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rev4-47 恐ろしい女たち

「──以上で、口減らしは完了しました」


 濁った目だった。


 濁りきった目でだった。


 氾濫したルダの水のように。


 いや、それ以上に濁った目をしている。


 だが、その一方で美しい少女ではあった。


 年甲斐もなく、目を奪われてしまいそうなほどに美しい少女だった。


 その美しい少女の目が、澱み濁っている。


 それでもその見目ゆえからか、誰もが一瞬呆けしてしまっている。


(……美姫と言われるのもわからんでもない)


 ファフェイは目の前にいる少女を見やりながら思った。これは魔性の美であると。


 下手に踏み込めば、心だけではない、その魂さえも奪われかねないほどの魔性であると。


 見た目の年齢だけで言えば、せいぜい14、15歳くらいだろうか。


 まだ成人にも達していない年齢であるというのに、それほどの美を身につけている。いったいどんな半生を過ごせば、そうなれるのか。ファフェイにしても見当がつかない。


「どうされました? 左大臣様?」


「……いえ。少々関係ないことを考えておりました」


「お珍しいですね。して、なにを?」


「なに、あなた様は本当に可憐な美姫であるとね」


「あら、これはこれは。嬉しゅうございます」


 にこりと笑う美姫。


 だが、その笑顔が作り物であることはあきらかだ。


 それでも、ファフェイを旗頭にした「懐古者」の同志たち。特に幹部であり、この会議に参加している面々の中で、大半のものが目を奪われてしまっている。


 ただでさえ、美しい少女がにこやかに笑っているのだ。


 目どころか、心を傾けてしまっても無理からぬことだ。


 たとえ、その笑顔が作り物であったとしてもである。


「しかし、申し訳ありませぬが、私は心に決めたお方がおりますゆえ」


「そうでしたな。年甲斐もないことを口にしたことをお詫びいたします」


「いえいえ、お気になさらず。あのお方に出会っていなく、左大臣様がそうですね。あと30歳ほどお若ければ、一晩のお相手に立候補したいところでしたが」


「ははは、これは残念ですなぁ。美姫と謳われし「三姫将」の長たるアルトリア姫に、そこまでの評価をいただけているとは。このファフェイ、光栄の極みでございます」


 美姫──アルトリアにとファフェイもまた笑みを返した。……心にもない言葉を口にしながら。


「それで、左大臣様」


「なんでしょう?」


「いまさらなことではあるのですが、よろしかったのですか?」


「ふむ。口減らしのことですかな?」


「ええ。いくら肥大したとはいえ、数は力であります。その力をわざわざここで意味なく浪費するというのは、軍学的には下策も下策では?」


 アルトリアが告げた言葉は、同志たちからも言われたことだった。


 今回進軍させたのは、最近になって参加した食い詰めものが中心となった部隊だった。


 たいていは、ファランなどの若手の将校たちが捕らえた山賊、それもルダの氾濫によって農地をまるごと失った村の落ちぶれた連中たちだが、農地を失ったとしても、人品がまともであれば、働き口はいくらでもある。


 だが、それでも山賊になるという道を選んだ時点で、もともとどういう品性だったのかは窺い知れる。


 中には他国から流れてきた連中もいるだろうが、居場所を失って流れ着いた先が山賊である時点で、落ちぶれた連中同様にその品性など容易に窺えるというもの。


 そんな連中でも、数が揃えば一定の力にはなる。


 一定の力にはなるだろうが、そうなる前に時が訪れてしまった。


 まだ数が揃ったというほどではない。


 中途半端に肥大化するという形で終わってしまった。


 であれば、肥大化した部分を除去する必要がある。


 一定の力にならなかったものなど、邪魔以外の何物でもない。


 だからこそ、処分した。


 同志たちも、アルトリアも処分することには賛同していた。


 中途半端な連中など、力にならなかった連中などをいつまでも抱えていても仕方がなかった。かえって足並みを乱す原因にしかならない。はっきりと言えば、足手まといでしかない。

 だから、処分することにためらいはなかった。


 問題となったのは、処分する方法であった。


 どうせなら、相手を疲弊させるために、決戦前にぶつけて相手を疲弊させるための死に兵に使えばいいという意見が多かった。アルトリアもその意見に賛同していたが、そこは党首としての意見を強硬させた。


 普段はそんな強硬することはない。


 だからこそ、同志たちもアルトリアも驚いた顔をしていたが、最終的にはファフェイの意見を呑み、死に兵たちを出撃させることができた。


 死に兵たちも初戦を任せると言うと、士気を勝手に高めてくれた。


 そのための餌として、相手の総大将となるルクレティアの肖像画を見せた。


 もし、この戦で相応の手柄を立てれば、この娘を好きにする権利をやろう、と言ったら、連中はにべもなく頷いていた。


 わざわざドレス姿の肖像画を見せたというのに、連中はルクレティアの見目の虜になっていた。


 元農民や流れ者共の集まりとはいえ、まさか近隣の大国の王の顔を知らな意というのは、ファフェイにとっても想定していなかったことではあった。


 だが、どれほど想定外であっても、連中の士気を高められたことには変わりない。


 もっとも鼻の下を伸ばし、舌なめずりしていた姿を見せられたことを踏まえると、成果はプラマイゼロと言えることではあったが。


 そうして死に兵たちは意気揚々と戦場に向かい、そして全滅したようだ。


 敗北は確定的ではあった。


 そんなことはすでにわかりきっていたことだった。


 問題なのは、全滅という結果である。


 ファフェイの予想では、せいぜい半壊程度。


 半分は死に、半分は逃げ出すという予想だった。


 逃げ出した先で今度は盗賊になる可能性もあるだろうが、そうなる前にルダ周辺の魔物の餌になるだろうと想定していたのだが、まさか逃げることさえも許さずに、全滅させるとまではさしものファフェイでも想定していなかった。


