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rev4-93 並び立つために

 想像を絶するほどの巨体だった。


 絶体絶命という言葉を脳裏によぎらせながら、俺はその巨体を窓から眺めていた。


 どうすればいいのか。


 すぐにはわからなかった。


 迎撃?


 あれを?


 どうやって?


 三段活用じみた問いかけが、浮かび上がる。


 その問いかけに対する答えは、俺の中には存在していなかった。


 ミカヅチを用いれば、と一瞬考えたけれど、ゲーム内でもあんな巨大な相手と戦ったことはない。


 ゲームで言えば、レイドボスレベルだろう。


 それもHPが億単位のボス。


 どう考えても複数パーティー。それも数十のパーティーからじゃないと不可能だろう。


 それをソロで撃破する。


 誰が聞いても、不可能だと即答するだろう。


 ミカヅチのおかげで、「レン」のときの能力はすべて使える。


 でも、鍛え上げた「レン」の力でも、レイドボスを単独撃破なんてまねはできない。


 そもそも、そんなことができるのは、俺が知る限り「ガルキーパー」の皆さんくらいだ。


 あの人たちであれば、こんな絶望的な状況下でも笑っているかもしれない。


 笑いながら、マスターであるガルドさんを囃し立てているかもしれない。


「……ガルドさん、か」


 一時的にバディを組んだことはある。


 それまでは脳筋な人なのかなと思っていたけど、実際は頭脳タイプの人だということをバティを組んで俺は知った。


 豪快な脳筋という見た目であるのに、あの人はいつも情報収集を主にしていた。


 どんな相手であろうとも、情報を集める。


 人伝からのものから自分の体を張って集めることもあった。


 そうして集めに集めた情報を精査し、そこから相手を打倒するための方法を模索する。


 その姿は正しいゲーマーそのもの。


 あの人のすることに無駄はほとんどなかった。


 中には無駄としか思えないこともあったけれど、それも総合的に踏まえたら、必要なことだったというのが後にはわかった。


「……もし、あの人であれば」


 もしこの場にいるのが俺ではなく、ガルドさんだったらどうするだろうか。


 ガルドさんだったら、きっと慌てることはしないだろう。


 とりあえず、様子見をするはず。


 つまりは情報を集めることを優先するはず。


 その情報はなんのためか。


 決まっている。


 あのデカブツを撃破するために、必要な情報だ。


 ガルドさんたちだって、レイドボスを単独パーティーで撃破したのも、最初の遭遇戦じゃない。話によれば突破口を見つけてからは、トライアンドエラーの繰り返しだったそうだ。


