rev4-99 一蹴
大量のカオスグールとその背後にデカブツが控えていた。
眼下の光景はもはやため息も出ないほどに、圧倒的な物量だった。
デカブツは相変わらず、叫んでいた。
アンジュ、アンジュと誰からの許可を得たかは知らんが、人の嫁の名前を勝手に叫んでいやがる。
それだけでも腹立たしいというのに、カオスグールの大軍を得てからは、これみよがしにドヤ顔を浮かべている。
「これでおまえの負けは確定」だと言っているかのように、俺を見下してくれていた。
たしかに、いままでの俺ではデカブツとカオスグールの大軍という圧倒的兵力差の前では、どうすることもできずに敗北を喫していたはずだ。
そういう意味では、デカブツの余裕ぶった態度もわからないわけではない。
だが、いまは違う。
「香恋。行けるよな?」
『誰にものを言ってんのよ、このスケコマシ』
「スケコマシって、ひどくないか、それ?」
『自分の胸に手を当てて考えてみな』
「ん? あー、いつも通りのぺったんこだな」
『……ぶっ殺す』
自虐しただけだったのに、なぜか香恋から殺害予告を受けてしまう。
理不尽すぎないかなと思いつつも、ミカヅチとその鞘を双方ともに握りしめる。
「最初から全力で行くぜ?」
『ふん。あんたが私の力をどこまで使いこなせるか、見物だわ。せいぜい、うまく使ってみなさい、この香恋様の力をね』
上から目線で香恋が言う。もし香恋が実体を持ってそばにいたら、髪をファサぁと掻き上げていそうだ。
まぁ、実際にやっていたとしても、俺同様にちんちくりんな香恋がやっても、ちっとも様になっていないどころか、なんだか背伸びをしているような子という風に見えて、かえってかわいらしく見えてしまう。……もちろん、俺にもブーメランになるわけだけども。
『……おい、いま私のことをかわいそうな子を見るような目で見たでしょう?』
「……キノセイダヨ」
『イントネーションおかしかったぞ、いまぁ! あんた本当にふざけてんじゃねえわよ!? 本気でぶっ殺すわよ、あんた!』
香恋がキーキーと頭の中で叫んでいた。耳を塞ぎたくあるけれど、頭の中の声だから耳を塞いだところで何の意味もないのが、なんとも辛い。
まぁ、ちょうどよく肩の力も抜けたし。そろそろ真面目にやりますか。
「じゃあ、そういうわけで、行くぜ!」
『ちょっと、こら! まだ話終わってないわよ!?』
香恋がまた騒ぎ出すが、スルーして一気にカオスグール共に迫る。
同時にミカヅチの能力のひとつを解放する。
「「瞬撃の剣」」
長刀のミカヅチが一瞬で変化し、半分くらいの長さの二振りの剣になる。
これがミカヅチの本来の能力である「瞬撃の剣」──。
アバターである「レン」が持つ武器スキルの分だけ、ミカヅチの姿を一瞬で変化させることができるという能力。
その能力を使って、長刀に次いで使い慣れている双剣に姿を変えて、まっすぐにカオスグール共に斬りかかっていく。
「「双雷閃」」
目の前にいたカオスグールの一体を双剣を交錯するようにして切り捨てる。カオスグールは悲鳴をあげながら消滅する。カオスグールたちが明らかに動揺を見せる。が、相手をすることなく、すぐ近くにいたカオスグールもまた同じようにして切り捨てた。
『「双雷閃」ばっかりじゃ息切れするわよ。それよりも「空」を乗せなさいな』
香恋からのアドバイスが響く。
たしかに「双雷閃」であれば、一撃で消滅させられはするけれど、「双雷閃」では一体ずつしか消滅させられない。
今回のカオスグール共は大軍レベルにいる。アルトリウスの街で発生したときと同じくらい。ただ、アルトリウスの街とは違って、遮蔽物に隠れていることはないので、ここにいる数が全部だ。
でも、その分一度にすべての個体を相手取らなければならないことも踏まえると、アルトリウスの街で殲滅した連中よりも手強くなってしまう。
だからこそ、先制攻撃で大技のひとつである「双雷閃」を放ったのだけど、香恋が言う通り、「双雷閃」だけじゃ息切れしてしまう。
幸いなことに早々にお仲間を潰されたことで、カオスグールたちとはいえ、動揺しているように見える。生者を喰らうことしか能がない腐肉でも、仲間を潰されれば動揺するというのはある意味発見とも言うべきものだった。
が、そんなことはどうでもいい。
いまはただこの腐肉共をさっさと消滅させるだけだ。
『ミカヅチに「空」を乗せるわよ』
香恋の声が響くと同時に、ズンという震動を感じた。地震が起きたかと思ったが、実際は違う。それくらいの震動が俺の中で駆け抜けたというだけ。ミカヅチの黒い刀身が半透明へと変わっていた。
「「双雷閃」改め──「双空閃」!」
迫ってきていた腐肉に、半透明になった刀身を交互に叩き込む。名前はそのまんまではあるが、懲りすぎるよりかはわかりやすくていいと個人的には思う。
そうして放った「双空閃」は目の前の腐肉の体を×の字に切り裂いたのだけど、その勢いはその一体だけでは留まらず、周囲にいた腐肉を十体ほど纏めて切り裂いていた。
「っ!?」
