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rev4-65 さらば

 とんでもない連中だなとつくづく思う。


 俺の目から見たら、天上の戦いとも言えるような一戦をやらかしたというのに、その後に穏やかに笑い合うなんざ、少なくとも俺の短くねえ人生の中では経験どころか、見聞きしたこともねえ。


 だが、その見聞も経験もない戦いが終わり、連中は笑い合っている。


 しかも、その戦いの中心だったふたりとも、自分たちのそばへと受け入れながらだ。そしてそれを当たり前のようにやりやがる。


(……見誤っていたようだなぁ)


 婿殿の器量は測り終えていたつもりだった。


 その測り終えた分だけでも、いままでの人生の中でも、一番の人物だったんだが、それでもまだ足りねえと来ている。


 まったく、ルクレもとんでもねえ相手に嫁入りしたもんだ。


 俺もあと50は若ければ、惚れていたかもしれん。


 そう思ってしまうほどに、婿殿の器量は群を抜いている。


 逆に、これだけの器量であれば、たしかに惚れてしまうのも無理はねえし、普段のルクレらしからぬ執着を見せるのも納得だ。……あいつみたいにな。


(……さぁて、戦もそろそろ終わりかね)


 イレギュラーの始末は終わった。


 あとは当初の目的通りだ。


 黒幕の始末。


 それを目指せばいい。


 手の込んでいるようで、ずさんな計画でこの国をひっくり返そうとしている相手には、こっちも同じように手の込んでいるようで、ずさんなやり方で意趣返ししてしまえばいい。


(まぁ、ずさんって言っても、奴さんよりかはだいぶ手を入れているがね)


 ずさんではあるが、こっちも懐刀を手放してまで盛大にやっているんだ。


 奴さんとしては、自分の計画がうまく進んでいるなんて、アホウな勘違いをしていることだろう。


 国主と側近の争い。


 それもかつてのお家騒動も込みとなれば、衆目はこの戦の本質を見誤ってしまうものだ。

  

 そこをうまいところ、黒幕は突いてくれた。


 突いてくれたものの、やっぱりずさんだ。


 というか、大雑把という方が正しいかね。


 考えているようで、考えていない。


 黒幕はそんな相手だろう。


 奴さんは自分の尻尾を掴まれていないと思っているだろうな。


 たしかに、この国の王が俺でなければ、奴さんの策通りの展開になった。


 矢面に立たせた相手の裏で糸を引きながら、自分の利益を最大限に得ようとしている。


(……狙いは王権かねぇ。まぁ、この国はたぶんいまのところは、聖大陸で一番豊かな国であるからな。その国の王となれるのであれば、策のひとつやふたつは講じて当然か)


 俺自身も似たような経緯で王位を継いだ。


 だから、奴さんのやり口を批難するつもりはねえ。


 だが、どうにも相容れないという感覚がしてならん。


 なにせ、自分がよければ他人などどうでもいいというやり口だ。


 しかも肉親さえも利用するってやり方だからな。


(……問題はどっちなのかが、まだ絞り切れねえってところか)


 黒幕をあぶり出すとは言ったが、実際のところは、ほぼほぼ特定は終わっている。


 爺さんも「どちらかであるのは間違いなかろう」と断言していた。


 どっちもガキの頃から面倒を見てきたからこそ、「まさか」って想いはどうしても付きまとってしまう。


 ただ、総合的に踏まえると、あのふたりのどちらかしかありえない。


 その一番の理由が、ファフェイが矢面に立たされたということだ。


 はっきりと言えば、ファフェイが俺を裏切ることはありえない。


 俺を出し抜こうと躍起になっていた頃はあれど、あれの本質から言って俺を裏切るということはあいつに限ってはこれぽっちもありえない。


 なにせ、物心付いたときから、何度も何度もこっぴどく扱ってやったというのに、「絶対に諦めない」って面で何度も何度も挑みかかってきたんだ。


 そんなあいつが俺を裏切る?


 馬鹿馬鹿しいにもほどがある。


 だが、黒幕殿はそんなあいつを近しいところで見ていたがゆえに、あれの本質を見極めることは出来なかったんだろう。


(まぁ、てめえの肉親の感情までは、それも若い頃から密かに抱き続けてきた感情なんざ、どれだけ優秀だろうと読み切れるわけもねえがね)


 だからこそ、表面上の情報だけであいつを矢面に立たせた。


 そのついでとばかりに、あいつに催眠を掛けようとしていた。あいつを体のいい操り人形に仕立てようとしたんだろうなぁ。


 そんなあいつを涙ながらに討ち取り、この戦における英雄になろうとしたんだろう。


 背信した家族を涙ながらに討つなんざ、世俗が好むお涙頂戴もののあらすじそのものだ。

 

 だからこその催眠。


 すべてはてめえの立身出世のために。


 そのためならば、親だろうが兄弟だろうが関係ねえってか。


(……いけ好かねえなぁ)


 改めて振り返ってもみても、黒幕野郎の策はどうにもいけ好かねえ。


 だが、もしいまのいままで気付かなかったら、黒幕野郎の思惑通りに事は運んでいただろう。


 まぁ、その策が最初から頓挫していたのも哀れな話ではあるんだがな。


(……ファフェイが言うには、黒幕はわかっているってことだが)