 おそらくは、同志たちもアルトリアでさえ想定していなかったことだろう。


 ここまで苛烈な采配をした理由は、「叛乱軍には躊躇など必要ない」ということを示すため。


 言うなれば、初戦を見せしめに使われてしまった。


 ルクレティアは見目麗しく、その見目に相応しいほどの温厚な女王だった。


 だが、どれほど温厚であろうとも、自身や友好国の王に牙を剥くのであれば、どうなるのかを初戦でもって世に知らしめたのだろう。


 この初戦で、ルクレティアの名前はより広く知れ渡ったことだろう。


 反逆者には一切の躊躇なく滅ぼす冷徹なる女王として。


 その印象はメリットもデメリットもあるだろうが、メリットに対してのデメリットはあまりにも軽い。


 女王ルクレティアの怒りを買うことがどういうことなのかが、この戦いで誰もが理解した。少なくともリヴァイアクスないし、リヴァイアクスの友好国で暗躍しようとする者はいなくなったも同然だ。


 それは治世が安定し、治世が安定するということはそれだけ優れた王であるという証左となる。


 それに対して、冷徹であるという印象は、あまりにも軽すぎるデメリットでしかない。


 むしろ、そのデメリットでさえも、優れた王がもつ一面として。国を真に思うがゆえの酷薄になるという風に捉えることさえ可能となるだろうから、事実上デメリットなどないと言ってもいい。


 そうなるようにあえて苛烈な采配をしたのだろう。


 すべてルクレティアの掌の上という結果に今回はなってしまったということだった。


(……これだから見目がいい女は怖い)


 誰もが目を奪われるほどの美貌をもつからこそ、その内面が恐ろしくなる。それは目の前のアルトリアも、ルクレティアも、そして現女王であるアリシアも同じだ。


 美しい花には棘があるというが、その棘には致死の毒が含まれていることを3人はこれでもかと示している。


 そしてその恐ろしい女たちと全員になにかしらの関係を持っているのが、あのレンという少女だった。


 その少女の傍らには、やはり見目麗しい少女たちがいた。


 そのひとりである、あまりにも美しすぎる銀髪の少女をファフェイは思い浮かべた。


(あれくらいかな? 見目がよくても恐ろしくない女というのは)


 銀髪の少女アンジュは、レンの周りの少女たちに比べても、見劣りしないどころか、圧倒的に勝っていた。


 それこそ、あのルクレティアや目の前にいるアルトリアとて翳むほどだった。


 もっとも言動がかなり残念であるため、その美貌がかなり損なわれてしまっており、普段はルクレティアの美貌を食うことはない。


 だが、ふとしたときに見せる憂いを秘めた表情は、ファフェイ自身がとっくに失ってしまった情欲を煽るほどだった。


(あれはあれで恐ろしくあるが、しょせんはそれだけ。それ以上になりうることはない)


 アンジュは3人とは別の意味で恐ろしいがそれだけだと思えば、それ以上の恐怖はない。そう改めてアンジュを評価したとき、慌ただしい足音とともにまだ年若い同志が慌てて会議室に飛び込んできた。


「き、緊急事態です! か、カオスグールが消滅しました!」


 耳に飛び込んできた言葉を、ファフェイは理解することができなかった。


 それは会議室に詰めていた同志たちはもちろん、アルトリアとて呆気にとられて口を開けてしまうほどだった。


「どういうことだ?」


 ファフェイは額を抑えながら年若い同志に尋ねると、その同志は動転しながらも事情を説明した。


 曰く、突如として天上の調べとも言うべき歌が聞こえてきたそうだ。そのあまりにも美しすぎる歌に呆けていると、疑似太陽の半分を覆っていたカオスグールが突如として消滅したという。


 それも疑似太陽に取り付いていた個体だけではなく、アルトリアが用意したというカオスグールのすべてが一斉にだ。


 そのあまりにもとんでもない内容にファフェイは貧血が起きたかのように、目の前がぐらりと揺れたような気がした。


「……アルトリア姫。此度の件について、あなたの意見を聞きたいのだが」


「……申し訳ありません。私にもわからないです。あえて言うとすれば、その歌とやらがカオスグールを浄化し尽くしたということなのでしょうが、そんなことができるのはよほど強力な巫女くらいで──まさか」


 アルトリアが目を見開いた。


 その様子にファフェイは嫌な予感がした。


 同時に、再びアンジュの顔が脳裏に浮かぶ。


 どうして彼女の顔が浮かんだのか。そう思った矢先、アルトリアが体を震わせながら口にした。


「まさか、巫女として覚醒したというの? アヴァンシアではそんな様子を見せていなかったというのに?」


 アルトリアは愕然としていたが、拾えた単語から導き出した答えはひとつだった。


「……アンジュ殿、か?」


「……ええ、信じられないことではありますが、どうやら巫女として覚醒したようです。となれば、こちらの手勢はほぼ封じられたも同然です。あの女が巫女として覚醒したのであれば、カオスグールは完封させられてしまいます。あの女の力は、「解放の巫女」は我らの手勢との相性が最悪ですから。それもこちらにとっては」


 アルトリアが忌々しそうに顔を歪めていた。


 さきほどまで変わらない見目であるのに、いまの表情を見て「麗しい美姫」と思うものは誰もいないだろう。


(……本当にこれだから顔のいい女は)


 幾重ものの意味でため息を吐きながら、ファフェイはこれからの劣勢を憂いたのだった。 


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