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rev4-27 軌跡

「──我がアリシアと出会ったのは、ちょうどいまくらいの時期でしたな。短い冬が終わり、雪解けの水がルダに流れ込みはじめた頃です」


 ベヒモス様が語られていく。


 その内容はアリシア陛下との出会いでした。


 正確に言えば、アリシア陛下が神器の担い手になった話だったはずなのですが、どうやらその件はアリシア陛下との出会いも重要なようです。


 はたしてどんなお話になるのか──。


「いきなり「俺と勝負しろ!」と当時の我にぶつかってきた、アホなクソガキが来ましてのぅ。それがアリシアでした」


 ──と思っていたら、まさかの展開でした。


 壮大なお話になるかと思っていたのに、まさかの2行で終わる出会いでしたよ。


 いや、その、最初の雪解けとかそういうのはどこ行かれたんでしょうか? 情緒的な語り出しの後にまさかの展開です。ちょっと唖然としました。


 現にレンさんたちも「はい?」と目を何度も瞬かせて唖然としていますもん。笑っているのはルリさんだけですよ。それもアリシア陛下と肩を組みながら、「なんだ、女王殿はクソガキだったのか」と大笑いしています。


「そこから話すんじゃねえよ、クソジジイ! もっとこう、あるだろう!?」


 当のアリシア陛下は唾を飛ばしながら叫ばれています。


 うん、アリシア陛下にとってみれば、そう叫ぶしかありませんよね。


 いまのアリシア陛下に通ずるところもありますけど、私の目から見たアリシア陛下は、豪快ながらに策謀を巡らす方ってイメージですが、さすがに当時のアリシア陛下はそこまでではなかったようですね。っていうか、神獣様に「勝負しろ」って言う人がいるとは思わなかったデス。


「とは言うがのぅ? ほかにどう言えばいいんじゃ? あのときは我もほとほと困ったのだぞ? なにせ勝手に突進してきたと思ったら、「うわぁぁぁぁ!?」とか叫びながら勝手に二転三転して倒れ伏しおるし。それも丈の短いフーハンなんぞ着ておったから下着丸出しで気絶しておったからのぅ」


「だから、そんなことは言うんじゃねぇって言っているだろうよぉぉぉぉぉぉ!?」


 アリシア陛下の頬に朱が差していく。


 若かりし頃の失敗というのは誰でもあるとは言いますが、アリシア陛下のそれはより派手な失敗のようです。というか、下着丸出しってことは、当時の陛下はいまのように男性ものではなく、女性もののフーハンをお召しになっていたんですね。


 いや、もしかしたら、当時の失敗があったからこそ、下着が丸出しにならない男性ものをお召しになるようになったのかもしれませんが、実際のところはアリシア陛下にしか──。


「ちなみに、アリシアが男物のフーハンを着るのは、そのときの失敗が原因だな。というか、自分から丸出しになったくせに、気を取り戻して自身の現状に気づいたとたん、「うわぁぁぁぁん、見られたぁぁぁあ」とか抜かして号泣しおったからのぅ」


「だーかーらぁぁぁぁぁ!」


 ──アリシア陛下にしかわからない心の機微と言おうとしていたのに、まさかのネタバレでした。アリシア陛下は目を血走らせながら叫ばれています。お労しやという言葉しか浮かびませんね。


「それもこやつと来たら、当時、15、6歳というのに、なんとも子供っぽい下着でしてなぁ。ベヒリア国内には大きな竹林がいくつかあるのですが、そこにだけ棲息するジャンダという熊の魔物がおるのですがな。そのジャンダは見た目が愛らしいということもあり、国内の子供にはわりと人気があるのです。そのジャンダをよりかわいらしくした模様の下着などを穿いておりまして──」


「やめろぉぉぉぉぉ、クソじじぃぃぃぃぃぃ!」


 アリシア陛下の絶叫がこだましていく。語り出してからわずか数分というのに、もうすでにアリシア陛下は肩を上気させるほどに憔悴されていました。


 普段であれば、アリシア陛下がなさりそうなことですけど、そのアリシア陛下をベヒモス様は手玉に取られています。というか、ベヒモス様容赦なさすぎですね。さすがに気の毒なのですが、ベヒモス様はかんらかんらと笑われるだけです。


 アリシア陛下が若干涙目になっているところが、なんとも言えませんね。まぁ、若かりし頃の失敗って誰にでもあるものですし。だから仕方がないかなぁと私は思うのですけど──。

「あらあらまぁまぁ。アリシア陛下にもそのような時分があらせられたのですね。これはいいことをお聞き致しました。感謝致します、ベヒモス様。今後アリシア陛下との交渉にはこれをネタに脅は、こほん、優位に立てそうです」


 ──ルクレティア陛下はそう思わなかったようで、今後のベヒリアとの交渉においての手札として利用するとはっきり断言されちゃいました。というか、いま脅迫って言おうとされていませんでしたか? 脅迫って? え、私の聞き間違い? いや、聞き間違いじゃないですよね? もう本当にこの見た目だけ清楚な女王様と来たら──。


「こ・く・さ・い・も・ん・だ・い」


「──いやぁ、本当にルクレティア陛下は空前絶後のお清楚様ですよねぇ! アンジュ憧れちゃうなぁ!」


「あらあら、そうですか? もうお上手ですね、アンジュ様は。くすくす」


 ──伝家の宝刀再びですね。あ、いえ、そういうことではありません。いやぁ、ルクレティア陛下のお清楚っぷりは本当にお見事ですよね。いったいどういう風にお過ごしになられたら、そこまでのお清楚になれるのでしょうね。アンジュわかんない! だからですね。もう伝家の宝刀を耳元で囁かないでください、お願いします!


