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rev4-91 悪魔のやりとり

 醜い姿だった。


 全身の皮膚が裂けて、真っ赤な筋肉と巨大となった骨が露わになっていた。


 ある程度は整っていた顔も、すでに見る影もない。


 そこにいたのは、醜いだけの巨人。


 すでに理性というものは欠片もない。


 あるのは、みずからの欲望のみ。


 もっとも、その欲望さえもコントロールされてしまっているので、みずからのとは言い切れない。


 が、そんなことはどうでもいいことだった。


 所詮はみずからの器も顧みれない小物。


 そんな小物の気持ちなんて考える必要などない。


 考えべきなのは、小物が巨人となった過程。


 もっと言えば、小物に植え込んだ改良型の性能以外に思考を裂く必要はない。


「改良型はなかなかよさげね」


「そうですね、姉様」


 そばにいるアリアとともに巨人を遠くから見やる。


 アリアはしばらく手空きとなっていたので、改良型の混沌の胚を運ぶついでに一緒に入国させた。まぁ、入国と言っても不法入国ではあるのだけど、いまさらなことだった。


「あの小物が巨人化するまでの時間は?」


「約30秒です。従来型よりも圧倒的に早いですね」


「そうね。加えて、従来型よりもローコストと来ている。うん、合格点をあげられるね」


 従来型でも巨人化させることはできる。ただ、従来型だと巨人化させるには、複数個の胚が必要だった。蠅の王国のクーデターの最後でも、首謀者を巨人化させることはできたけれど、アイリス、いや、あの泥棒猫の報告によれば、複数個の胚を植え付けさせてようやくだった。


 さすがに複数個も植え付ければ、改良型同様に数十秒ほどで巨人の姿となった。


 が、改良型はひとつを植え付けるだけで、対象を巨人化させることができた。


 それも従来型よりもはるかに巨大な姿でだ。


 その時点でコスト面、性能面でも従来型を大幅に上回っている。


 残るは生産コストだけど、これも大方従来型よりも優れている。


 そしてトドメとばかりに、従来型では対象の精神力次第でこちらに反旗を翻す可能性があったのが、改良型ではある程度はこちらで思考のコントロールができる。


 とはいえ、完全にコントロールできているわけではなく、あくまでも思考の方向性をある程度まではこちらの思い通りにできるくらい。それでも十分すぎるほどの効果は発揮してくれる。


 つまりは性能面、生産と運用双方のコストは大幅に良化したうえに、ある程度のコントロールも可能という、まさに改良型と言っても差し支えないの出来だった。


 これ以上を求めるのはさすがに酷だ。


 試作品とはいえ、改良型と銘打っても問題ない。


「これならお父様も我が君もお喜びになってくれるでしょうね」


「そうですね、姉様」


 アリアが隣で小さく頷く。


 頷いているものの、その顔はあまり優れていないように見える。もっと言えば、なにかしらの不満というか、心配事があるように感じられた。


「どうしたの、アリア? なにか不安でもあるの?」


 私の目では、今回の改良型にはこれと言って不満も不安面もないはずなのだけど、いったいなにを気にしているのだろうか。


「不安と言いますか、気がかりがいくらか」


「気がかり?」


「ええ」


 アリアは言葉を選んでいるかのように、視線を若干逸らしながら続けた。


「あの、「巨獣殿」にはアイリス姉様がいます、よね?」


「……ええ、そうね。それがどうしたの?」


「どうしたのって、あの巨人が大暴れしたら、アイリス姉様が危険なのでは?」


「そうかもね。でも、それがなに?」


「なにって」


 アリアは絶句したように、信じられないものを見るような目で私を見つめていた。


 とはいえ、信じられないのは私も同じ。というか、私のセリフだった。


「アリア、あなた、あの泥棒猫のことを心配していたの? あの淫売が危険かもしれないって、そんなどうでもいいことを気にしていたの?」


「どうでもいいなんて、なにを仰っているんですか」


「なにを? それは私のセリフ。あんな雌猫がどうなろうと私の知ったことじゃないよ。むしろ、あのデカブツに踏み潰されてくれたら、いくらか溜飲が下がるくらいだよ」


 アリアに向かって笑いかける。アリアはやはり理解できないと顔に書きながら、私を見つめていた。


 その反応はまっとうな人らしいものだけど、いまさらそんなまっとうな人らしい反応を見せるなんて滑稽だ。そもそも、まっとうな人であるのであれば、笑いながら人を殺すことはしないものだ。


