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rev4-22 最初で最後の贈り物

「──まず、昨日もお伝えいたしましたが、この身はすでに限界を超過しております」


 ベヒモス様が最初に口にしたのは、昨日と同じこと。すでにその体が限界を超過しているということでした。


 その言葉が真実であるのは、そのお体を見れば明かでした。


 巨獣としての姿では、よく見ないとわからなかったけれど、人としての姿であれば、理解を通り越して納得できるほどに、ベヒモス様は衰えておられたのです。それも単純に衰えたというよりかは、病的に痩せ細っているとしか思えなかった。


「その、限界というのは、どういうことなのでしょうか?」


 私は手を挙げて質問をしました。


 ベヒモス様は私をじっと見つめてから、静かに頷かれました。


「ふむ。それにはまず、神獣という存在がどういう存在であるのかの説明が先になるかのぅ。まぁ、七のが本来の姿になっているのだから、神獣が神器そのものであるということは理解しておるであろう」


「はい。信じられないことではありますけど」


 そう、神獣様が神器そのものというのは、こうして神獣様ご本人から説明されても、信じられないことではあります。たとえ、神器になられたリヴァイアサン様を見てもなお、その言葉が真実だとは、いまだに信じられない。それはこの場にいるほとんどがそうでしょう。リヴァイアサン様とベヒモス様、そしてルリさんを除いては。


 実際、ベヒモス様は「うむ。だが、それが真実である」とはっきりと仰られました。


「事実、我ら神獣はそれぞれが神器であり、この身はかりそめの姿にしかすぎん。もっと言えば、この身は本体が写し出したそれらしい姿でしかないのだ。神獣と神器が同一存在であることを秘匿しつつ、守護のためにのぅ」


「秘匿、ですか?」


 守護するということはまだ理解できました。神器がどれほどとんでもないものであるのかは、リアスまでの道程でしみじみと理解することができました。


 というのも、リアスまでの道中は決して安全が約束されている道程ではなかったからです。

 リアスとリヴァイアスを結ぶ大河ルダは、「ベヒリア」における恵みと破壊の象徴と言われています。恵みはその大河に棲まう動植物からのもの。そのまま食物になったり、加工して特産品になるなど、その恵みは様々です。


 その一方で破壊の象徴と呼ばれる理由は、雨期になると暴れ河となり、国の至る所を水没させるからというのも理由の半分。もう半分は、恵みにも関係していることではありますが、ルダに棲息する魔物の存在です。


 ルダに棲息する魔物たちは、凶悪な魔物はそこまで多くはありません。せいぜいがDランク程度の魔物でしかありませんが、大抵は同一種族での群れをなしています。その群れがなかなかに厄介でして、単一ではEランクの魔物が、群れになるとその1ランク上のDランク相当の脅威度に至るのです。


 しかも、どの魔物も基本的に小型なうえで、水中を縄張りにしている魔物であるがゆえに、的にするには小さすぎるうえに、非常にすばしっこいため、攻撃を直撃させづらい。それが群れとなって一斉に襲ってくるのだから、脅威度のランクが上がるのも当然なことでした。


 その魔物たちの襲撃を避けるために、ルダを行き来する船には基本的に魔物避けの装備が施されています。私たちが乗ってきた王家の快速船にもその魔物避けの装備が施されていたわけですが、その魔物避けの装備を以てしても対処不可能な魔物もいるわけでありまして。


 まぁ、なにが言いたいのかと言いますと、リアス到着の前日にですね、その魔物に襲われちゃったんですよ。


 単一でDランク相当の魔物であり、群れになるとまさかのCランクになるという、大河ルダの固有種である魔物スピアヘッドフィッシュの大群にです。


 スピアヘッドフィッシュはその名の通り、頭の先端が槍の穂先のように鋭く尖った魚型の魔物で、熟練の冒険者のパーティーでも10尾前後の群れと遭遇したら、全滅する可能性もあるほどの危険な魔物。そのスピアヘッドフィッシュの群れと、それも100尾を軽く超えた大群と遭遇してしまったんです。


 あのときの光景はあまりにもあんまりなものでしたね。なにせ、四方の水面がすべて真っ黒に染まりましたから。それも相手が通常の群れでもCランク相当の魔物。それがざっと10倍はいたのです。その脅威度は下手したらBランクさえも超えていたかもしれません。


 そんな相手との遭遇戦。しかも水中にいる相手。どう考えても勝ち目は薄いどころか、勝機などないと言ってもいい状況下だったのですが、結果的に言うと、私たちは誰ひとりとて傷を負うことなく、死地を突破したのです。


 それもすべてのスピアヘッドフィッシュを討伐したうえでです。


 ルクレティア陛下のほぼおひとりで、成し遂げられたんです。


 正確に言えば、リヴァイアサン様の本来のお姿である神器「リヴァイ」をお使いなさったからですね。


 水中はスピアヘッドフィッシュのテリトリーではありましたが、「リヴァイ」はそもそも水の神器。どちらがより水を支配下におけるかなんて考えるまでもありません。スピアヘッドフィッシュたちは、ルクレティア陛下が張った水の膜のようなものに突撃を仕掛けると、そのまま息絶えました。


 なんでもその膜は深海並の超高圧になっていたそうで、その水圧には海竜種でなければ到底絶えきれないものだったらしいです。


 しかも、スピアヘッドフィッシュたちの四囲の水も、すべてその超高圧になっており、スピアヘッドフィッシュたちは退くことさえもできない状況に一瞬で追いやられていたそうです。


 本来なら窮地に追いやられていたのは私たちであったのに、たった一瞬で狩る側と狩られる側が逆になり、結果私達は未曾有の大群と対峙したというのに、生き残ることができたのです。


