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Act1-78 霊草エリキサ その十四

 エレンさんの話は、結局「ラース」近郊に着いても終わらなかった。


 それだけゴンさんにとって、エレンさんは大切な人だったっていう証拠だ。加えて、エレンさんの武勇伝が多すぎたというのもあるかな。


 ゴンさんが言うには、エレンさんは、とても優秀な冒険者で、十七歳という若さで最高ランクであるSランクに到達した猛者らしい。


 そもそもSランク自体が、エレンさんの功績を称えるために作られたランクらしい。エレンさんの能力が高すぎて、Aランクでは収まり切れなかったそうだ。


 だからこそ、当時の上限だったAランクを超えた、Sランクを新しく用意した。ギルド側がそれだけの措置をするほどに、エレンさんはすごい人だったらしい。


 とはいえ、Sランクに昇格したのが、エレンさんだけではなかった。


 彼女には彼女がリーダーを務めるクランがいた。そのクランメンバーたちも、全員がSランクに昇格した。


 エレンさんほどではなかったらしいけれど、エレンさんのお仲間さんたちもまたAランクから逸脱した存在で、エレンさんがSランクに昇格するのであれば、同じく逸脱した力量を持ったお仲間さんたちもSランクに昇格させるべきだという話になり、エレンさんたちのクランが、初のSランク冒険者であり、同時にSランククランとなったそうだ。


 ゴンさんは、エレンさんたちがSランクに昇格するときには、すでにエレンさんのペット兼使い魔という立場であったらしい。


 具体的には、エレンさんがまだ駆け出しの冒険者だった頃に、卵から孵化したところを保護してもらったそうだ。どうしてエレンさんが孵化したばかりのゴンさんを保護することになったのかは、ゴンさんも知らなかった。


「大方、風竜山脈の巣から、密猟者が卵を奪ったんだろうな。その卵の中身がちょうど俺だっただけだろうな」


 自分のことであるはずなのに、ゴンさんは、どうでもよさそうに語っていた。


 ゴンさんにとっては、どういう経緯なのかはどうでもいいのだろう。


 大事なのは、最終的にエレンさんに保護されたということ。


 そしてエレンさんと一緒に、いろんな冒険をしたということ。


 エレンさんと一緒に駆け抜けた日々は、ゴンさんにとって、とても大切な思い出になった。だから産まれがどうというのは、ゴンさんにはどうでもいいことなのだろう。


「ご主人さまは、駆け出しだったって言うのに、金食い虫でしかない俺を、育ててくれた。いつも笑って、食事を半分分けてくれた。あのときのパンやスープの味は、いまでも忘れられない。あり合わせで作ったような安くて、あまりうまくない食事だったのに、いまでもあの味を忘れることがない。もう千年近く前のことなのにな」


 ゴンさんは笑っていた。笑顔なのに、泣いているようにも見えた。


「ご主人さまのことは、忘れたくない。けれど、時間が経つにつれて忘れていくのさ。百年前はいまよりももっといろんなことを話せた。その百年前はそれ以上だ。人と魔物。生きる時間があまりにも違い過ぎてしまっている影響だろうな。特に俺は竜だ。竜は魔物の中でも特に長生きな種族だから、いろんな経験を積める。反面、大切な思い出であっても、徐々に忘れてしまう。こうしてカレンの嬢ちゃんに話せてよかったよ。おかげでもう少しだけ、ご主人さまのことを忘れずにいられる」


 長命種ゆえの言葉。長い時を、それこそ人間の一生が閃光のように思えるほどの長い時間を生きてきたゴンさんだからこそ言える言葉。まだ十五年しか生きていない俺には、なにも言えなかった。


