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rev4-41 遠い戦禍

 アリシア陛下との偶発的な茶会の翌日。


 ルクレが遠隔から指揮する対叛乱部隊とファフェイ殿を旗印にした叛乱軍の戦いが始まりを告げた。


 もっともそれは戦いと言ってもいいかどうかもわからないほどに、一方的なものだった。


 ベヒリアの首都リアスは大河ルダの上流にあり、陸を通っての進軍よりもルダを遡上しての進軍が一番速い。


 それは叛乱軍側にも言えることだった。


 南北に縦断するように流れるルダがあるため、移動という点において、ルダを利用しないという手はない。


 そしてルダがあるからこそ、この国の戦は基本的に水上戦が多い。そのため、この国の軍はだいたいが水軍となる。正確には水陸両用部隊が基本となっている。


 そして水上戦の足は当然船となる。つまり、リヴァイアクス軍と重なる部分が多くあるということ。


 まぁ、陸地のある水上と陸地までが遠く離れた海上では、若干感覚が異なるそうだけど、船を主軸にするという意味合いでは同じだそうだ。


 以前、ルクレからリヴァイアクス軍とベヒリア軍は、たびたび合同演習を行っているという話を聞いたことがある。


 だからだろうか、リヴァイアクス軍の進軍にはなんの迷いもなかった。


 ベヒリア軍からもルダの詳細を受け取っているとも言う。


 ルダの詳細っていうのは、なんでも水底の地形を正確に記したもので、海で言う海図と同じくらいに重要なものだということだった。


 当然叛乱軍側も水底の地形については熟知している。


 なにせ、この国に住んでいる連中だった。この国に住まうということは、どうあってもルダとの関わりを切り離すことはできない。


 つまり、自然とルダの地形については熟知している、はずだった。


 だが、通信用の魔道具を、声だけではなく、その場の光景も見られるタイプのものが映しだした光景は、俺の想像のはるか斜め上のものだった。


「敵船残りが軍艦2に、大型船5、中型は全滅させました。いかがなさいますか、陛下?」


「そのまま攻勢。両翼から締め上げよ。ベヒリアの民とはいえ、相手は叛乱軍だ。……叛乱を起こすということがどういうことなのかを示すため、容赦はするな」


「了解いたしました」


 通信用の魔道具から聞こえてきたのは、対叛乱部隊の一方的な殲滅戦だった。


 ルクレの麾下の部隊とはいえ、他国の地で一方的な戦いになるなんて、さすがに思っていなかった。


 当初、叛乱軍は川幅ギリギリまで布陣していた。


 両翼と中央に主軸と旗艦となる軍艦があり、その軍艦を囲むようにして大型船と中型船を配置させるという布陣。叛乱軍を3つの部隊にわけての布陣だった。


 それはルクレの対叛乱部隊も同じだった。


 違いがあるとすれば、主軸ないし旗艦となる軍艦の位置くらいか。


 ルクレ側は軍艦を先頭にして、その背後に大型船と中型船が続くという形だった。


 対して、叛乱軍側は軍艦を後詰めにして、その前を守るようにして大型船と中型船が配置されていた。


 それぞれの軍の有り様と言えばそうなのだけど、なんとも対極的な布陣だった。


 そんな対極的な布陣のふたつの軍はぶつかり合うと、あっという間に対叛乱部隊は反乱軍の布陣を噛みちぎるようにして進軍していった。


 というか、叛乱軍側は大した抵抗という抵抗を見せなかった。いや、見せなかったというよりかはできなかったという方が正しいだろうか。


 川幅ギリギリまで布陣していたせいか、その動きはやけに鈍かった。


 というか、まるで初めて船を動かしているんじゃないかと思う。でも、それも無理もなかった。


 川幅ギリギリまで布陣していたと言えば、まだ聞こえはいいけれど、実態は船と船の間がほとんどなく、密着しているようにしか見えなかった。それこそ、船と船の間を跨いで渡れそうな程度しか空いていなかったんだ。


 それでも操船の腕次第では、縦横無尽にルダを駆け巡ることもできたんだろうが、叛乱軍の操船技術は素人の俺から見ても、あまりにもお粗末だった。


 なにせ、味方同士でぶつかり合い、転覆するという船まであったんだ。リヴァイアクス軍を、ルクレの指揮する対叛乱部隊を畏れるがあまりに、対抗するために数を用意しようとした結果なのかもしれないと思うほどに。


