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rev4-18 今生の再会

 視界が揺れていく。


 酔いが回っている証拠だった。


 けれど、酔いが回っていても、不思議と思考は整っていた。


 目の前には、すっかりと変わってしまったあの人がいる。


 誰よりも恋しくて、愛おしい、あの人が。


 でも、私のことは気づいていない。


「巨獣殿」にたどり着くまでは、いや、ベヒモス様に否定されるまでは、きっといまの私と昔の私を結びつけておられたはず。


 目の前にいる人はそういう人。


 打てば響くという言葉を体現したかのような人だった。


 だからこそ、「フェスタ」で再会したとき、早めに退散した。


 そうでなければ、あのままずるずると感傷に浸っていたら、きっと気づかれていただろうから。


 そうしたら、もういまの私のままではいられなかった。


 いまの私は、もう昔の私ではない。


 昔の私はすでにいない。


 いまの私になったときに、昔の私は死んだ。


 いや、ベヒモス様に拾われたときから、私はすでに死んでいたのだから。


『ほう? いきなりなにが現れたかと思えば、竜族の娘か』


 あの日、私は地底に飲み込まれた。


 正確には自身の放った奥義によって生じた地割れの中に落ちていった。


 本来ならその時点で私は死んでいた。


 地の底で息絶えるはずだった。


 なのに、なぜか私は気づいたときには、ベヒモス様の前に、「巨獣殿」の玉座の前に横たわっていた。そんな私を見て、ベヒモス様は目を白黒とさせて驚かれていたが、私の体を見てすぐに応急処置を行ってくださった。


『……ふむ。まだ息はあるか。これ、竜族の娘よ。意識をしっかりと保て。意識を手放せば、そのまま死ぬぞ?』


 当時の私はベヒモス様のお言葉の通り、どうにか息をしていたという程度だった。


 私の身では、ただではすまない奥義を放ってしまったから。正確にはロードでなければ命と代わりに放つことになる奥義を放ったことが原因だった。


 その奥義を放ってしまったからこそ、私は命を喪うはず、だった。


 だが、どういうわけか、私は生き残った。


 もっとも、虫の息同然だったので、無事に生き残れたとは言えない。それはベヒモス様も同じことを仰られた。


『いまのそなたはどうにか生きているというだけだ。いまのままでは、直に死ぬ。怪我の影響もあるにはあるが、一番の理由はそなたの生命力が極限まで削られているからだ。かといって回復を待つほどの猶予はそなたにはない。いまのままでは、数分後にも死にかねぬ』


 怪我の影響も理由の一因だが、一番は奥義を放ってしまったがゆえ。ロード以外では命と引き換えでようやく放てる奥義だった。その奥義を放ったために生命力を極限まで削られていた。


 つまりはもともとの致命傷の上に、より深刻な致命傷を重ねていたということ。まぁ、どのみち致命傷であることには変わりない。二重の致命傷を負ってもなお、虫の息とはいえ生き残れたのかもわからない。


『いまこうして息をしていることがすでに奇跡だ。本来ならそなたはすでに死んでいる。……いや、こうして我の前に現れたこともまた奇跡だな』


 生き残れたことに加えて、ベヒモス様の前に現れたことも奇跡だった。その時点で奇跡が2回起きている。これ以上の奇跡が起こりうるはずもない。


 そこから私が持ち直すことは不可能だった。


『すまぬな、竜族の娘よ。いまのままでは我であっても、そなたを助けることはできぬ。生命力と失った右腕を同時に補えれれば可能性はあるのだが』


 ベヒモス様はいまのままでは助けられないと仰った。助けれないと仰りながらも、応急処置を続けてくださっていた。


『……どうし、て、そこ、まで?』


 応急処置を受けながら、私はどうにか尋ねた。ベヒモス様に「無理に喋るな」と言われたけれど、状況の把握がしたかった。


『私、を助けて、なんのメリットが?』


『……匂いがしたからじゃな』


『にお、い?』


『うむ。母君の匂いとともに、神子様の匂いがした。そなた、お二方となにかしらの関係があるのであろう? 母君はともかくとして、神子様とはなにかしら深い関係がありそうな気がした。だから、どうにか助けようと思った。だが、それもそろそろ限界かのぅ』


 ベヒモス様は難しい顔をされていた。


 それまでの言葉の通り、私を助けることはベヒモス様であっても容易ではない。いや、ベヒモス様だからこそ応急処置を施せた。でも、できたのはそこまで。持ち直すまで快復させることはできなかった。


『……ここまで、かのぅ。すまぬな、竜族の娘よ。我ではここまでしか行えぬ。せめて、素材になれるものがあれば、まだどうにかなるのだがな』


『そざい?』


 素材という言葉は、馴染みのあるものだった。魔物だったり、鉱物だったりと様々なものを素材として武具を拵える。それが私の職だった。だから、素材という言葉には馴染みはある。馴染みはあるけれど、そのときばかりは「素材」という言葉がやけに妖しく感じられた。それは現実のものとなった。


『……わかりやすく言えば、生け贄じゃな』


『いけ、にえ?』


『うむ。同じ竜族の体を用いて、そなたと同化させられれば、そなたを助けることは可能じゃ。だが、その素材となる竜族なんぞおるわけもない。知らぬ者のために命を投げ出させる者なぞ、ただの狂人でしない』


 ベヒモス様の言葉はもっとなものだった。


 私を助けるには竜族のいけにえがいる。


 口振りからして、死体ではダメなのだろうと当時の私でもわかった。


 おそらくは死体でも右腕はどうにかなるが、生命力に関してはどうにもならない。死体に生命力なんてあるわけがないのだから。つまりは生きた竜族でないといけない。それはたしかに「いけにえ」としか言いようのない犠牲だった。


『……それでは、むり、ですね』


『……すまぬな。我を恨むがいい』


『……いえ、ここまでよくしてもらえたのです。恨むことなど』


 どうあっても私が助かる見込みなどない。


 ベヒモス様は申し訳なさそうに謝られたが、謝られることじゃなかった。


 奥義を放つと決めたときから、すでに命は捨てていた。


 その命をどうにか拾い、限界まで引き延ばせた。


 恨む道理などなかった。


 ただ、ひとつ。ひとつ心残りがあるとすれば──。


『だんなさまに、もういちど、おあいしたかったなぁ』


 ──そう、あの人に、旦那様にもう一度だけお会いしたかった。


 でも、それはもう叶わない。


 私は自分の最期を受け入れようとした。そのときだった。


『む? また、なにかが転移してくるな』


 ベヒモス様がなにかに気づいた。


 見れば、玉座の間の頭上の空間が歪んでいた。その歪みは最初小さかった。


 だが、歪みは徐々に大きくなっていき、とても大きな円となった。その円の中から巨大な影が現れた。


『ほう? これはまた数奇な運命と言えるかの?』


 ベヒモス様は影の主を見て、驚いたような顔をされていた。


 でも、それは私も同じだ。


 いや、私だけじゃない。影の主も驚いた顔で私を見つめていた。


『サラ? サラ、なのか?』


 影の主は信じられないという顔で私を見つめていた。そんな影の主に向かって私は微笑みを浮かべた。


『……あぁ、またお会いできましたね、姉様』


 影の主である姉様に、今生の別れを済ませたはずだった姉様との再会に私は精一杯の笑みを浮かべたのだった。

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