 時間というものは、ときに残酷だ。どんなに大切な思い出であっても、いつかは忘れてしまう。それは人でも魔物でも変わらない。


 俺もおばあちゃんとの思い出はあった。けれどいまはもう大部分を思い出すことができない。


 おばあちゃんが優しかったことは憶えている。いろんなことをしてもらったというのも憶えている。


 ならどういう風に優しかったのかとか、どういうことをしてもらったのかとか、までは話せない。


 いや話すことができない。だってもう俺にはおばあちゃんとの思い出は残っていない。なにせもう十年も前の話なのだから。


 俺はおばあちゃんが大好きだった。大好きなおばあちゃんのことを、まるで思い出せない。そんな自分が情けなく思う。


 でも、どんなに情けなく思っても、忘れてしまったことを思い出すことはもうできない。


 同じようにゴンさんンもまたエレンさんとの思い出を少しずつ失っていく。


 それがどんなに辛いことなのか。数字の上では、俺の十年の百倍になる。でも辛さもまた百倍というわけじゃない。そもそも数字では言い表せない辛さがあるはずだ。


 それがどれほどに辛いのかは、俺にはわからない。わかることはできない。


 俺は千年も生きていられない。


 生きられても、あと七、八十年というところだ。運がよければ、九十年は生きられるかもしれない。それでもゴンさんの千年に比べたら、十分の一にも満たない時間でしかない。


 だからゴンさんの話に頷くことはできない。頷いたら、それはそれでゴンさんのいままでの時間を愚弄するかのようで、頷くことができなかった。


「さぁて、そろそろ「ラース」だ。話はここまでにしようか」


 ゴンさんが笑っていた。もう少しだけ話していたかったのだろう。エレンさんとの思い出を口に出して、憶えていたかったのだろう。なによりも俺にもエレンさんのことを知っていてほしかったのだろう。


 ゴンさんだけじゃ、いつか忘れてしまう。でも俺もいれば、単純に容量は二倍になる。


 まぁドラゴンの脳の容量と人間の俺の容量だと実際には二倍になることはないだろうけれど、単純な数であれば二倍になれる。それはつまりそれまでの二倍の時間、エレンさんのことを忘れずにいられるということだ。


 ただ利用するみたいで、気が引けているのだろか、ゴンさんは申し訳なさそうな顔をしている。そんな顔をすることじゃない。


 でも、ゴンさんにとっては申し訳ないことなのだろう。自分ひとりで憶えていればいいことを、他人の力を借りなければならない現状が、ゴンさんには腹立たしいことなのだろう。


 それでもやらなければならない。そんな決意が、ゴンさんからは感じられた。


「ねぇ、ゴンさん」


「うん?」


「また話してね、エレンさんのこと」


「……ええ、そのうちにですねぇ~」


 ゴンさんは嬉しそうに笑ってくれた。ゴンさんらしい笑顔で、ゴンさんらしい口調で、頷いてくれた。


 その後、俺はゴンさんに、「ラース」の正門前にまで連れて行ってもらった。


 正確には正門前の橋の手前までだけど。そこから先はゴンさんと言えど、ドラゴンの姿のままではいられない。そこからは人化しないといけなかった。


「人化の術は疲れるんですけどねぇ~」


 やれやれとため息を吐きつつ、ゴンさんはエンヴィーさんレベルの胸部装甲を持った女性の姿になった。


 だるそうに肩を抑えて、首を鳴らす姿は、なんとなく腹立たしかった。


「さぁて、ギルドまでお連れ致しますねぇ~、カレンちゃんさん」


 ニコニコと笑いながら、手を差し伸べてくれるゴンさん。そんなゴンさんの手を取ろうとした。そのとき。


「「旦那さま」ぁ~」


 正門の方から聞き間違えるはずのない声が聞こえてくる。見れば、アルトリアが笑顔で駆けて来るところだった。


 アルトリアの足取りは軽い。だけど、俺を見つめるまなざしはとても情熱的なものだった。腕を広げると、アルトリアは、まっすぐに俺の腕の中に飛び込んできた。数時間ぶりのアルトリアだった。


「……やれやれ、カレンちゃんさんとアルトリアちゃんさんは、仲良しさんですよねぇ」


 ゴンさんは呆れながら、いつのまにか、俺の胸元からゴンさんの胸元にいたシリウスを撫でていた。ミーリンさんのいう通り、本当にシリウスは気が利くいい子だった。


「ただいま、アルトリア」


「お帰りなさい、「旦那さま」」


 熱のこもったまなざしで俺を見つめるアルトリア。かわいいなと思いながら、アルトリアの顎の角度をくいっとあげた。そのとき。


「お疲れ様のようですな、カレン殿」


 一番聞きたくない奴の声が聞こえてきた。

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