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rev4-26 女王の苦悩

「──あれはそうですなぁ。いまから50年以上前でしたかなぁ。このアリシアがちょうど神子様と同年だった頃のことです」


 爺さんがあごひげを弄りながら、当時のことを語っていた。


 個人的には、当時のあれこれを話されるのは勘弁願いたいところだ。


 だが、爺さんはやめるつもりはないようだ。


 まったく、面倒な話だ。


 この調子だと俺にも語れとか言うじゃねえか。


 いまよりもはるかに未熟な頃のことなんざ話したくねえ。


 でも、きっと話を振られたら話すしかなくなってしまう。


 本当に面倒だと思う。


 ため息を吐きながら、俺は炙った干物を食らいながら、とっておきの酒を呷った。


 酒精はかなり強いが、つまみ、特に炙った魚の干物との相性がいい。


 干物はうちの国の特産品のひとつだ。


 そして、いま俺が食っているのはその中でもリアス周辺地域でしか採れない魚のものだ。そこそこの大きさにまで育つも、傷むのが早いというのもあって、他の地域で食べるには干物にするしかないって代物だ。


 だが、手間が掛かる分、味はいい。味はいいんだが、この干物にはちょっとしか欠陥がある。それが臭みがあるってことだ。


 臭みつっても、腐敗臭がするってわけじゃない。なんて言えばいいのかな。美味い臭さというところかな?


 具体的にはこの魚自体の臭みがあるっていうのもあるが、干す際の塩水に1回漬けるんだが、その塩水は1尾ごとに変えるわけじゃない。それこそ先祖代々使い込んできたっていう塩水さ。その塩水には魚のうまみがこれでもかと染みこんでいて、その塩水に漬けることが、この干物のうまさの正体なのさ。


 だが、魚のうまみが染みこませる際に、どうしてもこの魚特有の傷みの早さが、足を引っ張ってくれる。って言っても、吐き気を催すほどの臭みじゃない。あくまでも少し気になるかなって程度だ。


 だが、その程度であっても臭みが苦手という奴は、子供だろうと大人だろうとわりといる。大体は食わず嫌いであり、ある程度年齢を重ねてから食べてみれば、評価がコロッと変わることもある。……まぁ、中にはどれだけ年齢を重ねてもダメな奴もいるっちゃいるんだがね。


 そんな干物特有の臭みをこの酒は消し去ってくれる。


 臭みが消し去られると、あら不思議で、うまみだけが口内に残る。


 反面、酒精が強すぎるから、酔いの周りが早くなってしまうが、構うことはない。


 人間なんざ、80年も生きられれば上等なもんだ。


 俺の場合は、あと10年くらいだが、よくまぁ、この歳まで生きて来られたもんだと自分で思うよ。


 それもすべては目の前の爺さんのおかげだな。


 いや、俺だけじゃないか。


 この国に住まう者たちは、みんなこの爺さんの世話になっている。


 この爺さんがいるからこそ、俺たちは生きていられる。


 山岳国家なんざ言われているが、俺から言わせてみれば、この国はかなり無理をして建国され、その無理を何百年も延々と続けている。いわば歪にもほどがある国だ。


 特に、山の中身をくり抜いて村や街を作るなんざ、無理矢理にもほどがあるってもんだ。すべてはあの暴れ河のせいだ。なにせ、あの暴れ河が国を縦断してくれているうえに、山以外は基本的に平坦な土地が多いから、水害が起こればどこまでも浸水してしまう。


 その水害を避けるために、山の中身をくり抜くっていう無理矢理にもほどがあるやり方で、村や街は形成されている。


 無理矢理ではあるが、たしかに水害の被害は避けることができる。だが、それは新しい問題を孕むことになる。それが日照問題だ。山の中身をくり抜けば、たしかに水害からは逃れられるが、日の光が当たらないという問題がある。


 人はどうあろうとも日の光を浴びずにはいられないもんだ。


 その日の光が山の中身をくり抜いた村や街には差し込むことはない。


 かといって、山のてっぺんまで中身をくり抜いて、光を入れる穴を作ることはできねえ。できなくはないんだが、ただでさえ山の中身をくり抜いてしまったことが原因で土地の強度は脆くなってしまっている。その脆い土地をより脆くするようなことはできない。


 仮にできたとしてもだ。光が差し込む穴はとても小さなものになる。全体を照らすほどの穴を空けようとしたら、それこそ地震が起きたら一発でアウトだろう。


 そのうえ、その穴からは魔物が襲来しやすくなってしまうし、雨が降れば別の意味での水害が発生してしまう。


 街全体を照らすような穴を作ることはどうあってもできなかった。だからこそ、爺さんは一計を案じた。あの疑似太陽を作り出し、すべての村と街にそれを配った。……その疑似太陽の正体がなんであるのかは、この国では誰も知らない。俺と爺さん以外はな。


 誰もがその疑似太陽がどういうものであるのかを知らないまま、誰もが日々を謳歌している。


 大恩って言葉じゃ足りないくらいに、この国は爺さんの世話になっている。いや、依存しているという方が正しいか。


 だが、依存していることに誰も気づいていない。大恩があるという程度の認識しか抱いちゃいないんだ。


 だからこそ、アホなことを抜かす連中も出てくるわけなんだがな。


 その連中は、アホなことに「神獣を排斥し、人間が人間らしく生きるべき」なんて、大それたお題目を掲げているそうだ。


 言いたいことはわからんでもない。


 神獣様はどの方も強大すぎる力の持ち主ばかり。その気になれば、世界中の国を滅ぼすのなんざ数日もあればできるだろう。


 その神獣様の怒りを買わずにへりくだる。そこに人間という種の尊厳は存在していない。連中はその尊厳を取り戻そうという活動をしているわけだ。

 

 重ねて言うが、言いたいことはわからんでもない。


 わからんでもないが、あまりにも現実が見えてなさすぎる。


 神獣様を排斥するって一口に言うが、どうすればそんな大それたことができるってんだ?


