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Act1-86 霊草エリキサ その二十二

 空が青い。


 いつもと同じ蒼穹が頭上には広がっていた。その蒼穹の中に俺はいる。手を伸ばせば、雲に届きそうな位置。けれど手を伸ばしても雲を掴むことはできない。


 子供の頃、空の上から雲がいつか落ちて来るんじゃないかと思ったことがあった。いつ落ちてくるのかなと思い、ずっと空を見上げていたけれど、雲は結局落ちてこなかった。代りに首が痛くなったけれど。


 同じように、空を飛びたいと思ったことがある。飛び降り自殺をしたいというわけじゃなく、単純に空を自分の力で、鳥のように飛びたいと思ったことがある。まぁ、それも何度か挑戦しようとして、そのたびにおばあちゃんに怒られてしまったけれど。


 そんな空の上にいま俺はいる。子供の頃、憧れていた空を飛んでいる。自分の力で飛んでいるわけじゃないのが、少し残念ではあるけれど、実際に生身で空の上にいると、自分の力じゃないとかは、些細なこととしか思えない。


 大事なのは、空の上にいること。それも飛行機のような鉄の中にいるのではなく、生身で空の上にいることが重要だった。


 飛行機には何度か乗っている。離陸の際のなんとも言えない浮遊感は面白いし、空の上から見る大地はとても大きくて興奮できるけれど、それらはこうして生身で空の上にいることに比べれば、とてもつまらないことにしか思えない。


 そう、生身で空の上にいることは、とても感動的なことだ。そう、感動的なことではあるのだけど、いまの俺には、その感動的な体験さえも、どうでもよく感じられている。


 もう三度目だからという理由じゃない。むしろ回数を重ねれば重ねるほど、俺は空の上にいることが好きになっていく。空の上の時間が楽しみになっている。ゴンさんの部屋をうちのギルドに設けたこともあり、今後なにかあれば、ゴンさんの背中に乗って、空を飛んで移動するのもありだろう。


 そう思う一方で、いま俺の頭をいっぱいにさせていることがあった。



 そのせいで、いま頬が熱い。とても熱い。


 頬をなぜる風が、火照った頬を、冷ましてくれる。いつもであれば、だ。だが今日ばかりは、どうにもそういうわけにはいかない。


「カレンちゃんさん、まぁだほっぺが熱いですかぁ?」


 くすくすとおかしそうな声が聞こえてくる。ゴンさんが笑っていた。無理もない。実際に俺の頬はまだ熱いのだから。


「ふふふ~、アルトリアちゃんさんと、ずいぶんとオタノシミだったみたいですから、無理もないでしょうけどねぇ~」


「お、オタノシミって、俺はそんな変なことは」


「あるぅぇ~? 私はオタノシミとは言いましたがぁ~、変なことをしていたとは言っていませんよぉ~? それとも変なことをしていたんですかぁ~?」


 ゴンさんがにやりと口元を歪めて笑っている。わざわざ首を背中に乗っている俺に向けてくれてだ。なんでわざわざそんな意味のないことをしてくれるのかな。どう考えても俺をからかうためだろうけれど。まさかゴンさんにまでからかわれるとは思っていなかったよ。


 なにせ、俺は中庭に出るまで、散々からかわれてしまったもの。まぁ、暴走してしまったのがいけなかったとは思うよ。アルトリアの鎖骨に歯型という名の「マーキング」までしちゃったもの。いま思えば、やりすぎだったなぁとは思う。


 けどね、無理ですよ。だってゴンさんと出かけるだけで、デートとか言い出すんだもん。ゴンさんとは仕事で出かけるだけだっていうのに、ヤキモチを妬き始めてしまうんだもの。まぁ、あれも俺がヘタレなところをちょっと出してしまったせいだったから、俺がどうにかしないといけなかった。


 とはいえ、それでベッドに引き倒して、そのまま歯形を付けるとか、俺なんて考えしているんだろうね。しかもそこから、まぁ、その、うん。とりあえず、最後までしてはいないです。いや、したかったよ。したかったけれど、告白さえまだな状況で、そんなことができるわけがないじゃないか。


 ああいうことは、きちんとお付き合いをしてからするべきであり、まだ付き合ったわけでもないのに、そういうことをしてはいけないと思うのですよ。だから我慢した。泣く泣く我慢した。


 ただ代りに、うん、際限なくしてしまったけど。いや、一度しちゃうとさ、もう止まらなくなっちゃったんだもん。アルトリアも息づぎのたびに、舌足らずな感じで旦那さまって言ってくれたし、息づぎを終えて、するたびにアルトリアの服がどんどんと肌蹴ていくし。まぁ、肌蹴させていったのは俺ですけど。なんか、こう、ね。気づいたら、アルトリアの服を脱がせていました。


 仕方がないと思うんだよね。理性という歯止めがぶっ壊れてしまっていたからさ、もう自分を抑えることができなかったし、そもそも自分を抑えようなんて考えさえなかったもの。あるのは、ただアルトリアのぬくもりに溺れていたいって気持ちだけで、だから自分を抑えることができなくて、気づいたら服をだいぶ肌蹴させていました。


 もしあれが夜であれば、最後までしてしまっていただろうね。昼間だったから、自分を止められたんだ。加えて言えば、ゴンさんが中庭で待っているということもあったね。ゴンさんを待たせているというのに、アルトリアと部屋の中でよろしくやるわけにはいかなかったもの。


