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rev4-31 くそったれな人生にさよならを

「ベリアレクス」を手に入れてからの俺の日々は変わった。


 首都であるリアス近郊だった領地を、痩せ衰えているがゆえに、リアスからの富をよそに流すことくらいしか税を獲得する方法がない。そんな豊かとは決して言えない土地を神器の力で無理矢理蘇らせることから始めた。


 とはいえ、神器の力を使ったなんて言えば、いらぬ争いが起こるのは目に見えている。しかも神器の力を持つのは、大した後ろ盾もいない小娘。誰がどう考えても、使い勝手のいい駒として利用され尽くされてしまうだけだ。


 そんな無意味な争いを起こさないためにも、利用しつくされないためにも、俺は俺自身が神器の担い手となったことを徹底的に隠した。隠しながら、神器の力を存分に揮った。


 誰もいない夜間に原野に出ると、「ベリアレクス」の力を用いながら、土地に与えた栄養がずっと留まるように固定化させていった。それも少しずつだ。あまり性急にやりすぎると当時のお偉方に勘ぐられる可能性があったからな。


 それらを避けるためには、それなりの筋の通った言い訳をする必要もあった。前々から個人的に開発していた新しい肥料と称して、元からある肥料に多少手を入れたものを残り少なくなった領民たちと手分けをして蒔いていった。夜中の作業と併行しながらだ。 


 それは気が遠くなるような話ではあった。まるであの暴れ川の水を毎日コップ一杯ずつ汲んで減らそうとするかのような、傍から見れば無謀としか思えないもの。


 だが、そうでもしないと誰かに気づかれる可能性がある。一応の納得ができるような言い訳をしながら、誰にも気づかれないようにするためには、昼間と併行して夜中に少しずつ作業を行わなければならなかった。


 領地すべてを肥沃な大地に変えるまで、数年掛かった。言葉にしてみれば、わずかなものだが、実際に行うとなると、気が遠くなるくらいに大変なものだった。


 加えて、どんな浸水が起ころうとも、決して作物が流されないようにその場に固定化もしていった。それもまた土地を肥沃にするのと同時に行っていったから、当時の俺は寝る暇も惜しんでいた。


 寝る暇も惜しんで来る日も来る日も、神器の力を使ってコツコツとした作業を繰り返し続けた。


 だが、その甲斐あって俺の領地は、父上から継承した領地は肥沃な土地となった。同時に、痩せ衰えた土地を肥沃にしたという肥料を国内中から求められるようになった。


 あんときは、ちぃっとばっかし困ったもんさ。


 なにせ、新しい肥料なんて銘打っているものの、実際は元からあるものにちょっと手を加えただけだ。


 うちの領地向けだからと言っても「使ってみないとわからないでしょう」と言われてしまったしな。まぁ、実際使ってみねえとわからんというのも理解できる。


 だが、劇的な効果なんてものは絶対にありえないんだ。そんなものを他の領主に渡せるわけがない。仮に渡したとしてもクレームの嵐に苛まされるのは目に見えていた。


 でも、実態を知っているのは俺だけ。


 俺のところの領民や他の領主たちにしてみれば、俺が開発した新肥料は、痩せ衰えた土地でなくても、その当時の国内にしてみれば、数年前の大氾濫によって荒れた土地を回復させるための救世主のようなもの。


 そうなれば、誰だって喉から手が出るほどに俺の新肥料を欲しがるのも無理もないことだった。……そんなもん、どこにもねえってのによぉ。


 だからといって、正直に言ったところで信じて貰えるわけもない。


 困った俺は爺さんに相談したんだ。


 そうしたら、爺さんは「たやすいことではないか」と言ったよ。


 どういうことだ、って聞いたら、爺さんは「ベリアレクスを使い、本当に新肥料を創り出せばいいだけのことだ」と言ったんだよ。


 そんなことできるわけねえだろうって言ったんだが、爺さんは笑いながら、「「ベリアレクス」を、神器を甘く見るなよ」と言ったのさ。


 その数日後には、研究者でもなかったはずの俺が、新肥料を当時の国王陛下に献上することになったよ。


 爺さんのアドバイスを聞きながら、土地に必要な栄養素を集めて、それを「ベリアレクス」の力の一端というか、「ベリアレクス」の力を使って栄養を凝縮しつつ固定化させたものを作ったのさ。


 爺さん曰く「まぁ、それなりの効き目はあるだろう」ってことだったんだが、残念ながら「それなり」なんて言葉じゃ片付かないくらいのとんでもない効果の肥料だったよ。


 なにせ、その肥料を使ってすぐに芽が生えるというとんでもないことが起きたんだ。


 作った俺自身もその効果には目を見開いたもんさ。


 爺さん曰く「まぁ、当たり前かの」ということだった。


 なんでもベリアレクスの力を使えば、ある程度の促成栽培は可能だって話だった。


 ただ、その「ある程度」がどこまでなのかは、担い手である俺の実力次第だったらしい。


 本契約を交わせるほどの担い手であれば、蒔いてすぐに収穫可能な肥料さえ作り出せたとも言われたよ。その話を聞いたとき、俺の目は点となっていたが、当時の国王陛下たちにとってみれば、俺作の肥料でも創造を絶するほどの効果だったんだ。本来の担い手作だったら、卒倒するどころか、下手したら心臓を止まらせてしまうほどだったんじゃないかなといまなら思うよ。


