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rev4-53 強襲

「──敵軍が沈黙したってさ」


 決戦は早速リヴァイアクス軍が大きな成果を上げた。


 開幕早々の砲撃の嵐。


 ルクレ曰く、国同士の戦であれば、そのようなことはしないらしい。


 国同士の戦の場合は、正規軍同士の戦いであれば、まず名乗りをするということだった。


 とはいえ、名乗りといっても、鎌倉時代の合戦みたく、ひとりひとりが名乗り出てという形ではない。まぁ、鎌倉時代の合戦の名乗りも、毎回やっていたわけではなく、戦況が硬直したときとか、兵の士気を高めるときとかだけであったみたいだけど。


 それはさておき。


 この世界における国同士の戦における名乗りというのは、単純に旗を掲げるということ。それぞれの国の国旗を一番上にして、次に正規軍のどの部隊であるのかの旗のふたつを掲げることが、この世界における国同士の名乗り上げとなる。


 まぁ、そもそも陸上であればともかく、水上や海上戦ではどれほど大声を張り上げたところで相手に聞こえるわけもないんだから、ある意味当然の帰結と言えることだった。


 だが、その名乗りをルクレはあえてしなかった。


 それはあの初戦のときも同じだ。


 ルクレは一貫として相手を正規軍と認めず、大規模な叛徒として見ていない。


 ゆえに名乗りなどは必要なく、ただ相手を蹴散らし殲滅することだけを考えている。


 対してファフェイ殿側は、国同士の戦という体のつもりだったようだ。


 考え方の違いがあった。


 だからこその、リヴァイアクス軍は真っ先に相手側に大打撃を与えることができたようだ。

 作戦本部にはいないから、具体的なことはわからないけれど、プロキオンを通してアンジュからの報告によると、相手の兵力の3割は削れたようだ。


 1割以上の損害は普通であれば、撤退ラインになる。3割になると潰走が始まるレベルだ。


 その潰走ラインの損害をたった一度の交戦で与えることができた。


 騙し討ちとも言える攻撃ではあったけれど、戦、いや、戦闘において正々堂々なんて言葉は存在しない。どんな手段であっても勝てばそれでよし。その手段は人によってラインが変わってくるが、少なくともルクレにとっては今回の策はライン内のようだ。


 大規模な叛徒を殲滅するのに、正々堂々を通すなんてバカのすることとかルクレなら言いそうだ。


 賛否は分かれることだろうけど、少なくとも作戦本部内で誰もルクレを否定しなかった。確実に勝つための布石のひとつであることは、誰の目から見ても明らかだった。


 アンジュも最小限の被害であればと納得したほどだ。


 その言葉にルクレは「そうですか」ととても冷たい声で頷いていたのが印象的だった。


 以前であれば、アンジュは狼狽えていたんだろうけれど、そのときのアンジュは挑むかのような目でルクレを見返していた。


 ルクレもアンジュも以前よりも、関係が悪化してしまっていた。その原因を作った俺自身が言うことではないんだけど。


「ねぇねぇ、パパ?」


 アンジュとルクレのことを考えていると、隣に控えていたプロキオンが袖を引っ張っていた。「どうした?」って尋ねるとプロキオンは「なんで1割で撤退ラインなの?」と首を傾げて聞いてきた。


 まさかの質問に、どうしたもんかなぁと思いつつも、実家で和樹兄と将棋を指しながら教えてもらったことを反芻した。


「ん~。パパも又聞きなんだけどね。たとえば、1万人の部隊がいるとしたら、その全員が前線で戦う兵というわけじゃないんだ」


「がぅ? そうなの?」


「あぁ。ちょうどいいからリヴァイアクス軍でたとえると、いまルクレに報告をあげている人は通信兵っていう人。他にも偵察任務が主な人。兵站担当の人や、食事担当の人もいれば、花形の砲撃担当の人に操舵担当の人とかいろいろといるんだよ。そして前線担当なのは接舷してからの白兵戦担当の人だけど、接舷するということは、相手側も乗り込んでくるということだから、基本的にはみんな白兵戦をすることにはなる。まぁ、得手不得手はどうしても存在するから、みんながみんな強いというわけじゃない」


「そうだね」


「少し話を戻すけど、ひとつの船だけでもこれだけの人数がいるのは、その人数がいないと船を動かすことができないからなんだよ。それはなにも船という枠組みだけの話じゃない。どの国のどの部隊においても、その部隊を維持するための兵というのは必ず必要になる。その兵と戦闘を担当する兵を含めて、ひとつの部隊となるんだ」


「……そっか。全体の人数で言えば、1割になるけれど、戦闘担当の人たちから見れば、同じ1割でもまるで異なるのか」


「そういうこと。仮に1万人の部隊のうち、3000人が戦闘部隊だとして、全体の1割の損害ということは、1000人だけど、その1000人すべてが戦闘部隊だったとすれば、戦闘部隊単体で見れば、すでに3割も人数が減っているということになる。まだ2000人も戦闘部隊は残っているけれど、それ以上の損害を出すと、後方支援の兵や指揮官を守ることができなくなってしまうからね。まだ全体では9割残っていたとしても、その時点で交戦だのなんだのと言っていられる状況じゃない」


