんて、正直想定外にもほどがある。


 脳がバグって処理を停止するのも無理もない。


 いままで俺はこんな大規模破壊じみた一撃なんて放ったことはない。


「レン」のときだってそうだ。せいぜいが周囲の地面を硝子化させる程度か。それでも十分過ぎる気はするが、タマちゃんや希望、あとユキナちゃんよりかはましだろう。


 ユキナちゃんは最初かわいらしい後輩だったのだけど、最終的にはとんでもないことになったからな、あの子。まぁ、それはフィナンちゃんたち「一滴」の子たちもそうだったけどね。いま思えば、あのゲームは「妖狐」って存在を強力にしすぎている気がする。


 でも、あのゲームがあったからこそ、いま俺はこれだけの大規模破壊できる力を得られた。……自分で自分が恐ろしくなるほどの力をね。


『落ち着きなさい、カレン。まだこの程度で済んだだけましよ』


 手足が震えそうになる中、香恋の声が頭の中で響いた。


『たしかにクレーターはできたけど、まだそれだけ。国を、いえ、その大陸ごと破壊したわけじゃないの。それに相手はただの腐肉。元は無辜の民だったかもしれない人たちではあるけれど、ああなったら殺し尽くすことでしか助けられない人たちよ。そういう意味では、あなたは彼らないし彼女たちを救ったの。……そう思いなさいな』


 香恋の静かな声がざわめく心を鎮めてくれた。まぁ、例があまりにもとんでもなかったということもあるけれど、「殺したのではなく、救ったと思え」という言葉が救いになってくれた。


「……ありがとうな、香恋」


『ふん、あんたにしては殊勝な態度ね。気味が悪いくらい』


 鼻を鳴らす香恋。そのつっけんどんな言い方が、かえっていまはありがたかった。なんだかんだで香恋はわりと優しいところがある。……実際に言っても「はぁ?」とか「頭でも打ったの?」と言われそうだから、あえて言わんけど。


『それよりも、どうしようかしらね』


 不意に香恋がため息交じりに言う。


 唐突な言葉に、「どうした?」と尋ねると、香恋が言ったのは耳を疑うものだった。


『あぁ、あんたにはまだわからないか。ん~、簡単に言うとね。このままだと、「巨獣殿」の一角が呪われた土地に変わるわ』


「……は?」


 いきなりの香恋の言葉に俺は真顔で聞き返していた。


 香恋は淡々と、だが真剣な声色で続ける。


『あの女神が「初源の歌」でここら一帯を浄化したけど、その浄化力を超えた呪力がここら一帯にまき散らされているのよ。原因はあいつね』


 香恋が「あいつ」と言うのが誰なのかはすぐにわかった。


 カオスグールたちであれば、「あいつら」と言うだろうに、それを「あいつ」と呼ぶ時点で対象はひとりしかいなかった。


「あの、デカブツか」


『ええ。あれ自体が呪力の塊なのよ。だからこそ、あの腐肉共はあいつの流した血から発生したのでしょうね。……もしくは、あいつが喰らった同胞があいつの体の中からあふれ出したと言うべきかしら?』


「同胞?」


『あぁ、そっちも気付いていなかったの。あいつが誰なのかも、あの腐肉共がもともとどんな人たちだったのかもわかってなかったのね。……あの腐肉共はあいつが率いていた部隊の隊員たちよ。その隊員たちを隊長であるあいつ自身が喰らい尽くしたのよ。本当に趣味が悪いわ』


 はっと吐き捨てるように香恋は言い切った。


 その言動はいままでの香恋のイメージとは異なっていた。いままでの香恋はどちらかと言えば、その趣味の悪い連中側だった。……まぁ、こうして触れ合ってみるとそれが勘違いであることはよくわかったけど。


 ただ、それよりも香恋が言ってる内容が衝撃的だった。


 香恋が言う「あいつ」が誰のことなのか、わかってしまったからだ。


「……もしかして、ファラン少佐、なのか?」


 隊長と隊員。その言葉で真っ先に思いついたのはファラン少佐だった。


 まず「アンジュ」と喚き続けることから、アンジュのことを知っている人物であることは確定。


 次にこの国の住人の中で部隊を率いる隊長であることもまた。わざわざ他国の軍の部隊の隊長とその隊員たちを犠牲にする意味はない。そもそも他国の部隊の隊長がアンジュのことを知っているわけがない。


 とはいえ、ルシフェニアの部隊の隊長という可能性も捨てきれないが、香恋が「あいつ」と言う時点で香恋も見知っている相手であることも確定だろう。


 となると、総合的に踏まえれば、ファラン少佐があのデカブツの正体だという答えが導き出されてしまう。


「あれが、ファラン少佐?」


 答えを出しても、すぐには信じられなかった。


 俺の中でのファラン少佐は、真面目な好青年かつ愛国心に溢れたという人物であって、ルシフェニアの悪魔共の囁きに乗るような人物ではないはずだった。


『ええ。そのファラン少佐よ。彼も哀れなものね。利用されたうえに、自身の尊厳さえも守ることができないなんてね。……太陽に憧れて手を伸ばすのはいいけど、逆に焼き尽くされてしまったなんて、本当に哀れね』