 それを皮切りにして、俺の地位は爆発的に上がっていった。


 国内のどんな土地であろうと、蒔いたと同時に芽を生やせるほどの、それこそ母神様の奇跡でもない限り不可能な肥料を次々に生産していったんだから、当然っちゃ当然か。


 まぁ、そうなるとだ。国からの俺の扱い方も当然変わってくる。


 それまで王位継承権なんざあるわけもない、弱小諸侯から一転して、誰もが認める次期王位継承者筆頭にまで上り詰めてしまったんだ。


 しかもあろうことか、当時の国王陛下、俺の爺様もそれを否定しないどころか、「アリシアの他に次の王に相応しき者がいると思うのであれば、自ら名乗り出るか、もしくは推挙せよ」と延臣たちの前でぶちまけてくれたもんだから、大変困ったことになったよ。


 まぁ、爺様にしてみれば、溺愛している孫娘をようやく日の目に当たらせることができるっててんで嬉しかったんだろうね。


 反面、やっかみも当然ありはしたけど、「じゃあ、アリシア殿下以上の肥料を作るか、殿下以上の功績を作ればいい」と言われたら、やっかむ連中はなにも言うことができなくなっていたね。当然だわな。そんなことできるわけがねえんだし、下手に俺の耳に入って肥料を融通して貰えなくなったらと考えれば、口を噤むことしかできなくなるからな。 


 そこから先はもうトントン拍子だったよ。


 爺様が用意したとかいう家庭教師がうちの領地にやってきて、その家庭教師から帝王学を含めたありとあらゆるものを教わったのさ。


 それまでも貴族の子女としてそれなりの学は修めていたが、それはあくまでも貴族の子女としてだ。王位継承者としてのものじゃない。


 爺様もかなり高齢だったということもあり、教育はかなりのハイペースで行われたよ。その一方で領地経営も同時に行っていたんだから、土地の改良をしているときよりも、王位継承者として選ばれた後の方がはるかに忙しかったよ。


 だけど、その分見返りはあった。


 領民がどんどんと増えていったんだ。


 中には去っていたかつての領民の姿もあった。


 かつての領民たちからは誠心誠意で謝られたよ。


 申し訳ありませんでした、と。


 アリシア殿下を信じ切ることができませんでした、とも。


 支えるべきときに、真っ先にいなくなった不忠をお詫び致します、ともね。


 まぁ、都合のいいセリフばかりではあったものの、彼らが本心からの謝罪をしているってことはわかった。


 中には、その場凌ぎで言っているような奴や俺の隙を見て、知識を盗みだそうとしている奴もいたが、その頃にはそういう連中を嗅ぎ分けることができるようになっていたので、その手の連中は一応受け入れてから、適当の刑罰を言い渡して処分していった。


 どうせ、その手の連中は生かしていても、大して役には立たないか、ろくなことをしないもんだ。なら、さっさとこの世からおさらばさせてやれば後腐れもないし、後々の問題に繋がることも少ない。


 あとは見せしめってことにもなる。俺をもう二度と裏切るな、というね。舞い戻ってきた連中に対する見せしめとして、その手の連中は大いに役に立ってくれたよ。まぁ、恨みつらみを遺していったとは思うが、やられたからやり返しただけのことだってことにしている。


 本心からの謝罪をした連中に関しても多少の罰は与えた。あくまでも多少だ。肉体的負担はそこまでではないが、精神的にちょっとばかりキツいっていう程度だ。その罰則をきちんとこなせたら完全に許すことにしていった。


 ちなみにだが、見せしめにした連中は、その刑罰に当たるように裏工作もしっかり行っていたぜ? 無理矢理に処罰したっていったら、それは完全に独裁者だし、王位継承者筆頭になったのに、余計な火種を持ち込みたくなかったからね。それはそれは徹底的に証拠を残さないようにしてな。


 まぁ、そんなこんなで領民たちも増えていったし、俺を支持する他の王族や諸侯もどんどんと増えていって、気づいたときには、王位継承の儀の主役として出席することになったよ。

 王位を継承するまでとしてからのしばらくの間、爺様はちょくちょく俺に会いに来てくれた。


「おまえがようやく報われてくれて、本当にうれしく思う」


 爺様は涙を流しながら俺を抱きしめてくれた。


 爺様から見れば数百人のうちのひとり。でも、俺から見れば唯一の肉親だった。


 両親を喪ってから誰かのぬくもりを感じたのは初めてだった。


 そのぬくもりに、俺はいつも涙を流していた。


 爺様は亡くなる数日前まで、俺に会いに来てくれた。


 爺様が亡くなったときには、俺はこの国内で完璧な地盤を形成していた。


 表向き唯一の後ろ盾がいなくなってもなんの問題もないくらいには。


 ただ、唯一の肉親を喪い、爺様の葬式の際に俺は人目をはばからず泣いた。


 王としての仮面をかなぐり捨てて、ただ泣き続けた。それこそ、子供のようにな。


 いま思うとみっともねえなと思うが、それがかえって俺の名声をより強固としてくれた。


 中には俺のその日の涙が嘘っぱちという奴もいたが、そういう奴にははっきりと言ってやった。


「そなたは肉親がいなくなっても、涙を流すことはないと申すのか!?」ってな。


 その一言で、その日の涙を貶す奴はいなくなった。


 後は歴史書にも載っていることだが、俺はその後それなりに四苦八苦しながらも、この国を治めていったよ。


 すべては爺さんと出会ったからだ。


 爺さんと出会ったからこそ、俺の運命は変わったのさ。


 くそったれな人生が、面白おかしい人生にと変わってくれたんだよ。

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