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rev4-97 黒き部隊

 デカブツの腕が地面に転がった。


 大きな音を立てて、腕が転がる。その際にそれなりの震動が沸き起こった。


 ただ、デカブツ自身は、最初なにが起こったのかを理解できずにいたようだった。


 あまりにも常識離れした光景だったし、無理もない。


 常識離れというのであれば、そもそもこのデカブツ自体が常識離れしているから、いまさらではあるが奴にとっては自身の体の一部が切り落とされたということが信じられなかったんだと思う。


 だから、その光景を、みずからに起きたことを信じられなかったんだろう。


 でも、次いで襲ってきた痛みによって、事実であることを認識して奴は絶叫をあげた。


 常人でも、腕を切り飛ばされれば、相応の痛みがあるはずだ。俺は腕を切り落とされたことはないが、右目をくり抜かれたことがある。あれは痛みなんて言葉じゃ済まされないほどに俺の体を蝕んでくれた。


 それだけ目という部位が人体にとって重要であるのかを、厭と言うほどに理解させられてしまった。


 まぁ、目はそもそも脳と直接に繋がっているということもあるんだろうけど。


 目をくり抜かれることに比べれば、腕を切り落とされた痛みはどれほどのものなのかはわからない。目をくり抜かれるよりかはましだろうけれど、それでも肌を切られるよりもはるかに痛いことは明らかだった。


 その証拠にデカブツが俺を見やる目に変化していた。


 いままでは、よく飛び回る虫という風にしか見ていなかった。


 デカブツと俺の体格差を考えれば、そう思われても仕方がなかった。


 けど、いまは俺をはっきりと敵と認識したようだ。


 それも自身の命を奪える可能性を持った敵として。


 腕を切り落とせたということは、他の部位だって切り落とせる。反対の腕も脚もそして首さえも切り落とすことが可能ということだ。


 腕や脚は切り落とされたとしても、戦闘力が低下するだけですむ。


 しかし、首を切り落とされて無事でいられる生物はいない。


 仮にいたとすれば、人の姿を模した粘系の生物くらいか。


 たとえばスライムとか。


「……スライム?」


 ふと脳裏に浮かんだ単語がやけに気になった。


 そして周囲の地面を染める奴の黒い血もまた。


『どうしたの、カレン? 私の力の絶大さに唖然としているのかしら? であれば、いままでの私への無礼を詫びなさい。「偉大なる香恋様、いままでの非礼をお詫びします」と頭を垂れて跪くことを』


「うるせえぞ、チョロイン」


『わ、私はチョロインじゃないって言っているでしょうが!?』


「チョロインと思っていなかったら、そんな慌てねえよ」


『っ!?』


 香恋と書いてチョロインと読む奴が、急に黙ってしまう。


 やはり、こやつチョロインかと思いながら、別のことに思考を裂いていく。


「……なぁ、チョ、じゃなく、香恋」


『チョ? チョなんですって? いまチョなんて言おうとしたのかしら? ねぇ、答えて。答えなさいよ、このちんちくりん!』


「それ、おまえにもブーメランよ? この体は俺とおまえのものなんだから、俺の体型をディスるということは、おまえ自身もディスってんの、わかっている?」


『っ!!?』


 あ、またチョロインと書いて香恋とかいう奴が黙ってくれた。


 いちいち過剰反応しなきゃいいのに。学習しない奴だこと。……それをわかっていてからかう俺もどうかとは思うけど、まぁ、それはいい。


「聞きたいんだが、おまえの力、なんだっけ?」


『「空」属性! あのデカブツを斬りつけているときに、散々教えたでしょう!?』


「ああ、そうだった、そうだった」


 デカブツを斬りつけながら、香恋からレクチャーを受けていた。


 もっと言えば、香恋のレクチャーを受けるためにあのデカブツに効果なしとわかっていながらも、延々と斬りかかっていた。


 なにせ、香恋のレクチャーはそれなりに長かった。地上に佇みながらレクチャーを受けていたら、デカブツにプチッと潰されかねないほどには。


 それを避けるために、攻撃と回避を一度に行える「雷電」での突撃を繰り返していたわけだ。


 その最中に行ってもらっていた香恋のレクチャーは、香恋の力である「空」属性の行使だった。


 香恋曰く「空」属性とは、伝説の属性ということらしい。


 俺の娘のシリウスが最後に行き着いた属性であり、それこそ俺が中途半端に行使できている「天」や「刻」にも勝りうる唯一無二の属性。もっと言えば、神やその代行者のみが扱える属性ということらしい。


 母さんの血を、スカイストの血を引くからこそ扱える力。シリウスが扱えていたのは、初代神獣王であり、母神の代行者であるロード・シリウスの継嗣であるからこそだったと香恋は教えてくれた。


 ロード・シリウスとは以前一度だけ話したことがある。


 そのときにルリとも和解することができたのだけど、割愛。


 とにかく、「空」属性は本来なら人の身では扱いきれない強大すぎる力。


 その力を香恋は産まれたときには得ていたらしい。


 それも本人曰く、最初から十全に扱えたとも。


『私ほどの天才であれば、「空」属性とはいえ、簡単に操れるのよ。……もっとも母さんにはそのことをわかってもらえなかったから、私はおまえという蓋によって封じられたわけなのだけどね』