 倒しきれるという自信がガルドさんたちにはあったんだろう。もしくは、その突破口を見捨てることができなかったのかもしれないけれど。


 どちらにせよ、ガルドさんたちは延々とトライし続けた。その結果が単独パーティーでのレイドボス撃破という偉業に繋がったんだ。


 言うなれば、今回もやることは変わらない。


 圧倒的な巨体とタフネスを誇る相手。


 そんな相手をどう御すればいいのか。


 そのためには、そのためにするべきことはひとつだけだ。


「……ルクレ。危ないから部屋の外に出るなよ」


「え?」


 脱いでいた服を集め、身に纏っていく。


 身につけられるのが服しかないというのは、もはや自殺行為だ。


 だが、あんな巨体を相手に半端な重装備なんてしても、格好の的になるだけ。


 あれを相手取るのに相応しいのは、動きを阻害されないもの。


 ゲーム内であれば、被弾してのダメージを含めて情報となるけれど、この世界はゲーム内じゃない。一発の被弾さえも許されない。


 防御は基本回避だけ。回避し続けるためには、重装備なんて必要なかった。……傍から見れば、恐ろしい光景に映るだろうけれど、現状はそうするほかに手がない。


「……レン様、まさか」


「あぁ、行ってくる」


 服を着終え、あとはベッド際に立てかけておいたミカヅチを手にするだけになった。


 服を集める過程で、ベッドからは少し離れてしまったけれど、些事だ。


 あのデカブツはいまだにアンジュを呼び続けている。おそらくはあのデカブツなりに降伏勧告のようなものなんだろう。


 だが、その勧告もいつまでも続くわけがない。


 勧告が終わるまでに行動に出ないと、次にあれがなにをやるのかなんて考えるまでもない。

 だから、ミカヅチを手に、あのデカブツの元へと赴こうとした、そのときだった。


「ダメです!」


 俺が手にするよりも早く、ルクレがミカヅチを奪い取った。それも絶対に離さないとばかりに強く抱きしめながら。


「ルクレ、なにをして」


「なにを? それはこちらのセリフです! あんな巨大な相手をどうしようというのですか!? 戦うつもりですか? バカを言わないでください!」


「だけど、リヴァイアサン様よりかは小さい」


「いいえ、いいえ! ほぼ同じです。リヴァイアサン様より小さくはありません! いえ、もしかしたらリヴァイアサン様よりも巨大です! そんな相手に人が成しえることはほとんどありません!」


 ヒステリックになったように叫ぶルクレ。


 リヴァイアサン様より巨大かどうかはさておき、あのデカブツから見れば人間なんて豆粒のようなものだろう。そんな相手に成しえることなんてないというのは、正論としか言いようがないことだった。


 でも、正論だったとしても、いまは戦いに行くしかなかった。


「ルクレ、返してくれ」


「ダメ、ダメです。絶対にダメです! あんな相手と戦ったら、今度こそ死んじゃいます。いえ、絶対に死んでしまう! だから、ダメです!」


 ルクレは蹲るように、何度も首を振る。そのたびにミカヅチを強く抱きしめていた。


「……俺なら大丈夫だからさ」


「大丈夫? 大丈夫なわけがない。あんなのを相手にしたら、誰だって無事でいられるわけが」


「蠅王グラトニーは、あれを無傷で討伐している」


「……え?」


「俺は間近でそれを見ている。だから」


「……それは蠅王陛下だからです。蛇王陛下も仰っておられました。蠅王陛下は竜王陛下と並んで最強の存在だと。だから、無事だっただけです。それとも、レン様はご自身が七王陛下方と並び立てる存在だと仰るおつもりですか!?」


 ルクレは涙目で叫んでいた。


 その言葉に返す一言がすぐには見つからなかった。


 七王。


 この世界における人という括りにおいて、最強の七人の魔族の王たち。


「魔大陸」にいた頃、俺は七王陛下全員と知り合うことができた。その際に、あの人たちのでたらめさがどれほどのものなのかを思い知らされ続けてきた。


 だからこそ言えない。


 あの人たちに並び立っているなんて言えるわけがない。


 けれど、けれど。


「……まだ並び立っているわけじゃない」


「なら!」


「だけど、並び立たなきゃいけないんだ」


「……どういうこと、ですか?」


 ルクレは興奮した様子で俺を睨み付けていた。


 その様子から家族を守ろうとする必死さを感じられた。


 ルクレがそれほどに俺を愛してくれることが嬉しかった。


 だからこそ、本心を語ることにした。


 まだ、デカブツの降伏勧告は続いているから、猶予はもう少しだけあるから。だから話すことにした。俺の本心と目的を。


「俺は竜王を殺す」


「え?」


「いや、竜王だけじゃない。俺はルシフェニアを滅ぼし、その背後にいるスカイディアを、この世界を影から操る母神とは名ばかりの邪神を殺す。それが俺の目的だ」


「……竜王陛下や母神様も?」


「あぁ、あいつらは俺から全部を奪い取った。家も職も、そして家族さえも。この世界に来て得たすべてをあいつらは俺から奪い取った。俺の目の前ですべてを奪い尽くした。だから俺はあいつらに復讐をする。あいつらを殺すことだけが、俺の目的なんだ」


「……そんな、畏れ多いことを」


「だろうね。ルクレはこの世界の産まれだから、俺の言うことがとんでもないことだって思うんだろうけど、俺にしてみれば、あいつらはただの略奪者でしかない。復讐をするための歯止めにはならない」


「無理です。そんなこと、無理に決まって」


「うん、いまはまだ無理だ。でも、そうなるための鍵があそこにいる」


 窓の外を見やる。デカブツの降伏勧告はまだ続いているが、徐々に叫び声が短くなっていた。そろそろタイムリミットということだろう。


「あいつを滅ぼせば、俺は竜王たちと並び立つ資格をようやく得られる。そのための試金石としてはちょうどいい相手なんだ。逃す手はない」


「試金石とか、そういうことを言っている場合じゃ」


「それはルクレがまだまともだからだよ。……俺はとっくにまともじゃなくなっている。「カレン」ではなく「レン」になったときから。「カレン」が欠けて「レン」になったときから、俺はもうまともではいられなくなっているんだ」


