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rev4-43 一時の幸福を

人によっては拒否感があると思う内容になりました←

途中で「アカン」と思ったら、無理せずブラバお願いします←

 自分でもよくわからなかった。


 なんで、アンジュを抱きしめているのか。


 自分でもよくわからない。


 でも、こうして抱きしめていると、不思議と安心できた。


 アンジュのぬくもりを感じるのは、片手で数えられる程度だった。


 最初は、アンジュを化け物から助け出したとき、その次が巨大化したプロキオンから飛び降りたとき、その次がコサージュ村が壊滅したとき、その次は、アヴァンシアでアンジュが寝ていたとき、今回で5度目になる。


 その時々でアンジュへの気持ちは異なっていた。


 いや、正確に言えば、4度目の頃から、アンジュへ向ける気持ちは大きく変わっていた。


 それこそ、自分でも戸惑うくらいに。


 その戸惑いはいまもなお感じていた。


 その一方で、心地よさがあった。


 アンジュのぬくもりを感じることが、なによりも心地いい。


 久しく得られていなかった感情だった。


 最後に得たのは、カルディアと再会し、一夜を共にしたときかな。


 あのときほど、心地よさを感じたことはない。


 ようやく取り戻せたって思ったから。


 ずっと、ずっと求めていた人を、ようやく取り戻すことができた。


 もう二度と会えないと思っていた人と、アルカディアへと旅立ったはずのカルディアと再び出会えたこと。だからこその心地よさ。だからこその幸せだった。


 その幸せも長続きはしなかった。


 あれから間を置くことなく、カルディアとはまた別れてしまった。


 それもカルディアだけじゃない。


 あの日、俺はすべてを失ったのだから。


 なにもかもを失ってもまだ俺は生きている。


 生き抜いた先で、カルディアを想わせる人と出会えた。


 でも、その人が、アンジュがまさかカルディアの実妹だというのは、どういう皮肉だろうか。


 どれほど似ていても、アンジュはカルディアじゃない。カルディアもまたアンジュではない。


 わかっていることだ。


 それでも、俺はアンジュとカルディアを重ねてしまっている。


 この心地よさもふたりを重ねているからじゃないかと思えてしまう。


 でも、そう思う自分がいると同時に、「それは違う」とも思う自分がいた。


 アンジュだからだと。


 カルディアと重ねているからじゃないと。


 アンジュだからこそ、心地いいんだと。


 そう叫ぶ自分がたしかに存在していた。


 それが意味することは、ひとつだけ。


 俺は、アンジュを愛してしまっている、ということ。


 ルクレという結婚したばかりの妻がいるのに。


 その妻とは別の人を俺は愛してしまっている。


 ルクレへの想いがないわけじゃない。


 ルクレといると幸せな気持ちになれる。


 ルクレのぬくもりを感じていると、満たされる気持ちになれる。


 でも、どこかで物足りなさを感じていたようにも思える。


 愛おしいと思っているのに、身を焦がすような情熱的な想いがあるはずなのに。


 アンジュを前にすると、色を失ってしまう。


 アンジュを前にすると、他のすべてがどうでもよく見えてしまう。


 どうかしていると自分でも思う。


 それでも、求めてしまうのは、欲しているのはルクレじゃなかった。


 いつも、目で追ってしまっていたのはアンジュだけだった。


 カルディアと重ねているからだと最初は思った。


 でも、いまこうして触れ合ってはっきりとわかってしまった。


 自覚してしまった。


 俺は、アンジュを愛している。


 ルクレを想う以上にアンジュを想ってしまっていた。


 許されないことだろう。


 王配となったのに、愛するべき伴侶とは別の女性に気持ちを向けてしまっている。


 それは到底許されることじゃない。


 それでも、願ってしまう。


 アンジュが欲しい、と。


 ついさっきも感情が暴走していた。


 あのとき、もしベティたちが通りがからなければ、俺はきっとアンジュを適当な部屋に連れ込んでいたと思う。


 鍵を掛けて誰も入れないようにして、そしてきっとそのまま……。


(ベティたちが通りがかってくれて助かったんだろうな)