 香恋は得意げに、でも、悲しそうに言った。


 香恋にとってみれば、産まれてすぐに存在を否定されてしまったようなものなんだろう。


 とはいえ、俺も似たようなものだ。


 産まれてすぐに母さんは俺たちを置いて行ってしまった。


 その理由については、ロード・シリウスから話は聞いていた。


 あくまでも推測であったけれど。


 それでも、おおよそ間違っていないだろうなとは思う。


 神獣様の力を分けてもらうたびに、母さんとは会えた。


 あくまでも声だけだったけれど、それでも母さんは俺と会って嬉しそうにしてくれていた。

 だから母さんが俺と香恋を嫌っているわけではないことはわかった。


 いや、嫌っているどころか、心の底から愛してくれているのがわかった。


 俺たちを置いて行ってしまったことを申し訳なく思ってくれていることは、言動の端々から容易に感じられた。


 そのことを香恋に伝えると、香恋は「……おまえに言われなくてもわかっているわよ、そんなことくらい」と素っ気なく呟いた。


 言葉だけを捉えれば素っ気なく感じられた。


 でも、もし香恋がこの体とは別の体で存在していたら、きっと顔を真っ赤にしていたはずだ。まともに会話し始めたばかりではあるけれど、香恋が素直ではないことは俺が一番よくわかっていた。


 そんな素直ではない香恋によるレクチャーはついさきほど終わった。


 それからすぐに、いざ実践と「空」属性を乗せた一刀でデカブツの腕を切り落としたわけだ。


 香恋曰く、「初歩中の初歩」らしいが、それでも「空」属性を付与しただけの一刀で、大木の幹、いや、世界樹の幹くらいは軽くあるはずの腕があっさりと切り落としたという光景は、自分のしたこととはいえ目を疑ってしまうほどの戦果だった。


 これで初歩中の初歩だと言われても、すぐには信じられなかったが、香恋が「ふふん? どうどう? これが私の力の一端よ? ほら、私の偉大さがわかったでしょう? 今後は私のことを香恋様と呼ぶことを許可するわよ?」と調子に乗っていたので、たぶん本当に初歩中の初歩なんだろうなというのが逆説的にわかった。


 調子に乗る香恋を「おまえ、わからせされるメスガキみたいだぞ」と言ってやると、「な、なに言ってんのよ、このド変態!」と叫ばれてしまったけどね。


 あくまでも俺は「わからせされる」と言っただけであり、その内容は言っていない。言っていないが、それ以上のことはあえて言わないことにした。武士の情けである。


 まぁ、それはいいんだ。


 問題なのは、「空」属性と目の前のデカブツのことだった。


「それでその「空」属性なんだが、範囲攻撃ってできる?」


『範囲攻撃? できるけれど、必要ないでしょう? だってそのまま切り続けていれば、あいつをバラバラにすることなんて朝飯前よ?』


 香恋は俺の言わんとすることを理解できないようだった。


 たしかに香恋の言うとおり、このままデカブツを切り続けていれば、デカブツをバラバラにすることは可能だ。どれほどの巨体を誇ろうと全身をさいの目切りにされてしまえば、もうどうすることもできない。


 それはどんな生物であろうと同じだ。


 どんな生物であろうとも、体のすべてを角切りにされてしまえば、死は免れない。


 だが、どんなものにも例外は存在する。


「……おまえ、俺と感覚共有しているんだよな?」


『そうだけど? それがなによ』


「じゃあ、俺のいままでの日々も当然共有しているわけだよな?』


『そうよ? たとえば、昨日の夜あの女神とギシアンしていたことも当然共有しているわ。まぁ、あんたよりも私の方があの女神を満足させられることは──』


「そういう、その手の嗜好品映像媒体を毎日見て「脳内シミュレートしているから、本番もばっちり」とか言いつつ、実際に本番になったらなにをしていいかわからなくなる初めての人みたいなことは言わんでいいから」


『私を童貞みたいに言わないでくれない!?』


「誰もそこまで言ってねえよ。っていうか、過剰反応するあたり自覚ありなの?」


『ぐぅっ!?』


 香恋が再びダメージを負ったようだ。


 言い過ぎたかなと思いつつ、あえてスルーして、本題を口にする。


「……俺と共有しているなら、わかるよな。カオスグールを、「蠅の王国」でカオス兵たちの死体から湧き出たカオスグールのことも」

 

『っ、まさか』


 俺が言いたいことを理解してくれたようだ。


「蠅の王国」で起きた「蠅の変」の終盤で、カオス兵たちの死体からカオスグールが湧き出たことがあった。


 もともとカオス兵たちがカオスグールの苗床だったのか、それともカオスグールが集ってカオス兵になったのか。どちらなのかはわからない。


 だが、カオス兵たちの死体からカオスグールが湧き出たことは事実だ。


 そのカオスグールはスライムを彷彿させるほどの粘体生物だった。その体色は深淵を思わせるほどに黒い。そう、まるで地面を染めるあの黒い血のようにだ。


『……「巨獣殿」の前の広場のほぼ全域が、黒い血に塗れているわね。それもご丁寧にすべてが重なっていないと来ている』


「……それがすべてカオスグールになったとしたら」


『ありえないと言いたいところだけど』


 香恋はその先を噤んでしまう。


 だが、言わんとすることはわかっていた。


 ありえないけれど、ありえるかもしれない。


 矛盾しているけれど、そうとしか言えない。


 ……そのありえない光景は──。


「アンジュぅぅぅぅぅ!」


 ──デカブツの咆哮とともに、現実のものとなった。


 デカブツの体が流れた黒い血が、奴の咆哮とともに震動し、黒い粘体の塊となって顕現した。


「……あってほしくないことほど、現実になるもんだな」


『まったくだわ』


 地面に広がっていた血のすべてが、カオスグールと化した。


 そのあんまりな光景に俺と香恋が揃ってため息を吐いたのは言うまでもない。


 やはり楽な戦闘にはならないか。


 そうぼやきながら、俺たちは目の前に現れたデカブツとデカブツが率いるカオスグールの部隊と相対することになった。

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