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rev4-37 ずるい自分

 騒々しいものだと思う。


 ここが神聖な場所だとわかっているのかとも思う。


 だけど、懐かしかった。


 かつて、私もあそこにいた。


 そう、かつての私はあそこにいた。


 あの人のそばに私もいた。


 でも、中心というわけじゃなかった。


 せいぜい、取り巻きのひとりみたいな扱いではあったけれど、私もあの人のそばにいることはできていた。


 あの人が私を愛してくれていたのかはわからない。


 いくらかの情を向けてくれていたことはわかる。


 だけど、他の人たちとは違って、私はいつまで経っても「さん」付けのままだった。


 それどころか、一度も抱いてもらったことがない。


 それで嫁だなんだのと自信を持って言うことができるわけがない。


 私は所詮賑やかしのような存在だったのだろう。


 いや、だろうではないか。


 実際に私は賑やかし程度。


 どれだけ想いを募らせても、あの人には決して届かない。


 自分でもびっくりするくらいに、私はあの人を愛しているというのに、この想いは決して届いてくれない。決して交わることはない。


 いまの自分になって、そのことがようやく理解できた。


 だからこそ、私は私であることを、あの人には伝えない。


 伝えたところで、もうあの人のそばには私の代わり以上ができる人たちがいる。


 ぱっと見た感じだと、アンジュさんが私の代わりという風に見える。


 だけど、実態は違うというのは、こうして見ているとよくわかる。


 私の代わりなのは、ルクレティア陛下だろう。


 私とは違って、あの方はあの人に抱かれている。


 けれど、その胸には常に焦りが宿っている。


 そう、ルクレティア陛下は常に焦っている。


 うまくごまかしているように見えるけれど、あの人の胸には焦りが常にある。


 それはイリアさん、いや、アイリスさんも同じだろう。


 かつてはあの人の敵だった。


 だけど、以前の私だった頃に、アイリスさんはあの人の従者となった。それも永遠の服従を誓うほどに。ただ、あの頃はまだ肉体関係を持ってはいなかった。


 肉体関係を持ったのは、この大陸に流れてからなのだろう。


 ルクレティア陛下と知り合うまでの間の、あの人の相手を彼女はしていたんだと思う。


 最初は恋愛的な意味合いはなかったはず。


 おそらくは、お互いの傷を塞ぎ合うためだけに求め合った。


 いや、お互いというよりかは、あの人の傷を塞ぐためだろう。


 詳しくは私もわからないけれど、あの決戦の日に、あの人は大切な人を何人も失った。その中にはあの子もいる。私を「ママ」と呼んで慕ってくれたあの子も。なによりも、あの人が最も愛しているであろうカルディアさんもあの日亡くなった。

 

 アイリスさんはカルディアさんと似た部分があった。おそらくはカルディアさんとアイリスさんを重ねてしまい、傷を深めてしまった。その深めた傷を塞ぐためにアイリスさんはその身を捧げたんだろう。


 もっとも、それだけが理由ではないだろうけれど。


 一番の理由は、いま騒々しくなっている原因である彼女だろう。


 最初は本当に驚いた。


 初めて見たときは、思わず息を呑んだほどだ。


 驚くくらいにカルディアさんによく似た人がいた。


 生き写しと思うほどに、アンジュさんはカルディアさんとよく似ていた。


 リヴァイアクスのフェスタでルリさんと接触を図ったときに聞いた話だと、アンジュさんはこの大陸に来た頃からの知り合いで、アンジュさんの故郷が滅んだときからずっと一緒に旅をしている仲間だという話だった。


 だけど、あのときは彼女と会うことはできなかったから、その見目を知らないでいた。


 でも、こうしてこの国で初めて彼女と出会ったことで、この一行がだいぶ歪な関係性であることを知った。


 あの人は、旦那様自身は気づいていないだろう。


 旦那様自身の気持ちに気づいていないはずだ。


 だって、あの人はルクレティア陛下やアイリスさんを見ているようで、実際はまるで見ていない。


 あの人の視線の先にはいつもアンジュさんがいた。


 あの頃のあの人の視線の先にカルディアさんがいたように、いまのあの人の視線の先にいるのはいつもアンジュさんだった。


 そのことを、ルクレティア陛下もアイリスさんも気づいている。


 あの頃の私と同じように、あの人と肉体的な繋がりなんてない。


 でも、あの人の視線を集めている。


 肉体的な繋がりを持っているのに、その視線を集めることが敵わない。


 それが彼女たちの焦りを募らせている。


 この騒々しさも、その焦りがゆえのもの。


 自分たちの優位性を声高に叫んでいるようで、実態は旦那様に深いところで相手にされていないがゆえに、彼女たちを常に焦らせていた。


(……まるで以前の私みたい)