「考慮しておきますね? 今後のアンジュ様の態度次第で、ね?」


 くすくすと笑われるルクレティア陛下。あ、やっぱりこの人には絶対勝てないと痛感させられた一瞬でした。


「やっぱりおかーさんのほうがアンジュおねーちゃんよりもつよいの」


「そうだね。ままってば、よわすぎるの」


 そんな私たちのやりとりをいつから見ていたのでしょうか。ベティちゃんとプロキオンちゃんは思い思いの発言をしてくださいます。やめて、お腹が痛くなるから本当にやめてと言いたい。でも、悲しいかな、この思いは届かないのです。そもそもなぜルクレティア陛下には気づかれてしまうのでしょうか。いったいどうして──。


「だって、アンジュ様は顔がうるさいですからね。すぐわかりますよ?」


「顔がうるさいってなに!?」


 口がうるさいはまだわかります。けど、イリアさんに続いてルクレティア陛下にまで顔がうるさいって言われるのはどういうことですか? そもそもどういうことをしたら、顔がうるさいと言われるの? まるで意味がわかりません。


 でも、そんな私の疑問にルクレティア陛下は答えてくれることもなく、ただ「ふふふ」と口元を押さえて笑うだけです。


 プーレリア陛下がいらっしゃらないいま、やはりこの場での最強はこの人なのかと戦慄を覚えはじめた、そのときでした。


「おい、待てや、ルクレ。おまえ、そんなことを公然の前で口にしてみろ? 後悔すっぞ?」


 それまでの極大ダメージに項垂れていたアリシア陛下が復活なさったのです。ゆらりと身を起こす姿は幽鬼を思わせるほどに不気味なものでしたし、そのお顔もとても不敵でした。が、対峙するルクレティア陛下はどこ吹く風と言わんばかりのお顔で笑っておいでした。


「ふふふ、どう後悔させると──」


「おまえがいくつまで寝小便していたのかを婿殿とベティちゃんにチクる」


 笑っておいででしたが、アリシア陛下のお言葉にその笑みが硬直なされました。その様子を見る限り、対ルクレティア陛下のとっておきのようですね。よく見るとルクレティア陛下のお顔に汗の珠が浮かび上がっているではありませんか。


「どうする、ルクレよぉ?」


「……お互いに手を引く、でいかがでしょう?」


「は、そうだな。それが一番の解決法だわな。じゃなかったら」


「ええ、戦争しかありませんものね」


「いや、どういうことですか」


 互いの恥部を握り合っているからといって、戦争にまで発展するのは意味がわかりません。まぁ、お互いにメンツが大事だというのはわかるんです。わかるんですよ? でも、引かなかったら戦争はちょっとやりすぎなような──。


「「なんで?」」


「……OH」


 ──うん、どうやら、一般人である私と逸般人であるおふたりとでは、常識が異なる模様ですね。やんごとなきお方ってどうなっているんでしょうね、本当に。


「ははは、本当に仲がよいなぁ、おまえたちふたりは。見ていて飽きぬぞ」


 そんなおふたりを見て、ベヒモス様は仲がよいで片づけられてしまいました。仲がよいで片付くことじゃないはずなんですけどね。うん、やっぱりやんごとなきお方って意味がわかりません。


「……ルクレティアがあと50年以上早く産まれていれば、アリシアとよい友になってくれたであろうな」


「おい、ジジイ」


「事実であろう? 当時のそなたの周りには誰もおらなんだからのぅ」


「……なんのことだか」


 誰もいなかった。


 その言葉に対してアリシア陛下はとぼけるような態度を取られました。でも、それは事実だと言っているかのようなものでした。


「誰もいなかったと申されますと?」


 イリアさんが恐る恐るとベヒモス様に尋ねられました。ベヒモス様は「うむ」と頷きつつ、その答えを口にされたのです。


「当時のアリシアは王族ではあったのだが、当時の王にとってみれば、子供の子。それも数十人、いや、数百人いるうちの末の孫娘でしかなくてな。当然、継承権なんぞあるわけもない、吹けば飛ぶような弱小の諸侯でしかなかったのじゃよ」


 アリシア陛下の当時の地位。その地位は想像もしていないもので、私たちの誰もが「え?」と唖然となってしまいました。当のアリシア陛下は後頭部をかきむしるだけでなにも仰いませんでした。その姿を眺めつつ、ベヒモス様はゆるりと続けられました。


「そんな状況が変わったのが、我と出会ってから。我に戦いを挑んでからでしたなぁ」


 当時を懐かしむようにベヒモス様は続きを話されていくのでした。

明日の日曜日は更新お休みにする予定です。

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