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rev4-46 悠久の歌

 また来てしまった。


 一日で二度も来るとは思っていなかった。


 でも、不思議とここに来てしまう。


 どうしてか、ここの庭園に足を運んでしまっていた。


「……ふぅ」


 小さく息を吐く。


 故郷であれば、それだけで真っ白な息が見えるけれど、ここでは白い息は見られない。


 とはいえ、故郷でも、いまごろの時期なら白い息を見ることはない。


 コサージュ村はいまの時期であれば、春の祭りを行っている頃。


 長い長い冬を乗り越えたお祝いとして、みんなでどんちゃん騒ぎをしている頃。


 場合によっては、近隣の村々を巻き込むこともあります。


 長い冬を今年も乗り切れたという喜びを辺境の村全体で分かち合うために。


 でも、それももう見られないかもしれない。


 コサージュ村は村そのものが凍り付き、村のみんなは決して解けることのない氷によって彫像と化している。


 近隣の村に至っては、誰がやったかはわからないけれど、皆殺しにされているそうです。


 先王様とアーサー陛下にはそのことを伝えてあるため、そろそろ慰霊をされている頃かもしれない。


 ルリさんからは無念の死があれほどに重ねられていると、下手をすれば呪われた土地になりかねないと以前言われたことがありました。


 そのためには慰霊をして、しっかりと無念を晴らす必要があると仰っていました。


 特に、辺境の村や今回の戦のように、無念を抱きながらの死者が大量にいればいるほど、慰霊の規模は大きくなる。そして今回の戦ほどの規模になれば巫女の力が必要ということでした。


 その話をされたときは、まだ私自身巫女の力に目覚めていないどころか、自分が巫女の血筋であることも知らなかったので、他人事のように頷いていました。


 決して他人事ではなかったのですけど、あまりにもスケールの大きすぎる話だったため、どうしても生返事になってしまっていたんです。


 辺境の村の慰霊がどれほどの規模になるのかはわかりませんけど、それなりの規模の慰霊になることでしょう。


 もしかしたら巫女の力が必要になるかもしれませんし、必要ではないのかもしれない。


 ただ、どちらにしろ、私は一度故郷に戻りたいと思っています。


 その頃には慰霊は終わっているだろうけれど、それでも私は故郷のために鎮魂歌を歌いたいと思っています。この戦が終わったときと同様に、死者の冥福を祈るための鎮魂歌を。


「……いまのうちから練習しておこうかな?」


 ふと思いついたのは、いずれ来る本番のための練習でした。


 あいにく祈りの歌と言うと、母神様へと捧げるものしか知らないのですが、さすがに鎮魂歌とするには問題があるかもしれません。


 かといって、他に祈りを捧げるための歌は知らない。


「……どうしようかな」


 どうしたものかと頭を悩ませていた、そのとき。


『あー、あー、あー。聞こえているー? 私とは違って、ちっぱいなアンジュー? お姉ちゃんのかわいい玩具なアンジュちゃーん?』


 なんとも言えない声が、久しぶりなお姉ちゃんの声が聞こえてきたのです。……久しぶりだというのに、のっけからかっ飛ばした内容でです。


「……聞こえているよ、お姉ちゃん」


 はぁと小さくため息を吐くと、お姉ちゃんは「それならいいや」とあっけらかんに答えてくれました。のっけから誹謗中傷を喚いてくれたというのに、そのことをまるで気にしていないのを踏まえると、この姉は本当にいい性格をしていると思います。


『ん? どうしたの、アンジュ? 成長痛が胸に来ないことを悩んでいるの? 大丈夫だよ、アンジュ。アンジュにはその手の成長痛は絶対に来ないから。アンジュは永遠のちっぱいだから、安心してね?』


「誰がそんなことで悩んでいるか!」


『え? アンジュだよ? だって、私みたいにおっぱい大きくないもん。アンジュはちっぱい・オブ・ちっぱいだから、ちっぱいなのを気にしているんでしょう?』


「いちいち、頭にくることを言いますね、この姉は!」


 どうしてこの姉は、いちいち私を怒らせるのやら。いや、私を怒らせることに長けているのやら。まったくわかりません。


『え? だって、最初から言っているでしょう? アンジュはお姉ちゃんのかわいい玩具だって。弟妹というものはね、兄姉にとってはただの玩具でしかないの。それはアンジュも同じ。だってアンジュはお姉ちゃんの妹。つまりはお姉ちゃんに弄られるのはアンジュの宿命なんだよ』


 はっきりと無茶苦茶なことを言う姉に、私が頭を抱えたのは言うまでもありません。たしかにそういう扱いを受ける弟妹も中にはいるでしょうが、ここまではっきりと言わなくてもいいと思うんですよね。まぁ、言ったところでこの姉が聞いてくれるはずもないですけど!


