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rev4-66 終焉の光

 静まりかえっていた。


 船窓からは、自軍の船の残骸が片づけられるところが見えている。


 すべてを片づけているわけではなく、壁代わりに固めている箇所もあれば、相手から見れば壁になるようにしている箇所もある。


 その作業は少しずつだが、続けられていた。


 その作業を相手は見守っているだけ。


 不気味にも見える相手の行動だが、実際のところは相手側も作業を進めている段階だった。


 特に最後の総攻撃によって、砲塔にはかなりの被害が出ているはず。すべての砲塔が使用不可となってはいないだろうが、それでも少なくとも3割くらいは使用不可となったであろう。


 たとえ、最後の総攻撃がルクレティア女王が神器の担い手になったからこそできた芸当だったとしても、だ。むしろ、なったがゆえに通常よりも砲塔にダメージを負わせてしまったと考えるべきだ。


 その復旧作業はもう少し掛かることだろう。


 ゆえにこちらの作業を邪魔する余裕があちらにはないのだ。


 もっとも、そのことを同志たちは理解していないようだが。


 だからなのか、相手の艦隊が沈黙を貫いているのを見て、いらぬ報告を逐一あげてくる。


 報告は戦だけではなく、日常生活においても必要なことではある。


 ただし、今回のことに限っては完全にいらぬ報告である。


 なにせ内容は、すべて「いまだ沈黙を保っている」だけなのだ。


 そんなものは聞かずともわかっている。


 そもそも、相手の事情さえもだいたいは察しているのだから、完全に必要のないものだが、それでも報告であることには変わりない。


 面倒だなと思いつつも、報告をファフェイは聞いていた。


 だから、その報告も最初は「またか」と思って聞いていた。


 だが、その報告は決して「またか」と思うものではなかったのだ。


「──以上です。考えられるとすれば、全滅かと」


 その報告は、大きな衝撃とともにもたされた。


 最初聞いたときは、耳を疑うようなものだった。


 協力者であるアルトリア姫が率いる部隊と先陣を切っている女剣士の混成部隊からの連絡が途絶えたということだった。


「巨獣山」ないし「巨獣殿」には通信を妨害するという結界はない。


 もしくは、神獣ベヒモスが一時的になしたという可能性もなくはない。


 だが、それでも1時間以上も連絡が途絶えたというのであれば、状況がどうなっているのかなんて考えるまでもないことだ。


 それも最後の通信は、アルトリア姫の率いる後詰めの部隊の前軍のもの。曰く、アルトリア姫がおられる後軍が襲撃されたというものだった。


 その通信を最後に連絡は途絶えた。


 どれほどの楽天家であっても、最後の連絡を聞けば、混成部隊がどうなったのかなんて考えるまでもない。


 それは単独で先陣を切っているという女剣士も同じことであろう。


 搦め手だったとはいえ、それなりに有力視していた策だった。


 その策が事実上壊滅した。


 その衝撃は、旗艦に乗り込んだ同志たちの間で大きな衝撃を与えた。その衝撃は波のように広がっていた。


 艦橋にいる幹部たちは誰もなにも言わない。


 いや、正確には誰もなにも言えなくなっている。


 無理もないかとファフェイは思った。


 ファフェイ自身、少なくない衝撃を受けていた。


 ここにいる同志たちとは、まるで立ち位置が異なるというのに、それでも衝撃を受けていた。


「……潮時か」


 誰にも聞こえないほどの小声でファフェイは呟いた。


 正確には側近のひとりだけには聞こえるように呟く。


 その呟きに側近は静かに頷いていた。


 その頷きを以て、ファフェイは静かに立ち上がった。


「同志諸君、盟主として諸君らに最後の指示を出そう」


 ファフェイは声を張り上げ、よく通るように言う。


 その声に艦橋にいた同志たちは、一斉にファフェイを見やる。


 その目にはいくらかの希望があるようであった。


 盟主であるファフェイであれば、なにかしらの秘策があるのではないか。


 そんな他人任せの希望を宿しているようだった。


 ファフェイからしてみれば、「甘ったれるな」と言いたいところだ。


 他人任せにして、どうして未来が掴めるというのかと言ってやりたい。


 なにが「懐古者」たちだと。


 自分の至らなさを他人のせいにして、その傷を互いになめ合うだけの連中にしかすぎないではないかとも。


 実際、ファフェイが盟主のふりをして接触してきた「懐古者」の同志どもは、誰もが栄達の道をみずから閉ざしたものばかり。


 もしくは、努力さえすれば、正しく努力さえすれば、なにかしらの栄誉を掴めたであろうに、それを怠ったがゆえに落ちぶれてしまった連中ばかりだった。


 老いも若きも関係ない。構成者全員がそんな連中ばかりだった。


 ただ、口だけは一丁前であるからか、自分たちは悪くない。悪いのは自分たちという人材を活かしきれなかった上の人間、つまりはこの国が悪いと責任転換をしていた。自分たちの怠惰を棚上げにしてだ。


