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rev4-92 神化

 絶叫が聞こえてきた。


 朝食後の茶を嗜んでいると、不意に聞こえてきた大音声。


 その声に弾かれたように、全員が席から立ち上がって廊下へと躍り出た。


 そうして躍り出た廊下の窓から見えた光景は、あまりにもとんでもない光景だった。


 どこかで見たような顔の巨人がそこにいた。


 巨峰である「巨獣山」の頂まで届くほどの巨人がそこにはいた。


 ただ、その代償として全身の皮膚は裂けてしまい、いまや高い密度を誇る筋肉とその筋肉を纏わせる骨が見えた。


 その巨体からさきほどの絶叫は放たれていた。


 いまも「アンジュぅ!」と叫び続けていた。


 いったい、これはなんだと、目の前にいる見知らぬ巨人を呆然と見つめることしかできずにいた。


「これは、まさか」


 イリアが目を見開きながら、なにかを呟いていた。


 仮面で顔は見えないものの、その目は雄弁だった。あからさまと言っていいほどに動揺していた。


 普段感情を表に出さない奴ではあるが、状況によってイリアは目に感情が出てしまう。それはイリアの癖とも言うべきもの。おそらくは、本人もこの癖には気付いていない。無意識に感情が出てしまうのだろうな。


 ゆえに、この見知らぬ巨人を、イリアが知っているということはほぼ確定と言っていい。


「イリア」


「は、はい。なんですか、ルリ様?」


「あれがなんであるのかを知っているのか?」


「それは」


 言葉を濁すイリア。イリアの声自体は、漏れ出た声はとても小さなものだったが、それでも我の耳には届いていた。それは四のやアスランも同じことだ。つまりは、どうあっても言い逃れはできないということだ。


「正直に言え。この場でおまえを断罪するわけではないのだから」


「……これはあくまでも、仮定ではありますが」


「よい」


「……あれは、カオス・ジャイアントと呼ばれる存在かと思われます」


「カオス・ジャイアント?」


「はい。「混沌の胚」と呼ばれる種子を体内に埋め込まれて巨大化した……元人間のことをルシフェニアではそう呼んでおります」


「あれが人間、か」


 たしかに体の構造を見る限り、魔物や動物ではないのは明らかだった。どう見ても、人族ないし魔族であることは間違いない。間違いはないが、それでもあれが元々は人間であったと言われても、すぐには信じることはできなかった。


 それほどまでにカオス・ジャイアントとやらは巨大すぎた。


「ですが、あれは私の知るカオス・ジャイアントとは明らかに異なります」


「その心は?」


「……まずその巨体です。カオス・ジャイアントはたしかに巨大な体を誇りますが、それでもこの「巨獣山」のいただきに届くほどの巨体にはなりえません。せいぜい森の木々が膝元に来るくらいですか。ですが、あのカオス・ジャイアントは森の木々どころか、世界樹さえもはるかに超えるほどです。私がいた頃のルシフェニアではあんな巨大なカオス・ジャイアントを造り出す術は存在していませんでした」


「そなたがそう言うくらいなのだから、当時のルシフェニアでは成しえなかったというのは事実なのであろうな」


 イリアがルシフェニアから離れて一年も経ってはいない。しかし、一年で様変わりするというのも技術の世界には十分ありえることではある。……あくまでもレンの受け売りではあるが。


 だが、それでもまだ一年も経っていない。なにかしらの革新的ななにかが起きない限りは、ここまでの技術の進歩はありえないだろう。


 逆に言えば、それほどまでに革新的なものをルシフェニアは手にしたということだった。考えられるとすれば、継嗣であるシリウスの遺体を手に入れたということくらいか。だが、それだけでここまでの進歩があるかと言われると、門外漢ではあるが、ありえないとは思う。

 ありえないが、そのありえないことが目の前で起きていた。


 もはや「ありえない」の一言で片づけることは不可能である。


「大姉上。あれの正体のことはどうでもいいでしょう。問題なのは、あれをどう対処するかです」


「それもそうだな」


 あまりにとんでもない事態すぎて、優先事項を間違えていたようだ。


 実際、あれをどうにか対処せぬと、こちらが全滅するのは確定だった。


 とはいえ、だ。


 あれほどの巨体を誇る敵にどう対処すればいいのか。


「一応、聞くぞ、イリア。あれは」


「……申し訳ありません。通常のカオス・ジャイアントであれば、ルリ様が本気を出されればたやすく一蹴できるとは思いますが、あれ相手ではさしものルリ様も」


「我を甘く見るな、と言いたいところだが……たしかに、厳しいか」


 カティの体でなければ、我の本来の体ないしそれに準じた体であれば、たやすく打ち砕くことはできるであろう。


 だが、カティの体は残念ながら、我の本気には耐えきれぬ。せめてあと十年もあれば、我の力にカティの体が馴染んでくれるかもしれぬが、そんな悠長なことを言っていられる状況ではない。


 かといって、四のはもはや戦える体ではない。正確に言うと戦うことはできるであろう。だが、それはもともと余命幾ばくもない寿命をさらにすり減らすことになる。下手すれば、この一戦で寿命が尽きる可能性も捨てきれない。


 会ったばかりとはいえ、弟に「死ね」と言うことなどできるわけもない。


 となれば、あと考えられるとすれば、ティアリカ、ないしアスラン、そしてレンの三人くらい。


 だが、そのうちティアリカは、まだ体が癒えていないようで、激しい戦闘は行うことはできないであろう。


 レンに至っては、ようやく壁を越えられたようではあるが、それでもあの巨人と戦うことはまだできぬ。


 となれば、残る戦力はひとりだけだった。


 四のも同じ結論に至ったようで、アスランを見つめていた。


 だが、そこに待ったを掛ける者がいた。


「お待ちください。おそらくはアスラン様とて難しいかもしれません」


「どういうことだ、イリア?」


「あれが、通常のカオス・ジャイアントであれば、アスラン様であればたやすく倒せるでしょう。なにしろ、あのティアリカ様さえも打倒せしめたのです。おそらくはアスラン様なら通常のカオス・ジャイアントなら一捻りできるでしょう」