巨人が目を見開いて俺を見つめていた。その様子を見る限り、一体ずつを切り裂かれることは想定内だったのだろうが、十体纏めて切り裂かれたことは、さすがに想定外だったんだろう。
まぁ、想定外と言えば、俺も同じなわけだけど。
なにせ、目の前の腐肉だけじゃなく、周囲の腐肉さえも切り裂くなんて思ってもいなかった。さすがに俺も驚きを隠すことはできなかった。それは俺や巨人だけではなく、仲間を纏めて始末された腐肉たちにとっては、それ以上の衝撃だったのだろう。腐肉共が震え始めた。まるで恐怖しているかのように見える。それくらいとんでもない光景だったから、無理もないかもしれない。
そんな中、香恋だけが頭の中で「ふっふーん」とドヤっていた。
『わかった? これが私の力なワケよ! これからは私のことを香恋様と讃えることを許してあげるわ!』
ドヤる香恋が若干ウザいが、相応の戦果を上げてくれたのだから、なにも言えない。それに香恋が肩代わりしてくれているのか、「空」属性を行使しているというのに、俺自身の消耗は通常属性を付与したのと変わらないレベルだ。その消耗具合で、纏めて相手を消滅させられる。費用対効果がいい意味で釣り合っていなかった。
「コスパよすぎだな、これ」
『ふっふーん。あんたもようやく私の偉大さを理解できたようね? ほら、私になにか言うことあるでしょう? ほらほらほらぁ』
実体があったら、ドヤ顔で顔を突き付けていそうなほどに香恋が煽ってくる。恋香とはまた別の意味で調子に乗ると面倒くさい奴だなと思う。
が、恋香とは違って、ちゃんと結果を出している以上、無碍にはしたくない。
「はいはい、ありがとうございまーす」
『ちょっと、なに、その気持ちのない感謝!? もうちょっと真心を込めなさいよ!」
香恋がうがーと叫び出す。
調子に乗らなきゃもっとちゃんと感謝できるんだけどなぁと思いつつ、雑に「はいはい。ありがとうありがとう」とお礼を言いながら、次々に「双空閃」で腐肉共を纏めて屠っていく。
戦場と化した広場で瞬く間に、腐肉共の悲鳴があがる。その悲鳴を聞きながら俺はまっすぐにデカブツへと向かっていく。
デカブツの目に明かな恐怖の色が点り、「アンジュぅぅぅ」と叫んで、恐慌としている腐肉共への指示を飛ばす。その指示に従い、腐肉共が一斉にその体から触手を伸ばして俺へと攻撃を仕掛けてきた。
迫り来る無数の触手たちを、「雷電」を再び纏って空中を舞うことで回避した。が、触手は枝分かれして、空中の俺へと殺到する。殺到する触手の群れをより上昇することで一気に引き離す。デカブツの手すら届かないほどの高空へと移動してから、「瞬撃の剣」を用いて再びミカヅチを長刀へと戻した。
「ふぅ……」
息を吐きながらミカヅチを高々に掲げる。
ミカヅチの刀身は相変わらず半透明のままだったが、気にすることなく魔力を練り上げていく。
その間も触手は徐々に俺へと迫ってくるが、もう気にする必要はない。
「行くぜ、香恋」
『やっちゃいなさいよ、カレン」
練り上げた魔力を半透明の刀身へと注ぎ込むと、掲げたミカヅチを肩で担ぎあげると、俺はそのままミカヅチを大上段で振り下ろした。
それはかつて「レン」が「神鳴剣士」へとクラスチェンジするまでの修行の際に得た武術のひとつ。アルトリウスの街で腐肉共に襲われていた被害者たちを守った「雷花」と同時に得た「レン」の遠距離攻撃手段。その名は──。
「「飛雷刃」改め──「飛空刃」!」
──「飛雷刃」なのだが、いまは雷ではなく、「空」の力を纏っているので改めて「飛空刃」とした。
「飛空刃」は地上で触手を伸ばし続けている腐肉共に一気に肉薄すると、腐肉共を纏めて切り裂くどころか、その勢いのまま地面に着弾すると一気に爆発した。その爆発は腐肉共をかるく数十体は纏めて吹き飛ばし、大きな砂煙を上げた。
生じた砂煙によって地上がどうなったのかはわからない。ただ、デカブツが爆発の余波でよろめているのだけは見えた。
もっともデカブツはその砂煙の影響で俺を見失っているようだが、俺からははっきりと見えるのは少しだけおかしなものだった。
そんなおかしな光景を眺めていると、一陣の風が吹きすさび、砂煙を払っていく。そうして砂煙が消えると、地上にはまるでクレーターを思わせるように大きく凹んでいた。あれだけいたカオスグールの数は大きく減っており、もう半数もいないようだった。
逆を言えば、まだ半数いるわけだが、「飛空刃」の威力を間近で見たからなのか、カオスグール共は完全に動きを止めていた。
触手を上空に伸ばした体勢のままで固まる姿は、神や天使に懺悔する罪人の姿のようだった。
『さぁ、もう一回やって完全に滅ぼすわよ』
「いや、それだとアンジュたちに被害が出るかもしれない。それにここからは接近戦でやった方がより動揺を誘えそうだ」
『……それもそうね。じゃそうしましょうか』
香恋はあっさりと俺の言葉を受け入れてくれた。
なんだか調子が狂うなあと思いつつ、俺は地上へと向かってあえてゆっくりと降下していったんだ。