 そんな連中が集まったのが「懐古者」である。


 秘密結社でも謳いたいのだろうが、ファフェイからしてみれば、「敗北者」たちに名を変えろと言いたい。


 もっとも「敗北者」は「敗北者」でも、誇りある敗北者には決してなれないだろうが、ともファフェイは思った。


 誇りある敗北者とは、決して他人のせいにはしないし、他人任せにもしない。


 みずから進み出て、みずから散りゆく。


 それが誇りある敗北者であり、この連中のようになにからなにまで他人任せの連中ではない。


 むしろ、ここにいる連中よりも、その連中の口車に乗って踊らされている前線の兵たちの方が、よっぽど誇りある者たちだろう。


 ほんの少し心の持ちようが異なれば、この連中の口車ではなく、アリシア陛下の元で誇り高く日々を過ごせたであろう。


 惜しい。


 つくづく惜しいとファフェイは思う。


 本当に少しでも、心のありようが異なれば、立派な勇士として名を馳せたであろうに。


「多くの若者を散らせてしまった。先ある若者たちの未来を閉ざさせてしまった」


 ファフェイは忸怩たる想いを抱きながら続ける。


 その言葉に、同志たちは怪訝な顔を浮かべつつも頷きで返している。


 自軍の船は数多く沈没している。


 その沈没した船には、同志たちの口車を本気で信じていた兵も多くいた。


 その兵たちの命が多く散った。


 次代を担うべき若者が死する。


 それがファフェイには堪らなく辛かった。


 自死したいという想いは、常に付きまとっていた。


 それはこうして戦が本格的に始まったことで、より一層膨れ上がった。


 いまさらながらに、アリシア陛下の気持ちがよくわかった。


 一番近しい場所にいられたという自負はあれど、それでも見えていない部分は多かったのだなといまさらながらにファフェイは気付いた。


 自覚するにしても、あまりにも遅すぎてしまったと思いながら。


「その責は必ず償おう。この身をアルカトラに堕とすことでその償いとしよう」


 盟主として相応しい言葉を口にしつつ、「なんてくだらないことだ」ともファフェイは思う。


 くだらないのは自分の言葉だけではない。


 この同志連中自体がくだらない。


 だが、少し手を貸すだけでここまでの軍を作り出すという能力自体は、目を見張るものがある。


 生かしておくことはできない。


 生かしておけば、この国に仇を為すことは明かである。


 それはつまり敬愛するアリシア陛下に危害が及ぶということ。


 それだけは断じて阻止せねばならない。


 たとえ、アリシア陛下との「勝負」からみずから降りることになったとしても。


 それでも阻止しなければならないのだと。


 ファフェイは改めて決意する。


『絶対に、いつか、あなたに手を届かせてみせる!』


 不意に脳裏に蘇ったのは、かつて言い放った一言だった。


 アリシア陛下に対して、当時すでに名君として名を馳せていた女王に対して言い放った不遜な一言。


 その一言を受けてアリシア陛下は、一瞬きょとんと目を瞬かせた後、大笑いした。


「やってみな、小僧」と女王は言った。


 それが女王との勝負の始まりだった。


 ……本来の想いとは裏腹な言葉をぶつけた宣言だった。


 その想いはとうの昔に見破られてしまっているのだが。


 それでも、女王はファフェイをそばに置いてくれた。


 女王曰く、「こんなババアのどこがいいのか」と苦笑いしていたが、ファフェイにとっては女王の麗しさは変わらない。