「あぁ、もうどうしたら、この姉を黙らせられるんだ!?」


 せっかく、人がシリアスに考え事をしていたっていうのに、それまでの流れを完全にぶった切ってくれましたよ。なにがしたいんだ、この姉は本当に。私はより一層頭を抱えていると、姉は「んう?」となにかに気づいたのか、「へぇ?」と興味深そうになにかを見ているようでした。


「……なにかありましたか、お姉ちゃん?」


 聞かないとなにやら面倒くさそうなことになりそうだったので、渋々と尋ねてあげると、お姉ちゃんが言ったのは予想外のものでした。


『いやぁ、なんだか懐かしいなぁって思ってね。かなりうろ覚えではあるんだけどさ』


「うん? なにがです?」


『いまアンジュがいるところ。いまはたしかベヒリアにある「巨獣殿」にいるんだよね?』


「ええ、それが?」


『なんだか、受け答えが冷たいなぁ。まぁ、いいや。その「巨獣殿」の庭園がうちのとそっくりだったから、懐かしいなぁって思って』


「うちのと?」


 言われて「はて?」と首を傾げました。


 コサージュ村にある私の家にはたしかに小さな庭はありましたけど、こんな手の込んだものではありませんでした。というか、一年の大半が雪に埋もれていた庭でしたので、ここまで手入れをしても意味がないので、ほったらかしにしていたんです。


 その庭とここの庭園はまったく結びつかないものでした。


 この姉はいったいなにを言い出すのやらと若干呆れていると、姉の、いえ、お姉ちゃんの言葉の真意はすぐにわかりました。


『うん、私とアンジュの実家の庭園にそっくりだよ。たしか』


「じっか」


『うん、私とアンジュの祖国にあった実家だよ』


 言われてすぐには理解することはできませんでした。


 祖国の実家。


 そう言われても、私が知っているのはコサージュ村にあるあの家だけ。


 ほかの家は知らなかった。


 だから、そっくりだと言われてもどう反応すればいいのか、わからなかったんです。


 そんな私にお姉ちゃんは「ちょっと待っていてね」と言うと、なにやら「あーでもない」とか「こーでもない」と言い出していました。


 いったいなにをしているんだろうと思っていた矢先──。


『あ、これだね。ちょっとごめんね』


 ──お姉ちゃんはなぜか謝られたのです。いったいなにをしようとしているんだろうと思っていると、不意に頭の中に見たことのない光景が浮かび上がったんです。


 真っ先に見えたのはいままでほぼ見たこともないような、立派な豪邸でした。


 壁はすべてが真っ白で、その壁の合間合間には、いくつもの窓があり、その窓は見上げられないほどに高くまで続いているうえに、その窓は数え切れないほどにあって、その分だけ部屋もあるようでした。


 豪邸というよりかは、城館と言った方が近いんじゃないかなと思うほどに立派な家。その家の中庭には、たしかに「巨獣殿」の庭園にそっくりでした。


 針のような葉の背の高い木に、彩り豊かな魚が泳ぐ池、無数にある鉢植えとその中にはやはりなにかしらの木々が植えられていて、そのどれもがひとつとて同じ姿ではないのです。


 城館の中庭にあるものとしては、あまり合っていないような気もしますけど、それでも「見事だなぁ」と思わざるをえないほどに、手の込んだ造りの中庭でした。


 その中庭の一角に、一組の男女がいました。その姿に私は息を呑みました。


「父さんと母さん」


 その中庭にいたのは死んだ父さんと、蒸発してしまった母さんでした。


 ふたりは仲睦まじく寄り添い合って中庭を散策していました。


『へぇ。あの人が父様なんだ。……優しそうな人だね』


 お姉ちゃんの声が少しだけ硬い。でも、それが無理をしているからなのはすぐにわかった。

 その理由がなんであるのかなんて考えるまでもない。


「うん。すごく優しかったよ」


『……そっか』


「うん」


 私自身うろ覚えではあるけれど、父さんが優しかったのは本当のこと。それを伝えるとお姉ちゃんは寂しそうに「そっか」と言ったのです。もう会うことも敵わない父さん。その父さんに会ったことがないお姉ちゃん。その反応はある意味当然のものでした。


