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rev4-36 理不尽な折檻を受ける私←

 なんだか、レンさんの様子がおかしくなったような気がします。


 具体的に「どこが?」と言われると、答えようがないのですが、感覚的には纏っている雰囲気とでも言えばいいのでしょうか? その雰囲気がなんだか急に変わったような気がします。


 レンさんの身になにが起こったのかはわかりません。


 わからないですが、とりあえず、一通りのお話は終わったということでいいのでしょうか?


「巨獣殿」に来てから、何度も驚かされてきましたけど、今日のお話はとびっきりすごかったです。


 なによりもすごかったのが、あの疑似太陽がヒヒイロカネを燃料にしているということ。ヒヒイロカネなんて、いままで一度も見たこともありません。


 聖銀でも、ほとんど見たことがないというのに、その進化した姿なんて、この大陸の最高の金属なんて一介の村娘でしかなかった私では縁がないというのも当然のことです。


 その縁がなかったヒヒイロカネを、この国に来て見ることになるとは。まぁ、見たといっても、あの疑似太陽を輝かせるための燃料としてであって、実際に見たとは決して言えないわけですけどね。


 それでも、一応は縁ができたと言えばできたんでしょうね。もっとも縁ができたところでそれっきりでしょうけど。なにせ、ヒヒイロカネは大抵武具になるものです。そんな武具にするための金属とこれ以上関わり合うことはないでしょうから。


 まぁ、ヒヒイロカネのことは、どうでもいいです。


 それよりも、これ以上のお話はないということでいいのでしょうか?


 実際に口にすることはできませんけど、これ以上の話がないというのであれば、そろそろ休憩にしたいところです。


 アリシア陛下の半生のお話が始まってからは、各々に座っていましたけど、それでも休憩という体ではありませんでした。


 プロキオンちゃんとベティちゃんは途中から遊び疲れたみたいで、私のそばに座ってくつろいでいますから、ふたりにとってはさっきから休憩をしていると言えますね。


 ちなみにですが、プロキオンちゃんは休憩しながら甘えてくれています。なにせ私の右腕を取ってぐりぐりと頭を擦りつけてくれているのです。なんだか子犬がじゃれついているようです。子犬というにはプロキオンちゃんの体は大きいんですけど、私の感覚では子犬チックです。


 ちなみにベティちゃんはそんなプロキオンちゃんのお膝の上に座っています。それどころか、プロキオンちゃんのお胸に後頭部を預けてご満悦そうです。「やっぱり、おかーさんよりもおっきいの」と無邪気に言ってくれましたし。


 もっとも、その言葉を発されてすぐに、ルクレティア陛下からアヴァンシアの吹雪を思わせるようなとっても冷たい視線が私に注がれましたがね。


 正直、「なんで私?」と思わなくもないです。


 だって、その発言は私が口にしたわけではありません。ベティちゃんが発した一言であって私が口にしたわけではないのです。


 なのに、なんで私が睨まれにゃならんのか。


 理不尽だと思います。


 理不尽にもほどがあると思います。


 そもそもですね、ルクレティア陛下だってそれなりのものをお持ちなのですから、気にしなくてもいいではありませんか。私なんかただの胸板ですよ? 膨らみなんてものは皆無なんですよ? そんな私と比べれば、そこまで大きいわけではないとはいえ、膨らみがあるだけましだと思うのですけどね。


 ……まぁ、そんな大それたことを言う勇気なんざ私にあるわけがありません。なので、しばらくあの吹雪のような視線に晒され続けましたけど。


 おかげで話を聞いていただけだったというのに、私はすっかりとお疲れ気味ですよ。できれば、ちょっと休憩をさせていただけるとありがたい。


 それに、いつのまにかプロキオンちゃんもベティちゃんも夢の中に旅立っていますし。さっきまではたしかに私に甘えてくれていたんですけど、いつのまにかに眠ってしまったみたいです。


 私の腕に抱きついたまま眠りこけるプロキオンちゃんは、見た目とは裏腹にとても愛らしいです。眠りながら、「……まま」と私を呼んでくれるところとか、最高にかわいいと思います。


 いや、そもそも、プロキオンちゃんがかわいくないなんてあるわけがないのですけどね。全部が全部かわいいなんて、本当にプロキオンちゃんは困った子です。困るくらいにかわいい娘です。


 空いている左手で頭をそっと撫でてあげると、プロキオンちゃんはくすぐったそうに、でも、とても幸せそうに笑ってくれました。


「アンジュ殿も、母親の顔をしているな。かかか、いいもんを見た気分だ」


 プロキオンちゃんに癒やされていると、アリシア陛下が穏やかに笑われました。いや、アリシア陛下だけではありませんね。


 その場にいたほぼ全員が私を見ているではありませんか。


 見ていないのは、プロキオンちゃんとベティちゃんだけ。つまりは寝ているふたり以外からは視線を集めてしまっているわけです。……いったい、いつのまにと言いたい気分です。


「普段は残念な発言や失言が多いが、アンジュ殿はいい母親だと我も思うぞ」


「ほう、大姉上から見てもですか? 我もアンジュはいい母だと思いましたぞ。なによりも、いまその娘を撫でる姿は聖母という言葉がこれ以上となく似合うと思いましたな」


「……聖母かどうかは置いておきますが、少なくともシリウスちゃんが誰よりも懐いていることはたしかですね。少なくともシリウスちゃんはそこまで私に懐いてくれませんし」


 アリシア陛下の言葉を皮切りにして、ルリさん、ベヒモス様、それにイリアさんが私のことを褒めてくれています。ベヒモス様に至ってはベタ褒めでしたね。ただ、それ以上にイリアさんが私のことを認めるようなことを言ってくれたのは衝撃的でした。