 怖がらせないように、できるだけ優しく微笑んだ。ルクレは呆然とした様子で俺を見つめていた。……その目にわずかな怯えの色を映しながら。


「……返してくれ、ルクレ」


 再度手を伸ばすと、ルクレは蹲るだけでなにも言わなかった。それでも「返してくれ」と告げると、ルクレは無言でミカヅチを差し出してくれた。差し出されたミカヅチを受け取るとほぼ同時に、部屋の扉が開いた。


 振り返るとそこにはプロキオンとベティを連れたアンジュとティアリカがいた。


「アンジュ」


「……ごめんなさい」


「なにを謝るんだ?」


「……あれの狙いは私なのに」


「……いいさ。いずれは試さなきゃいけなかった。それが早まっただけだ」


「……わかっている。あなたならそう言うとわかっています」


「そうか」


「だから、一言だけ告げに来ました」


「うん?」


「絶対に帰ってきて、あなた」


「あぁ」


 アンジュはそう言って俺に抱きついてきた。


 俺よりも大柄であるのに、不思議とその体は腕の中に収まってくれた。


「パパ」


 今度はプロキオンが躊躇しながら、声を掛けてきた。その目は揺れ動いており、なにかを言おうとしてもすぐに閉ざしてしまう。プロキオン自身なにを言えばいいのかわからないでいるようだった。


「プロキオン。ベティとママたちのことを頼んだぞ」


「……がぅ。頑張る」


「帰ったら、みんなで中庭でピクニックをしよう。美味しいご飯をママたちと一緒に作ってくれるかな?」


「頑張る。だから、パパも頑張って」


 プロキオンは泣きながらも、最後には俺をじっと見つめてくれた。「あぁ」と頷きながら、プロキオンの頭を撫でると、プロキオンはその大きな目からぽろぽろと涙を零していく。「泣き虫さんだなぁ」と笑っていると、今度はベティが「おとーさん」と口を開いた。


「どうした、ベティ?」


「……ばぅ。あのね、その、ね。ベティ……ばぅぅ~」


 ベティは途中までなにかを言おうとしていたのだけど、それも途中で言えなくなってしまった。プロキオン同様にぽろぽろと涙を零していく。アンジュから離れて、ベティを抱きかかえる。それでもベティは泣き続けていた。


「はやく、おおきくなりたい」


 不意にベティが呟いたのは、思わぬ言葉だった。


「どうして?」


「だって、おおきかったら、おとーさんのおてつだい、できるもん。おねえちゃんみたいに、おてつだいできるのに。ベティは、ちいさいからできないの。ごめんなさい」


 ベティは泣きながら謝るけれど、あまりにも見当違いな内容につい笑ってしまった。


「ははは、ベティはお馬鹿さんだな。ベティはいまのままでもいいんだよ? それに大きくなればなるほど、いろいろと大変になるんだぞ?」


「……そーなの?」


「うん。大きくなるとね。まず自由ではいられなくなるんだ。いろんなものを抱えることになる。その抱えたものに縛られて、思うように動くことはできなくなる。自由でいられるのはベティのように子供のときだけなんだ。だから、いまはその自由を楽しみなさい。その中でいろんなことを知っていて欲しい、っておとーさんは思っているよ」


「いろんな、こと?」


「そう。いろんなことだよ。それこそ大変なこともあるし、辛いときもある。でも、そんな中でとても大切なものがいつかは見つかるのさ。……おとーさんにとってはベティやプロキオン、ママたちがそうであるように、ベティにもいつかはそんな大切なものが見つかると思うよ」


 まだ二十年も生きていない俺が言うセリフじゃないというのはわかっていた。それでも、この世界に来て得たものはたくさんあった。その得たもののすべてを一度失った。けれど、いまはまた失ったものを取り戻しつつある。……もう二度と手放したくないと思えるものを。

「たいせつな、もの」


「そう。それを見つけられたとき、おとーさんにも教えて欲しい。ベティの大切なものがなんであるのかをね」


 笑いかけると、ベティは涙混じりに頷いてくれた。そっか、と頷きながら、そばに控えてくれていたアンジュにベティを任せた。ベティはアンジュに抱かれながらもじっと俺を見つめていた。それはプロキオンも同じで、いつのまにかアンジュのそばに立って俺を見つめていた。