「だが、あれは通常個体ではないから難しいと?」


「……私の推測ではありますが、あれはおそらく再生能力を持っていると思います」


「再生能力? なぜそんなことがわかる?」


「……ルシフェニアにいた頃のことですが、その当時新型の「混沌の胚」の試作がされていました。従来型にはない再生能力を付与させるという目的で試作が繰り返されていましたが、「混沌の胚」と再生能力は水と油のようなもので、どうあっても付与させることができずにいたのです」


「……ふむ。道理ではあるな」


「混沌の胚」という種子がどんなものであるのかはいまいちわからぬが、ルシフェニアの上級兵はみなアンデッドであることを踏まえると、「混沌の胚」とやらは対象をアンデッド化させるものなのだろう。


 アンデッドと再生能力はたしかに水と油のようなものだ。決して混じり合うことはない。お互いに反発し合う性質を持っている。


 その反発し合う性質同士を混ざらさせるなど、到底できることではなかった。


 失敗続きとなるのは当然のことである。


 だが、その失敗続きだった新型とやらが完成したとなれば……なるほど。たしかに我らやアスランではどうしようもなかった。


「つまり、イリアよ。あの巨人を滅するには単純な攻撃だけでは無限に再生されるだけだということかな?」


 四のはイリアの言葉をそう解釈した。それは我と同じ答えであり、その答えに対してイリアが口にしたのは想像通りのものだった。


「……はい。アスラン様がティアリカ様の反転状態を糺したことは事実ですが、そのお力を以てもあれを滅することはできないでしょう。あれを滅するのはそれこそ大規模な儀式魔法でも使わないと不可能です。それもただの魔法ではなく、聖属性さえも超えた浄化力が必要なはずです」


 最後はいくらか自信なさげにイリアは答えた。


 あくまでもいままでの話はイリアの推測だった。確定した答えではない。が、おそらくは間違っていない。


 あれを滅するには大規模な浄化が必要だろう。それこそ「初源の歌」を、複数人での「初源の歌」でようやく届くかどうかというところだろう。


 この場に「初源の歌」を行使できるのはアンジュ殿ひとりだけ。アンジュ殿ひとりの「初源の歌」ではどうあっても浄化しきることは不可能だろう。……あくまでもいままでのアンジュ殿であれば、だ。


「ベヒモス様。「初源の歌」を用いるというのは? あれであれば」


「いや、さしもの「初源の歌」であっても、おそらくは複数人を擁することになる。それもアンジュ殿を除いて、だな」


「なぜ、アンジュ殿を除くのでしょうか? 彼女こそがこの場にいる「初源の歌」の歌い手のはずですが」


 アスランは理解できないと首を傾げる。


 その意見は尤もである。


 事情を知らなければ、誰もが思うことだ。

 

 が、事情を知っていれば、それは決して口にできないことでもあった。


 なにせ、四のはすでにその予兆を見抜き、口調等を改めているほどだなのだから。我は以前からだったから、口調に関してはいまさら改めてはしておらぬが、以前よりも態度を少し改めている。アンジュ殿はそういう存在になりつつあるのだから。


「……四のよ」


「……そうですな。もはや内密にすることは不可能でしょうし」


「であろうな。そのような状況ではない」


 正直言って、もう少し経過観察をしたいところではあるが、もはやそのようなことを言っている状況ではなかった。


「よいか、アスラン。それにイリアよ。心して聞け。アンジュ殿には、これ以上「初源の歌」を行使していただくわけにいかぬのだ」


「なぜですか? それにベヒモス様、なぜそのような畏まられた言い方を」


「それに相応しい存在になりつつあるのだ、アンジュ殿は。いや、殿と言うことさえも烏滸がましいかのぅ。ですな、大姉上?」


「うむ。彼女、いや、あのお方はもはや我らよりも高みへと至ろうとされておる」


 我が口にした言葉に、イリアとアスランは唖然としたようだった。そうなるのも無理もない。いまは表面上、いままでと大して変わってはおられないが、その内面はもはや別物と化している。


 すでにあのお方は、人ではない。いまのあのお方は──。


「アンジュ様はすでに後戻りができないほどの高みへと至ってしまっておる。この世界において唯一神であった母神とは、また別の、新しき女神へと至ろうとされておる。……おそらくもう一度「初源の歌」を行使されれば、完全に神化することであろう」


 はっきりと、いまのあのお方がどういう存在であるのかを伝えると、ふたりは声を失ってしまった。


 無理もない。


 こうして口にしている我と四のでも信じられないことであった。


 それほどまでにありえない現象が、いま起きつつあるのだ。


 だが、それは決して進ませてはならぬ道だ。


 だから、これ以上、アンジュ様に「初源の歌」を行使していただくわけにはならぬのだ。


「ゆえに、我らでどうにかせぬとならん。だが、肝心の決め手が」


 どうすればいいのか、まるでわからない。


 そう思っていた矢先のことだった。


「あれは、レン様!?」


 沈黙が漂っていた廊下で、イリアの鋭い声が響いた。


 その声に慌てて窓の外を見やれば、そこにはあの黒い剣を携えたレンが、巨人に向かって突き進む光景が広がっていたのだった。

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