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rev4-63 私はもう戻れないから

 剣がいつものように煌めく。


 風を切り裂き、音さえも超えて、閃光へと至る。


 閃光を無数に束ねていく。


 相手から見れば、光の嵐という風に見えることだろう。


 でも、手前がそうしようと決めたことじゃない。


 そもそも考えることさえもしていない。


 考える必要性がない。


 ただ、思うがままに剣を振るう。


 いつもそうだった。


 いつも、ただ剣を振るってきた。


 それはいまも同じ。


 面倒な駆け引きなんて必要ない。


 一閃を以て相手を制すればいい。


 一閃を以て、その首を落とせばいい。


 いつもそうしてきた。


 だけど、今回ばかりはそういうわけにはいかなかった。


 剣を振るっても、骨肉を断つ感触はなかった。


 あるのは、硬い感触だけ。


 それもどんな名剣でもありえないほどの硬度。


 そんな硬い感触が剣を通して伝わってくる。


 当然、手前の剣でも斬れない。


 相手の剣がそれほどの金属で打たれたものと言えば、まだ理解できなくもないけれど、相手は困ったことに素手だった。


 素手で以て、手前の剣をはじき返している。


 いったいどんな魔法を使っているのやら。


 そう、これはどう考えても魔法としか思えないことだ。


 素手が手前の剣をはじき返すことなどできるはずがない。


 そもそも素手で手前の剣に触れれば、腕を縦に切断されるだけ。


 どれほどの体術使いであっても、手前の剣と渡り合うことはできない。


 だというのに、いま目の前にはそれほどの体術使いが存在している。


 そして、その体術使いがかつての盟友だというのは、なんたる皮肉だろうか。


 盟友であるサラさん。


 手前と同じ、旦那様の女のひとり。


 ただし、旦那様に求められたことのない唯一の女性。


 そのことを本人は気にしていた。


 ただ、気にしながらも場の雰囲気を壊さないように、弄られる役をみずから進んで行ってもいた。


 手前では耐えきれないほどの責め苦だった。


 その責め苦を彼女は笑いながらこなしていた。


 竜族であるから見た目通りの年齢ではないけれど、それでも手前よりはだいぶ年下の女性。いや、少女相手に畏敬の念を抱くことになるとはいままで考えたこともなかった。


 それほどまでに彼女の精神力は驚嘆に値するものだった。


 加えて、手前と同じく鍛冶師でもある。腕前は手前から見ればまだまだではあるけれど、あと数百年打ち続けることができれば、稀代の名工と謳われるほどの腕前に至れるほどの逸材だった。