 家族たちの視線を浴びながら、最後にティアリカを見やる。ティアリカは真剣な様子で俺を見つめると、一言告げた。


「……すでに資格はあります。あとはあなた次第」


「……ようやく、か」


「ええ。いままで固い殻に閉じ込められていたものが、ようやく芽を出そうとされております。見事に花開くか、それともそのままで潰えるか。ここが正念場でございます」


「開いてみせるさ」


「左様ですか。では、戦いに赴く戦士に掛ける言葉はもはやひとつ。……ご武運を」


「あぁ、あとは任せた」


 ティアリカが本調子ではないことは明らかだった。


 それでも、後を任せられる存在がいることは心強かった。


 その場にいる全員の視線を浴びながら、俺は窓際へと向かう。わざわざ出入り口まで回る必要はないし、その余裕もないだろう。


「じゃあ、行ってくる」


 軽く振り返りながら、みんなに挨拶をした。


 全員に見送られながら、俺は窓の外へと降り立った。


『ふぅん。覚悟はできているのね?』


「当たり前だ。あの日にすでに覚悟は決めてある」


 窓の外へと降り立つと、化け物が囁きかけてきた。


 さきほどまでの興奮はどこへやら、至極冷静な声だった。


『……業腹ではあるけど、ティアリカの言うことは事実よ。おまえはすでに資格を得ている。あとはおまえ次第。まぁ、私の体を使っているんだから、当然のことだけど』


 吐き捨てるように化け物は言う。口は悪いが、こいつなりに応援してくれるということはわかった。


「ありがとうな」


『……は? なにお礼を言っているわけ? なんでおまえにありがとうなんて言われなきゃいけないのよ、気持ち悪いわね』


 いつも通りの罵声が飛んできたが、若干声が上擦っていた。どうやら、こいつなりに照れているようだ。……なんだかひどく懐かしい。


「恋香と話しているみたいだ」


『レンゲ……あぁ、あの刺客ちゃんのこと? 美味しかったわ、あの子』


 ふふふ、と怪しく笑う化け物。事実ではあるからいまさらだけど、少しだけ悲しかった。結局恋香と話ができたのは、あのとき一回きりになってしまった。あれ以来恋香の声は聞こえない。……当然だろうけど。


「なぁ、頼みがあるんだ」


『なによ、いきなり。気持ち悪いわね』


「また、恋香のまねをしてくれないか?」


『……おまえ、気付いていたの?』


「あいつがおまえに食われたことはわかっている。その食われたあいつがまた蘇るわけがないんだ。となれば、あれの振りをしていたのはおまえくらいしか思いつかない」


 どうしてこいつがそんなことをしたのかはわからない。ただの気まぐれかもしれない。それでもあのとき恋香の声が聞こえて助かったことには変わりなかった。


『おまえ、私が憎くないの? 私はおまえから、あの刺客ちゃんを、おまえが妹と称する子を手に掛けたのよ?』


「憎いよ。憎くないわけがない」


『なら、なんで?』


「それでも、おまえが俺のために恋香のまねをしたことはたしかだ。俺を奮い立たせてくれたことは事実だ。おまえにとって俺は蓋でしかないんだろうけれど、俺にとっておまえはもうひとりの俺だ。自分を心の底から憎むことはできないよ」


『自己愛って奴かしら?』


「そうじゃないよ。ただ、殴れもしない相手を憎むのは馬鹿馬鹿しいと思っているだけだ。だったら、憎い相手でも現状を乗り越えるためなら、利用するだけ。それだけのことだ」


『は、はははは、おまえは本当に面白いわね。いいわ、手を貸してあげる。刺客ちゃんのまねごとじゃない。私本来の力をおまえに貸与します。使いこなして見せなさい、カレン』


「……素直すぎて、気持ち悪い」


『はぁっ!?』


「だが、貸して貰う。行くぜ、香恋」


 化け物こと香恋の力。


 その力を貸与させて貰って、俺は地面を蹴った。


 目指すはデカブツ。


 目的に手を届かせるための試金石。


 その試金石に向かって、俺は全速力で駆け抜けた。

イメージ的には、システムイドが使えるようになったフェイ←

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