 あ、いや、この子の場合は笑いながら食い殺すという方が正しいか。この子の場合は、愛おしいと思った者ほど食べたがる、性的な意味でも物理的な意味でも、愛おしい者ほど食べたがる悪癖があった。


 この子ほどではないけれど、私も同じような悪癖はある。それはあの淫売も同じ。まぁ、私とアリアとは違って、あの淫売は愛する者に痛めつけられることを好むという反吐が出る悪癖があるのだけど。


 加えて、私とアリアとは違い、あの淫売はそのことに気付いていない。むしろ、逆に痛めつけることこそが自身の悪癖だと勘違いしている。実際は真逆で、あの淫売の本当の悪癖は被虐的なもの。


 だからこそ、あの淫売はことあるごとに私を挑発してくれる。そうでなければ、私の良人を寝取るなんて大それたことをするわけがない。


 気持ち悪いにもほどがあるけれど、どうにもあの淫売は私に痛めつけて欲しくて堪らないようだ。


 なら、次に会ったら死ぬすれすれのところまで痛めつけてやろうと思う。それこそがあの淫売の求めることであれば、認めたくはないことだが、姉としてあの淫売にしてやれる最後のことだ。……まぁ、やりすぎて死んだとしても、淫売の一匹や二匹が死んだところでなんの痛痒もないのだけど。


「……姉様、生き生きとした顔をしていますね」


「そう? 次あの淫売にあったら、死ぬすれすれのところまで痛めつけようって思っているだけなんだけど」


「……本気、ですか?」


「いやだなぁ、アリア。なんでそんないまさらなことを聞くの? あんな淫売の一匹や二匹がどうなろうと知ったことじゃないんだよ?」


「……それは、姉様の本心ですか?」


「そうだよ? それ以外にあると思うの?」


 にっこりと笑いかけてあげると、アリアは続く言葉を失ったのか、黙り込んでしまう。


 どうして黙り込んでしまうのかはいまいちわからないけれど、まぁいい。


「それで、あの淫売のことだけ?」


「いえ、もう少しあります」


「へぇ? なに?」


「……出来損ないちゃんのことも気になっています。まぁ、正確にはもう出来損ないではなくなっているみたいですけど、あの子のことはいいんですか?」


「それは」


 アリアのふたつめの気がかりについては、さすがに私もすぐには答えることはできなかった。


 出来損ないちゃん。


 アリアが言うのは、あの出来損ないの犬のこと。


 せっかく、シリウスちゃんと同じ見た目で、シリウスちゃんの記憶も植え付けてあげたというのに、カオス兵どもと同じアンデッドになった正真正銘の出来損ないのことだ。


 あの出来損ないは淫売以上に私の感情を逆なでしてくれる存在だった。どれほど痛めつけても泣き喚くわけでもなく、ただ黙って笑っているだけという気色悪い存在だった。


 その出来損ないは、いま旦那様のところで娘としてかわいがってもらっている。ただ、報告によると、いまの姿は以前までの大人じみたものではなく、シルバーウルフとなったシリウスちゃんと同じくらいの年齢になっているそうだ。


 そのうえ、アンデッドではなく、真っ当な魔物として生まれ変わったということだった。正直報告されたときは、なにを言っているんだろうと思ったけれど、お父様と我が君はその報告を聞いて目を剥いていた。


 特に我が君は、いままで見たことがないほどに狂喜されていた。普段顔を顰めてばかりのあの方が、狂ったように笑い続けられていたのだから、出来損ないが真っ当な魔物として生まれ変わったということが、あの方にとってはどれほど重大な事件であったのかは窺い知れた。


 まぁ、あの方にとってはあの出来損ないが魔物になったという結果ではなく、その過程こそが大事みたいだけど。


 でも、私にとっては過程よりも結果が大事だった。


 もともと出来損ないは、「私の理想とするシリウスちゃん」を造り出すことが目的の産物だった。が、結果は中途半端なできあがりに加えて、アンデッド化するという喧嘩を売っているかのような所業をしてくれたわけだけど。


 でも、どうやってかは知らないが、あの出来損ないはアンデッドではなくなり、シルバーウルフの頃のシリウスちゃんを思わせる姿になっているそうだ。もともとあれは見た目が最悪だったけれど、中身は一部を除いて私の理想通りではあった。