「だからこそ、1割が撤退ラインなんだ。あくまでも安全に撤退できるラインが1割ってことだよね?」


「うん。まぁ、あくまでも今回のはたとえではあるから、常に1割の被害がすべて戦闘部隊というわけじゃないし、今回の戦だとあまり当てはまらないけど」


「それくらいはわかるよ。でも、この考えを基本とすれば、いろいろと応用が利くね」


「そうだね」


 プロキオンの頭に手を乗せて、手触りのいい銀髪を撫でつけていく。撫でながら内心では舌を巻かされていた。


 俺が和樹兄にいろいろと教わったときは、ここまで察しはよくなかったし、「なんで?」と何度も和樹兄に聞いたものだ。


 それをプロキオンはあっさりと理解してしまう。


 俺自身、専門家というわけじゃないから、これ以上の話は難しい。


 そもそも、俺は指揮官タイプではない。


 一応指揮はできると言えばできるけれど、あくまでも局地戦だけだ。いわゆる武将タイプと言えばいいかな。和樹兄のような局地戦どころか、全体の戦の指揮ができる智将タイプではなく、自ら最前線に躍り出て戦うというのが俺には合っている。


 それでも一応の概略くらいは説明できるんだが、プロキオンは俺のような武将タイプというわけではなく、和樹兄のような智将タイプになりそうだ。


 そもそも、いまの話だけでいろいろと応用できると言い切れる時点で、俺とは違っている。和樹兄と会わせたら、和樹兄が気に入ってかわいがってくれそうな気がする。……たぶん、ふたり揃って俺では理解できないレベルの話を平然とかつ楽しそうにしていそうだ。


「パパ? どうしたの?」


 現実的にありえそうな光景を夢想していると、プロキオンがすぐそばで首を傾げていた。きれいな銀髪も宝石のような紅い瞳も、雪のような肌もすべてシリウスと同じだった。


 それでいて雰囲気はシリウスとは違う。


 俺にとってはシリウスの双子の妹だという認識だけど、実際はシリウスのクローンにあたる子だ。


 同じ遺伝子を持っていたとしても、本人そのものというわけじゃない。そうなれば雰囲気が異なるのだって当然だ。


 だからこそ、俺にとっては双子の妹という認識になる。


 俺と恋香、カルディアとアンジュがそうであるように、シリウスとプロキオンもまた限りなく同一人物に近い別人だ。


 それをあの女は、アルトリアは認められなかった。


 だからこそ、プロキオンを迫害した。


 限りなく同じ存在に近いからこそ、些細な違いを受け入れることができなかった。


 でも、俺とアンジュの元にいる限りは、この子が迫害されることはもう二度とありえない。

 この子の将来は祝福されている。


 だからこそ、この子には作戦本部でじっとしていてほしいんだけど、頷いて貰えなかった。

 一度決めたら頑固なところは、シリウスとそっくりだ。


 それでもシリウスではない。


 プロキオンはプロキオンであり、シリウスの双子の妹なんだから。


 双子の妹と思うからだろうか。


 シリウスはカルディアによく似ているが、プロキオンはアンジュによく似ている。……さすがに性癖までは似ないでほしいけど、アンジュに似ているというのは事実だ。プロキオンに言えば、きっと尻尾を振り乱して喜びそうだ。


「パパ?」


 そう思っている間も、プロキオンは首を傾げていた。


 そういうところもかわいいし、どことなくアンジュと重なって見えてしまう。


「なんでもないよ。ただ、そうだね。ママに似ていると思っただけだよ」


「本当、パパ?」


 案の定、プロキオンは目をきらきらと輝かせて喜んでくれた。アンジュの性癖の餌食にあってガン泣きしても、それでもプロキオンにとってアンジュは大好きなママであることには変わりない。それはアンジュもまた同じ。アンジュもまた心の底からプロキオンを愛してくれている。それが俺には堪らなく嬉しいことだった。


「うん。もちろん。だからこそ、無事にママのところに帰ろうな」


「うん。私頑張る!」


 力強く頷くプロキオン。頼もしく思いつつ、その身が危険に遭わないことを祈っていると、当たって欲しくなかった想定が現実のものとなった。


「──パパ、来たよ」


 プロキオンが耳をしきりに動かし始めた。それからすぐに眼下を見慣れぬ兵たちが行き来し始めた。数は少なくとも100人くらいはいる。


「……やっぱり襲撃か。アルトリアがしそうなことだ」


 水上での決戦を行いつつ、その一方で作戦本部である「巨獣殿」を襲撃する。


 指揮官がふたりいるからこそできる芸当ではあるし、誰もが考え得ることではある。だけど、本当に実行に移そうなんて普通は思わない。でも、その普通ではないことをあえてやるのがアルトリアだ。本当にらしいとしか言いようがない。


「さて、やるとしようか、プロキオン」


「うん。頑張ろうね、パパ」


 プロキオンは頷いていた。プロキオンの手には魔鋼のナイフが握られている。ファラン少佐の麾下の皆さんから武器を借りることはできたけれど、その武器よりも俺の所持しているナイフの方が上等だった。


 形見の品であるけれど、きっとプロキオンを守ってくれるはずだ。


 俺たちがいまいるのは、アルトリアが指揮する兵たちの上。「巨獣殿」の縁にある切り立った崖の上だ。


 この崖を勢いよく降りきって襲撃をして、相手を撤退ないし殲滅させるのが俺たちの役目だった。


 特攻隊とも言える役目だから、プロキオンには付き合って欲しくなかったんだが、どう言っても頷いてくれなかったのだから、もう致し方がない。


 あとは俺ができる限り、プロキオンに目を配りつつ守ってあげればいい。


 そう決意を新たにしながら、アルトリアの兵が行き来するのを黙って見守っていると、やがて複数の屈強な兵に囲まれるアルトリアの姿を見つけた。俺たちには気づいていないようだ。


「……行こう、プロキオン」


「うん」


 短いやり取りを経てから、俺とプロキオンは同時に崖を滑るようにして勢いよく駆け降りていったんだ。

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