 そう簡単に排斥できるような方々であれば、そもそも世界中で信仰なんてされちゃいねえよ。たとえ、いまの爺さん相手だったとしてもだ。死にかけの状態であっても国ひとつ滅ぼすことなんざ容易にできるぞ、この爺さんは。


 そんな爺さんを相手にして、仮に奇跡的に排斥できたとしよう。だが、残りの方々がそれを見逃してくれるかって話だ。


 どう考えても怒りを買う。爺さんはどの神獣様にも好かれているからな。そんな方を排斥したとなれば、どうなるのかなんて明白だろう。そうなれば、この国は終わりだ。


 どうせ、連中は爺さんのいまの状態を見て、「死にかけの獣ごとき」というバカな事を考えてしまったんだろうな。加えて、爺さんに勝てるのであれば他の方々にも勝てるとか思ったんだろうな。アホかと言いたいね。


 本当に無知っていうのは恐ろしいもんだとつくづく思う。


 いや、無知というか、中途半端な知識をひけらかすってのは恐ろしいもんだ。


 その中途半端な知識のせいで、身を滅ぼすどころか、一国を滅ぼしかねないってんだから、余計に笑えねえ。


 正直なことを言うと、連中はさっさと始末したいところだ。始末したいところなんだが、その連中は俺を以てしても尻尾さえも掴ませない。


 あまり考えたくないことではあるんだが、たぶん連中のトップは俺に近しい人間だろう。

 

 その近しいが王族という意味なのか、それとも俺と毎日面を合わせているのかという意味なのかまではまだわからない。


 なにせ、連中の影が見え始めたのがつい最近であるし、尻尾さえも掴ませてくれないので情報があまりにもなさすぎる。


 ただ、影が見え始めたということは、蜂起する寸前くらいにまで連中の数が増えているということでもある。


 発足しはじめに影を見せたら、そのまま叩き潰されるのは目に見えている。つまり連中はすでに一定の形を造りあげているということ。その規模がどれほどまでなのかもまだわかっていない。


 考えられるとすれば、王宮のかなり上の方にまでその手が及んでいるということ。その上の連中が情報を規制しているんだろう。相手は着実に力を蓄えているというのに、こっちは対応さえもさせてもらえない。……まぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()が、そうあってほしくはないな。


 蜂起されれば、非常に面倒なことになるが、手を打つことができない。


 加えて、爺さんの体がそろそろ限界というのも俺の頭をより悩ませてくれる。


 このところ酒が進むのも、そのふたつが原因だ。


 正直言ってやってらんねえと放り出したい気分だが、腐っても王である以上放り出すことはできねえ。


 そもそも放り出したところでなにも解決しないんだ。


 ない知恵振り絞るしかあるまいよ。


(……まぁ、そういう意味でも、神子サマには期待しているんだがなぁ)


 孫娘のような存在であるルクレの婿にして、母神様の実子である神子サマにはそれなりに期待はしている。


 武力という意味合いでももちろんだが、この娘っ子はなんだかんだで立ち寄った国々での問題を解決ないし解決の一助となるような働きを見せている。この国でもそれができるかどうかは定かじゃないが、頼りにできるとは思っている。思っているんだが、望み薄な気もしてならんなぁ。


 切れ者ではあるんだが、俺と爺さんの関係には気づいていなかったしな。まぁ、匂わせるようなことはなにもしていなかったし、ルリサマが言うように気づかないのも無理もないか。


 だが、それじゃあまりにも普通すぎる。いままでの活躍を見る限り、「普通」では不可能なものばかりだ。たがら期待していたんだ。この国の現状を救うのは「普通」の存在ではなく、「特別」でないといけない。


 例えば、わずかな情報でも真実にたどり着けるような存在とかな。さすがに「特別」にも程があるとは思うが、「神子」という存在の時点で「特別」の中の「特別」と言えるから、そういう意味での期待は大きかった。


 だが、現時点では、神子サマにはそれができるとは到底思えない。いや、いい子だなぁとは思うし、いい旦那でいい父親だとは思うけど。……娘っ子相手に旦那とか父親という言葉が当てはまるかは知らんけど。


(高望みってのはわかっているんだがなぁ)


 俺の考えていることが高望みであることは事実だ。俺自身「そんなことできる奴なんざいるわけねえだろう」って思う。


 それでも、そんなありえない存在に手を貸して欲しいくらいに、いまは切迫している。誰が味方で誰が敵なのかもわからないいま、そんなありえない存在が現れて手助けしてくれること。それが俺の望みだった。


(……高望みすぎるよなぁ)


 改めて自分でも思う。つくづく思う。


 それでも、それでも、高望みができるような存在が現れて欲しい。


 そう願わずにはいられない。


 情けねえなぁと。歳取り過ぎたなぁとも思いつつも、俺は神子サマを見やる。


 唯一露わになっている紅の右目を、深淵のような絶望の色に染まった右目を見つめながら、目の前にいる娘っ子がはたしてこの国の窮地を救ってくれるかどうかを値踏みしていく。値踏みしながら、爺さんとの思い出話を、爺さん自身が語る思い出話に耳を傾けていった。


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