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rev4-82 君はその手で触れられるのか?

ずいぶんと遅くなりました←汗

 夜はすっかりと更けていた。


 今日のおつとめがどうにか終わった。


 でも、寝るにはいささか早い時間。


 かと言って、旦那様たちのいる「巨獣殿」に戻るほどの余裕はない。


 せいぜい通信ができれば御の字と思っていると、リヴァイアサン様が「転移で移動できるけど、どうする?」と言われたのです。


 いきなりのとんでもない一言に私は唖然となりましたが、リヴァイアサン様は神器であり、神獣様でもあるのですから、転移のひとつやふたつはできて当然。


 当然ですが、転移できるのであれば、最初から言えと言いたかったですね。


 転移できるのであれば、わざわざリアスの王城に篭もらずとも、朝になって王城に行き、夜になったら「巨獣殿」に戻るというサイクルで生活できたのに。


 もっともリヴァイアサン様曰く、「まぁ、ご褒美ってことでね」と笑っていましたが、おそらくはご自身でも忘れていたに違いありません。……まぁ、それはそれとして。


 転移できるのであれば、久しぶりに旦那様とベティちゃんに会いたかった。


 私は喜び勇みながら、「巨獣殿」に転移しました。


 しかし、いつも使っていた部屋には誰も居なかったのです。


 ですが、それだけなら想定内。


 大方、アンジュ様の部屋にベティちゃんは泊まっているのでしょう。


 ただ、そうすると旦那様のおられない理由がわかりませんでした。


 最悪の想像もしましたが、「まさか」と思い過ごしだとして、私は部屋を出て、「巨獣殿」の中の散策を始めました。


 さすがに夜遅いので、他の部屋に入ることはしませんでしたが、リヴァイアサン様の力で部屋の中の様子は把握できていました。


 その力によると、ルリ様と二の姫君はそれぞれのお部屋に、ベティちゃんは予想通り、アンジュ様の部屋でプロキオンちゃんとご就寝していました。


 ただ、アンジュ様と旦那様だけはいなかった。


 それがより一層最悪の光景を思い浮かべさせてくれましたが、旦那様が私を裏切るわけがない。


 私はその一心で「巨獣殿」の内部をさまよい歩き、そして庭園近くの部屋で呆然とすることになりました。


 その部屋からはくぐもった声が聞こえてきたのです。


 いままで一度も聞くことのなかった声。


 あの人の、アンジュ様の声の艶やかな声が。


 部屋の入り口はわずかに空いていた。


 その空いた入り口からかすかに覗ける部屋の中では、想像もしていなかった、いや、想像はしたけれど「ありえない」と切り捨てたはずの光景が広がっていたのです。


 部屋の中では、アンジュ様と、アンジュ様を無我夢中で抱く旦那様がおられました。


 アンジュ様は呂律がだいぶ怪しくなっており、まともな言葉を発せないでいた。ただひとつだけ。「あなた」という言葉だけははっきりと口にしていた。


「あなた」というだけであれば、一般的な二人称だけで通すことはできた。


 でも、彼女が言う「あなた」は二人称という括りではない。


 彼女、いや、あの女が口にする「あなた」は、私が口にする「旦那様」と同じ意味合いのもの。つまりは良人を呼ぶためのもの。それが意味することはひとつ。


 あの女は私から旦那様を寝取ったのだと。


 人の良人を奪うなんて、最低な行為です。


 その最低な行為を、私の旦那様に仕掛けた。


 これは許されざる行為です。


 そう、それこそ国際問題として提起しても仕方のないこと。


 いや、仕方がないどころじゃない。


 国際問題として提起して、あの女の故郷とかいう辺境の村に制裁を行ったとしても、決して批難はさせない。


 こればかりは先王陛下であるおじ様や、今上陛下でもあるアーくんにもとやかく言わせずに行うべきことです。


 だって、あの女は私の最愛の人を、私の留守中にその毒牙に掛けたのです。


 痴情のもつれと言われようが、この落とし前は着けるべきです。たとえ、どんな被害を出そうたって構いません。あの淫売な泥棒猫に相応の制裁を。ええ、それこそのこの場であの泥棒猫に──。


『それはやめた方がいいと思うぜ、我が主よ』


 ──手を掛けてやろうかと思ったそのとき、リヴァイアサン様が、私を止められたのです。

「……なぜですか? あの女は」


『少し落ち着きなよ。君らしくないぜ?』


「落ち着けですって!?」


 私は最愛の人が寝取られているのを見せつけられているというのに、落ち着け? そんなことできるわけがないでしょう!? なにを言うかと思えば、そんな戯れ言を申されるなんて想定外にもほどがあります。つい、リヴァイアサン様の本体であるリヴァイを握りしめてしまうほどに、私は冷静さをかなぐり捨ててしまっていた。


