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rev4-95 死闘の始まり

 ただ、風になる。


 頭の中にふと浮かんだ言葉。


 それはタマちゃんやローズさんが読んでいたという水滸伝の続編で登場した言葉だった。


 梁山泊側の最強部隊を率いていた将軍が、生前に口にしたという言葉。


 戦場で考えることはそれだけでいいと、弟分的な将軍へのアドバイスで送ったであろう言葉だった。


 水滸伝の戦場と、いまこの場はまるで違う。


 だけど、同じ戦いの場であることは変わらない。


 率いる兵はいない。


 敵対する側にも兵はいない。


 でも、目の前にいるデカブツは、まるで圧倒的な兵力を擁する大軍のようである。


 その大軍相手に俺は単独で挑む。


 まるで国という強大な相手に、寡兵で挑むようにだ。


『……あんた、なに面白がってんのよ』


 頭の中で化け物改め香恋が呆れた声で言う。


 まぁ、香恋にとってみれば、呆れる状況なのは間違いない。


『いいこと? あんたは豹子頭の言葉を思い出した九紋竜ではないのよ』


「なら、幻王になるさ」


『……本当にあんたってば、ローズさんの悪影響を受けているわね』 


 香恋がまた呆れていた。


 でも、香恋もあまり人のことは言えない。


「そういうおまえも影響を受けているよな。だって、俺がなにを言っているのか理解しているし」


『う、うるさい! 余計なことを言うな! ばーか、ばーか、ばーか!』


「おまえ、罵倒の語彙少ないの? それとも余裕なくなると、語彙も少なくなるタイプ?」


『うるさいわね!? おまえに関係ないでしょう!? バカ!』


「またバカだけだな? おまえ、意外とかわいいところあるんだな?」


『かわっ!? あー、もう! さっさと集中しろ、このドバカぁ!』


 香恋の絶叫が頭の中で響く。


 ちょっとからかいすぎたかな?


 まぁ、あいつにも案外かわいいところがあることがわかったのはよしとしよう。


 今後なにかやらかそうとしたら、徹底的にからかってやれば自滅してくれるだろうし。とりあえず、香恋は意外とチョロいと憶えておこうかな。


『あんた、いま私のことをチョロいとか思ったでしょう!?』


「あ、バレた?」


『こんのっ! 調子に乗るんじゃないわよ! 私がその気になれば、おまえなんか、どうとでもできるのわかってんの!?』


「でも、おまえがチョロイン属性なのは変わんなくない?」


『チョロインじゃないわよ!? ふざけるなよ、カレン!』


 香恋の絶叫がより大きくなった。


 香恋の怒りのボルテージが急上昇してきたようだし、そろそろからかうのはやめようかな。

 それにそろそろ接敵するし。


 香恋をからかっている間に、デカブツの間近に迫っていた。


 間近と言っても、デカブツから見ればの話。


 俺から見れば、まだ攻撃可能な間合いには入っていない。


 とは言っても、いまの俺ならば「雷電」を使えば、一足飛びで間合いに飛び込めるから、間合いの外と言ってもそこまで離れているわけじゃない。


 ただ、いまの位置はデカブツにとっては絶好の攻撃の機会であり、それを逃す手はない。そう、いまのようにだ。


「アンジュぅぅぅぅぅ!」


 デカブツはアンジュの名前を叫びながら、右腕を振り上げてきた。


 攻撃してくるのは構わない。


 俺も数秒後には攻撃を仕掛けるから。


 お互い様だから、そこは気にしていない。


 問題なのは、もっと別のことだ。


「人の嫁の名前を勝手に叫んでんじゃねえよ」


 どこのどなたかは存じ上げませんが、うちの嫁の名を勝手に使うなんざいい度胸だ。徹底的にぶちのめして差し上げようか。


 冷静でありつつも、イライラともしている。


「アンジュぅぅぅぅぅ!」


 デカブツが再び叫んだ。叫びながら振り上げた拳を叩きつけてきた。


 頭上が一瞬で暗くなった。


 空が落ちてきたというのはこういうことを言うのかと思いながらも、慌てることなく対処を行った。


「雷電」


 ミカヅチの特殊能力のひとつである「雷電」を用いて、一瞬で間合いの中へと飛び込んでいく。


 背後で地震を思わせるような震動が起こるも、振り返ることなく前進を続ける。


『カレン! 後ろから来るわよ!』


 香恋の声が響く。後ろから来る。その言葉の意味がいまいちわからず、視線を向けると、デカブツの右手が地面を削りながら、俺を追い掛けるようにして迫ってきていた。凄まじい音と震動が再び地面を揺らしてくる。その様はまるで畑を耕す熊手のようだった。