 なにか悪いものでも食べたのかなと思うくらいに。いや、ここは悪いものがあるわけがない。ということは、本当のことを口にできるような、自白剤的な成分のあるなにかを召し上がったのでしょうか。そう思ってしまうくらいに、イリアさんの言葉は衝撃的でしたよ。


 とはいえ、実際に口にしたら睨まれるだけなのは目に見えていましたので、あえて黙りを選ぼうとしたのですが──。


「……ねぇ? なに、その顔? 「悪いものでも食べたのか、こいつ」みたいな顔をして私を見ているのはなんでですかね? ねぇ、どうしてそんなむかつく顔をしているのかしらね、あなたは?」


 ──時すでに遅しでした。


 イリアさんがいきなり立ち上がると、ゆらりゆらりと体を左右に揺らしながら近付いてこられるではありませんか。


 逃げようにもプロキオンちゃんとベティちゃんがいるいま、私は逃げることはできません。「しまった、罠だ」といまさらながらに気づきましたが、すでにイリアさんは目の前におられます。それもさきほどのルクレティア陛下の視線よりも数段冷たいお目々で私を見下ろしているではありませんか。


 だらだらと冷や汗が背筋を伝っていくのを理解しながら、私は「お、落ちついてください、イリアさん」とイリアさんが冷静になれるように声を懸けました。ですが、イリアさんは「至って冷静なつもりですが?」と笑うのみ。


 その笑顔はとっても怖いです。思わず悲鳴をあげてしまうほどには。

 

 でも、それはかえって悪手でした。


 イリアさんの笑みがより深まったのです。


「……ねぇ? 私はただ笑っただけなんですけど、なのに、なんで悲鳴なんてあげるの? え? なに、喧嘩売っている? 喧嘩売っていますよね? ねぇ、胸板女さん?」


「む、胸板女って。まぁ、事実ですけど」


「……その落ち着き払った顔がすっげーむかつくわぁ」


「いや、あの、イリアさん? 大国のお姫様なんですから、そんな雑なお言葉は」


「うるせえ」


「……ハイ、ゴメンナサイ」


 大国のお姫様らしからぬ言葉遣いをなさるイリアさんに、つい苦言を漏らしてしまいましたが、イリアさんの一言で私は黙らされました。というか、イリアさんのお目々がとっても怖いのです。


 私がなにをしたと言いたいくらいに怖いです。怖くてたまりません。


 でも、仕方がないのです。


 だから、いまは黙っていることしかできない。


 そう思っていましたが、右腕が不意に軽くなりました。


 なにがあっただろうと思っていると、いつのまにかレンさんとルクレティア陛下がプロキオンちゃんとベティちゃんを抱きかかえているのです。……いったいいつのまに、というか、なぜにわざわざ回収するようなことをなさっているのか。これがわからない。まるでふたりに被害が及ばないようにしているようにしか私には見えません。……あれ、これフラグです?


「……アンジュ様が母親の顔をなさっていたのは認めます。そしていいお母上になられるであろうことも。ですが、ベティちゃんの「おかーさん」は私です。そしてなによりも、旦那様がアンジュ様に少しの間見惚れていたことを私は許容できません」


「えっと、あの、見惚れては」


「いました。少なくとも私と二の姫君にはそう見えました。でしょう?」


「ええ。私にもそう見えましたね」


 戦慄しそうになっている私の耳に、ルクレティア陛下がなにやらおかしなことを言い募っているのが聞こえてきました。


 そのおかしな発言に、レンさんが困惑するも、なぜかイリアさんとタッグを組まれて封殺されました。


 あまりにも息がぴったりすぎる連携に、レンさんはなにも言えなくなりました。私もあまりにもな展開になにも言えなくなってしまいました。


 ですが、そんな私とレンさんを置いてけぼりにして、ルクレティア陛下とイリアさんは淡々としながらも話を独自に進められていかれました。


「とりあえず、ベティちゃんとシリウスちゃんに危害は加わりません。なので、思いっきりどうぞ、二の姫君」


「ありがとうございます、ルクレティア陛下。思いっきり折檻いたしますね」


「ええ、思う存分に、いい声で啼かせてあげてくださいね?」


「ええ、それはもう」


 にこやかに笑われるふたり。


 ですが、その内容はあきらかにおかしなもの。


 そのあまりにもあんまりな内容に私は恐怖しつつも、できる限り音を出さないようにして静かに離れようとしました。目指すは玉座の間の外。さすがにそこまで出れば、後はどうにかなる。


 そんな一縷の望みに賭けて行動に出ていた私でしたが──。


「あら? どこに行かれるおつもりで?」


 ──やはり、時すでに遅しだったみたいです。


 がしりと後ろから肩を掴まれてしまったのです。


 恐る恐ると振り返ると、そこにはにっこりとすごまれて笑われるイリアさんがおられるではありませんか。そしてその背後には同じようににっこりと笑われるルクレティア陛下のお姿もあります。


 いったい、私がなにをしたというのか。


 理不尽極まりないと思うのです。


 ですが、そんな私の意見なんてまるっと無視されて、再びイリアさんの手が私に伸びました。


 その後、私は玉座の間、いえ、「巨獣殿」全体に響くくらいの大絶叫をあげました。


 いつもなら失言をしてしまったがゆえの折檻ということになるのですが、今回ばかりはまるで意味がわからなかったです。


 いったい私がなにをしたのか。


 イリアさんからの折檻を受けながら私は、自分の身に降りかかる不幸の理由をまるで理解できないまま、その痛みに晒されることになるのでした。

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