rev4-45 苦悩の道を往きて
最近、私事なのですが、「にじさんじ」のあまみゃこと、天宮こころさんに惹かれつつあります←
いや、でも一番はこんれーなですけども←エ
まぁ、言うとすれば、どっちもかわいい←ヲイ
さて、今回はルクレ視点。ビター気味です。ご注意を。
普段とは違う場所でした。
置かれている機材も、その置き場所も、私が普段使っているキッチンとはまるで違っていました。
普段のキッチンと違うのは当然。ここは私の城ではないのだから。普段と様子が異なるのも当然のこと。
違いを挙げようと思えば、ほかにもいろいろと挙げられる。
たとえば、気温や湿度の差もあるし、標高差だってある。それにキッチン自体の広さも当然違う。
他にも普段のキッチンと違うところは、いろいろとあります。
それでも常備されている食材には、ほぼ違いは見られない。
せいぜい、リヴァイアクス産の物よりも、小麦粉の質がいいくらいでしょうか。
リヴァイアクス産の小麦粉だって、かなり質がいい。代々の女王ないし王女たちがお菓子作りを得意としてきた影響で、自然と麦の質がよくなっていったのです。
おかげで、リヴァイアクス産の小麦粉は、とても質がよく、そんじょそこらの小麦粉には負けないほどの、自慢の特産品でもあるのです。
もっとも、そうなった理由も、アリシア陛下が開発された肥料を使用しているためです。
アリシア陛下の肥料は、基本的にはベヒリア国内のみで流通されていますが、国内使用分に比べれば微々たるものですが、一応輸出されてもいます。
リヴァイアクスは古くからベヒリアとの友好国であるためか、輸出品の肥料をどの国よりも多く輸入させて貰っているのです。そしてリヴァイアクスの麦には、その肥料をふんだんに使わせているのです。
もっとも、すべての麦に使っているわけではなく、王家の直轄地で育てられている麦にだけ肥料を使い、特産品としているのです。
その特産品の麦は、通称「大蛇の恵み」と言われていて、「大蛇の恵み」は基本的に国外への輸出品として取り扱っていますが、一部は国内で流通させてもいます。そして城に常備してある小麦粉はすべて「大蛇の恵み」を加工したものです。
そのため、非常に質がいいはずなのですが、残念ながら「巨獣殿」に常備している小麦粉は、「大蛇の恵み」の小麦粉よりも上質のようでした。
「……当然と言えば、当然なんでしょうけど、なんでしょうね、この圧倒的な敗北感は」
ボウルに入れた小麦粉に触れていると、なんとも言えない敗北感がありました。
お菓子を作りに来たというのに、気晴らしのための行為だったはずなのに、どうしてここで追加のダメージを負わなければならないのか。理不尽にもほどがあると思います。
とはいえ、無理もないことでもあるのです。
なにせ、「大蛇の恵み」はアリシア陛下の肥料を用いて生産しているもの。
そしてアリシア陛下の肥料は、ベヒリア国内でその大半を使用している。
対して「大蛇の恵み」は、ベヒリア国外へと輸出されるわずかな分を利用している。
同じ利用しているでも、ふんだんに利用できるのと、わずかな分を利用するとでは、結果が異なるのも当然の話です。
それでも、「大蛇の恵み」が上質な高級麦であることは事実です。
その高級麦と同等ないしそれ以上の麦が平然とベヒリア国内では流通されている。その事実はこれでもかと私の心を打ちのめしてくれるのです。
「思えば、アリシア陛下とのスイーツ対決のときも、小麦粉の質に愕然としましたけど」
ベティちゃんのためにルクレを作りましたけど、そのときも小麦粉の質の差に衝撃を受けましたが、いま使おうとしている小麦粉は、あのとき以上のものでした。
こうして触れているだけで手汗を搔くレベルで、めちゃくちゃヤバいですね。
だけど、一度封を切った以上、使わないという選択肢はないのです。
私は意を決して、小麦粉とあらかじめボウルの中身を混ぜ合わせました。
作っているのはクッキーです。
卵黄とバターと砂糖を混ぜ合わせたものに、小麦粉を加えたのです。ただ、加えてすぐにあまりの質の良さに愕然としてしまい、ボウルから零れてしまった分を触って確認していたのですが、やはり質がいいですね。羨ましいくらいに。
「……羨ましい、か」
ぽつりと呟きながら、ボウルの中身を掻き混ぜる。元々の中身と小麦粉がほどよく混ざり合うのは、いつも通りの光景でした。
普段となんら変わらない。卵黄とバターで黄色く小麦粉は染まっていく。
小麦粉と一口に言っていますが、旦那様が言うには、薄力粉というものらしいです。
旦那様の世界では、小麦粉は用途毎に複数のものに別れていて、お菓子を作る際には薄力粉を使用するそうです。
それはこの世界でも変わらないそうですが、この世界では小麦粉は小麦粉というだけです。確かに用途毎に分けられているものの、呼び方は同じ小麦粉となっています。
もしかしたら、魔大陸では用途毎に分けて呼ばれているかもしれませんが、少なくとも私の知る限りでは聖大陸で、小麦粉を用途毎に言い分けている国はないはずです。
まぁ、そもそも旦那様が「旅人」であるからこその認識の違いなんでしょうね。