 もっとも熊手とはまるで規模が異なるし、熊手よりもはるかに危険な光景だった。巻き込まれたら、一堪りもないのは間違いなかった。


「おいおい、冗談だろ?」


 あまりの大規模攻撃に唖然となりそうだった。


 いや、たしかに奴の巨体を踏まえれば、このくらいの大規模攻撃は余裕でできるんだろうけど、それでも限度があるだろうに。


『極端にデカいってことは、それだけ有利ってことよ。ほら、そう言っている間にもまた攻撃来るわよ?』


 香恋の声がまた響いた。視線を前方に向け直すと、目の前から壁のような拳が迫ってきていた。


 空いていた左腕を使っての同時攻撃。完全に虚を突かれる形だった。


 左右に逃れようにも、背後からの熊手攻撃で生じた、掘り返された地面がまるで大波のように迫っている。


 かといって、正面からは壁のような左拳が迫ってきている。


 左右はダメ。正面と背後は言わずもがな。


 となれば、残るはひとつだけ。


「上だけか」


 当然残るは上ひとつ。


 ただ、あまりにもお膳立てがすぎる状況だった。


 どう考えても上に逃れようとすれば、また別の攻撃が来るはず。


 両手を使っている以上、残る攻撃は、いや、攻撃に使える部位はひとつだけ。


 つまりは噛みつきないし、頭突きのどちらか。


 あぁ、もしくは左手で無理矢理俺を捕獲するという可能性も否めないか。


『まぁ、おそらくは噛みつきでしょうね。左手で捕獲もできなくはないけれど、かなりタイミング的に難しいし、頭突きは頭突きで自爆の危険もあるから。となれば、噛みついてくると考えるのが打倒よ』


 香恋は冷静に状況判断をしてくれていた。その内容は俺の想像と同じものだった。


 なんだかんだで、やっぱり俺とこいつは同一人物なんだなというのがよくわかる。


 だからこそ、対処方法もやっぱり同じなわけで──。


「「一閃」だよな、ここは」


『わかっているなら、聞くんじゃないわよ、バカなの?」


「は、素直じゃねえな、このツンデレ女!」


『だ、誰がツンデレよぉ!?』


 香恋がまた叫んでいた。


 その叫び声を聞きながら、息をゆっくりと吸いながら、地面を強く蹴る。「雷電」を纏いながら上空へと向かって突き進む。


 すると案の定、頭上が暗くなった。


 真っ白な歯がすごい勢いで迫ってきていた。


 いまの勢いのままだと歯ですり潰されるのではなく、喉奥にみずから飛び込む形になる。


 噛みつかれるのも呑み込まれるのも、どちらにしろ即死であることは間違いない。そんな未来はごめんだった。


「「弧円閃」」


 即死の未来を回避するべく、俺が使ったのは「EKO」時代に得たスキルのひとつ。高速機動中でも容易にコーナリングができるようになるという、あまりにも限定的なスキル「弧円閃」だった。


 スキルを得た当時では、地面の上でしか使えなかった「弧円閃」だったけれど、最終的には「雷電」使用中であれば、どんな状況下においてもコーナリングが可能となった。それは空中という足場のない状況下でも変わらない。


「弧円閃」の効果により、俺はまっすぐに上空へと突き進んでいたのを、突如方向転換し、ほぼ直角にコーナリングを行っていた。デカブツにしてみれば、獲物が空中でいきなり方向転換したという、理解不能な状況だろう。


 実際、デカブツは俺が方向転換したことに対処できず、そのままガチンと大きな音を立てて歯を噛み合わせていた。


 当然、俺はそこにはいない。


 デカブツが歯を噛み合わせた頃には、俺はすでにデカブツの右頬側にいた。それもただいたわけではなく──。


「雷電一閃!」


 ──「雷電」時で抜刀をする一撃──「EKO」時代に磨き抜いた「レン」の代名詞とも言うべき必殺技である「雷電一閃」を用いて、デカブツの右頬を切り裂きながら上昇していた。

 デカブツは右頬を切り裂かれたことで悲鳴を上げていた。


 その悲鳴を聞きながら、目尻に達したところで、デカブツの顔を地面代わりにして飛び退いた。


 その瞬間、デカブツが自身の左手で右頬を叩いていた。まるで蚊を潰すようにだが、すでに俺はデカブツから離れて、「巨獣殿」の近くにまで戻っていた。


 たった一合。


 それでも相手の巨体さゆえのありえなさをこれでもかと味わった。


 だが、負ける気はしない。


 時間は掛かるかもしれないが、このまま攻め勝つ。


「行くぞ、香恋」


『ふん、せいぜい頑張りなさいな』


 香恋が鼻を鳴らすも、俺は構うことなく再びデカブツへと飛び込んでいく。


 勝つ。


 ただそれだけを考えながら。デカブツとの戦いに身を投じていった。

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