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rev4-12 深夜の茶会

 鳥の鳴く声が聞こえる。


 夜行性の鳥の声。


 そこまではっきりと聞こえるものじゃない。


 遠くからうっすらと聞こえてくる声。


「巨獣山」の麓の森から聞こえてくる声。


 その近くにある大河のせせらぎは聞こえないけれど、不思議とその鳥の声は聞こえてくる。

 フクロウに似た鳥の声。


 その声を聞きながら、俺は静かに息を吐いていた。


 肺の中に溜まった息を、ゆっくりと吐きだしていく。


「巨獣山」はとても高い山であり、その山頂ともなればだいぶ空気が薄い。


 空気は薄いが、その分山頂の景色は素晴らしい。


 その素晴らしい景色が顔を上げると、すぐ目の前に見えていた。


 もっとも大部分は、夜の闇に覆われていた。


 その夜の闇を月の光がわずかに払っていた。


 いくつも連なる山脈や、その麓にある深い森、そして森と森の間を結うようにして流れゆく大河。それは昼間の時点でも素晴らしいと思える景色だったのだけど、月の光に照らされると、幻想的な姿に移り変わった。


 月の光に照らされると、どんなものでも幻想的に見える。月の光にそういう効力があるのか。それとも月自体が幻想的なものであるからなのか。平時であれば、そんなのどっちでもいいだろうとしか思えないことをいまはどうしてか考えてしまっている。


「……ふぅ」


 乱れていた息を整えていく。


 体はすっかりと汗に塗れていた。


 いつもの着物のような服を着崩し、上半身を肌着だけになりながら、手に持っていたミカヅチを静かに納めた。

 

 納刀の音は思いのほか大きくて、夜の闇の中でこだまするかのようだった。


 乱れた息のまま、額に張り付いた前髪を払うようにして、前髪を掻き上げる。「ベヒリア」は、「アヴァンシア」や「リヴァイアクス」のような寒かったり、潮風が吹いていたりなどの特徴はない。二国に比べるといくらか気温は高いだろうか。


 ただ、夜は「アヴァンシア」とそこまで変わらないくらいに寒い。


 雪は降っていないのに、「アヴァンシア」と変わらない気温。それが「巨獣山」の山頂ゆえなのか、もしくは高山の山頂ゆえなのか。


「……どっちでもいいか」


 いまだ呼吸は乱れていた。


 普段露わにしない素顔は汗に塗れている。


 全身が汗に塗れ、体が火照っていた。


 火照った体を、夜の風が撫でていった。


「……ここにおられたのですね」


 冷たい風の中でひとり佇んでいると、後ろから声を掛けられた。


 振り返るとバスローブ姿のルクレが立っていた。2度目のシャワーでも浴びていたんだろう。


「……起きたのか」


「少し前に起きたばかりですけどね」


 おかしそうに笑いつつ、ルクレが近付いてくる。


 俺がいたのは、「巨獣殿」の敷地にある庭園だった。


 体が動かしたくなったので、体を動かすのにちょうどいい場所がないかどうかをベヒモス様に尋ねると、庭園の一角でよければと言われた。

 

 庭園といっても「アヴァンシア」の庭園のような様々な花が咲き誇っているわけじゃない。むしろ、一般的にイメージする庭園という華やかなものとは少しだけ趣が違う。「巨獣殿」の庭園は、純和風というべき赴きだった。


 庭園にあるのは咲き誇る花々ではなく、木々がメインだった。それも鉢植えの中にある木々。つまりは盆栽などがメインになっていた。その盆栽が一定の間隔に置かれた棚にいくつも飾られている。


 中には木々ではなく、苔などの盆栽もあった。盆栽のすべてはひとつひとつ丁寧に手入れが施されていた。まるで盆栽専門の美術館とでも言うべきだろうか、盆栽がメインとなって庭園を彩っている。


 盆栽がメインであるけれど、それ以外にないわけじゃない。とはいえ、盆栽からメインを奪うようなものはない。せいぜい中央にあるそれなりの大きさの池とその近くにある松のような針葉樹があるくらいかな。


 そんな庭園を抱えるのが東洋は東洋でも、全体的に中華然とした「巨獣殿」なのだから、若干困惑しそうになる。


 ちなみに俺がいまいるのは庭園の隅だ。ベヒモス様曰く、「石庭でも拵えようと思って整理したまま、手つかずの場所」ということだった。


 実際、石庭を拵えようとしていたのか、纏められた無数の石が置かれていたが、手つかずという言葉の通り、纏められた石の中から雑草が茂り、整理した区画もやはり雑草が生い茂ってしまっている。いざ石庭を拵えようとしても、すぐに手を付けられそうにはなかった。


 そんな一角だからか、ベヒモス様もその一角内だけであれば、思うように体を動かしてもいいと許可をくれたんだろう。


 その一角は作業の休憩用らしき椅子やテーブルもあり、俺としてもちょうどいい場所だった。その椅子のひとつの上に仮面は置いてあり、テーブルには念のためにと持ってきていた飲み物もあるにはあるが、ひとり用でありルクレの分はない。