 自然と手解きやアドバイスを行うことは多くなった。そのすべてを彼女は素直に受け取ってくれた。


 代わりに、手前が想像もしなかった発想や手前が持ち得ていない情熱を彼女には与えてもらった。


 お互いに足りていないものを補い合っていた。まさに盟友と言ってもいい間柄だった。


 その盟友であるサラさんは、たしかに死んだはずだった。


 邪神に肩ごと右腕を切り落とされ、その身では決して使うべきではない秘技を、ドラゴンロードのみが扱える奥義を使い、その代償として命を落としたはずだった。


 もっとも、その死体は見ていない。


 彼女の遺体は、彼女自身が放った奥義によって生じた地割れに呑み込まれたらしい。


 だから、その遺体は誰も見ていない。


 だが、明らかに死んだはずだった。


 そう、あの邪神も断言していた。


 しかし、その彼女はいま手前の前にいる。


 それも当時とはまるで違う姿で。


 彼女の姉であるゴンさんと、風のドラゴンロードと同一化したような姿だった。


 左右で異なる姿は、ふたりをひとりに同一化したように見えてならなかった。


 それに切り落とされたはずの右腕があることも踏まえると、やはりふたりが同一化したというのは明かだった。


 その方法もまた。


 どう考えてもベヒモス様の手腕によるものであるのはたしかだった。


 むしろ、ベヒモス様以外に別々の人物をひとりに同一化するなんてことができるわけがない。


 となれば、サラさんのこの強さも理解できる。


 要は元々のサラさんの実力に、ゴンさんの力を上乗せしたのが現在の姿ということ。


 サラさんは言わずもがなだが、ゴンさんの力は手前よりかは劣っていた。


 そのふたりがひとりになり、その力を合わせたとあれば、手前と互角に戦えるようになるのも理解できる。


 ただ、納得できないのは、どうして素手で手前の剣をはじき返すなんて芸当ができるのかということ。


 サラさんはあきらかに素手だ。


 籠手をつけているようには見えない。


 どう見ても素手でしかない。


 その素手で手前の剣をはじき返す。


 やはり肯んじえない光景である。


 だが、それが目の前で繰り広げられているとあれば、もはや認めるしかない。


 目の前の光景が現実であることを認めるほかなかった。


「……お強くなりましたね、サラさん」


 剣と拳でのつばぜり合い。


 言葉の上でも、視覚上でもおかしな状況だった。


 手前の常識が狂わされてしまいそうな状況だった。


 それでもあえて笑みを浮かべながら、気安く語りかける。


 しかし、サラさんは答えない。


 熱のない瞳で、感情のない瞳で、じっと手前を見つめるだけ。


 戦っているはずなのに、その目はまるで戦いが行われていないようにしか思えない。


 もっと言えば、手前では戦いにならないと言われているような気がしてならなかった。


 少なくとも現在は互角であることはたしか。


 だが、手前はまだ全力ではない。


 それはサラさんも同じ。


 ただ、手前の全力とサラさんの全力どちらが強いのかまではわからない。


 そもそも、いまの力がサラさんにとってどれほどの力なのかもわからない。


 手前はせいぜい半分くらいで戦っている。


 サラさんもおそらくは同じだとは思う。思うのだけど、どうしてだろうか。サラさんの瞳を見ていると、妙な恐ろしさを感じさせる。底知れないなにかが、いまのサラさんにあるような気がしてならない。


 そう、それこそ──。


(──ベヒモス様を前にしているかのような。いや、ベヒモス様だけじゃないか。神獣様と対峙しているようだ)


 ──ベヒモス様を始めとした、神獣様たちを相手取っているような。そんなありえない感想を抱いてしまう。


 それほどまでに、いまのサラさんは底知れない。底知れないなにかが、いまのサラさんにはあった。


「黙りは寂しいですねぇ。どうされましたか? 旦那様の女の中で、ひとりだけ相手されなかったことをまだ気にされておりますか? ご安心ください。その程度のことなど誰も気にしておりませぬよ。ただ、あなたが末席でしかないというだけのことで」


 ニコニコと笑いかけながら、サラさんが気にするであろうことを、あえてサラさんを怒らせることを口にした。


 いままでのサラさんにとっては、逆鱗としか言いようのない話題。


 それはいまのサラさんも大して代わりはしないはず。そう思ったのだけど、サラさんは変わらず無言を貫いていた。


 まるで「過去はすべて捨てた」と言わんばかりの態度だった。


 目の前にいるのはたしかにサラさんであるはずなのに、その内面はもはや別物と化しているとしか思えなかった。


(……これ以上の無駄口は慎むべきですか。いくら押そうとしても、ひらりと躱されている。いや、躱されているというよりかは、いくら押しても意味がないという方が正しいか)


 押そうと思えば、いくらでも押せる。


 ただ、その先が計り知れない。


 それこそ永遠に押し続けることができるのではないかと思えるほどに。それも押したところでなんの痛痒にもならないというおまけ付きで。


 まだ年若い頃に、ジズ様の手解きを受けていた頃のようだ。


 あの頃は、いくら挑んでもジズ様に触れることさえ敵わなかった。


 だが、諦めることなく挑み続け、ジズ様は穏やかな笑みで見守ってくださっていた。


 そんなかつての記憶がなぜか鮮やかに蘇った。


 その意味を考えていると──。


「……もう喋らないのですか、ティアリカさん」


 ──それまで黙り続けていたサラさんが、いきなり口を開いた。


 あまりに唐突すぎて、不意を衝かれたという形になった。


 してやられたと思うも、サラさんの表情には変化は見えない。


 あまりにも泰然としていた。


 まるで手前を見ていないようにしか思えない。


 いや、手前など見る必要もないという方が正しいだろうか。


 ほんの少しだけ苛立ちが募った。


 剣を握る手に必要以上の力がこもっていく。


 落ち着けと自身に言い聞かせるも、そうできない光景がすぐそばで繰り広げられていた。


(……本当に困った方。あんな風に愛されたら、落ちてしまうのも当然ではないですか。羨ましいったらありゃしない)