 ベティたちが通りがかってくれたことは、運がよかったのだと思う。


 あのとき俺は自分を抑制できていなかったから。


 だから、助かったといまでは思う。


 それはいまも同じだ。


 ベティたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。


 ふたりはいま庭園内を駆け回っている。


 楽しそうにはしゃぐ声は、すぐ近くから聞こえてくる。


 もし、ふたりがこの場にいなかったら、行き着くところまで行っていた。


 してはいけないことを俺はしていたと思う。


 ……いまさらなことと言われれば、否定はできないわけだけど。


 魔大陸にいた頃、俺は何人もと関係を持っていた。


 そのことを思えば、いまさらだとは思う。


 もし、俺が王様であれば、何人と関係を持ったところで問題はない。


 後継ぎを作ることもまた王としての責務だからだ。


 でも、俺は王ではない。


 俺は王配だ。


 ルクレとしか関係を持ってはならない存在だった。


 ルクレと挙式をした以上、俺はルクレ以外の女性と関係を持つべきじゃない。


 そうわかっていた。


 わかっているのに、自分を止めることができていない。


 それは──。


「……顔をあげてほしい、解放の巫女よ」


「……だめ、です」


「なぜ?」


「……だって、神子様は」


「君が嫌なら。私を嫌っているのであれば、それでいい。だが、もし君が私を少しでも想ってくれているのであれば、顔をあげてはくれまいか?」


 ──いまも同じだ。


 普段の俺らしからぬ言葉遣いで、アンジュを見やる。アンジュは小さく息を呑みながら、「ずるい、です」とだけ言うと、遠慮しがちに顔をあげてくれた。


 アンジュはいまにも泣きそうになっていた。宝石のような紅い瞳が涙に濡れている。不謹慎ではあるのだけど、とても美しかった。その美しさに惹かれて俺は顔を近づけた。


「……だめ」


 でも、アンジュはとっさに俺との間に手を差し込む。両手で押し返すようにして、俺の胸に触れた。だけど、その力はとても弱々しく、そのわずかな力がかえって俺を駆り立てた。少し強引に距離を縮める。


 アンジュは「だめ、です」とわずかな抵抗を試みていた。でも、その抵抗さえもあっさりと乗り越えた。


「っ」


 アンジュがなにか言おうとしていた。


 でも、その言葉を封じるようにして、彼女の唇を奪った。


 アンジュがわずかに目を見開く。


 でも、すぐにその目はゆっくりと閉ざされた。


 胸に置かれていた両手がそっと降り、静かに俺の背中に回された。


 背中に両手が回ったのを契機にして、触れる角度を変えつつ、彼女の背中に手を回す。


 まるで組み伏せるようにして、アンジュの体を傾けていく。


 繋がった唇の端から唾液がこぼれ落ちていく。


 それがどちらのものであるのかは、もうわからない。


 一度顔を離し、アンジュの口元を濡らす唾液を舐め取った。


 アンジュの体が小さく震える。


 単純にくすぐったかっただけなのに、その反応が堪らなく愛おしい。


「……アンジュ」


 声を掛ける。


 アンジュのまぶたが開かれ、火照った瞳が俺を射貫いた。


 もっと火照らせたい。


 その瞳を、その顔を、その体をも。


 そして俺も火照りたい。


 彼女の火照った体の熱で。その熱で俺も火照っていたい。


 どうしようもない衝動が体を駆け巡る。


 理性という歯止めを悉く打ち壊していく。


「いいか?」


「……はい」


 主語なんてないはずなのに、お互いの気持ちが通じ合っていた。


 離れた距離を再びゼロにする。


 触れ合っていただけのさっきとは違う。


 軽やかな水音を共に奏でていく。


 アンジュはまたまぶたを閉じている。


 まぶたを閉じながらも、俺に合わせて動いてくれていた。


 その姿がなによりも愛おしい。


 欲しいと思った。


 いますぐにアンジュが欲しい。


 暴力的とも言えるような、荒々しい感情が俺を包み込む。


 その感情にただ従っていく。

 