 まぁ、ルクレの分がないというのも当然の話だ。なにせ俺が体を動かす場所を欲してベヒモス様の元に向かったときには、ルクレは眠ってしまっていたんだ。……正確には気絶してしまったという方が正しいな。


 ベヒモス様の話を、衝撃的な話を聞いた後、なんとも言えない空気がしばらく流れた。誰もなにを言えばいいのかわからず、押し黙っていたとき、ぐーとかわいらしい音が響いたんだ。


 最初ベティのお腹の音かと思ったが、ベティはクッキーというご飯を食べている最中だったし、違うというのはわかった。じゃあ誰だろうと思っていたら、プロキオンが顔を真っ赤にして手を挙げていた。


「……真面目なお話している中、ごめんなさい」


 プロキオンは顔どこか耳まで真っ赤にしながら謝っていたが、別にプロキオンが悪いわけじゃない。「気にしなくていい」と笑いつつ、頭を撫でてあげるとプロキオンは「がぅ」と小さく鳴いて頷いてくれた。


 朝早く「リアス」を発ったものの、すでに昼を回っていたこともあり、お腹が空くのも無理もなかった。


 ベヒモス様も「では、昼食に致しましょうか」と笑ってくれていた。


 その後は世話役であるアスランさんが手料理を振る舞ってくれた。


 調理にはルクレやアンジュ、それにイリアもまた参加して昼食はだいぶ豪勢なものになったが、ベヒモス様は昼食の場には現れなかった。アスランさん曰く「庭園で作業されているのでしょう」ということだった。


 そのときは「庭園でなにを」と思っていたが、こうして庭園に来てなにをしていたのかは理解できた。それも巨体ではなく、人の姿で作業していたということだ。

 

 むしろ、人の姿でなければ、庭園の維持なんてできないだろう。


 いったいどれほどの時間を掛けてこの庭園を維持され続けたんだろうか。


 庭園はベヒモス様の努力の結晶だった。


 だが、庭園の主の命の灯火は直に消えるとなると、その努力が水疱に帰するということになる。


 とはいえ、そんなことはありふれたものだ。


 どんなことでも努力が実になるなんてことはそうそうない。どれほど努力を続けても成果が出ないなんてことはざらにある。


 この庭園も同じだ。


 いまはまだ管理されているけれど、直に管理者はいなくなる。


 そうなれば、この見事な景色も少しずつ荒れていってしまう。


 想像するだけで心苦しくなってしまう。


 でも、その光景は少しずつ近付いている。


 誰にもどうすることもできなかった。


 だからなのか。


 気づいたときには、ルクレを組み伏していた。


 とは言っても、ベティをプロキオンに預けて、ルクレとふたりっきりになってからだ。


 そうなったのも、今度はベティが昼食を終えてうたた寝をはじめたからだった。


 やはり、朝早くから移動していたこともあり、その疲れが出てしまったんだと思う。


 昼食が終わってから話の続きをするつもりだったのだけど、「明日に致しましょうか」とベヒモス様が言ってくださり、俺たちにそれぞれ部屋を用意してくれたんだ。


 ちなみに部屋割りは俺とルクレとベティ、アンジュとプロキオン、イリアとルリはそれぞれ単独になっていた。というのもルリは「ひとりでいたい」と言ったからだった。


 ルリもいろいろと思うことがあったんだろう。無理もない話だけど。


 そうしてそれぞれの部屋に別れる際に、ベティをプロキオンに預けたんだ。


 本当は一緒に居てあげたかったんだが、ルクレが俺の雰囲気からいろいろと察してくれたみたいだ。


 正直アンジュと同室というのはいろいろと考えものではあったのだけど、プロキオンがいるからいいかと思うことにした。それにアンジュもプロキオンの前では「まま」として振る舞うだろうからやはり問題はないだろう。


 そうしてベティを預けて、ルクレと用意された部屋に向かい、扉を閉めてすぐに俺はルクレをベッドに組み伏した。


 そこから記憶は若干曖昧になっていた。まだ昼頃のはずだったのに、気づいたらすっかりと夜遅くなってしまっていた。


 俺はそれでも別に問題はなかったけれど、相手をしてくれていたルクレは度々限界を向かえてしまい、何度か気を失っていた。そんなルクレを強引に起こしては、という具合で続けていたが、それもさすがに限界に至り、こうして俺はひとり剣を振っていた。……いま思うとなんとも鬼畜の所業だなと自分でも思う。


「ごめんな、無理させた」


「もう慣れっこです」


 くすくすと笑うルクレ。


 その笑顔と言葉になんとも言えずに俺は苦笑いしかできなかった。


「少しお話しましょう、旦那様」


「そうだね」


 深夜の茶会というにはわびしいが、少しばかりお喋りに興じるのもありだろう。そう思いながら、俺は物置に利用していたテーブルにルクレと腰掛けて、取り留めもない会話をはじめたんだ。

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