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rev4-39 リアスの乱

間違えて、おたまの方で更新していました。ごめんなさい←汗

「──さぁて、そろそろお暇すっかなぁ」


 アリシア陛下はあくびを搔きながら、背伸びをされました。


 その前には、いくつもの酒壺が転がっていました。


 当然、中身はありません。


 中身のすべてをお三方──アリシア陛下とルリさん、そしてベヒモス様が飲み干されてしまわれたのです。


 まぁ、正確に言うと、アリシア陛下とルリさんによってですね。ベヒモス様はちょびちょびと飲まれていただけでしたし。


 それでも、酒壺の半分前後は飲まれておりました。


 見た目は痩せ衰えられていても、元々が巨体であるからして、酒壺半分を飲んだ程度では特に問題もないのでしょう。


 もっとも、アスランさんは途中から呆れられていましたけどね。


 最初は「そろそろ」とか「もういいのでは?」とお声を掛けられていましたが、それでも止まらぬ勢いに、途中で匙を投げられていました。


 結果、お三方を止めることは誰にもできないまま、酒盛りが続いてしまったのです。


 だというのに、現在お三方は平然とされていました。


 若干、ベヒモス様のお顔が赤いくらいで、他のお二人には変化などありませんでした。どれだけうわばみなのか、と言いたいですね、はい。


 そんな狂乱とも言える酒盛りも、ようやく終わりを告げました。


 最初まだ低かったお日様も、すっかりと高くなってしまいました。


 あのままだったら、夜半になっても続きそうな雰囲気でしたから、早々に終わってよかったです。


 ……まぁ、朝早くからいままで酒盛りが続いていたことを踏まえると、早々にと言ってもいいのかと思いますけどねぇ。


「そろそろ、ファランを呼び戻すかねぇ。いいだろう、爺さん?」


「あぁ、構わんが──」


「じゃあ、早速──」


 アリシア陛下が例の手鏡型の通信用魔道具を取り出した、そのときでした。


「し、失礼します!」


 ファラン少佐が突然、玉座の間に飛び込んでこられたのです。


 いきなりのことすぎて、誰もが唖然となっていました。ベヒモス様とアスランさんを除いてですけど。


「──ふむ。やはり、か。足音が聞こえるから、おそらくはそうだろうなぁと思っていたのだが」


「……私の耳にもはっきりと聞こえておりましたが、急いでおられたようなので、なにかあったのだと思っておりました」


 ベヒモス様がちらりとアスランさんを見やりました。その視線を浴びてアスランさんが告げたのは、急いでいたようだから、あえて素通りしたというようなことでした。


 その気になれば、アスランさんはファラン少佐を止めようと思えば止められたということ。

 ですが、それをあえてせずにファラン少佐を、玉座の間に通した。その理由がファラン少佐が焦っていたから。


 そもそも、ファラン少佐はベヒモス様は追い払われる形で、「巨獣殿」を出されてしまったはず。


 ファラン少佐のような軍人さんにとっては、上からの命令は絶対。それも今回はアリシア陛下ではなく、この国において、いえ、この世界においても最上位に位置するベヒモス様の命令でした。


 当然、ファラン少佐にとってはベヒモス様の命令を無視できるはずもない。


 たとえ、その命令がアリシア陛下と酒盛りするためだったとしてもです。・


 そんな裏話を知らないファラン少佐にしてみれば、ベヒモス様の命令を無視することなどできないはずでした。


 ですが、現実としてファラン少佐は、「巨獣殿」の中に、それも玉座の間にと入ってこられたのです。ええ、酒盛りをしていた痕跡が色濃く残る玉座の間にとです。


 ファラン少佐は、玉座の間へと飛び込んでこられましたが、あまりにも想定外の光景に「……は?」と一瞬固まられました。


 まぁ、無理もないですね。


 ぶっきらぼうに追い払われたかと思えば、実態はただの酒盛りをしていたのです。そりゃぁ、目を疑いますよね。私だって同じ立場であれば目を疑いますよ。


 だから、ファラン少佐の気持ちはよくわかるのです。


 わかるのですが、そんなファラン少佐を置いてけぼりにして、アリシア陛下は平然とされていました。


「あー、悪ぃなぁ、ファラン。要はこういうことでな? おまえさんの気持ちもわからんではないんだが、まぁ、怒らんでくれや」


 かかかといつものように高笑いされるアリシア陛下。


 その笑い声に時が止まっていたファラン少佐が、再び活動されました。


 ですが、第一声は怒声ではなく、別のものでした。


「そ、そのことはいいのです! いや、全然よくないんですけど! でも、いまはいいのです!」


 ファラン少佐が叫ばれました。


 どうやら怒ってはいないみたいです。さすがに納得までされていないみたいですが、どうやら酒盛りを密かにされていたことよりも重大事が起きている模様です。アスランさんが止めなかった理由である、なにかが起きたということはどうやら事実のようです。