 いまの彼女たちの姿を見ていると、かつての自分のそれと重なって見えてしまう。


 かといって、ろくなアドバイスなんてできるわけもない。


 そもそも、賑やかしでしかなかった私に、表面上とはいえ旦那様に求められている彼女たちになにを言えと言うのだろう?


(……恥の上塗りにしかならないでしょうに。馬鹿馬鹿しい)


 少なくとも彼女たちは、旦那様が抱く女として選ばれている。選ばれることのなかった私なんかよりも立場は上だ。そんな彼女たちに私がなんのアドバイスをしろというのだろうか。

 馬鹿馬鹿しいというよりかは、馬鹿げていると言う方がただしいだろう。


 私なんかが彼女たちに言えることはない。


 言えることはないけれど、同情はしてしまう。


 あのふたりがどれだけ声高に叫んだところで、どれだけ自分たちが行動に出たところで、かえって惨めになるだけだ。


 かつての私がそうだったように、あの人の心の中に彼女たちの席はない。あるかもしれないが、その席はだいぶ低いだろう。少なくとも無意識で見惚れられているアンジュさんと比べると。


 そのアンジュさんも、どのくらいの位置にいるのかはわからない。


 たぶん、旦那様はアンジュさんとカルディアさんを重ねてしまっている。


 だからこそなんだろう。


 だからこそ、旦那様はアンジュさんに手を出していない。


 カルディアさんを喪ったがゆえに、アンジュさんと悲しいほどに酷似したアンジュさんを喪うことが怖いんだろう。


 カルディアさんを喪ったからと言って、アンジュさんも喪うとは限らない。


 でも、必ずしもアンジュさんを喪わないということでもない。


 たらればでしかない。


 だけど、そのたらればに旦那様は恐怖してしまっている。


 だから、踏め込めない。


 踏み込めない代わりに、あのふたりを求めている。


 どれだけあのふたりを求めたところで、旦那様が満たされることなんてない。


 旦那様を満たせるのは、アンジュさんだけだった。


 そのアンジュさんもカルディアさんの代わりでしかない。


(……本当に残酷で歪だ)


 すべてを失ってしまったからこその歪み。


 その歪みがこの一行にはどうしても付きまとっている。


 哀れだとは思う。


 でも、その哀れな一行を私はどうすることもできない。


 もう私はかつての私ではない。


 いまの私はアスラン。


 サラではない。


 だからなにもできない。


 なにもしてあげられない。


 そんな私をどうか許して欲しい。


(……あなたがいまいたら、どうなっていたのかな?)


 私の視線の先にいる子を、シリウスちゃんに悲しいほどに似た別人を見つめながら、もしこの場にシリウスちゃんがいたらと思ってしまう。


 もし、シリウスちゃんがいてくれたら、きっと旦那様の歪みはなかっただろう。


 そのシリウスちゃんの代わりになるのが、目の前にいるふたりの娘たち。


 シリウスちゃんの天真爛漫さを思わせるベティちゃんと、シリウスちゃん本人を思わせるプロキオンという子。


 このふたりもまたシリウスちゃんの代わりだ。


(やはり歪んでいるな)


 あまりにも歪みに歪んでいる現在の旦那様の姿に、どうしようもないほどの悲しみが募っていく。


 それでも私にはなにもできない。


 ただ見ていることしかできない。


(……こんな私を、情けないママを許してね、シリウスちゃん)


 いまはいないあの子を想いながら、私は瞑目した。


 いろいろとわかっているくせに、なにもできない情けない自分に辟易しつつ、ずるい自分をただ許容することしかできなかった。

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