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rev4-52 圧倒

 砲撃の音が聞こえてくる。


 それもひとつやふたつではなく、無数に聞こえてくる。


 戦が始まったという証拠だった。


 しかし、それはファフェイの想い描いていた形とは大きく異なっていた。


 なにせ先制を取られるという形で、開戦してしまったのだ。


 伝え聞いた内容に、早くも頭を抱えたくなってしまった。


 だが、そうしている暇はない。


 こうして考えている間も、リヴァイアクス軍による先制砲撃が行われ続けている。


 正規軍同士の戦において、名乗りを上げることもなく、接敵と同時に攻撃をしてくるなど、ファフェイにとっては想定外のことではあった。


 想定外ではあるが、そこまで大きなものではない。


 可能性としてはありえると思っていたことのひとつ。


 同時に、「まさかな」とは思い、あえて大した対策はしていないことでもあった。


 前回の戦ではリヴァイアクス軍はこちらの手勢を全滅させている。つまり優勢側にある。その優勢側が開幕での先制砲撃をするわけがないと思ったのだ。そんなのは劣勢側が、乾坤一擲として行うべき策である。


 その策を躊躇なく行われてしまったのだ。大した対策もしていない現状で、それは決定的とも言えるものだ。 


 そのうえ、あの天上の調べとも言うべき歌により、虎の子とも言えたカオスグールが全滅し、こちらの戦力は想定よりも少なくなり、以前の半減以下となり、リヴァイアクス軍とさほど変わらなくなってしまっていた。


 だが、逆を言えばだ。余計な重りはなくなり、身軽になったと見ることもできる。もっとも白兵戦時の切り札であったカオスグールが全滅したことはいかにも痛いが、戦において想定通りに事が運ぶことなどありえない。


 それにカオスグールが全滅した際の策はすでに発動している。あくまでも次善策ではあったものの、その次善策を使うことになるとは。


 加えて、名乗りさえ許さない先制砲撃である。


 国と国の威信を懸けた戦ではありえないことだ。


 つまり、彼の女王──ルクレティアにとっては、此度の戦は国同士の戦ではなく、正規軍による大規模な叛徒狩りという程度でしかないのだろう。


 先制砲撃もその一環。賊徒相手に名乗りなどいらぬということなのだろう。賊徒にはただ死を。それも国家転覆を狙うような叛徒にまで至った者たちに正式な戦の対応などいらぬということだろう。本当に勇ましいことであるとファフェイは心の底から思った。


「……まったく。これだから顔のいい女は恐ろしい」


 ため息交じりに呟いたのは、ここ数日で何度も思ったことである。


 外見が美しい女ほど、鋭く危険な棘を隠し持っている。それをこの数日で嫌というほど理解させられた。


 だからと言って、まだ負けたわけではない。


 先制砲撃によって、こちらの艦隊には相応の損害が生じてしまっているが、それでも鍛え上げた軍である。虚を突かれたものの、黙ってそれで終わるわけもない。


 それにリヴァイアクス軍の砲撃も徐々に減りつつある。延々と砲撃し続けることはできない。補給と砲の冷却の時間が必要だからである。砲撃の量が減ったということはそういうことだった。


「準備終了、いつでも開始できます」


「よし、反撃開始」


 中央本隊にはまだ損害は出ていない。両翼にはそれぞれ損害が出ているものの、まだ軽微だった。


 盛り返すことは可能だった。


 そこにファフェイは反撃の準備ができた知らせを聞き、すぐさま反撃の指示を出す。


 こちらの砲撃が放たれる。


 艦橋からそれを眺めながら、今度はこちらが損害を与える番であるとファフェイは思っていた。だが、その思惑は大きく外れることになる。


 なにせ、こちらの砲撃は相手との中間の距離に至ったところで打ち落とされてしまったからだ。


 それも一発、二発という程度ではない。そのすべてが悉く打ち落とされていく。その光景はファフェイにとっては想定外という言葉でさえ言い表すこともできないほどに衝撃的なものだった。