 いったいなにが起きて──。


「し、首都が陥落しました」


「……は?」


 ──しまったのかと思っていたら、ファラン少佐の言葉はあまりにもとんでもないものでした。


「……おい、ファラン。いまなんと言った?」


 ファラン少佐が口にした「首都陥落」という言葉を受けて、アリシア陛下は一瞬唖然とされましたが、すぐに真剣なお顔立ちになられると、再度問いかけられたのです。その問いかけにファラン少佐は焦りに焦った様子で続けられました。


「首都リアスがいましがた陥落したという連絡がありました」


「……ファラン。俺は冗談は好きだが、笑えねえ類いのもんは嫌いなんだがな」


「承知しております。ですが、事実の模様です」


「……陥落したということは、リアスの街全体が戦場にでもなったのか?」


「いえ、戦場にはなっていないようですが、ある意味生殺与奪を握られたと言っても過言ではありません」


「っ、まさか、疑似太陽を?」


「はい。そのまさかのようです」


「……そうか。そう来たか」


 アリシア陛下は静かに額を抑えられました。


 話の流れはいまいち理解できませんでした。


 いや、首都が陥落したというのはわかりましたけど、大事なところがわからないままでした。首都を陥落させたのが誰なのかということが、いまのおふたりの話ではわからないのです。


 ですが、ファラン少佐もアリシア陛下もその誰かが誰なのかを理解しているようでした。


「……まさか、俺が留守にしている間にとはなぁ。そろそろ表舞台に出てくるだろうなぁと思っていたんだが、このタイミングとはね。尻尾を掴めるかと思っていたが、逆手に取るとはなぁ。読み違えたなぁ」


 アリシア陛下は後頭部をかきむしりながら、思考を纏められているようでした。


 現状は最悪と言ってもいい状況であるのに、とても冷静な顔をされていました。ですが、その目はとても鋭く細められています。


 本当に少し前まで酒盛りをしていた人と同一人物なのかと疑いそうになるほどにです。


 そんなアリシア陛下に、ファラン少佐はなにかを言おうと口を開きかけるも、すぐに閉ざされてしまいました。なにやら言いたいことがあるようですが、そのなにかを口にすることを憚れたみたいです。


 いったい、なにを言おうとされていたのやら。


 そのことに気づいたのは私だけではありませんでした。


「少佐さん、なにを言おうとしたの?」


 プロキオンちゃんは、口を閉ざされたファラン少佐にそう尋ねたのです。どうやらプロキオンちゃんもファラン少佐があえて口を噤んだことに気づいたみたいです。


「それは私も気になりましたね。どうされましたか、少佐?」


 プロキオンちゃんに続いて、ルクレティア陛下もファラン少佐に尋ねられました。ふたりの言葉にファラン少佐は、戸惑いを見せつつも噤まれた言葉を口にされたのです。


「……今回の犯行の主犯格の声明がありました。その声明によると、「かつて奪われたものを取り変えさせてもらった。本来の王は現女王ではなく、我が父であると。本来であれば、父が為すべきことであるが、その父はすでに亡く。ゆえに父の代わりに此度の件を為した」とありました」


 苦渋に満ちたお顔でファラン少佐が告げると、アリシア陛下は弾かれたようにして顔を上げられました。


「おい、ファラン。いまの声明は事実なのか?」


「はい。事実の模様です。……申し訳ありませぬ! 申し訳ありませぬ! 申し訳ありませぬ!」


 顔を上げられたアリシア陛下に対して、ファラン少佐は勢いよく、床に頭をたたきつける勢いで土下座をされました。


 その体は大きく震えておられました。その様子を見て、犯行声明を出されたのがどなたなのかがわかりました。とはいえ、ふたつにひとつでしたけど。ですが、どちらにせよ、ファラン少佐にとっては忸怩たるものであることは間違いありませんでした。