 香恋はどこか気遣うような声で言った。


 やっぱり知れば知るほど、いままで俺が抱いていた香恋のイメージは本来の香恋とは異なっているようだ。


 ある意味では正しいのだろう。


 でも、それは香恋の中の一面にしかすぎなかった。


 その一面だけで俺は香恋を知っているように振る舞っていたのかもしれない。


『でも、哀れだからといって、他者を呪うようなことはするべきではない。ましてや、自身を慕う部下たちを生きながら喰らい、その血肉を利用するなんてことは許されるべき所業ではないわ。彼には彼でその責を取ってもらいましょう。ただ、責を取らせたところで、この地を浄化するのは、「空」属性では無理ね』


「「空」属性でも無理なのか?」


『ええ。「空」属性には浄化力はないの。あくまでも圧倒的な威力を誇る力でしかない。それはほとんどの属性がそうね。せいぜいが「聖」属性系統くらいじゃないかしら? 呪いを浄化する力を持っているのは』


「浄化。……「初源の歌」みたいな?」


『……そうね。だけど、あの女神にはもう歌わせない方がいいわよ?」


「どういうことだ?」


『簡単よ。あんた、愛している女を化け物に変えたいの?』


「……化け物?」


『ええ。化け物。女神、いえ、神なんてものは大抵化け物よ。その能力もその思考さえも人ではない者たち。それが神。あの女をそんな存在に貶めたいの?』


「ちょっと。ちょっと待ってくれ。香恋、おまえの言っている意味がまるで理解できないんだが。どうしてアンジュが神になんて」


『……「初源の歌」とあんたに抱かれたことが原因かしらね。「初源の歌」で彼女は開かずの扉の封印をほとんど解いてしまった。でも、最後の最後の封印までは解けていなかった。だけど、半神半人であるあんたに、半ば亜神に踏み込んでいるあんたに抱かれたことで、その封印までも解いてしまった。開かずの扉は半開きと言ってもいい状態まで開いているの。そうでもなければ、アンデットを通常の魔物として転生させることなんて、さしものの四大巫女の血筋とはいえできるわけがないじゃない。あれは神だからこそ成せる所業なのよ』


 鈍器で殴られたような衝撃だった。


 それこそミカヅチを手放してしまいそうなほどに。


「……でも、プロキオンは俺が彼女を抱く前に」


 そう、プロキオンを救ったのは、俺がアンジュを抱く前のことだ。俺がアンジュをだいたことで開かずの扉とやらの封印を解いてしまったというのであれば、それ以前にアンジュがしたプロキオンを狼の魔物として転生させたことと矛盾が生じる。


 アンデットを狼の魔物に転生させられるのは神だけ。でも、その時点ではまだアンジュを抱いていなかった。なのにどうして封印を解いていないのに、神の力を行使できるのか。どう考えても矛盾していた。


 だけど、そのことを指摘する俺に、わずかな希望にすがりつく俺に香恋ははっきりと事実を突き付けてくれた。


『あんた、忘れたの? たしかにあんたはつい先日彼女を抱いた。でも、それ以前もことあるごとに彼女には触れていた。その力の余波は彼女の中で澱みのように溜まっていった。「初源の歌」でほぼ解けていた封印をより緩ませるには十分すぎるほどの澱みを彼女の中に生じさせていたのよ。完全に封印が解けてはいなくても、その力の余波が漏れ出すには十分すぎるほどの隙間が生じていたの。そしてその余波だけでも、プロキオンを救い出すには十分すぎるわ。……たとえ、あんたにはそんなつもりがなかったとしても、彼女を変異させてしまったのは、カレン、あんた自身なのよ』


「俺が、アンジュを」


 頭の中が真っ白になっていく。


 本当にミカヅチを手放してしまいそうなほどに、頭の中も目の前も真っ白になっていく。


 俺がアンジュを変異させてしまった。


 そんな事実に打ちのめされてしまう。


『……とはいえ、まだ救いはあるわ。「初源の歌」をこれ以上歌わせないのであれば、時間は掛かるけれど封印を再び施せる。ただ』


「ただ?」


『……もう二度とアンジュを抱かないで。いえ、彼女ともう二度と触れ合ってはダメ。「初源の歌」を歌わせる以上に、あんたがアンジュと接触するのは危険なの。もしまた触れてしまったら、開かずの扉は完全に開ききる。そうなれば、もう封印はできない。彼女が神へと変異させるのを止めることは誰にもできなくなる』


 香恋の言葉はいままで一番の衝撃を伴っていた。


 愛する人と触れ合ってはいけない。


 愛しているからこそ触れてはならない。


 ハリネズミのジレンマ。


 その言葉が脳裏をただよぎっていった。


 どうすればいい。


 どうしたらいい。


 幾重も浮かび上がる疑問に対する答えは、俺の中には存在していなかった。


 ただ呆然と虚空に身を置いていた、そのとき。


「どうしたの、あなた?」


 アンジュの声が唐突に聞こえた。


 幻聴かと聞こえた方へと顔を向けると、そこにはなぜかアンジュがいた。


 それもアスラン、いや、サラさんと手を繋いで、俺と同じ虚空に佇むアンジュがそこにいた。


 腕を伸ばせば頬に触れられるほどの距離に、そのまま抱き寄せて唇を重ねられるほどの距離に彼女はいてしまっていた。

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