 たしかにかつてよりも老いた。


 花で言えば枯れ落ちたようなものだったとしても、かつての美しさの名残しかなかったとしても、ファフェイにとっては決して名残ではない。


 むしろ、当時よりも磨きが掛かったと思っていた。


 誰もの目を奪うものではないけれど、月日が経ってこそ際立つ美しさもある。


 昔のように直接的な言葉を口にすることはない。


 その言葉の代わりに、例年であれば、毎年欠かさず花茶を献上した。


 マッティオラの花茶。


 それはファフェイ自身が作り出したものであり、毎年一番のできのものを女王に献上した。

 その花言葉とともに。


 妻と子を設けたことで、もう口にすることができない言葉を、毎年花茶とともに贈り続けた。


 それももう終わりだった。


 側近が丁寧な所作でマッティオラの花茶を注いでいく。


 その香りとともに、女王の姿が鮮やかに思い浮かぶ。


 正妻と第二夫人の顔は、ファロンとファランの母親の顔は思い浮かばない。


 ただ、「すまなかった」としか思えない。


 終生愛することのできなかったふたりの女性に対して、それでも献身的に支えてくれたふたりの女性に対しての謝罪と感謝をファフェイは抱きながら、注がれたマッティオラの花茶で唇を濡らす。


 それからファフェイは懐を探り、それを取り出した。


「そのためには、ここでやるべきことがある」


 はっきりと言い切りながら、ファフェイが取り出したのは、信管だった。


 旗艦の機関部に密かに設置した爆弾を起動させるもの。


 機関部と艦橋はそれなりに離れた場所にある。


 爆弾を起動させても、直接的な被害が及ぶことはない。


 だが、爆弾を起動させることは、同時に合図の証でもある。


 ルクレティア女王の旗艦リリアンナの主砲を放つ合図。


 すなわち、この幹部どもを始末して、反乱軍を壊滅させるための合図である。


 その信管の登場に同志連中は何事かと騒ぎ始めるも、すでに時遅しだ。


「これがこの戦の終焉である」


 ファフェイは言い切り、信管を起動させた。


 すぐに強かな爆発音が鳴り響く。


 立っていられない衝撃に襲われ、ファフェイはその場でひれ伏した。


 それはファフェイだけではなく、同志たちも同じだった。


 むしろ、ファフェイ以上の衝撃を受けて喚き散らす者ばかり。


 そこにさらなる追い打ちが行われていく。


「て、敵旗艦の艦首が変形! なにやら突起のようなものが!」


 通信兵からの報告があがる。


 だが、もう遅い。


 すでにもうどうしようもないことだった。


 三叉の槍が現れ、眩い光が三叉の先端に集中していく。


「……終わりだな」


 ファフェイは言う。その言葉に側近は「ええ」とだけ頷いた。


「すなまいな」と謝りながら、ファフェイはまぶたを閉じる。


 まぶたを閉じて浮かんだのは、かつて「勝負」を挑んだ際に見た女王の笑顔だった。


「再見、我愛」


 その笑顔を思い浮かべながら、ファフェイは家の存続のためにみずから封じた想いを、かつては幾度となく女王に、アリシアに告げた想いを口にし、終焉の光をただ受け入れた。

アラセイトウ(Matthiola incana(英訳))は、キャベツ科アブラナ科の顕花植物の一種(wikipedia参照)。花言葉は「永遠の美」

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