「……顔を上げよ、ファラン。考えてみれば、俺の情報網に引っかからないのもあやつだからこそだった。ただ、さすがにありえんと思っていた。そこを見事に突かれてしまった」


「……はい。申し訳ありませぬ。かつての大恩を仇で返してしまいました」


「もう一度言うぞ、ファラン。顔を上げよ。何度も同じことを言わせないでくれ」


 ファラン少佐は土下座したまま、涙声で必死に謝り続けられました。そんなファラン少佐にアリシア陛下は顔を上げるように再度告げられました。ファラン少佐は「承知いたしました」と言うと、覚悟したように顔を上げられたのです。


「……此度のことは、おまえが気にすることではない。そもそもの話、あやつを、ファフェイを心酔させることができなかった俺に問題がある」


「そのようなことは!」


「ある。だからこそ、此度の叛乱であろう? そもそもの話、ファフェイの話もでたらめとうわけではない。たしかに、俺の爺さんの跡目として最有力であったのは、ファシン殿であった。たしかにファシン殿は俺が台頭するまでは、王位継承者の最有力候補者であったし、そういう意味ではこの国の王位が本来ファシン殿のものであったことは事実だ」


「ですが、ですが、祖父は晩年申しておりました! 我がファ家には信望はなかったのだと! 仮にあのまま即位していたとしても、すぐに王位は簒奪されたであろうと! いままでの平和はすべてアリシア陛下あったこそのものであると!」


 ファラン少佐は涙ながらに語っていく。


 その内容に、「あぁ」と理解しました。


 ふたつにひとつのうちのどちらなのかがいまはっきりとわかったのです。


「……左大臣様が、叛乱を?」


 ぽつりと呟いた言葉に、アリシア陛下はひどく傷ついたお顔で「あぁ」と頷かれました。


「此度の叛乱は左大臣であるファフェイが起こしたんだよ」


 はっきりとアリシア陛下はそう口にされました。


 その目は細く鋭いままでしたが、その視線はあらぬ方を見ていました。遠くを、かつての情景を思い出しているかのように、先ほどまでとは違う意味合いで細められていました。


 それまでのアリシア陛下とは思えないほどに、その姿はとても弱々しいものでした。見た目相応の老婆がそこにいるように思えてなりませんでした。


「……まぁ、ファフェイがやったにしては、雑な叛乱だがね」


 ただ、ぽつりとなにかを呟かれました。


 なにを言ったのかはわかりません。


 それを聞くよりも早く、アリシア陛下はルクレティア陛下にと顔を向けられました。


「ルクレティア女王よ。盟友として助力をお願いしたい」


「言われるまでもございませぬ。ただちに手配いたします」


「感謝する。ファラン、おまえの部隊はいまどこにいる?」


「ここには護衛として親衛隊しか連れてきてはいません。本隊は数名を残してリアスから脱しています」


「よし。では、その本隊へ連絡せよ。ただちに「巨獣殿」へ招集せよ」


「……よろしいのですか?」


 アリシア陛下のよどみない指示に、面喰らったのか、ファラン少佐は戸惑いを隠せないでおられました。


 そんなファラン少佐にアリシア陛下は、顔を顰められました。


「ファラン。そなたの意見は聞いていない」


「は、はは! 申し訳ありませぬ! ただちに部隊を招集させます!」


 アリシア陛下の言葉に体を大きく震わせた後、ファラン少佐は慌てて玉座の間を後にされました。


 その背中を眺めながらアリシア陛下は──。


「……すまねえ、爺さん」


「気にするな」


 ──ベヒモス様に短い謝罪を口にされたのでした。


 その謝罪をベヒモス様はやんわりと受け止められたのです。


 おふたりの姿は少し前までの酒盛りのときとはまるで違っていた。


 酒盛りのときよりも、いくらか体が小さく見えてなりませんでした。


 その光景に私はなんとも言えないものを、悲しみに似たなにかを抱きながら、ただ見守ることしかできずにいました。


 後に「リアスの乱」と語られるようになるベヒリアの歴史上、もっとも大きな叛乱はこの日こうして始まりを告げたのでした。

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