 すべてはルクレティア陛下の、いえ、神器の力のおかげでした。


 ですが、その事実はある危惧を孕むものでもあるのです。


 神器の力はあまりにも強大すぎるため、使い方を誤れば人智では成しえない破滅さえ、容易に行えるということ。


 あのときはスピアヘッドフィッシュの大群を討伐するのに使った力。もし、あれを雨期に、それも各所が水没した状態で、無差別に発動していたら。それも村や街にも被害が出るほどの水没が起きたときに使ったら。考えただけで冷たい汗が背筋を伝います。


 ベヒモス様が神器を守護するという言った意味はそれで十分にわかりました。ですが、ッ秘匿するとはどういうことでしょうか。隠さなくても神獣様が神器を守護していると言えば、誰も手出しなんてしないはずです。いや、できないという方が正しいか。


 なにせ、神器を守るのはその神器そのものである神獣様なんです。下手に手を出そうとすれば、その身に待ち受けるのは破滅のみ。そんなことは子供だって理解できることです。


 中にはそれでもひとかけらの可能性を求めてという人もいるにはいるでしょうが、利口とは決して言えませんし、ただの無謀です。


 もしかしたら、その無謀極まりない人たちを相手にしないためなのかもしれませんが、それよりも神獣様ご自身が守護しているという事実を知らしめた方が抑止力となるのではないか。そんな私の疑問は顔に出ていたようで、ベヒモス様はおかしそうに笑っておいででした。

「アンジュ。そなたが考えているように、神獣そのものが神器であり、その神獣が神器を守護しているという事実を公表することこそが、なによりもの抑止力となるというのもわかる。事実、公表すれば神器を追い求めようとする愚か者共は減るであろうな」


 ベヒモス様は私の考えていたことを口にされつつ、表面上肯定されていました。ですが、それはあくまでも表面上にしかすぎませんでした。


「だが、そうするわけにはいかぬ事情がある」


「事情ですか?」


「うむ。神獣は一定周期で転生を行わなければならぬのだよ」


「転生、というと、生まれ変わるってことでしょうか?」


「人で言えばそういうことになるが、神獣にとっては少々異なる」


 転生。それは生まれ変わるということ。つまりは一度死して新しい存在になるということですが、ベヒモス様が言うには神獣様にとっては少々意味合いが異なるということです。考えれるとすれば──。


「もしかして、弱体化されるということでしょうか?」


 ──ありえるとすれば、一度転生すると能力が大幅に弱体化されてしまうからということ。成熟した体を未成熟、いえ、産まれたばかりになってしまえば、弱体化からは逃れられない。それは人のみならず、神獣様とて同じことなのかもしれない。そう思ったのですが、ベヒモス様は「目の付け所はいいが、違う」と首を振られたのです。


「たしかに一度転生すれば、我らとて多少の弱体化はする。だが、それはほぼ誤差のようなものでしかない。100が99になってもそこまでの違いはない。むろん、その1の違いが響くこともあるにはあるが、さしたる問題ではないのだ」


「では、どういうことでしょうか?」


「うむ。転生の期間中、我ら神獣はその姿を現すことができなくなる。この身を、かりそめの体を新しく作る期間。それは人が母の胎内で体を形成するように、我ら神獣もまた神器の中で新しいかりそめの体を形成する期間が必要となる。その間、我ら神獣は本体である神器を守護することはできぬ。もし、それを悪しき者どもに知られ、その期間に神器を手にされてしまえば、その瞬間からその悪しき者が神器の担い手となってしまう。その後待ち受けるのがなんであるのかは、言うまでもなかろう?」


「……はい」


「ゆえに、我らが神獣が神器であることは秘匿せねばならぬのだ。秘匿しながらその身を守護せねばらなぬのだ」


 秘匿と守護。


 ベヒモス様の仰った言葉の意味がようやく理解できました。

 

 唯一神獣様が神器を守護することができない期間に、神器を守護するために神器と神獣様の関係性を秘匿する。理由を知れば、納得することしかできないことでした。


 ですが、それは同時に新しい疑問が生じる瞬間でもありました。


「……でも、ベヒモス様はその期間をお過ごしになっていないのですよね?」


「うむ。我が生じてから一度たりとも転生を行ってこなかった。それゆえに我は限界をとうに超越している。それがいまのこの体ということだ」


 そう言って痩せ細ったご自身の体にそっと触れるベヒモス様。病的に痩せ細っているように見えましたけど、それも当然でしょう。


 ベヒモス様が生じてからということは、神代の最初からいまに至るまでずっと同じかりそめの体を使い続けてきた。


 とっくの昔に限界を超えた体を使い続けてきたとあれば、その消耗具合は当然のことでした。


 人どころか、この世にあるありとあらゆるものだって、風化しきるには十分すぎるほどの時間を過ごされれば、いくら神獣様とていまのお姿になるのは当然でした。


 ですが、そんなことはベヒモス様ご自身が一番理解されているはず。なのに、なぜいままで一度も転生を行わなかったのか。その疑問が頭をよぎり、そのままのことを私は口にしていました。


 その問いかけに、ベヒモス様はたった一言で答えてくださいました。


「簡単なことだ、アンジュ。この身は母が用意してくださったもの。たとえ、あの方からの寵愛がなくとも、それでもあの方が我のために用意してくれたもの。最初で最後の贈り物なのだ。それをもう使えないからと言って、どうして捨て去ることができる? 我にはそんなことはできなんだ。だからこそ、いまの我があるのだよ」


 ベヒモス様は笑っていました。


 とても澄み切った笑みを、胸が痛くなるほどに澄み切った笑みを浮かべながら、迷いなくそう答えくださったのでした。その答えに私はなにも返すことができないまま、その澄んだ笑みを見つめることしかできなかったのでした。

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