『……もうわかっているかもしれないけど、ここが私たちの実家だよ。私自身うろ覚えではあるんだけどね』


「どうして?」


『途中で引っ越したからだよ。だから、ここに私が住んでいたのは、ほんのわずかな時期だけだから』


「そう、なんだ」


『うん。そうだよ」


 今度はさっきとは真逆で私が感慨深くなってしまった。


 憶えのない家。でも、そこが私とお姉ちゃんの実家であることは父さんと母さんがいることら事実なんでしょう。


 思い出はない。


 それでもここが私の本当の家だったんだということを、素直に受け入れることができた。


「……本当にそっくりだね」


『お姉ちゃんの言ったとおりでしょう?』


「悔しいけどね」


『素直じゃないなぁ、アンジュは』


 やれやれとため息交じりに言うお姉ちゃん。どの口がと言いたいところでしたが、あえてなにも言わないことにした。そのときでした。


『~♪』


 聞き覚えのない調べが、不意に聞こえてきたのです。


「これって?」


『あぁ、婆様の歌だよ。婆様の家に伝わっていた歌。もともとはうちの爺様の家にも伝わっていた歌だったそうだけどね』


「うん? どういうこと?」


『そっか。そのことも知らないもんね、アンジュは。うちの爺様と婆様はもともとは親戚だったんだよ。何代も前に分派して、別の一族になったけど、元は同じ一族だったの。その分派した際に、それぞれに受け継いだものがあったらしいんだ。そのひとつがこの歌。もともとは始祖様から代々受け継いだものらしいよ』


「始祖様」


 始祖様と聞いて、どっちのだろうと思いました。


 いまの私たちの家の始祖であり、お姉ちゃんと同じ名前の人なのか、それともそのさらに源流にあたる巫女であるのか。


『……アンジュの疑問に答えるとすれば、両方だね』


「両方?」


『うん。始祖様っていうのは、私と同じ名前である人、始祖カルディアのこと。だけど、その始祖様も始祖様の家に伝わっていたものをそのまま受け継いだってことだから、この歌は源流にあたる巫女様のものでもあるんだってさ』


 お姉ちゃんは疑問に答えてくれましたけど、なんだか妙な言い回しをしていました。まるで誰かに教えてもらったことをそのまま伝えているかのようです。その誰かが誰なのか。思い当たる人はひとりだけいました。


『クラウディア様に教えてもらったの?」


 思い当たる人はひとりだけ。原初の神という、アヴァンシアで出会ったあの不思議な女性でした。たしか、あのとき、あの人はお姉ちゃんと一緒に住んでいるとかなんとか言っていたので、お姉ちゃんに教える人がいるとすれば、あの人くらいな気がしたんです。


 そしてそれは予想通りでした。


『……あまりその名前は言わない方がいいんだけど、まぁ、その通りだね。というか、いまこうして実家の映像を見ているのもその人のおかげだから。対価として体をまさぐられているけど』


「いや、どういうこと?」


 今回ばかりはまったく意味がわからなかったです。


 どうして対価が体をまさぐられるのか。まったく意味がわかりません。


『お姉ちゃんに言われても困るよ。この人曰く「あの子の子を産むのに相応しい体かどうかを確かめているんだけど?」ってことらしいけど。その割りには手つきがかなりねちっこ、ちょっと待って、そこはダメです。待って待って待って、旦那様以外は本当にダメだから!』


 珍しくお姉ちゃんが慌てている。そんな珍しすぎる光景に目が点となりましたけど、その間もおばあちゃん?のものらしい歌は聞こえてくる。


 その歌を聴いていると、自然と口が動いていた。


 初めて聞いたはずなのに、歌詞も音程もわからないはずなのに。


 私は自然とその歌を口ずさんでいた。


 口ずさむと同時に、私の中でなにかが広がっていく。


 暗闇の中にぽつんとある火。


 熾ったばかりの火。


 でも、その火はたしかに深い闇を払っていた。


 その火を受け入れる。


 体の中に、火を熾し、その火を体の隅々にまで広げていき、そして──。


「目覚めなさい。悲しき呪縛から。その身を、その心を、解き放ちなさい」


 ──おばあちゃんの歌にはなかった、最後の言葉を口にすると、白い炎が視界の端に見えた。


 その白い炎はみずからの意思を持つかのように、ゆっくりと空へ立ち上り、そして弾けて広がっていった。


 その光景を私はぼんやりと見やりながら、再び歌を口ずさんだ。


 お姉ちゃんの声はぼんやりと聞こえていた。


 でも、いまはその声よりも、歌を歌うべきだって思った。


 どうしてなのかはわからない。


 わからないけど、いまはただ歌を歌いたい。


 この真っ白な炎が悲しみを解き放つまで。


 歌い続けていたい。


 そう思ったんです。


 私はまぶたを閉じた。


 閉じながら歌う。


 すべての悲しみを解き放ってくれることを祈りながら。


 悠久のときを経て伝わったこの歌をいつまでも歌い続けていたい。


 そんな衝動に身を任せながら私は歌った。


 いつまでも、いつまでも、その歌を歌い続けたのでした。

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