rev4-76 洗濯と問い掛け
日差しが強かった。
徐々に高く昇っていく日の光が、容赦なく降りそそいでいる。
周囲からは石鹸の匂いが立ちこめていて、日の光と石鹸の香りの両方に包まれながら、私は現在──。
「ママぁ、こっち終わったよ」
「はぁい。じゃあ、次はその隣のをお願いね」
「わかった」
──プロキオンと一緒になって、「巨獣殿」の屋上にある物干し台で洗濯物と悪戦苦闘している真っ最中でした。
それもただの洗濯物ではなく、各部屋にあったシーツなどのいわゆるリネン類を私とプロキオンは一緒になって処理しているのです。
大掃除というから、てっきりいろんな場所を掃除して回ることになるのかなと思っていたのですが、アスランさん曰く、リネン類が結構な量が溜まっているということで、私とプロキオンはその洗濯と洗濯したリネン類を干す係に任命されたのです。
ちなみに組み分けとしては、私とプロキオン、レンさんとベティ、ルリさんとイリアさんの3組。その3組の手伝いをローテーションでアスランさんが回っていくというのがアスランさんの考えた組み分けでした。
担当場所は私とプロキオンは洗濯、レンさんとベティは「巨獣殿」の外の掃き掃除、ルリさんとイリアさんは「巨獣殿」内の通路の掃除ということになっていますが、それで終わりというわけではなく、最後は地下書庫内を全員で掃除するというのがアスランさんのプランとなっています。
とはいえ、最後の地下書庫の掃除が大がかりになるのは目に見えています。
地下書庫はプロキオンがいまだにすべての蔵書を読み切れていないほどに広大ですから。
「花の乱」が終わってからも、あのハイペースで蔵書を読み進めても、ようやく1割を超えた程度であり、どう考えてもここに滞在中までに蔵書を読み切ることはできそうにありません。
だからなのか、プロキオンは最近蔵書を隅から隅まで読むというわけではなく、これからの旅などに必要になりそうな蔵書を読むことに集中しています。
たとえば、「聖大陸」の各国の歴史や文化に関した書物だったり、「聖大陸」の詳細な地形とその地形に関する走り書きのようなものが書かれた古びた本だったり、そして地下書庫に篭もる切っ掛けになった魔物関連の蔵書などを中心にして読み進めています。
それでも、必要なもののすべてに目を通すことはできていないわけで、本当にどれほどの蔵書を誇るのかと戦慄しそうになりますが、プロキオンにとってみれば、挑み甲斐のある相手という風に映っているみたいで、我が娘ながらちょっと呆れます。
その広大な地下書庫の掃除は、私たちの中で一番地下書庫に精通しているであろうプロキオンに任せるというのも考えなくはなかったんですが、プロキオンに一任すると掃除が進まない可能性が高かったので、あえなく却下されました。ちなみに発案者はプロキオン本人だったのは言うまでもありません。
そもそも、あの広大な地下書庫を一組に任せることなどできるわけもない。となれば、それぞれの掃除が済んだ後、全員で一気に掃除をするというのは妥当な判断でした。
もっともそれだけの人数を掛けても、簡単に終わりそうにはありませんけどね。
それこそ軍の中隊くらいの人数を参加させてようやく終わらせることができるんじゃないかなと思います。
ですが、いくら人数が欲しくても、地下書庫の蔵書は貴重な本ばかりであるため、そう易々と人を入れることはできない。盗まれでもしたら大損害ですからね。
となれば、アスランさんを含めた7人総掛かりでどうにかするしかないわけです。
とはいえ、さしものアスランさんも「まぁ、7人総掛かりで行っても半日程度じゃ終わりませんけどね」と苦笑いされていました。
アスランさん曰く、少しでも片付けができればいいので、地下書庫の残りの掃除は折りを見て徐々に行っていくということでした。
まぁ、あの蔵書量を踏まえれば、7人程度では半日どころか1週間以上は掛けないと終わりそうにはありませんから、今日のところはとっかかりというか、少しでも地下書庫の掃除が進めばそれでいいと仰られるのもわかります。
話が少し戻りますが、プロキオンが地下書庫の掃除ではなく、洗濯物の係として選ばれたのも、プロキオンを地下書庫の担当にしたら掃除そっちのけで蔵書を読み進めることは目に見えていたからですね。
それは私とレンさんはもちろん、ベティにまで納得されるほどでした。