「……認識の違い、か」
またぽつりと呟いてしまったのは、つい先ほどのこと。
アンジュ様との言いあいについてです。
アンジュ様は、今回の叛乱軍との初戦で投入された部隊が、ほとんどが死に兵であるという事実に衝撃を受けていました。
その死に兵たちを私は全滅させました。
もっとも、ひとりひとりの息の根を止めたわけじゃないです。
乗っていた船を撃沈させただけ。
これが海上であれば、その時点で死亡は確定しますが、ルダは川とは思えない規模ではありますが、海ではないのです。海ほど底は深くなく、そして陸地からもそう離れていないので、必死に泳げば陸地にたどり着くことは可能です。
……ただし、水中に魔物が潜んでいなければですが。
ルダの水面が紅く染まりきったのは、砲撃によるものが大半でしたが、船から運良く脱出できた兵がその後魔物の襲撃を受けたのも理由のひとつなのです。
どうやらあの近辺は魔物の棲息域でもあったみたいで、船から慌てて飛び降りても、魔物の餌食となった兵もかなりの数はいたようです。
その魔物の襲撃から逃げおおせても、あの騒ぎと血の臭いで陸地に棲息する魔物を呼びよせたでしょうから、陸地にまでたどり着いても結局魔物の餌食になってしまった兵もいるでしょうね。
ゆえに、海上戦ではありませんでしたが、あの初戦で生き残った叛乱軍の兵はいないはずです。
事実上の全滅。死に兵を全員殺し尽くしたと言っても過言ではないのです。
だからこそ、アンジュ様は私に噛みついたのです。
死に兵とわかっていて、相手を殺し尽くす采配をした私をです。
私とて、殺したくて殺したわけじゃない。そう言ったところで、あの人は私を認めようとはしないでしょうね。
「……なにも知らないくせに」
ボウルを掴む手に、必要以上の力が入ってしまう。
わかっている。
わかっているのに、どうしてもダメでした。
アンジュ様に、いえ、あの女に批難されるということが私にはどうしても我慢ならなかった。
のうのうと過ごすだけで、なにも知らないくせに。
王としての責務も、その際に生じる苦難も、あの女は知らない。
そして指揮官としての苦悩も、あの女はわからない。
「……家族がいる? そんなのわかっているよ。誰にでも家族はいるんだから」
あの女は言った。
あの死に兵たちにも家族はいたんだと。
その人たちを皆殺しにしたのかと。
ちゃんちゃらおかしいですよ。
そんなこと、知らないわけがないでしょうって。
そうあの女に向かって言ってやりたかった。
だけど、そんなことを言えば、あの女はより一層食ってかかるに決まっていた。
あの場にはベヒモス様もアリシア陛下も、そして旦那様たちだっていた。
そんな場で感情をむき出しにするわけにはいかなかった。
だから、できる限り自分を抑えたつもりでした。
けれど、どれほど抑制しても、口にしてしまった言葉は攻撃的なものばかり。
中には言い過ぎてしまったと思うものもある。
それでも、自分を止めきることができなかったのです。
「……殺したくて殺したわけじゃない」
人を殺そうなんて思うわけがない。
できることなら、殺したくなんかない。
だけど、国を守るためには、国に害を及ばさないためには、非情な手を打つしかないこともある。
今回はまさにそれ。
殺すしかなかった。
そうしないと、場合によってはリヴァイアクスにまで害が及ぶかもしれない。
叛乱というのは、そういうもの。
だから、叛乱軍はその存在事態を許してはならない。
徹底的に滅ぼすしかないのです。
その苦悩をあの女は知らない。
知らないくせに、善人ぶったことを言い募ってくれた。
頭に来るのも当然のことでした。
でも、普段ならどうにか抑えられた。
だけど、今日に限っては無理でした。
だって、あの女は旦那様に手を出したのだから。
決定的な場面を見たわけじゃない。
でも、一時的に退出したふたりが戻ってきて、その雰囲気の違いに気づけた。
旦那様もあの女も取り繕っていた。
悟られないように取り繕ってはいた。
だけど、私にはわかってしまった。
あの女は私の最愛の人に手を出したのだと。
旦那様に抱かれるために、あの小芝居を打ったのだと。
それがわかった瞬間、冷静さは消し飛んだ。
それでも、あのときは戦の最中だった。
だから、指揮官としての仮面を被ることで自分を抑えることができた。
腸が煮えくらせながらも。
そんなときに、あの善人ぶった言葉をぶつけられた。
自分を抑えきれなくなるのも当然でした。
「旦那様も旦那様です。どうして? 私がいるのに。あんな女に」
目頭が熱くなっていく。
頬を熱いしずくが伝っていく。
悔しさなのか、怒りゆえなのか。
どちら由来のものであるのか。
私にはわかりませんでした。
わからないまま、私はただ頬を伝う熱に耐えることしかできなかった。
複雑に入り混じった感情を、目の前のボウルの中身のように、めちゃくちゃになった感情を持て余すことしか私にはできなかったのです。
「どうして?」
呟いた言葉への返事はない。
私の中でしか反芻してくれない。
そんな事実に私はただ打ちのめされていくのでした。