 やっぱり父親だからこそわかってしまうというのもあるんだろうなぁ。


 俺にはどちらかまでしか絞りきれなかったが、ファフェイにはどっちが黒幕なのかがわかっているようだ。


 そこまで己を理解してくれている父親を、己が欲望のために手に掛けるなんざ、どういう風に育てばそうなるんだろうなぁ。


 ファフェイのことだ。


 息子共には同じ教育をしたはず。


 傍から見ればわかりづらいが、あいつはあいつなりの愛情を、等しく注いできたはずだ。


 あれはそういう奴だ。


 そういう父親なんだ。


 それをわかってやれとは言わない。


 俺自身、父様が生きていた頃は、父様のことはそこまでわからなかった。


 父様の死後、ようやくあの人の偉大さが理解できたものだ。


 ……あまりにも遅い自覚だったがな。


 それは黒幕も同じなんだろうな。


 もしくは、わかっていてあえてやったのか、というところかね。


(後者であってほしくねえんだがなぁ)


 どうにも後者であるような気がしてならねえ。


 それでも、あえて自分で矢面に立とうとしたのは、ファフェイなりの愛情があるからこそ、か。


(「親の心子知らず」を、実際に見聞するなんざ、なんの因果かねぇ)


 見たくもないし、聞きたくもねえことなんだが、どうにもそう言っていられなくなってしまった。


 もっと速く尻尾を掴めればよかったんだが、そういうところは用意周到だった。


 どうあってもファフェイを操り人形にしたくてたまらないようだ。


(もしくは、これも策のうちか? 黒幕のではなく、協力者の)


 本当に哀れなものだ。


 最初から策は頓挫し、それを理解しないまま、肉親を犠牲にして、そして最終的には売国奴として始末される。その程度としか協力者には思われていない。


 哀れという言葉でさえも足りないほどだ。


(……それでも、ファフェイは犠牲になるか。てめえの息子のやらかしの責任を取るのか)


「……馬鹿野郎めが」


 最後の最後まで諦めねえって言ったくせに、中途半端なところで勝手に勝負から降りんじゃねえよって言いたいぜ。


「……ばぅ? おばーちゃんへーか?」


 二の姫君に抱きかかえられていたベティちゃんが目を覚ました。


 どうやら最後の言葉が聞こえてしまったみたいだな。


 そのせいで二の姫君にも俺がなにか言ったことがわかってしまったようだ。


 もっともベティちゃんにしろ、二の姫君にしろ、なにを言ったかまではわからないようだがな。


「……わりぃな、ベティちゃん。起こしちまったようだな」


「ばぅ。いいの。それよりも」


 じっと俺を見上げながらベティちゃんは、なにかを考えているようだった。感情を顔に出さないようにするなんてのは、とっくに慣れているはずなんだが、どうにもこの子の前では難しい。


 幼さゆえか、それとも魔物ゆえなのか。


 どちらにしろ、俺にとってのある意味天敵と言える存在だ。


 だというのに、愛らしくかわいいと思ってしまうんだから、困っちまうよな。


「どうかしたかい?」


「おばーちゃんへーか。げんきだして」


「……え?」


「すごくきずついているから。だからげんきだして、ベティにできることはなんでもするよ?」


 ベティちゃんは曇りひとつない瞳で俺を見つめていた。


 参ったもんだぜ。この子にはどうあっても敵いそうにねえ。


「……あんがとよ、ベティちゃん。ただ、「なんでもする」ってのは早々言わない方がいいぜ? なぁ、二の姫君」


「ばぅ? そーなの? イリアおねえちゃん」


 こてんと首を傾げながら、ベティちゃんが二の姫君を見やる。二の姫君は「そこで私に振りますか」と困惑していた。


「……アリシア陛下の仰る通り、「なんでもする」というのはあまり言うべき言葉ではありません。世の中にはとびっきり悪い人もいるんですから。その人相手にそんなことを言えば、とってもひどい目に遭いかねません。特にベティちゃんのようなかわいい子だと、とても大変なことになるかと」


「ん~。でも、ベティにはおとーさんがいるもん。おとーさんがいるからへっちゃらなの」


 ふふんと自信満々に胸を張るベティちゃん。その声が聞こえたのか、婿殿が振り返って「なにか言ったか?」とベティちゃんに声を掛けてきた。ベティちゃんは「ばぅ」と元気よく頷くと、二の姫君の腕の中から飛び降りると、一目散に婿殿のところに向かっていった。


 もっとも向かったはいいが、婿殿の腕の中はプロキオンちゃんでいっぱいになっていた。いままでおねんねしていたこともあり、そのことに気付いたベティちゃんは頬をぷくっと膨らましてプロキオンちゃんに噛みついてしまう。


 あとは、まぁ、うん。いつも通りの姉妹喧嘩の始まりさね。


 ベティちゃんはもちろん、プロキオンちゃんも婿殿が大好きだからこその争いってところか。


「……愛するが故にか」


 もしかしたら、俺は勘違いをしていたかもしれないな。


 黒幕はファフェイのことをなんとも思っていないと考えていたが、もしかしたらそれこそが間違いなのかもしれんな。


(……となると、黒幕は)


 ……あぁ、なるほど。合点がいった。


 どちらかであるのかはたしかだったが、いまはっきりとわかった。


 この件の黒幕はあいつしかいねえわ。


 ただ、わかっても、揃っているのは状況証拠だけ。


 確証と言えるものはなにもない。


 本人の口から語ってもらうほかない。


(……それがわかっているからこそかい? ファフェイよ)


 いまはいないファフェイ。


 何度こっぴどく扱おうと、どれほど泣かそうとも決して諦めることのなかった、まっすぐな瞳を思い出すと、なんとも言えない感傷が胸をこみ上げる。


「……再見、飛大臣」


 飛大臣。


 それがファフェイの字だった。


 もう会うこともないであろう奴への手向けの言葉を口にしながら、これから始まる終わりに俺はただ見つめたんだ。

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