当のプロキオンにとっては、「ベティにまで?」と愕然とする内容だったみたいですが。
正直言って愕然とする理由がわからないと言いたかったですね。
なにせ、プロキオンったら、暇が少しでも出来たら地下書庫に入り浸るほどの本の虫ですからね。
そんなプロキオンを地下書庫の掃除担当として割り振ったところで、なにをするのかなんて目に見えているのです。
そもそもの話、本の整理というのは掃除中において、一番手をつけてはならない部類ですからね。
なにせ、一度手に取ってしまえば、そのまま読み進めてしまい、掃除そっちのけになってしまうのは、ある意味あるあると言ってもいいことでした。
一般人でさえもそうなってしまうのだから、本の虫であるプロキオンになれば、どういうことになるのかは、火を見るよりも明らかですからね。
なので、地下書庫の掃除は全員で行うというアスランさんの考えは正しいと言わざるをえないわけです。
まぁ、当のプロキオンは、「そんなことないもん。失礼だよ!」ということでしたけど、豪語するわりには目が若干泳いでいたので、「ママの目を見て言ってみようか?」と笑いかけてあげると、プロキオンは「……ごめんなさい」と謝ってくれました。
謝れと言ったわけではないんですけど、まぁ、それだけプロキオンにしてみても、納得できてしまうことだったんでしょうね。
自覚できているだけ偉いと言えばいいのか、それともわかっているなら、もう少し顧みようねと言えばいいのか、非常に悩ましかったです。
まぁ、いまはそれは横に置いておきましょうか。
いまは決定事項についてあれこれと思考を巡らしている場合じゃないのです。
なにせ私とプロキオンの目の前には、これでもかというくらいの大量のリネン類が置かれているのですから。そのリネン類を私は次々に洗い、その洗った分をプロキオンが次々に干していく。
そんな連携を私たちはしているんですが、連携をしてもリネン類の消費がちっとも進んでいないのです。
どれだけ大量にあるんだろうと、気が遠くなりそうになりながらも、頑張れ頑張れと自分を鼓舞しながら、私もプロキオンは山のようなリネン類との格闘を行っているわけです。
そして現在はそこに助っ人も参戦しています。
「ふぅ、やっぱりこうなりますよねぇ」
アスランさんが私の隣でリネン類を洗いながら、ため息を吐かれていました。
現在のアスランさんのローテーションは私とプロキオンの手伝いとなっており、アスランさんも目の前の大量のリネン類を前にして遠くを眺めるような目をしていますから、おそらくは気持ちは繋がっていることでしょう。
ただ気持ちは繋がっても、いまだに若干距離を感じています。それは心の距離だけではなく、物理的にも少しばかり間が空いています。
まぁ、その理由は単純でして、少し前まではプロキオンも一緒になって洗濯をしてくれていたからです。それも私とアスランさんを取り持とうとするかのように、私たちの間でです。
もっとも、それも少し前までのことです。
さすがにリネン類が山のようにあるとしても、3人で洗濯を続ければ、用意していた篭が埋まっていくことは当たり前。となれば、誰かが洗濯済みのリネン類を干さないといけないわけで、リネン類を干す係として選ばれたのがプロキオンだったわけです。
まぁ、妥当な配置と言えばそうなんですが、それは同時にいままで私とアスランさんの間を取り持っていたプロキオンが離脱するということでもありまして、自然と私とアスランさんの会話は減ってしまいました。
時折、大量ですねぇとか、疲れますねぇと言うのが関の山です。
そんな会話と言えるのかどうかも怪しい内容をやり取りしながら、私たちはそれぞれにリネン類の洗濯に勤しんでいました。
「……アンジュさん」
アスランさんのその一言までは。
「なにか?」
「……少々お聞きしたいことがあります。あの人のことで」
アスランさんは私ではなく、洗濯物を見つめながら、そう仰ったのです。
あの人が誰のことなのかは、考えるまでもありませんでした。
「……レンさんのこと、ですよね?」
「ええ」
アスランさんは短く返事をされました。
その返事を聞いて、「なんでしょうか」と尋ねると、アスランさんは手を止めて、私をまっすぐに見つめながら──。
「──あの人に抱かれたことはございますか?」
──なんとも答え辛い赤裸々な質問を投げ掛けてこられたのでした。