『いたたた、握りしめすぎだよ? そんなに握りしめたら、僕でも結構辛いんだけど?』


 辛いと言う割には、リヴァイアサン様の口調は軽い。言うほどに痛みを感じているようには思えなかった。


「そんなことよりも、力を使いますよ」


『……一応聞いておくけど、なにに使うんだい?』


「決まっているでしょう? あの女をいますぐ殺処分します。具体的にはあの女の頭を覆えたうえに、どれほどの力でも決して破壊できない水の膜を」


『うん、却下』


「なぜですか!?」


 リヴァイをいままで以上に握りしめるも、リヴァイアサン様はあまり感情のこもっていない声で「いたたた」と呻くだけでした。


 私は担い手であるというのに。その担い手の指示を聞かないというのは、いったいどういう了見なのでしょうか。理解できません。私はただ、あの小憎たらしいアバズレを始末できればそれでいいというのに。


『……君の言うとおりに力を使ったとしても、いまのアンジュには通用しないぜ?』


「は?」


 言われた意味が理解できなかった。


 私は神器の担い手。


 その担い手である私の力を以てすれば、あの淫売程度であれば簡単にくびり殺せるはず。なのに、なぜそれができないのか。ますます意味がわからない。そんな私にリヴァイアサン様が告げたのは、想像もしていなかった現実でした。


『あぁ、やっぱり理解できていなかったか。はっきりと言うけれど、いまのアンジュは君では足元に及ばないほどの上位者になっているんだよ』


「上位者? あの雌猫が?」


『あぁ、そうだよ。理由を説明したいところだけど、ここだと君は冷静に考えられないだろうから、ちょっと移動しようか』


「なぜです? 私はいますぐに部屋の中に入って、あれを殺処分しないと」


『だから言っているだろう? 君じゃアンジュを殺すことはできない。仮に殺せたとしても、同時に君は君の言う旦那様からの愛を完全に失うことになるが、それでもいいのかい?』


「──っ!」


 痛いところを衝かれてしまった。


 たしかに、リヴァイアサン様の言うとおりでした。


 少なくとも、旦那様があの雌に心を奪われているのは間違いないことです。


 だって、旦那様は少なくとも私を抱くとき、あんなに夢中になってはくださらない。特に最近はあんなに情熱的に求めてくれることはないのです。それはつまり旦那様にとっては私よりもあの田舎娘に心を奪われているということであって。


 ですが、それは決して肯んずることではない。


 たしかに、美貌という点においては、私程度ではあれには逆立ちしても敵いません。なにせ、同じ女である私から見ても、あれの美しさは尋常じゃなかった。


 私自身かつては美姫と呼ばれ、いまは麗しき女王と言われることもありますが、そんな私でも彼女を見て最初目を疑うほどでした。


 純白の白雪の肌も、宝石のような紅い瞳も、月の光のような銀糸の髪も、そしてなによりもそれらを合わせた、まるで天上から降り立ったかのような至高とも言える美を体現した彼女の姿に、私は言葉を失いかけたものです。


 もっとも、その後の言動が残念すぎて、その美貌が一気に損なわれてしまいましたけど。


 ですが、それでようやく通常の美女ないし美少女枠に収められるのだから、あの淫蕩女がどれほどまでに美しいのかを残念ながら私の語彙では表現できません。


 それほどまでに、彼女は美しい。それこそ、嫉妬さえ沸き起こらないほどに。同じ女として完全に敗北を認めてしまうほどに。


 そんな彼女に旦那様が惹かれてしまうのは、百歩譲りますが、理解できることでした。ただ、理解できても納得できるわけではありませんが。


 そんなあの女を旦那様の前で殺す。


 それも私がやったとしか思えない方法で殺したとあれば、たしかに旦那様からの心象は最低まで落ちることでしょう。それこそもう二度と私に対して笑いかけてくれないほどに。


 ですが、それでも、それでも私は。


『あとひとつ付け加えるとすればだ。君は、恋敵を殺した手で愛娘に触れられるのかい? 憎悪で人を殺した手で、かわいい愛娘に平然と触れられるのかい?」


「……」


 ぐうの音も出ないことでした。


 あれの血で汚れた手で愛娘に、ベティちゃんに触れることなどできるわけがない。


 たとえ、あれの自業自得としか言いようがないことであっても、義務で殺めるのではなく、嫉妬に狂ったうえで殺した手でベティちゃんに触れる。あの純粋な子に、そんな後ろめたい理由で染めた手で触れられるわけがなかった。


『わかったかい? とりあえず、いまは冷静におなり。理由やこれからの方針を話すために、少し外に出よう。それで多少は頭に昇った血も下がることだろうさ』


 リヴァイアサン様の淡々とした言葉に、私は「はい」と声を振り絞って答えることしかできなかった。


 目の前の扉は、客室。それも庭園に一番近い客室で、私たちが使っている部屋とはまるで違う。


 それがかえって旦那様との別離を現しているようでした。


 胸が張り裂けそうになりながら、私はリヴァイアサン様と一緒に庭園へ、すぐ近くにある外への出口へと向かうのでした。

ルクレはアルトリアとは似て非なる存在。似ている部分もあるけど、本質的には対極です。

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