 もう場所なんて、誰がいようとどうでもいい。


 いまはただ、目の前にいる愛おしい人を感じられればそれでいい。


 深く繋がり合いながら、アンジュの服に手を掛けた──。


「ばぅ? おねえちゃん、まっくらで見えないの」


 ──ところで、ベティの声が聞こえてきた。


 その声に揃って現実に戻ってきた俺たち。


 慌てて、体を離すとそこにはベティの目を両手で覆い隠すプロキオンがいた。それも顔を真っ赤にしながらだった。


「……あ、あの、これは、その、違ってな」


「……し、シリウスちゃん。あの、これは、そのね」


 プロキオンの視線を浴びながら、しどろもどろになる俺とアンジュ。だが、当のプロキオンは顔を真っ赤にするだけでなにも言わない。


 その間もベティは「ばぅ?」とひとり状況を理解できないままでいる。


 そんななんとも言えない時間がどれほど経ったのだろうか。


 プロキオンがついに口を開いた。


「あの、ぱぱ上、まま」


「な、なにかな?」


「ど、どうしたの?」


「……ふたりが仲良しさんなのは、私嬉しいんだけど、時と場合を考えた方がいいと思うの。この場には私とベティしかいなかったけれど、もし、イリアおねえちゃんや、ルクレさんがいたら、とっても面倒なことになっていたと思うよ?」


 それはぐうの音も出ないほどの正論だった。


 実際、俺とアンジュはそれぞれに声を詰まらせてしまったし。


 そんな俺とアンジュを見て、プロキオンは「困ったぱぱ上とままなんだから」とため息を吐いてくれる。


 愛娘の中では次女の立場にあるプロキオン。次女として言うべきことを言うというスタンスは非常にありがたく、しっかり者さんだなぁとしみじみと思う。


 ただ、そのしっかり者さんなところが、こんなところで弊害を生み出すとは思わなかったわけだけども。


「とりあえず、私はなにも見ていなかったことにするよ? それでいい?」


「……ハイ、アリガトウゴザイマス」


「……ヨロシクオネガイシマス」


 俺とアンジュは揃って頭をさげた。そんな俺とアンジュを見て、プロキオンは「はぁ」と大きめなため息を吐いてくれた。完全に呆れられてしまったようだった。


「ぱぱ上」


「な、なんだい?」


「……ちゃんと決めた方がいいよ?」


 それはまたもや主語はなかった。


 でも、言いたいことは痛いほどに理解できることだった。


「……わかっている」


「そう。なら、いいや」


 そう言ってプロキオンはベティの目を覆っていた手をそっと離す。ベティは「ばぅぅ」とむくれながらプロキオンを見上げ、プロキオンは苦笑いしながら、ベティを抱っこした。


「ベティ、ここだとやっぱり危ないから、別のところにお散歩しよう」


「ばぅ? ベティ、ここでいいの」


「うん。ここは広いからそうしたいところだけど、やっぱりいろいろと物があるからね。それにあまり走り回っていると、池の中のお魚さんが驚いちゃうから。ベティだってお魚さんを驚かせたくないでしょう?」


「……ばぅん」


「だから、別のところにいこ? それにそろそろベティはおねんねするでしょう?」


「そんなことないもん」


 ぷくっと頬を膨らますベティ。だけど、心なしかそのまぶたは少しずつ下がりつつある。全力で遊び回るからこそ、体力の限界を通り越してしまうというのは、小さな子供特有のもの。それはベティにも当てはまる。


「無理しないの。ほら、お昼寝しにいこ? おねえちゃんも眠たいからさ」


「……ばぅ、わかったの」


 プロキオンはわざとらしくあくびを搔くも、眠気と戦っているいまのベティにはそれを見抜ける余裕はなかったのか、素直に頷いてくれた。


「それじゃ、ぱぱ上、まま、また後で」


「おとーさん、アンジュおねーちゃん、またなの」


 ひらひらと手を振ってふたりは一足先に庭園を後にしていく。


 ふたりを見送り、その背中が完全に見えなくなった頃、アンジュがぽすっと小さな音を立てて俺の肩に頭を乗せた。


「しばらく、このままでいていいですか?」


「……いいよ」


「ありがとうございます」


 アンジュはそう言うとまぶたを閉じて、俺に体を預けてくれる。そんなアンジュの体をそっと抱き寄せた。


 腕の中のぬくもりは繋がり合っていたころよりも、少しだけ遠い。


 それでも、たしかに彼女がここにいる。


 いまだに残響は聞こえる。


 でも、もう気にはならなかった。


 アンジュももう受け入れてくれていた。


 ありがとうとごめんの両方を思いながら、俺はアンジュのぬくもりに浸った。


 遠くで続く戦禍から背けて、いまはただ愛おしい人のぬくもりを感じていたかった。


 許されざることだとわかっていても、それでもなお、自分の心を偽りきることはできなかった。


 できないまま、ただぬるま湯のような心地いい時間を、一時の幸福を噛み締めていった。

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