 鋼の精神力を持って、どうにか最後までするのは阻止できた。アルトリアは不満がるかなと思ったのだけど、そうでもなかった。


「「旦那さま」に初めてをあげられましたし、「旦那さま」のお気持ちも伝わってきましたから。だからいいです」


 ベッドの上でアルトリアは嬉しそうに笑っていた。その笑顔に堪らなくなって、もう一度だけした。あくまでも触れるだけの奴だよ。深い方の奴じゃないよ。深い方をしていたら、まず間違いなく止まらず、最後までしていたかな。


 アルトリアは深い方もしたそうにしていましたよ。でもさ、触れるだけの奴であれば、海外のお国であれば、日常茶飯事じゃん。俺は日本人だから日常茶飯事ではなかったけれど、とにかく深い方のはダメだった。触れるだけで精一杯だったよ。なのに、何度もしていたんだから、俺の貞操感覚ってよくわからない。


 ただあれだけキスをしたからか、アルトリアの機嫌が治ってくれたのは、嬉しかった。できることであれば、これからもキスしたいなと思う。


 問題があるとすれば、アルトリアとベッドの上でキスしているところを、アルーサさんたちにばっちりと目撃されてしまったということくらいかな。


「カレンちゃん、お嫁さんといたすのはいいけれど、部屋のドアくらいは閉めておいた方がいいと思うよ」


 と言ったのは、どこぞのアホ勇者である。当然ぶっ飛ばした。


 だって、あのアホ勇者、鼻血を出していやがったからね。


 人の女の柔肌を盗み見て、欲情するなと思いながら、殴らせていただきました。心の中であれば、言えるのになと思ったのは秘密だよ。


 とにかくアホ勇者をぶっ飛ばした後は、もう散々からかわれたよ。


 しかもほかの職員や常駐している冒険者たちにもだよ。


 なにせあのアホ勇者が、こともあろうか、ロビーの真ん中で俺がアルトリアと大人の階段を上ってしまったと叫んでくれたからね。


 ぶっ飛ばした腹いせだったのだろう。アホ勇者は、とても楽しそうに笑ってくれたもの。久しぶりだったよ、心の底から殺意が芽生えたのはさ。


 でもその殺意を乗せて攻撃する前に、ほかの職員や冒険者たちに祝われてしまったのだけど。なかには子供はいつだとか言ってきたのもいたね。


 女同士で子供ができるかと叫んでやったけれど、アホ勇者を含めたロビーにいた全員がにやりと笑っていたのが、とても印象的だった。うん、とっても余計なことを彼らがしてくれそうな気がしてならない。


 とにかく、そうして俺はギルドを後にして、中庭で待っていたゴンさんと合流した。


 ゴンさんはすでに人化から本来のドラゴンの姿になって待っていた。が、ゴンさんもまたにやにやと笑っていたよ。


 どうやら俺とアルトリアがしていたことを、ドラゴン状態で見ていたみたいだ。カーテンを閉めておくべきだったとそのときほど悔やんだことはない。


「さてさてさぁてぇ~。カレンちゃんさんとアルトリアちゃんさんの門出を祝うためにも、風さまにお会いしに行きますかぁ~」


 ゴンさんは笑いながら言った。ゴンさん、あなたもかと思ったのは言うまでもないよね。


 とにかく、俺はゴンさんの背中に乗った。シリウスはいつものように俺のつなぎの胸元に潜り込んでいた。アルトリアは留守番をしていると言って残った。


 アルトリアにも空の上を体験してほしかったけれど、今度でいいと言われてしまった。


「ゴンさまの背中に乗せていただくのは、本当の意味で「旦那さま」と呼べるようになってからではダメですか?」


 頬を染めて、アルトリアが言った言葉に、取り巻きどもが騒ぎ立てたけれど、あえて取り巻きどもはスルーし、ただアルトリアには返事をした。


「……帰ったら、そのための場所を、一緒に探そうか。挙げるのは、いつになるか、わからないけれど」


 それが俺の言える精いっぱいの返事だった。アルトリアは頷いてくれた。もう告白を通り越している気はしたけれど、それでも頷いてくれたんだ。


 その後取り巻きどもがさらに騒ぎだしたので、俺は堪らず、ゴンさんに飛んでもらうように頼んだ。


 ゴンさんはふたつ返事で地を蹴り、空を飛んでくれた。みるみるうちに小さくなっていくギルド。


 でもアルトリアだけは、アルトリアの姿だけは、どんなに小さくなっても見分けることができた。


 あれから一時間ほどが経つというのに、俺の火照りはまだ治まらない。考えることは、純白のドレスを着たアルトリアが笑っている光景だけ。これから仕事だというのに、参ったものだ。


「ふふふ~、カレンちゃんさんも、ついにご婚約ですねぇ~」


「いや、ついにって。そんな俺は」


「ふふふ~、恥ずかしがらなくてもいいじゃないですかぁ~」


「は、恥ずかしがってなんて」


「いいんですよぉ~、無理に否定しなくてもぉ~」


「ご、ゴンさん!」


「はいはい、わかりましたよぉ~。さぁて、お遊びはここまでにしますねぇ~。そろそろ風竜山脈が見えてきますから、気を引き締めてくださいねぇ~」


 間延びしたゴンさんの言葉通り、目の前にとても大きな山々が見えてきた。その山の中で、一番大きな山こそが風竜山脈の中心であり、ゴンさんの言う先々々代の風のドラゴンロードが住んでいるそうだ。


「ほかの古竜の方々はお話を聞いてくださらないかもしれませんがぁ、風さまであればお話を聞いてくださるでしょうねぇ~」


「そうなの?」


「ええ、なにせぇ~」


 ゴンさんがなにかを言いかけた、そのときだった。


「我が愛おしき孫娘ぇぇぇぇ~!」


 どこからともなく、そんな声が聞こえてきた。

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