 手前とサラさんがぶつかり合うそばで、旦那様がアンジュ様と口づけをされていた。それもルクレティア陛下には見えないようにしてだ。


 だが、それは手前とサラさんには見えてしまう。


 それともあえて見せているのだろうか。


 ただ、ふたりのそばにはあの子も、姫君が出来損ないと称した、シリウスちゃんのクローンがいる。


 ……もっとも、手前が知っている姿とはまるで違う見目になってしまっている。それこそ以前よりもはるかにシリウスちゃんそっくりになっている。いや、そっくりというか、シリウスちゃんそのものと言っていい。


 シリウスちゃんそのものではあるけれど、若干の差異はある。言うなれば、シリウスちゃんを知的にしつつ、旦那様への好意を一切隠さなくしたというか、だいぶ素直にした感じですかね。


 ほんのわずかな違いだけど、その違いをはっきりと感じられる。それこそ双子の姉妹と言っても差し支えがないほどに。


「……あの子が気になりますか?」


 サラさんがシリウスちゃんのクローンを見て、わずかに微笑んだ。


 それまで表情に変化を見せなかったというのに、あの子に対しては変化を見せていた。つけいる隙になるかとは思うけれど、手前にとっても同じ結果になりそうだ。


「……まぁ、少しは。シリウスちゃんにあまりにもそっくりになりましたからね、あの子は」


「そうですね。シリウスちゃんを知的にして、素直にしたという感じの子ですから。本当に双子の姉妹のようですよ」


「そうですね。もっともシリウスちゃんが聞けば、怒り出しそうではありますが」


「そういうところも、あの子のかわいいところです。そんなシリウスちゃんをプロキオンちゃんはきっとからかうでしょうね。「どっちが姉なのか」という言い争いに発展しそうです」


「あぁ、それはたしかに」


 見ることは敵わないはずなのに、その光景がはっきりと思い浮かべられる。


 シリウスちゃんとクローン、いや、プロキオンちゃんが仲睦まじく姉妹喧嘩をする姿が。


 そんなふたりをベティちゃんとカティが囃し立てるのもまた。


 ありえたかもしれない光景。


 その光景が、胸を締め付けていく。


「……やはり、あなたは母親であるべきです、ティアリカさん。いまのように剣鬼となるのは似合わない。剣を握ってもそれは「血刃」としてではない。「剣仙」としてあるべきです」


「……知った口を叩きますね」


「盟友ですからね。だからこそ、あなたを解放します。この拳を以て」


 サラさんが右拳を握りしめる。すると、その右拳が魔力に覆われていく。


 エンチャントかと思ったけれど、なにかが違っていた。


 そのなにかがなんであるのかを確かめようとするよりも、サラさんが動く方が速かった。


 気づいたときには、両腕ごと剣を弾き飛ばされていた。


 胴体を無理矢理こじ開けられてしまう。


 一瞬唖然となってしまった。そこにサラさんは素早く踏み込んできた。


 それもいままでの比ではないほどの速さで。


 手前でも知覚できないほどの速さ。


 いままでのサラさんにはない動き。


 その動きを見て、ようやく手前は自身の勘違いに気づけた。


「サラさん、あなたは、まさかっ!?」


 気づいた真実を口にしようとした。


 だが、やはりそれよりも速くサラさんは、右拳を握りしめた。


「忌まわしき呪いよ。我が友の体より離れよ!」


 握りしめられた拳がまっすぐに放たれる。


 まっすぐに放たれた拳が手前の腹部に突き刺さった。


 同時に全身を魔力が、いや、神力が駆け巡る。


「やはり、あなたがっ」


 とんだ思い違いをしていた。


 互角だと思っていた。


 だが、それが勘違いだったということをいま痛感した。


 互角であるわけがない。


 互角であっていいわけがない。


 だって、サラさんは、もう──。


「眠ってください、ティアリカさん。目覚めたとき、あなたは以前のあなたに戻ります。カティちゃんに「ママ」と懐かれていた頃のあなたにです」


 サラさんは笑っていた。


 とても寂しそうに。


 まるで「自分はもう戻れない」と言うかのように。


「あなたはまだ戻れるから」と言っているかのように。


 その想いに、その言葉に返事をしたい。


 そう思うのに、手前の意識は刈り取られていく。


 手を動かすどころか、目を開けることさえ難しい。


「……旦那様の力になってください。私にはもうできないのでぇ~。だから、私の分までお願いしますねぇ~、ティアリカさん」


 そんな私の耳に最後に届いたのは、気の抜けたような間延びした口調だった。サラさんらしいのんびりとした口調。その口調を最後に私の意識は完全に途絶えてしまうのだった。

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