 実際、叛乱軍の船の数は、リヴァイアクス軍の倍近くはあっただろうか。


 その船の数の分だけ乗せられる兵がいたというのは、驚かされてしまったけれど、結果的に言えば烏合の衆でしかなかったんだと思う。


 足並みを揃えるどころか、同士討ちじみた状況にまで至ってしまっていたせいで、叛乱軍は常に混乱していた。


 想定していなかった戦況だったためか、さしものルクレも空いた口が塞がらなかったみたいだ。


 でも、そこはさすがのルクレだ。呆れていたのはほんの一瞬で、すかさず一斉砲撃の指示を出した。旗艦であるリリアンナの主砲までは撃たなかったみたいだけど、砲弾の雨の前に叛乱軍は大きな、いや、大きすぎる被害を受けた。


 その結果、叛乱軍はほとんどの軍船を失った。


 その失った船の中には主軸である軍艦さえも含まれていた。さすがに一斉砲撃だけで軍艦を落としたわけではなく、一斉砲撃とその後の突撃で左翼側の軍勢が全滅し、その勢いにのってルクレ側の左翼が軍艦を一気に落としたんだ。


 左翼を文字通り殲滅したとき。つまりは現在叛乱軍の軍勢は事実上の壊滅状態になっていた。右翼側にはまだ大型船が4隻残っているけれど、中央には1隻しか残っておらず、その大型船にしてもほぼ沈没寸前にまで追い込まれていた。


 普通であれば、投降を勧告するのだろうけれど、ルクレはあえて投降の勧告をしなかった。

 いま俺たちがいるのは、「巨獣殿」の一室──昔は会議室として使っていたという部屋を借りて、そこを一時的な作戦本部にさせてもらっている。


 会議室の名の通り、部屋には大きなテーブルと備え付けられた椅子が置かれていた。備え付けだけでは足りなかったときのために、予備用の椅子も複数置かれていたが、今回は十分に足りるということで、予備用の椅子は使われていない。


 作戦本部に詰めているのは、ベティとプロキオンを除いた全員だ。


 ベティに見せるには過激すぎる内容だった。でもベティだけを別室に控えさせるわけにもいかないので、プロキオンはその世話をしてもらっていた。


 ちなみに座る順番としては、ベヒモス様とアリシア陛下にルクレが上座中央に座っている。アスランさんは3人の脇に控えていた。あとはルリとイリアがアリシア陛下側に、俺とアンジュがルクレ側に分かれる形で座って、テーブル中央の魔道具越しに戦況を眺めている。


 まぁ、戦況と言うのも憚れるほどに一方的すぎる殲滅戦だった。


 ルダの澄んだ水が赤く染まるほどに、悲惨すぎる光景だった。


 叛乱軍の兵士の死体が水上に浮いていた。


 手足どころか、頭を失った死体やもともとは人だったであろう肉塊が浮かんでさえもいる。臓腑はもちろん脳漿の一部さえも浮かび上がるほどに、ひどい光景だった。


(……ベティに見せなくてよかったな)


 いまだに過去に囚われているあの子に、この光景を見せようものであれば、発狂しかねなかっただろうから、別室に控えさせたのは正解だった。


(……でも、どうせなら)


 ちらりと隣を見やりながら、失敗したとしみじみと思っていた。


「……はぁはぁ」


「大丈夫か?」


「……だいじょうぶ、です」


「そうは見えないんだが。あまり無理しなくていいぞ」


「……私は、小さな村のものとはいえ、冒険者ギルドのマスター、ですから」


「……そうか」


「……はい」


「でも、見たくないと思ったら言え。見えないようにしてやる」


「……ありがとう、ございます」


 失敗したという要因は、隣で口元を押さえながら俯くアンジュだった。


 アンジュにとっては、こんな大規模な戦闘は初めてだった。


 それも、今回は中でも酸鼻極まる、酷いものだ。


 いくらか慣れている俺でさえも、気持ちの悪さを感じるほどのもの。


 少し前まで村娘だったアンジュにとっては、気持ち悪いどころの問題じゃない。ベティたちと一緒に控えさせるべきだったといまなら思う。


(……配慮が足りなさすぎたな)