「……これは、なんだ?」


 それでも、どうにか絞り出した声に応える者はいない。


「懐古者」たちの同志だちも、あまりにものな光景に言葉を失っている。


 だが、そうしている間もこちらの砲撃は悉く打ち落とされ、相手への損害を与えることはできないまま、砲撃の限界にまで至り沈黙した。


「……いったい、なんだったんだ、いまのは?」


 わけがわからない。


 砲撃を砲撃で打ち落とすなんて聞いたこともない。むろん、見るのだって初めてである。


 そんなありえない光景が目の前で行われた。


 その衝撃にファフェイが打ちのめされてしまった。


 打ちのめされつつも、これで相手も一時的に砲撃はできないと思い至っていた。


 おそらく限界ギリギリまで砲撃しただろうから、すぐに砲撃を再開できないはず。


 幸いなことに被害はそれなりに出てしまっているが、全体から見れば軽微と言えるもの。であれば、報復を行うには十分だ。


 ただ、砲撃はこちらもまだできない。


 となれば、だ。取れる手段はただひとつ。


「接舷して白兵戦を行う。全体進軍せよ」


「了解」


 接舷しての白兵戦。


 お互いに砲撃を打てない以上、取れる手段はそれ以外にない。


 ゆえにファフェイはこれ以上後手に回らないためにも、即座に進軍を指示する。


 小型船と中型船がまず進発し、その後を大型船が追尾し、より大きな陣形を描き始めた、そのとき。


 先発していた小型船、中型船を砲撃の嵐が襲った。


「……は?」


 またもや想定外の光景だった。


 それは同じく艦橋にいる「懐古者」の幹部たちも唖然としていた。


 その間も先発隊は黒い嵐の被害に遭い、ついにはその数を減らしていく。その中には主戦力である大型船も含まれてしまっていた。


 まさかの砲撃により、小型船は3割、中型船は1割、大型船は数隻を失うことになった。全体の損耗率は3割を超えている。


 撤退ラインを超えて、すでに潰走してもおかしくないほどの損害であった。


 開幕早々にそこまで追い込まれてしまった。


「……想定外にもほどがあろうよ」


 立ちくらみしそうになったファフェイは、腰掛けていた席に深々と座り直した。座っている場合ではないのはわかっているが、こうでもしないとまともに思考できないのである。


 砲撃の嵐を受けた時点で、進軍は停止している。正確には、沈んだ船の残骸により、そのままでは進撃できなくなってしまっていた。


 大小様々な船の残骸は、ファフェイ側にとっては地上戦における馬防柵のように進軍を阻んでいる。


 ファフェイ側にとっては、進軍を阻む壁であるが、リヴァイアクス軍にとっては福音とも言える壁である。


 砲撃を砲撃で打ち落とされるため、下手に砲撃はできない。


 かといって、接舷してからの白兵戦も残骸によって簡単には行えない。


 リヴァイアクス軍にとっては、まさに福音である。


「……再度の砲撃の準備を急がせろ。対象は残骸。一斉掃射によってルダの藻屑とせよ」


「お待ちください。まだ行動不能となっただけの船もおります。まだ乗組員も生存しているはず」


「ですが、相手はそれを待ってくれますまい? ここは党首様のご意志どおりに、貴い犠牲になってもらうしか」


「ですが、それではあまりにも!」


「なら、どうすればいいのです!?」


 幹部たちによる怒号が飛び交っていく。


 伝令の同志が右往左往としているが、ファフェイにしてもこの騒ぎを落ちつかせる余裕はない。


「……本当にこれだから、顔のいい女という奴は」


 開戦して間もないというのに、あっという間に追い込まれてしまっている。兵たちがいる最前線も、ファフェイたちが詰める旗艦の艦橋でもだ。


 これで相手側は総指揮官であるルクレティアが乗船していないというのだから、遠隔で指示を受けているというのだから笑えない。


「……ファランが「敵わない」というのも納得だな」


 次子であるファランは、ことさら武芸に秀でて、軍才もある自慢の息子のひとりだ。その自慢の息子が以前リヴァイアクス軍との合同演習において、ルクレティア率いる隊にいいようにあしらわれ、散々に打ち砕かれた。その後にファランは「ルクレティア陛下にはどうあっても敵う気がしない」と珍しく弱音を吐いていた。


 そのときはファフェイも「勝負は時の運とも言う」と励ましを送ったのだが、ファランには「あれはそういう問題ではない」と吐き捨てられてしまったが、そのときのファランの気持ちがいまようやく理解できたとファフェイは思った。


「……まぁ、よい。これで相手の目は釘付けにできたであろうしな」


 水上戦が派手になればなるほど、臭い消しには十分となる。


 もう臭い消しは十分すぎるほどだ。


 あとはどうにか時間稼ぎに徹すれば、こちらの勝利は間違いない。


 ファフェイの本心としては、水上戦でもはっきりとわかる勝利を目指したいところだが、それがほぼ不可能であることはいまはっきりと理解できた。


 となれば、残すは次善策である。よもやこちらが本命となってしまうとは思いもしなかったが、これもまた時の運というものだろう。


「さて、お手並み拝見とさせていただこうか、アルトリア姫よ」


 いまここにはいない同盟者であるアルトリアの手腕を拝見するべく、ファフェイは改めて佇まいを直し、不敵な笑みを浮かべるのだった。

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