 そこに見た目という弱点を克服したというのであれば、まさに「私の理想とするシリウスちゃん」として完成したと言っても同然だった。


 なにせ、あの出来損ない、いや、あの子はどんなことがあっても私に懐き慕うと行動理念を植え込んである。


 見た目の問題がなければ、本物のシリウスちゃんのように私を蔑ろにすることはない。


 まさに私の理想とするシリウスちゃんだ。


 その子がいま「巨獣殿」にいる。


 あの巨人を暴れさせるのは、たしかに気後れしてしまう。


「あの子に関しては、隙を見て迎えに行けばいいよ。見た目の問題がなくなったのであれば、「私の理想とするシリウスちゃん」として完成してくれたということだもの。迎えに行ってあれば、喜んで私の胸に飛び込んできてくれるはずだからね」


「……そう、ですね」


 アリアが間を空けながら頷いた。なぜ、間を空けるのかはよくわからなかったけれど、まぁいい。


「それで、気がかりはあの子のことで終わりかな?」


「いえ、もうひとつあります」


「まだあるんだ?」


 珍しいこともある。


 アリアがここまで気がかりを抱くことなんて、いままでなかったというのに。


 まぁ、この子はこの子でいろいろと変わっていく最中だし、そういうこともあるんだろう。

「それで、なにが気になるの?」


「……あの巨人が口にしている子のことですよ」


「あぁ、雌犬の妹のこと?」


「ええ。なんでルクレティア陛下ではなく、アンジュちゃんを求めるようにしたのですか?」


 アリアの言うことは尤もと言ってもいい。


 どうにもあの巨人の元になった男は、清楚ぶった淫売女王にご執心だったようだ。私も最初は淫売女王を求めるようにしようとしていたのだけど、我が君からのお言葉により目標を変更することになった。


 我が君から直々に命じられたことではあるけれど、内密にせよとは言われていないから、アリアに教えても問題はない。


「我が君からの命令だよ。私はあの淫売女王を目標にしたかったんだけど、我が君が雌犬の妹の確保を最優先せよと仰られたの。だからだよ」


「我が君が、ですか? いったいなんでですか?」


「さぁ? そこまでは教えて戴けなかったから。でも、我が君からのご命令であれば、なにかしらの意味があるんだと思うよ」


 その意味がなんであるのかは、私にもさっぱりと理解できないことではあるけれど、我が君が最優先事項と念を押されるほどだった。正直、雌犬そっくりなあの見目を見る度に殺意が沸き起こって仕方がないのだけど、我が君のご命令ならば致し方がない。


「まぁ、そういうわけだから、さっさと「巨獣殿」を陥落させるよ」


「……そういうことでしたら」


 アリアは頷くものの、すべてを納得したわけではなさそうだった。


 まぁ、私自身いくらか不可解ではあるけれど、我が君のご命令は絶対なのだから、疑問を挟み込む余地など──。


「──あ、そうだ」


「どうされましたか、姉様?」


「あの巨人の元になった男。なんて名前だっけ?」


 通信装置越しに何度も会話をしたものだけど、どうにも名前を憶えることはできなかった。名前は何度も口にしたのだけど、それはあくまでもメモを見ながら口にしていただけで、私があの男の名前を憶えていたわけじゃない。


 そもそも、自分の器を理解していない、ただの愚者の名前をどうして私が記憶しないといけないのか。そっちの方が理解できない。


「あぁ、あの人ですか。えっと、たしかファラン少佐でしたっけ?」


「あぁ、そうだそうだ。ファラン少佐だ。どうでもよかったから、憶える気もなかったんだよねぇ。まぁ、所詮は使い捨ての駒でしかないから、すぐに忘れてしまうだろうけれど」


「姉様らしいですね」


 くすくすとおかしそうに口元を押さえながら、アリアが笑う。あなたも人のことが言えた義理じゃないでしょうと言い返しながら、巨人こと変異したファラン少佐を見やる。すでに理性はなくなり、あの雌犬の妹を確保することしか考えれなくなっているのは明らかだった。


「せいぜい、私たちの思う通りに動いてね、えっと、ファナン少佐?」


「ファランですよ、姉様」


 アリアが改めてくれる。


 ありがとうとお礼を言いながら、変異したなんとか少佐、ああ、もう小物でいいか。


 変異した小物がどこまで大暴れしてくれるだろうかと、アリアと隣り合いながら私はその様を見物するのだった。

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