 いくらなんでも、こんなひどい戦場の光景を見せるのは早すぎる。


 ベヒモス様を見やると、静かに頷かれたので、俺は席を立つとアンジュの腕を掴む。


 アンジュは血の気を失った顔で、力なく俺を見上げていた。


「出るぞ、アンジュ」


「え、で、でも」


「いいから来い」


 無理矢理アンジュを席から立たせると、俺はそのまま作戦本部を出た。


 外にはファラン少佐とその副官という男性が左右に分かれて控えていた。


「どうかなさいましたか?」


 出てきた俺たちに、ファラン少佐が怪訝な顔を浮かべた。


「……少し空気を吸おうかと思いましてね」


「……アンジュ殿のお顔を見る限り、相当の激戦のようですね」


「……だったらまだましでしたね」


「え?」


「いや、なんでもありません。少し離れますので」


「承知致しました。ここは安全でしょうが、ご注意くださいませ」


「ええ」


 ファラン少佐と副官さんが揃って敬礼をしてくれた。


 その敬礼を受けながら、俺はアンジュの手を取って廊下を進む。


 廊下を進みながらも、遠くからは砲弾の音が聞こえる。


 その音が聞こえるたびに、アンジュは震えていた。


 腕から手を離してアンジュの手を掴むと、アンジュは「……ぁ」と小さく声を漏らした。ちらりと振り返ると血の気の失った顔が、ほんのわずかに朱色に染まっていた。


 その顔を見ていると、おかしな気持ちが沸き起こってきた。


 それこそ、いますぐに壁に押しこんでやりたいというおかしな気持ちにだ。


 作戦本部前の廊下から一本曲がった通路にいるから、アンジュを壁に押し込んだところで誰に見られるわけでもない。


 それこそ、この場でアンジュを抱いても誰かに見られる心配はなかった。


「……レンさん?」


 アンジュが首を傾げる。


 その仕草がやけに眩しく見えた。


 この場で服を引きちぎり、裸にしてやったら、アンジュはどんな顔を浮かべてくれるだろうか?


 この場で処女を散らせたら、アンジュはどんな声で啼いてくれるだろうか?


 知りたいと思った。


 見たいと思った。


 聞きたいと思った。


 感情が暴発しそうだった。


 荒々しい感情に体が突き動かされそうになっていく。


「……あの、レンさん?」


 アンジュが不安げに表情を歪める。


 不安ではなく、快楽の色にその顔を染めてやりたい。


 自然と手を掴んでいた方とは逆の手がアンジュにと伸びた。


 アンジュの頬をそっと撫でた。


 頬に触れた際に、柔らかな銀糸の髪が手の中でくしゃりと潰れる。


「……レン、さん?」


 アンジュの表情がより朱色に染まっていく。


 自然と目を細めて、顔を近づけようとした、そのとき。


「おとーさん?」


 不意に声が聞こえた。いまいる廊下の曲がり角、作戦本部よりも先の曲がり角からベティとプロキオンが現れた。


「ぱぱ上、どうしたの? ままと一緒にいるけれど」


 プロキオンは不思議そうに首を傾げていた。それはプロキオンの腕の中にいるベティも同じだった。


 なんでもないよと笑いかけながら、アンジュの頬から手を離すと、アンジュの口からはなんとも言えない吐息が漏れた。


 残念がっているような、安心したような、なんとも言えない感情に彩られた吐息。


 その吐息にまたおかしな気持ちが沸き起こったけれど、愛娘たちの手前、変なまねはできなかった。


「……少し休憩をしようと思ってね。アンジュも休憩したがっていたから、一緒に中庭に行こうと思っていてね。ふたりも行くか?」


「ばぅん!」


「ぱぱ上がいいなら行きたい」


 ふたりは喜んで頷いてくれた。


 その笑みを眺めながら、掴んでいた手を静かに離す。


 アンジュが再び「……ぁ」と小さく声を漏らすも、あえて気にせず、ふたりのもとへと歩いてく。


 アンジュも一呼吸置いて、俺の後を追いかけてくる。


(……どうしたんだ、俺は)


 少し前までの自分が自分でわからなかった。


 だけど、あえてあまり考えないことにした。


 考えてしまえば、余計なものを見てしまう。


 見てはいけないものを見てしまう。


 そんなよくわからない言葉が脳裏をよぎる。


 その言葉に従う形で、俺はアンジュとベティたちを連れて中庭へと向かっていく。


 遠い残響のような戦禍の音を聞きながら。


 澄み切った空が見られる中庭へと向かったんだ。

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